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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

勘違い……という名の呪い。押し付け。ありえない勘違いが、主人公に強いられているとしたら?大衆、彼我の戦力差、能力、物体、現象。その力だからこそ世界が勘違いをする

作者: 福郎
掲載日:2026/05/14

埃被ってたおもいつき作品を短編として投稿。タイトルとあらすじ、キーワード通りの作品。

「し、仕事……」


 十代中頃だろうか。くすんで艶のない金髪碧眼の少年が食と職を求めていた。

 背はそこそこあるが痩せている少年ウィルは貧しい生まれで、裏路地で残飯を漁って生きていた。

 しかし、憐れんで食べ物を恵んで貰えるとしても、それは幼い頃に限定されており、十代の中頃になると衛兵に目を付けられてしまう。

 それ故にきちんとした職を手にする必要があったのだが、学も実績もない若者を雇う人間はそうそういないだろう。

 もしいるとすれば……。


「大巡礼のため整地を行なう! 職を欲するものはこい!」

「は、はい! やります! 行きます!」


 大掛かりのため単純な労働力を欲している、公共事業のようなものだ。

 広場で布告官が声を張り上げると、なにをするかさっぱり分かっていないウィルは、とにかく仕事が手に入ると思い手を挙げた。

 これが裏路地で怪しげな男が勧誘して来たら流石にウィルも断ったが、表の広場でどう見ても役人らしい人間が人を集めているのだから、とりあえず詐欺ではないと常識的に判断した。


(日雇いでもなんでもいいからとりあえず仕事だ!)


 薄汚れたウィルは自分の住んでいる国のことをほぼ知らず、なんのために整地をするかにも興味がない。ただ、ぞろぞろと動き始めた人間について行き、労働力を提供して金銭を得るだけの働き蟻だ。


「お前達は膝程まで伸びている雑草を引き抜け! 足元のはしなくて構わん!」


 街の外に出たウィルは大雑把に分けられた集団に混ざり、役人に言われた通り雑草を引き抜き始めた。

 勿論、大鎌などという上等な物はなく素手だ。日雇いの労働者に大鎌を渡したところで使いこなせず壊すどころか、その日のうちに質屋行きなため、人海戦術で効率を上回るしかない。


(とりあえず長い雑草を引き抜いたらいいんだな)


 数百人程が様々な作業をする中、ウィルは言われた通り雑草を引き抜き始める。

 教養どころか文字も書けない彼にすれば、複雑なことを言われない作業は大助かりだ。

 ウィルは貧しい両親が無計画に産み、夜逃げ同然に街から去った際に放置された子供で、常識もかなり怪しいまま育ってしまった。だが生来の気質なのかどちらかというと善性であり、サボることなく黙々と作業を続ける。


