寂しがり屋の令嬢は冷徹な執事に恋をする
「またなの!? もうしたくないから断って」
「しかし、妃菜子様のお父様からのお願いですよ?
断ることができません」
「断る報告も執事の仕事の一つでしょ。
まったく、気が利かないんだから。
……少し外に出て休憩してくる」
「妃菜子様……」
今週、何度目だろうか。流石に嫌になってきた。
色とりどりの花が咲いている庭に出て、ベンチに座り、軽く握り拳を作る。
その手にポタポタっと零れ落ちる涙。
目が腫れるから泣きたくないと思っていても、我慢できなくなり溢れてくる。
私は椿 妃菜子。社長である父の会社で働いている二十三歳の女だ。
大人になってから早く結婚するように言われ続け、一週間のうちに多くて五回もお見合いをさせられてうんざりしている。
行きたくないと言っても父が強引に予定を入れるし、相手は社長や役職がある人だったりするから面汚しをしないために断れないこともあった。
今はお見合い相手なんかいらない……。
それよりも今の私には欲しいものがある……。
「また泣いていたんですか……。
妃菜子様は自分の意見が通らないとすぐに泣き出すんですから。
そこは改めた方がいいと思います」
「遠野こそ、もうちょっと私の気持ちを考えてくれてもいいんじゃないの……?」
「社長に歯向かうことはできません。
十五分後にお見合い相手の相澤様が到着予定とのことです。
早く涙を拭いてください」
いつもピッタリの時間で動き、頼まれた仕事はその通りにする。
真面目な執事、遠野 隼斗。
彼は五年前に父に雇われて、主に私の面倒を見ている。
歳は聞いたことがないけど、見た目が若いからそんなに離れてないと思う。
そして、冷たいところ以外は執事として完璧だ。
急かされて苛立つ気持ちもあるけど、泣いていたら迷惑が掛かる。
上着のポケットからティッシュを取り出し、涙を拭いてからズズッと鼻をかむ。
「はい、ゴミ箱です」
「あっ……、ありがとう……」
こういう気遣いはできるのに、泣いている時間はくれない。
私にも心というものがあるのに遠野はいつもそれを考えてくれてない気がする。
「早く行きましょう。妃菜子様」
ゴミ箱にポタンッと何かが落ちる音が聞こえてから雨が降ってきたのに気付く。
土砂降りになって、交通網が麻痺してしまえば今日のお見合いがなくなるのに……。
窓の外を見ると洪水になるほどの雨は降っておらず、そんな望みは叶わなかった。
「相澤様、初めまして。妃菜子と申します」
お見合いするために家にやって来た相澤さんに作り笑顔で挨拶をする。
「妃菜子さんのことは、お父さんからよく聞いてるよ。
ピアノとお菓子作りが得意なんだってね」
今日のお見合いの相手は清潔感があるけど、イケメンとは言えない人だ。
好みのタイプではない。
「はい。休日はピアノを弾いて家族に聞いてもらったり、作ったお菓子を食べながらお茶を飲んだりしています」
ピアノとお菓子作りも一回やっただけで得意というわけでもない。
父が盛った話だから仕方がないけど、面倒な趣味の紹介もこれで済んでいるから楽だ。
「素敵な趣味を持っているんだね。
僕はキャンプやスキーに出掛けたりするから家でできる趣味を持っている人が羨ましいよ」
「いえ、相澤様の趣味も素敵だと思います。
私もそういう楽しそうなお出掛けをしてみたいですもの」
「それじゃあ、キャンプに一緒に行ってみないかい?」
「いきなり二人きりで遠出するんですか? あはは……」
まさか誘われるとは思ってなくて苦笑いする私。
きっとこれは社交辞令だ。そうに決まっている。
「来週の土日、空いていたらどうかな?」
具体的に話を切り出してきた。
どうしよう。上手く誤魔化さなくては……。
「二人でいきなりキャンプに行くのは、私にとってハードルが高くて……。
何をしたらいいのかも分からないですし……」
「分からないことは教えるし、準備と片付けもこっちがやるから大丈夫だよ。
妃菜子さんは、友達とキャンプやスキーに行ったことがないのかい?」
「えっ……」
「数人の友達とスキーに行く子とかもよく見かけるよ」
「あはは……。そう……ですよね……」
友達のことだけは言われたくなかった……――
じわじわと目が潤んできて、涙が零れそうになってくる。
少し上を向いて堪らえようとするものの、ポロッと落ちてしまって頬に涙が落ちていく。
「あれ……、妃菜子さん……?
大丈夫ですか?」
「だっ……、大丈夫です。
部屋に飾ってある百合の花粉が、目に入ったのかもしれません……。ううっ……」
早く涙を止めたいのに、何も話せなくなるくらい胸が苦しくなっていく。
ハンカチで拭いていたけど、鼻水も出てきた。
そのせいでティッシュの山ができてきて、お見合いどころではない状態になってきた。
「花粉症は大変だよね。
いや、そうではなく、体調が悪いのかな……?
