消えた 君
季節外れのインフルエンザがようやく治り、1週間と少しぶりの登校だ。
夏休みが開けて少しして、転入生がやってきた。
このクソ田舎の小学校には転校生はたまに居ても、転入生はそうそう来ない。六年この小学校にいるけど、転入生なんて初めてだった。
全校生徒20人、六年生は5人だけだったのに、6人になったのだ。
しかも、転校生はなんと東京から来たらしい。
東京から来た少しすっとした鼻筋の冷たい目をしたキザッたらしい男を、クラスの女子たちは小さな声できゃあきゃあ言いながら迎えた。田中も「やっぱり東京の子ってかっこいいね」なんて言ってて……。
田舎者はこうやって「東京」って名の付くものにやたら期待するところが嫌だ。
藤堂優。
ちょっとすかしたこの転入生を、六年一組は大歓迎した。俺以外。
父親の仕事の都合でよく色々な所へ行くとかいう話も、ランドセルじゃなくてリュックで来ているところも、藤堂とかいう苗字も全部が気に入らなかったが、皆は東京ってハイセンスやねとすべてを持ち上げていた。
休み時間だけではなく、体育の授業や休み時間にやるドッジボールもサッカーも、算数や国語の授業だってコイツはなんでも涼しい顔をして目立っていた。
夏休み明けからつまんねーの、と思っていると、同じように不服そうにしていた親友と休み時間の度に校庭に行って、二人でボールを蹴り合う。
そんな夏休み明けの日々を過ごして4日後、俺はこの暑いさなかにインフルエンザなんかになった。
登校したけど朝から少しだるくて、給食の食が全然進まないからと先生に保健室に連れて行ってもらい、熱を測ると38度近くあって早退をしたのだ。
医者に行って鼻の奥に長い綿棒を突っ込まれて、痛い思いをした結果、インフルエンザという診断が下りた。
珍しいね、こんな時期にと医者に言われたが、俺には分かっている。
藤堂だ。アイツ以外考えられない。
こんな時期に珍しくインフルエンザなんかになったのは、絶対藤堂のせいだ。東京からウイルスを持ってきたに違いない。
母ちゃんにそんな事を漏らすと、夏休み中に皆色々な所に行っているんだから、東京から来た子のせいとは限らないだろと窘められた。
藤堂のせいで、体調もしんどいのに、俺は余計に怒られたんだ。
そんな事を思い出しながら、久しぶりに教室に入る。
女子たちと楽しそうに話している藤堂の顔を見て、イラっとしながらも、俺は藤堂以外に言っている気持ちで大きな声で教室に向かって叫んだ。
「おはよー!」
そう言いながら入ると、複数の声が返ってくる。
でも、いつもより声が少ない。一番仲の良いアイツの声が聞こえない。いつもなら、もう教室にいる時間なのに。
もしかして、アイツもインフルエンザになったのかと思いながらも、席の上にランドセルを置く。
きょろきょろと見まわしながら、隣の席の豊に声をかける。
「なぁ、 は? ……ん?」
しっかりと声に出したはずなのに、名前を出そうとするとそこだけ声が出なかった。
まだ喉の調子でも悪いのか、と手で喉を抑える。
咳ばらいをしてから、もう一度豊に問いかけた。
「なぁ、 は?」
やっぱり、名前だけ声が出なくなる。
アイツの名前を呼ぶときだけ、不自然に口から発せられる音が消える。
「あいうえお」
声が出る。
「 」
やはり、アイツの名前を出そうとすると急に声が出なくなる。フルネームで呼んでみても同じだった。
豊は何を言いたいんだ、と俺を見ながら首を傾げて「どうしたんだよ」と言った。
アイツの名前を出そうとすると声が出ないのに、どうやって伝えればいいのかと焦っていると、あのすました声が近づいてくる。
「もしかして、この事?」
藤堂が気取った調子で、元居たアイツの席の机をコンコンとノックするように軽く叩いた。
なんでこいつが、と思いながら俺は無言で頷く。
藤堂のその動作に、今まで首を傾げていた豊も、あぁっと納得したような表情をした。
「なんだ、 の事か。アイツ……なんだっけ、東京でよくあるあの……」
「消失症候群?」
「そうそれ、それにみたいなんだよ。だから、居ないんだ」
消失症候群? なんだよそれ。
へらへらしながら笑う豊にイラっとしながら、重ねて聞こうとする前に、藤堂が楽しそうに笑って豊と話し出した。
「俺もこっち来て、こんな事初めてだって言われてびっくりしたよ。結構よくあるから、驚いている鈴木君みて、逆にえ? みたいな」