「いっ⁉」


 突然ウィルは、擦り切れたズボンが守っていない足首に痛みを感じ、反射的に足を思いっきり上げる。

 すると足首に噛みついていた青い蛇が勢いに負けて宙を舞い、草むらの中に逃げた。


「いったあぁ……」


 牙が深々と刺さっていた足首からは血が流れていたため、ウィルは半泣きで傷口を押さえた。

 もし役人に医薬品の提供を願い出ても鼻で笑われることくらい知っているので、注意散漫だったと受け入れるしかない痛みだ。


「おい坊主。ちょっと歩いてみろ」

「え? こうですか?」

「はは」


 蛇が出たことでぎょっとしていた周囲の人間が、ウィルに歩いてみろと声をかける。そして素直な少年が言われた通り歩くと、なぜか人々は軽い笑い声をあげた。


「運がよかったな。その様子じゃ知らねえらしいが、青蛇は三歩くらい歩いたら死ぬ毒を持ってる」

「ええええええ⁉ でも僕平気ですよ⁉」

「だから言ってるだろ。運がよかったんだよ。青蛇の中にはたまーに毒を持ってない奴がいるんだ。そいつだったんだろ」

「ひえええええええ!」


 男の言葉にウィルは震え上がった。

 単に蛇に噛まれただけだと思っていたのに、運が悪ければこのままあの世行きだったと知れば、誰もがぞっとするだろう。


「こ、怖すぎんだろ、助かった……あ、す、すいません。言葉遣いがちょっと……」

「なんだ。矯正中か?」

「裏町育ちでして。お仕事するならやっぱり直した方がいいかなーと」

「なるほどな。まあ気を付けろや。今度は当たりを引くかもしれねえぞ」

「はい……」


 顔立ちが若干可愛らしい寄りのウィルの口から、かなり崩れた言葉が飛び出した。

 正しい言葉遣いを習える環境にいない彼は、仕事をするなら必要だと思い、商店の店員の言葉を盗み聞いてそれっぽく取り繕っているが、緊急時は育った環境に相応しい口調になるようだ。


(集中しろー……集中ー……)


 反省したウィルは血走ったような目で草むらを確認しながら雑草を引き抜き続ける。


「よし! 休憩していいぞ!」

「ふー……」


 その甲斐あってか、役人が休憩を告げるまで何事もなく、ウィルは大きな溜息を吐いて力を抜くことが出来た。そして適当な地面に腰を下ろすのだが、周囲の人間はここからが本番だ。


「お前も大変だな。裏町育ちとか言っても生まれは結構いいだろ」

「へ⁉」


 同じ様に地面に座った者がウィルに突拍子もない事を言い出したが、しっかりした根拠があった。


「歯だよ。歯」

「は⁉」

「そんだけ白くて欠けもないのに裏町育ちは無理があるに決まってるだろ。何があったか知らねえが、もうちっと上手く取り繕え」


 男の一人が自分の歯を指差して、ウィルのものと比べた。

 男の言う通りだ。ウィルの歯はしっかりとしたものなのに、男の歯はボロボロで所々抜け落ちているため、この少年が育ちの悪さを自称しようと誰も信じない。

 そして歯の手入れは非常に裕福な者たちが気にすることだから、ウィルの生まれが恵まれている……という推測は至極当然のことだった。


「い、いえ本当に裏町出身なんです! 昔から体は丈夫で風邪だって引いたことないくらいです! だから歯も同じで!」

「ああ、はいはい」


 嘘偽りのない事実をウィルが主張するものの、周囲の人間はまるで相手にしていなかった。

 容姿は多少のごまかしが可能とはいえ、歯がきっちり揃って綺麗だけど庶民以下の生活をしています。はかなり無理がある主張で説明になっていないのだ。

 結局、作業の終わりを迎えるまでウィルは誤解を解くことが出来ず、彼はどこか高貴な生まれで没落したのだという噂が流れてしまった。


(なんでそうなるかなあ……)


 そんな高貴な生まれのウィル坊ちゃんは、一日の生活なら余裕だが数日はきつい程度の賃金を貰って粗末な布に包むと、大通りに存在する教会に訪れていた。


(あ、やっぱり考えることは皆同じか)


 すると石材で建築された大きな教会の入り口には、育ちが悪そうな数十人の若者達が行列を形成していた。

 彼らもまた整地作業に加わっていた者達で、日当を片手にしているため喜捨を行ない神に祈る……なんてことをする訳がない。


(なにか強い恩寵があれば僕もちゃんとした仕事を……)


 ウィルが発した恩寵という言葉が全てだ。

 世界に存在する神の恩寵だと定義されている不思議な力は、地形を操ったり、戦争に大きく活躍できる力を人に齎すが、そういったものは本当に極一部の話だ。

 基本的にはなぜ存在しているか分からない恩寵ばかりで、人々は我が身に隠された真の能力が強力なものであってくれと願う。

 そして大抵の場合は宿している力の方向性が分からねば伸びないため、恩寵の有無を判断できる神官が鑑定する必要がある。


 なお普段は金に汚い教会も、恩寵の鑑定だけはかなり金額を低く設定してくれて、収入の半分を寄越せとも言わない。

 というのも金に汚いからこそ、恩寵が生み出す利益をよく知っている彼らは、有益な恩寵の必要を認識している。そして自分達の役に立つスキルがあれば取り込み、戦闘関係などは国に紹介して紹介料を貰っていた。