今日はやめておこうか。妃菜子さん」
「本当にっ……、もうしわけ……ありません……」
きちんと謝らないといけないのにまだ涙が止まらない。
私の悩みはこんなにも深刻なものだったんだ……――
離れたところで見守っていた遠野が、泣いている私の隣にやって来て相澤様に深く頭を下げた。
「ご迷惑をお掛けしてしまい申し訳ありません。
妃菜子様が落ち着き次第、再度お見合いをする日をお知らせいたしますので」
「今日は天気が悪いですからね。
次は晴れた日にお会いしたいと思ってます」
そう言って相澤様は帰って行った。
私が泣き止んだのは一時間後。
外ではまだ雨が降っていて、いつもより暗くなる時間が早かった。
自分の部屋に戻って、照明も点けずに塞ぎ込んでいたらトントンッとノックをする音が聞こえた。
「妃菜子様、さっきのお見合いのことで社長が怒っていましたよ」
やってきたのは遠野だった。
「ううっ……。相澤様には悪かったけど、お父様は勝手に怒っていればいい。
私はお見合いをしたくないと何度も言っているのだから」
「社長は将来のことを思って言っているんですよ。
妃菜子さんがひとりで苦労しないように」
「苦労してる……?」
「裕福な生活を送っているじゃないですか」
「本当に欲しいのは、裕福な生活でも素敵なお見合い相手でもない……!
私は……、皆が持っているものを持っていないから……」
ベッドの上に置いていた大きな耳をしたうさぎのぬいぐるみがポトンッと床に落ちた。
小さい頃から隣にいてくれた私の唯一の大切な友達。
子供の頃はこのぬいぐるみを抱っこをして色んな場所に行った。
目が覚めた時におはようを言えて、両親に怒られた時に静かに隣にいてくれて、寂しい時に抱き締めていた大切な物。
私は倒れているうさぎの人形の側に行って、手に取り、ぎゅっと抱き締める。
学生時代の私は友達が誰もいなかった。
入学した時は、沢山友達ができたと思っていたけど、話しているうちにどんどん友達の表情が変わっていく。
「そのバッグ、ブランド物じゃん。
妃菜子ちゃん家はお金持ちなんだ……。
うちではそんなに高い物を買ってもらえないからなぁ……」
「綺麗な髪の毛だけどさ、妃菜子ちゃんはそんなに高い美容室に行ってるの?
わたしは行けないからそういう自慢話しないでもらえる」
「いつも豪華なお弁当持ってくるよね。
わたしたちのお弁当を馬鹿にされてるみたいでムカつく」
そんな事を言われて、一人、また一人と友達が減っていって、私の隣には誰もいなくなった。
人生で友達と遊びに行ったことなんてない。
卒業した後も連絡先を交換した人がいないから誰とも付き合いがない。
私は寂しくて堪らなかった……――
だから、相澤様に友達のことを聞かれて過去の傷がまた痛み出して涙が止まらなくなった。
今は何よりも友達が欲しい……。
仕事だけの付き合いじゃなくて、気軽に話して、笑い合って、一緒に出掛けて、美味しい物を食べたい。
「うさぎのぬいぐるみ……。
大事にされているんですね」
「この子は、私の……たった一人の友達だから……」
「そういえば、妃菜子様はいつも家族といるか、お一人で過ごすことが多いですよね。
休日出勤をした時に何度か見掛けたことがあったので……」
「好きで一人でいるわけじゃない……」
パチッと照明のスイッチを押す音が聞こえて、暗かった部屋が明るくなる。
ぬいぐるみを抱いて縮こまっている私を遠野は見下ろしてくる。
無表情な顔をして見てくるから、何を思って話し掛けているのか分からない。
きっと、早く涙を拭けとか言ってくるんだろう。
私は涙でぐしゃぐしゃになった顔を少し横に向けて口を閉じた。
「先程、妃菜子様に気が利かないとご指摘されたのでここで挽回したいと思います」
「なっ、なに……?」
「妃菜子様の泣く理由を考えてみたんです。
ぬいぐるみだけの友達だけでは寂しい。
誰か隣にいて欲しいんだなっと……」
「うっ……、うん……」
「そういうことで、妃菜子様の執事である俺が友達になりましょう!」
胸に手を当てて、自信満々な顔を向けてくる遠野。
今までこんなに活き活きとした姿を見たことがなかったから目を見開く。
「はぁ……!? 遠野が……?」
「自慢になるか分かりませんが、子供の頃は友達を作るのが得意だったんです。
休み時間はいつでも話し掛けられて、学校帰りは友達と帰っていました。
他校の友達も何人かいましたし、現在も付き合いがある友人がいます」
ただの自慢でしかない。
はぁ……っと大きな溜め息をついて呆れていると、遠野は私に手を差し伸べる。
「いい加減に素直になりましょう。妃菜子ちゃん」
「ひっ……、妃菜子って呼んで」
「分かりました。妃菜子」
手を取って立ち上がると、遠野は今まで見せたことがない穏やかな微笑みを見せてくれた。
何も意識してこなかったけど、触れた時に少しだけドキッとした。
「妃菜子は、俺のことを隼斗って呼んでくださいね」
「そうなるの……!?