「ごめんごめん、だって聞いた事も見た事もなくて」
「まぁ、人数少ないから起こる確率も少ないのかもね」
楽しそうに話す二人に一種の気味悪さを感じていると、俺に向き直って藤堂は丁寧に説明を始めた。
「東京じゃ結構よくあるんだけど、急に消えちゃうんだよ。その人ごと、名前すらね。だから、その人の名前を言おうとしても、声は発しているはずなのに音が消えちゃうんだ。そんな珍しい事じゃないから、気にしなくて良いよ」
「は? 何言ってんだよ……」
あっけらかんとした口調でにこにこという藤堂に、苛立ちが滲んだ声で怒鳴るように尋ねる。
「それで、アイツはどうなるんだよ!」
「えっと……僕も移動が多くて、結末までは……。でも、大変なら国が対応するだろうし、大丈夫じゃない? そのうち帰ってくるよ」
苦笑しながら肩をすくめて答えるコイツが憎らしくて、何か言い返してやろうという時にガラッとドアが開いた。
先生だった。やる気のない声で、席に着け~と言って、教卓の上に出席簿を広げる。
皆一斉にぞろぞろと席に着く中、俺だけが教卓へ走って行く。
「先生! が! あの、消失症候群とかいうのが!!」
「あ? あ~……そっか、お前が休んでいる間の事だもんな。調べたら、結構ある事みたいだぞ。この田舎でも起こるなんてねぇ。まぁそんな事はいいから、さっさと席に着きなさい」
「そんな事!?」
いつもやる気のない顔をしているけど、まさか生徒が消えた事を”そんな事”で終わらせるだなんて。
体中がわなわなと静かに震え始めた。
俺は怒りに任せて、くるりと向き直り、今度は教卓を背に、皆に向かって怒鳴りつけた。
「なんでお前らそんな飄々としてられるんだよ。おかしいだろ」
「でも、東京でもよくある事なんだってよ」
田中と一緒に藤堂にきゃあきゃあ言っていた神田が、すぐに藤堂の肩を持った。
俺は神田を睨みつけながら、怒鳴り散らす。
「普通に考えろよ! 名前を口に出せないんだぞ、どう考えたって異常事態だろ、豊! お前、自分が同じように消えたらどうなんだよ」
「えっと……」
「インフルエンザと違って感染するウイルスとかじゃないから安心しなよ」
また藤堂だ。
俺が顔を赤くして怒鳴っているのに、こいつだけは涼しい顔をしてそんな事を言っている。
コイツのせいで、皆こんな事になっているのに。
俺は、藤堂の胸倉を掴んで、思い切り怒鳴った。
「インフルエンザのウイルス持ってきたのだって、 が消えたのだって、お前のせいだろ!!」
「山田! 何をしているんだ!」
先生が出席簿を教卓に思い切り叩きつけて、俺の声を遮った。
そして、ツカツカとこちらにやってきて、俺を藤堂から無理やり引きはがした。
だめだ、先生も頼りにならない。
なんとなくうやむやとした空気となった中、その日淡々と過ごして一日を終えた。
俺は帰りの会が終わった後、豊の前に立ちふさがる。
「おい、豊。 のこと、探しにいこうぜ」
「え?」
帰ろうとする豊にそう声をかけると、驚いたような顔をした後、気まずそうに目を反らされた。
なんだよ、この態度……と苛立ちながら、無理やり手を引こうとすると、また藤堂が邪魔をしてくる。
「やめなよ、鈴木君が嫌がっているだろ」
「お前に関係ないだろ」
「関係あるよ、鈴木君は俺の友達だもん」
藤堂がそう言いながら、豊と俺の間に割って入ってくる。豊は”友達”と言ってもらったことが嬉しいのか、少し照れ臭そうにしている。
馬鹿な奴だ。東京の余所者からそんな事を言われて喜ぶなんて。
「余所者は黙ってろよ」
「余所者、ね。親切心で言ってるつもりなんだけどな。そもそも、相手の名前も言えないのに、探すも何も難しいと思うけど」
藤堂の冷めきった目にゾッとしながら、もう周りのコイツ等を頼るのは止めた。
俺はくるりと踵を返し、走って教室を出て行った。
行先は、アイツの家だ。
きっとおばさんならこの時間もいるはずだ、おばさんならアイツの事を探しているはず。
俺が力になってあげなくちゃ。
残暑の厳しいこの暑い日差しの中、息を切らせてアイツの家の前に着いた。しかし、なんだか知らない人の家みたいに感じる。
なんだろう、この違和感はときょろきょろと見まわすと、表札が空欄な事に気が付いた。
それに、人の気配がしない。引っ越した? いや、そんなまさか。
何度かピンポンを鳴らしても、何も返ってこない。
俺は、アイツがよく隠していた家の鍵を植木鉢の下からとって、家の鍵を開けた。