 そのお陰でウィルたちも給金でなんとか鑑定をしてもらえるのだ。


 勿論、様々な国家がこの特権的な利益を掠め取ろうとしたものの、一度成立した権威と利益を引きはがすのは不可能に近く、王権神授説を打ち出していることもあって教会と対立できない立場だった。


(衛兵の視線が痛い……お陰で楽だけど……)


 ややこしい話は終わろう。

 小金を手にした裏町の悪ガキ共が、恩寵を鑑定してもらおうと集まるのは馬鹿でも分かるため、衛兵たちが目を光らせている。

 そうなると悪ガキ共も大人しくせざるを得ず、裏町でよく起こりがちなトラブルも、ウィルに突っかかってくるような人間もいなかった。


「“そよ風”・等級は黒。“微熱”・黒。“雪玉”・黒」


 教会の敷地内ではあるが、建物の外で司祭が恩寵の鑑定を流れ作業の様に行う。

 裏町の悪ガキ共に恩寵の鑑定を儀式的に行う必要性を感じなかった……というのもあるにはあるが、そんなことをしていたら日が暮れるという現実的な判断があった。


「そんな司祭様! もう一度しっかり行ってください!」


 軽く己の恩寵を鑑定され、しかも全く役に立たないような力の名を告げられた者の中には、縋りつく者もいた。

 しかし、司祭としても金の生る木になり得る鑑定自体は手を抜いておらず、面倒臭そうにお付きの者達に目配せして外に連れ出させる。


(お願いです神様。白に近かったらなんでもいいです!)


 ウィルは熱心な信仰心を持ち合わせていないくせに、こういった時に限って祈る多くの人間がそうであるのと同じく、心の中でひたすら祈った。

 原理はさっぱり分かっていないが、鑑定者は強力な恩寵を輝いた白として認識することが知られている。逆に真っ黒はゴミと言っても過言ではなく、まあ、私生活でなにか役に立てばいいよね。程度の扱いを受けてしまう。

 それ故にウィルは白ければなんでもいいと強く願い自分の番を待つ。


(神様……!)


 順番が来た。

 いつ終わるんだと目が死んでいた司祭の瞳が震え、慄いたように一歩後ずさる。


(こ、これはまさか、やったか⁉)


 司祭が明らかに激しい反応を示したことでウィルは心の中で喝采を上げるが、それを言った場合は大抵やってないのである。


「勘違いか……“健康”・黒」

「いいいいい⁉」


 思い直してもう一度じっくり観察するように目を細めた司祭が、役には立つがそれだけな恩寵の名を口にしたものだから、歯を食いしばっていたウィルは奇妙な声を発するしかない。


「司祭様、今さっきの反応は⁉ 健康ってだけなのに何を勘違いしたんですか⁉ ちょ、ちょっと待って、外に連れてかないで! 貴方たちもさっきの反応はって疑問に思うでしょ⁉」


 ウィルが悪足掻きしても無駄だった。

 司祭がまた面倒臭そうにお付きの者に目配せすると、数人がウィルの言う通りさっきの反応は何だったんだと首を傾げながらも、じたばた文句を言う彼を外に連れ出した。


「期待させといてそれは酷くねー⁉」


 ウィルの抗議の声は、虚しく空に響くだけだった。


「ったく……ああいう大人にはなるまい」


 それから数日。鑑定の時を思い出してブツブツ文句を言っていたウィルが見ている景色は、かなり様変わりしていた。

 街の付近は雑草が殆どなくなって道も整えられ、そこらに落ちていた馬糞の類もすっかり消え失せている。


「あああ仕事が終わるううう……」


 それはつまり日雇い労働の喪失も意味しており、なんとか仕事を手に入れたいウィルにすれば死活問題を引き起こした。


「大巡礼の雑用に雇われたら将来の道が広がるかもしれねえがな」

「なんですかそれ?」


 ウィルが嘆いていると、ある程度の関係を構築した労働仲間の男性が声をかけ、マジかお前かと言いたげな表情を浮かべた。


「お前、自分が関わった仕事の目的も知らねえのか?」

「さっぱりです」

「……いや、そういう設定か」

「違いますってば! それでなんの話なんです⁉」


 困惑した男はウィルの白い歯を見て、ああ、そういえばそういう奴だったなと思い直したようだが、当のウィル坊ちゃんは本心から否定して、話の続きを促した。


「まあ付き合ってやるよ。太陽教会の大巡礼をしてるだろ? でも鼠や蛇、毛虫なんかが出たら高貴な司祭と、高貴な護衛。高貴な従者は触りたくない訳だ。それでぼろ雑巾やぼろ箒役として雑用係がたまーに雇われるらしい」

「やります! やらせていただきます!」

「俺に言うな」


 仕方ねえなという表情を浮かべた男の説明を、ウィルは殆ど理解出来ていなかったが、とりあえず雑用すればいい仕事なのだと解釈して名乗り上げる。


「まあ、募集があったとしても狭き門だが……お前ならギリギリチャンスはあるかもな」

「歯で?」

「歯で」

「だから勘違いなんですってばぁ……」

「それと恩寵だな。確か健康だっただろ? ならどんな風に使っても体を壊さないなら便利だって思われる可能性はある。向こうさんからしても具合が悪くなったから、使えませんなんてほざく道具は必要じゃねえし、変な戦闘系の恩寵に比べたら分かりやすくて管理も楽だ」

「な、なるほど確かに!」

「ただ、念押ししておくけど、なにかしらのチャンスにつながる可能性はあるとはいえ、使い捨て前提の道具扱いだぞ」

「大丈夫です!」


 顎を擦った男の言葉にウィルは感銘を受けた。

 歯が綺麗だから最低限の教養があると判断されるのは困るが、健康だから丈夫で長持ちする雑用係と思われるなら大きな利点と言えるだろう。


 実際、この推測は当たっていた。


「大巡礼の雑用役をやるか?」

「本当ですか⁉ やります! やらせていただきます!」


 役人に声を掛けられたウィルが期待に胸を膨らませると、その期待通りの言葉を頂戴して声を張り上げる。

 使い捨ての道具に必要な条件は、妙な勢力との繋がりがないこと。歳若く小賢しい知恵を持っていないこと。健康であること。恩寵が変に強力でないこと。遠慮なく潰していい立場で、通常の市民以上に雑に扱っていいこと。それでいて、最低限度の容姿と教養があること。