ガラガラと音を立てながら引き戸が開く。
家は真っ暗だった。外はすごく熱いのに、中は少しひんやりしている。少し歩いていくと、リビングのクーラーがつけっぱなしになっているのがわかった。
すべての部屋を見てみるも、誰もいない。
台所には食事が用意されていたが、随分と手を付けられていないのか嫌な臭いと白いふわふわとしたカビのようなものが食材にうっすらとついている。
それを見て、吐き気を感じて、パッと手を口に当てた。
違う場所を探そう、と家から出ようとしたら、ザーッとバケツからひっくり返したような雨が降り始める。これじゃ、外に出られそうもない。
仕方ない、と家の中に戻った。
何か手掛かりはないか、と見てみるも、何をどう見たら良いのかわからない。
人の家のリビングにずっと居るのもなんだか落ち着かず、アイツの部屋でこの雨が上がるのを待つ事にした。
うるさいほどの雨音の中、俺はアイツの家の本棚から沢山の漫画本を横に置き、読み始めた。
一緒に読んでは、ゲラゲラ笑っていたその漫画も、一人で読んでいても笑えない。そのうち、不安や悲しみから目に涙が滲むようになってきた。
なんで急にこんな目に……。
手で乱暴に涙をぬぐいながら、本棚にあるアルバムが目に入った。
そうだ、もしアイツを探したいならアルバムの写真を使って呼びかけたら良いんだ。
俺は、パッと本棚に掛け取り、アルバムを開いた。
しかし、ぞっとした。ないのだ。 家の人間の姿がどこにも。
学校の写真のページになっても、俺やクラスの皆が笑顔でピースしている姿はあるのに、横にいるはずのアイツはいない。
俺は、怖くなってアルバムをパサリと落とした。
消失症候群ってなんだよ、撮っていた写真からも姿が消えるなんておかしいだろ。
そこに、ガラガラと玄関の戸が開く音がした。
今更、写真からも姿が消えているおばさんが帰ってきたなんていう悠長な想像なんてしなかった。
誰かが入ってきた、ナニカが入ってきた。
俺は部屋にあるおもちゃのバットを手に取って、ゆっくりと部屋のドアを開けた。
すると、部屋のドアの隙間から周囲を覗こうとすると、その開けた隙間のすぐそこにある目玉と目が合って、ヒィッと飛びのいた。
キ゚ィっと扉が開くと、その目玉の正体は藤堂だった。
なんでこいつがここに、という事と、なぜかヤバいという危機感で全身に鳥肌が立っていく事を同時に感じた。
藤堂は面倒くさそうに、ため息をつきながら無機質に俺に話しかける。
「あーあ、だから来ない方が良いって言ったのに」
その口調と態度から、すべてが分かった。
「やっぱり、お前のせいだったんじゃないか!」
俺がそう怒鳴りつけると、藤堂は何をいまさらと言ったような表情で俺が落としたアルバムを拾い、ベッドの上に足を組んで、パラパラと写真をめくり始めた。
何を悠長な事しているんだコイツは、と俺は改めておもちゃのバットを強く握り、藤堂に向き直る。
殴りつけようにも、足がすくんで動けない。
パラパラと最初から最後まで雑にページをめくった後、藤堂は再び俺を見る。
そして、藤堂の言葉に俺は言葉を失った。
「一人分でよかったのに、君が首を突っ込むから。だから言ったのに、親切心で言ってるんだよって。山 君も同じ目に……あ、もうなりかけてるね。名前が出なくなってきた」
「 」
もう声が出てこない。藤堂に怒鳴ったはずなのに、口から何も音が出ない。
足の感覚も無くなってきた。
何がどうなっているのかよくわからないまま、視界すらも黒くにじんでいく。
「 君、残念だったね」
藤堂がにやりと笑う。
藤堂の目の奥は真っ黒になっていた。人間のそれじゃないことを消えていく俺に、もう隠さなくて良いという事みたいだ。
チクショウ、チクショウ……。
ついには、もう何も考えられなくなってしまった。
「出席取るぞー、神田、鈴木、田中、藤堂、 。……あ? ? はぁ、アイツもまた みたいになったのか。この学校もどんどんさみしくなるな」
読んで頂きましてありがとうございました。
音、と聞いていろいろな話が浮かんだのですが、聞こえる音より消える音の方を書いてみようかな~と思って書いてみたお話でした。
普段は異世界転生恋愛を中心に書いておりますので、もしよろしければそちらにも足を運んでいただけれると嬉しいです。
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