 なんていう、全て合わせるとかなり難しいものだ。


 しかし偶々、日々黙々と作業するウィルという好条件が日雇いに紛れ込んだことで、役人たちはとりあえず彼に話を振ってみることにした。

 尤も教養という点はかなり怪しいのだが、なぜか役人たちも歯が綺麗だから最近没落しただけで、生まれ自体はいいんだろうと思い込み、簡単なテストすら行わなかった。


 そこからは話が早かった。

 ウィルは自分がなにに巻き込まれたかさっぱり分かっていないまま、大巡礼を直に体験することになる。


「わあ……」


 整地の完了から数日後、街の中を進む煌びやかな人々にウィルは圧倒された。

 高貴で金がかかっている物を身に着けた騎士や司祭。女中や使用人と思わしき人間すらも気品を感じさせながら、続々と街の大通りを進む。

 だがその中心に位置する、明らかに最重要の人間が乗っていると思わしき豪奢な馬車は中を窺えず、人々の想像を掻き立てるだけだ。


「よーし頑張るぞ!」


 一行の雑用係として気合を入れるウィルだが、彼の仕事は煌びやかな集団が街に滞在している最中は存在せず、外に出てからが本番だ。

 そのため今現在は仕事が存在せず、定められた日まで街の隅で大人しくするしかなかった。


「ふうう……夜になったら冷えるなあ」


 喧噪に包まれた昼を過ぎ夜になると、ウィルは手をこすり合わせながら夜空を眺める。

 人生に目的が無く、ただ生きるために生きる……という生活を送っている彼にとって、星々を眺めるのは数少ない娯楽の一つだ。


「屋根がある家が目標かな」


 ただ星を見るのが好きとは言え家もない生活は厳しいため、当面の目標は屋根付きの家だ。


「もし……」

「え? はい?」


 ぼーっとしていたウィルは、突然聞こえた声で我に返り視線を上から戻すと、そこにはぼろ布を纏った三人の人間がいた。

 全員が小柄でウィルよりも小さく、見るからに弱々しい姿だ。

 そしてなにより非常に醜かった。

 瞼が無く眼球が丸出しの者。鼻が削げている者。唇が無く歯茎が露わな者。

 更には共通してあちこちが膿んで汁を垂れ流し、肌は萎びて、頭に至っては所々毛髪がないどころか頭蓋骨だって露出している有様だ。


「なにか困りごとですか?」

「はい……どうかこちらにいさせてください……」

「どうぞどうぞ。何もないところだけど、ゆっくりしていって」


 尋ねたウィルは、掠れた声の持ち主が女性。しかも体格から考えて、自分よりも年下の少女だと判断して手招きした。

 すると彼の反応が予想外だったのか三人の人間は思わず固まり、恐る恐ると言った様子で地面に座ろうとした。


「そこじゃ寒いよ。僕がいたからこの辺りはちょっとはマシだよ。ほら、遠慮せず」

「あ……」

「ああやっぱり。今日は寒いよねー」


 ただ相手を年下だと判断したウィルに遠慮はなく、二人を隣に座らせると、残った一人を自分の膝の上に座らせた。

 ウィルは生ごみを数日腐敗させたような悪臭が三人から発せられているのも気にせず、冷え切った少女達を温めるように優しく抱き寄せる。


「……どうして?」

「うん? どうして……ああ、あんまり面白い話じゃないよ。父さん母さんが夜逃げしちゃって、家が無いんだ」

「なに、を」

「なにを……してるか? えーっと、大巡礼っていうの? 正直よく分かってないんだけど、それの雑用係をすることになったんだ。でも読み書き出来ないのはやっぱマズいかなあ。あ、これ内緒ね」

「こ、の、み」

「好み? あははは。そう言ってくれるのは嬉しいけど、家も金もない甲斐性無しだからねえ。こんなこと言うのはちょっと早かったかな……でも大事なことだから覚えておいた方がいいよ。だから僕はその点で失格も失格さ」

「のぞ……み」

「さて、どうしようね。お仕事して家を何とかするのが目標だけど、そこから先は考えてないや」


 会話が通じているのか通じてないのか。

 たどたどしい少女たちの問いに、ウィルは自分流の解釈をして答える。

 良い言い方をすれば無欲だが、見方を変えると人生の目的意識が無いだけとも言える少年はかなり達観している。


「うん? どうしたの?」


 そんなウィルが少女たちの異変に気が付いた。

 体を無理矢理動かしている様な、窮屈な場所から出ようと身動ぎしている様な……。

 必死に必死に、体のコントロールを取り戻そうとしている。そんな小刻みな動きだ。


「に、げ、て」

「え? っ⁉」


 三つの唇が重ねた言葉は勘違いを起こす余地がないものだった。


「ぎぃっ⁉」


 左肩に灼熱を感じたウィルの歯から悲鳴が漏れた。

 見ると彼の肩は綺麗に切断され、周囲はあっという間に迸る血で染まってしまう。


『つまりません。実に……つまらないです』


 いったいいつからそこにいたのか。

 暗褐色の長い髪。蠟のような肌。貴族が着用するような服。非常に聞き心地のいい男性の声。それらは確かに人間のものだが、目のある筈の部分から、山羊の角が生えた生物を人間に定義していいのか。


『あのですねぇ。そこは汚らしいガキめ、あっちへ行けと言うところでしょうが。それなのに訳の分からないことをブツブツと……はあ』


 慇懃無礼とでも表現できるのか。

 口調はおっとりとしたものなのに、言葉の端端から軽蔑を浮かべている生物。この世にあってはならない悪魔が、心底失望したと言わんばかりの態度を見せる。


「ひっ⁉ ひいいっ⁉」


 一方、腕が切断されたウィルはそれどころではなく、痛みすら感じないパニックを起こしてガチガチと歯を鳴らしていた。

 そして三人の少女たちは人形のように固まり、ただ目の前の惨劇を見届けることしか出来なかった。


「や、やめて⁉」

『はあああ……そうだ。その三人の首を締めて殺したら助けてあげましょう。ああすいません。締めようにも腕が』


 状況がさっぱり分かっていないウィルが命乞いをすると、悪魔が素晴らしい提案を思いつき、親切そうな笑みを浮かべた。


「な、な、舐めてんじゃねえぞクソボケがあああああああ!」


 まだ喋っている途中だった悪魔への返答は怒声だ。


 怒髪天を衝く。

 鬼の形相。

 いったいどこに自分より年下らしい小柄な少女の首を締めて、助かろうとする男がいるというのだ。

 怒りで理性が切れたウィルは取り繕っていた口調も投げ捨て、残った右腕で悪魔を殴るため思いっきり振りかぶった。


 それと同時に最も最も最も最も恐ろしい力が炸裂した。


『はああああ……』


 面倒臭い。本当に面倒くさい。そんな感情がありありと分かる溜息を吐いた悪魔は、甲冑も容易く切り裂ける長い爪を横に振り、外した。


『なに?』

「くたばりやがれえええええええ!」


 単純に距離を見誤った悪魔の爪は空を切り、まともな思考ができないウィルの右拳が悪魔の顔を捉える。

 しかし、悪魔はそこらの小僧が殴っただけで痛みを感じるような生物ではない。


 ウィルの()()()()が悪魔に叩きつけられても同じだ。


(……なぜ腕が切れていない⁉ いや、勘違いをしていた! 腕なんか切っていないぞ!)


 不思議な。あるいは恐怖体験的な判断を悪魔は下した。

 確かに悪魔はウィルの腕を切断した。血だってある。それなのにいつの間にか腕はくっ付き、悪魔は腕を切っていないと勘違いする。


 いいや、いつの間にか血は綺麗さっぱり消えていた。


 あり得るのだろうか?

 確かに切った。確かに、確かに、間違いなく。

 間違いなく? 

 間違いだ。

 勘違いだ。


「どこに! てめえより! 下の子殺して! 助かろうとする! 奴がいるってんだ! ゴラァ! お前が死ねやあああ!」

『舐めるな人間!』


 理性が完全に焼き切れているウィルの脳は爆発しているかのような熱を持っている。

 だから変わってしまう。

 全てが。

 尽くが。

 現実が。

 なにより世界が。

 ぐにゃりと。


 そうに違いない。そうだ。そうに決まっている。という酷すぎる勘違いは思い込みから脱せられない……現実を認識出来ない者のたわ言?

 

 いいや。

 そうアレ。

 そうアル。


『死ね!』


 悪魔の鋭い爪があまりにも容易くウィルの胸部を貫き、背骨までも貫通する。

 誰がどう見てもウィルの命は尽きた。

 筈だった。


 ぐにゃり。

 ぐにゃりぐにゃり。

 飴細工のように。粘土細工のように現実が歪む。

 勘違いを押し付けられる。


(ええいまた勘違いをした!)


 てっきり人間を殺したと思っていた悪魔は、彼が無事な姿を見て勘違いに気が付く。

 ウィルの胸には穴はないし、詰めた筈の距離すら勘違いしていたらしく、なにも起こっていなかった。


 恐ろしく、悍ましく、恐怖そのものの現象を悪魔は認識できていない。


「おんどりゃああああああああ!」


 ウィルはそれどころではないし、身に起きていることにすらもう分かっていない。

 死にたくない。でも後ろに女の子がいる女の子を置いて逃げたくない。

 逃げるくらいなら死んでやる。

 ちっぽけな男の矜持だけがウィルの体を突き動かして、技術なんて欠片もなくやみくもに拳を振り回す。


 加速する。回転する。

 禁断の力が過剰負荷で突き進む。

 この世に存在してはならない思い込みの押し付けが暴走する。


 認知を歪める怪物が世界に知られないまま君臨する。

 降臨する。

 誕生する。

 

(対悪魔流派か!)


 なにをどう勘違いしたのか、悪魔はウィルの拳を対邪悪に特化した武術によるものだと思い込む。

 その対悪魔流派の拳がこれ以上悪魔に当たったなら、忽ち聖なる力が流れ込んで悪魔に想像を絶する苦痛を与えるだろう。


(ならば実と見せかけて虚っ⁉)


 悪魔はその対悪魔流派と戦った経験があるらしく、ウィルの拳がフェイントであると見抜き、本命に備えていた。

 しかし握りこぶしはそのまま真っすぐ走り、悪魔の腹に突き刺さった。

 そんな騙しの技術がウィルにある筈がないのに、なぜか悪魔はそれが出来ると思い込んでこの様だ。


 ここでとある現象を紹介しよう。

 人に冷水を浴びせる際に、熱湯だと勘違いさせると、熱などないのに火傷のような反応をしてしまうことがあるらしい。


「死ぃねえええええええええええええええええ!」

(マズい! 死ぬ! 聖なる力が! )


 爆発するような聖なる力。いや、神気とすら表現していいものがウィルに宿る。

 と、悪魔は勘違いした。

 そして悪魔は拳に宿った聖なる力が自分を焼き尽くすと確信した結果、そんなものはこれっぽっちも宿っていないのに、腹部を起点にして全身が爛れ始めた。


『ギャアアアアアアアアアアアアアア!』


 重ねて述べるが聖なる力など何処にも存在していない。それなのに悪魔は絶叫を上げて悶え、ボロボロと肉体が消滅していく。


『さ、最高位の聖なる力だとおおお! た、魂までもがああああああああ!』


 更に更に悪魔は、自身を襲う力が地上に存在するはずがない、最高位の神聖だと思い込む。

 通常の悪魔は物質界で消滅しても、また生まれ戻った魔界に戻るだけで死なず、また何かしらの悪だくみを行なうのが常だ。

 しかしながら最高位の神聖だけは例外で、魂と存在そのものを浄化してしまうため、悪魔はこの世から完全に消滅する、真の死を与えられるのだ。


『ギイイイイイイイイイイイイイ!』


 その思い込みの果てに倒れるのは、寧ろよかったのかもしれない。

 もしこれすらも耐え抜いた場合、過剰に反応した認識の怪物は現実改変と改竄に達し、偽りでも思い込みでもない、最高位神聖術を現実に溢れさせたかもしれないのだから。


 誰が何を言っても認知を正せない者がいる?

 事態に直面しても現実を認識出来ない者がいる?

 思い込みを振り払えず己の世界から抜け出せない者がいる?

 

 違う。違う。違う。違う。

 全てが勘違いしている。


『ア……』


 最後の断末魔は呆気なかった。

 悪魔の死体は残らなかった。

 ただ、現実すら歪ませる思い込みの果てに消滅してしまった。

 

「や、や、野郎! こ、ここまでコケにしやがったのはお前が初めてだぞ! 大したもんだよ! 親父とお袋が夜逃げした時ですら、まあしゃあねえかで終わらせたってのに! 俺が命惜しさに年下売るように見えるのかゴラァ! 何とか言ってみろやっ!」


 頭に血が上り過ぎているウィルが、先程まで悪魔がいた場所を繰り返し蹴る。

 彼が冷静になるまで、まだ少しだけ時間が必要らしい。


 ◆


 街の神殿で何も知らない司祭がワインを飲みながら数日前を思い出していた。


「真っ白な恩寵、“勘違い”など……なにを勘違いしていたのやら。単なる“健康”の恩寵をそう誤認するなんて、私も歳かな」


 司祭は自分で恩寵の名を呟いておきながら、それを勘違いだと認識している。

 正しい認識……それは誰が正しいと保証してくれているのだろうか?


 勘違いの力を持っている者達にとって間違っているのは己ではない。

 人であり、周囲であり、大衆であり、国家であり、なにより世界なのだ。

 ならばこそ正しい姿に作り替える。


 現実改変能力の極致。世界再誕にすら届きうる“勘違い”が、生活をよくしたいという、取るに足りない野望で燃える少年に宿ったのは、全てにとって幸運だった。

あり得ない勘違いは強制された結果なんだよ!(また似たようなこと言ってるよこの作者)。でもこういう設定を軸にすれば、味変的な勘違い物として受け入れてもらえるのではと……。

拙作のセルフパロに近いんですけど、実はあっちよりも設定的にはこっちを先に思いついてました。どうあがいてもホラーにしかならないんで、埃被ることになったんですけどね。

ファンタジー的プラシーボとノーシーボ効果って普通にホラー(*'ω'*)


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