まぁ、そっちの方が友達っぽいからいいか……」
「でも二人でいる時だけです。
社長にバレないようにしてくださいね」
「呼び捨てにしたくらいで怒らないと思うけど。
そんなに心配すること?」
「社長は妃菜子の幸せを願っています。
自分で娘の結婚相手を選びたがるほどに……」
「他人からはそう見えるんだ……」
「ここで働けなくなってしまうのは嫌なので、約束は守ってくださいね。
それでは明日から友達としてスタートです」
友達を作るのって、こんなに気合を入れないといけないのかな。
少し不安だけど、友達ができることが嬉しくて期待しながら次の日を待った。
お気に入りのぬいぐるみと夜を過ごし、朝がやって来てた。
今日は普段よりしっかりと化粧をして、髪の毛もきちんと整えていこう。
友達になった遠野と初めて会う日だから……――
鏡の前に立ち、身だしなみをチェックしてからリビングのドアを開ける。
「おはようございます。妃菜子」
仕事をしている隼斗が立ち止まって私を見る。しかも、微笑んで。
「おっ、おはよう。隼斗……」
何か言いたいけど、いつもと違う状況に驚いて、ぎこちなく返事をすることしかできない。
「妃菜子のご両親と弟さんは買い物に出掛けました。何やら新しいゲーム機が発売するとか」
「弟はゲームが好きだから。
必ず買うために朝早くから並びたかったんだと思う」
隼斗の前を通り過ぎて椅子に座って朝ご飯を見る。
パンとサラダ、目玉焼きとベーコン。
お母さん用意する食事は、パンとおにぎりとかバランスを考えていないメニューだから、これは隼斗が作ったものだ。
いただきますっと手を合わせてから、テーブルの上に用意してある食事を口に入れていく。
「わぁ! 美味しい。
隼斗が作る料理は最高だね!
……って友達だったら褒めるんでしょ?」
「そこまでわざとらしく褒めないですよ……。
ところで、妃菜子の好きなことってなんですか?」
「私は趣味なんてないから……。
家でゴロゴロしながらスマホを見てるくらいだし……」
「お見合いの時によく言ってるじゃないですか。
ピアノとお菓子作りが趣味だって」
「あれはただ……、毎回考えて話すのが面倒だからそう決めているだけ。
ピアノはしばらく弾いてないし、お菓子を作っても渡す人がいないから……」
「お菓子作りがあるじゃないですか!」
「えっ?」
「友達と何かを作るのも楽しいんですよ。
だから、一緒にお菓子を作りましょう。
ご家族も喜んでくれるはずです」
「うん、やってみる。
八割は隼斗に頑張ってもらおうかな」
「せめて五割にしてくださいよ」
レシピ本を開いて、家にある材料で作れるお菓子を探した。
クッキーなら作れそうかもしれない……。
隼斗と協力しながら、必要な材料を集めてお菓子作りを開始する。
「俺は砂糖を量りますね」
「よろしく。私はバターを溶かすから」
台所に二人で並んで料理をしたことがなかったから新鮮な気持ちになる。
友達と一緒に頑張るのは、こんなに楽しいものなんだ。
「妃菜子、小麦粉を取ってください」
「分かった。……って、ごめん」
よそ見をしながら小麦粉を渡そうとした時、自分の手が隼斗の腕に当たってしまった。
「いいですよ。俺はそのくらい気にしません。
妃菜子の友達ですからね」
「そっ、そう……」
今まで不意に手が当たることはあったのに、友達になってからだとなんだか緊張する。
しかも、私の前では無表情でいることが多かったのに、今は穏やかな笑みを向けてくる。最早、別人だ。
「おっと、卵の白身が少し混ざってしまいました」
「そのくらい、いいんじゃない?
今回は友達同士で楽しく作るのが目的だし」
「こうやって妃菜子と話していたら、真面目にしすぎていたなって思います。
ここで働き出す前から、友達に頭が固いやつだって言われた時があったんですよね。
それで、喧嘩をしたこともありました。
もっと柔軟な考え方をしていかないと……」
「そんなことを考えていたんだ。
私はしっかりしてるタイプじゃないから、隼斗みたいな人がいてくれて助かってるんだけどね」
「俺もそう思うんですよね。
感情が豊かな妃菜子の面倒を見るのが楽しいですし」
「えっ!? なにそれ、初めて聞いた……」
「やっぱり今のは聞かなかったことにしてください。恥ずかしいので……」
視線を逸らした隼斗の顔は、赤くなっているような感じがした。
その姿を見た後にこっちまで熱くなってきてドキドキしてくる。
緊張するというか、温かいというか……。
友達だからこんな感情になるんだろうか……。
でもこの感情は小さい頃に好きな人に告白した時に似ている気がする。
隼斗とは、友達になるって決めたのに……――
それからクッキーの生地が出来上がり、冷蔵庫で冷やしてからオーブンで焼いていた。
完成したのはプレーンのクッキー。
焼き加減もバッチリだ。
その時に私の家族が帰ってきて、一緒に味見することにした。
「美味しい。二人でお菓子を作るなんて珍しいことをするわね。
妃菜子はドジだから隼斗くんのおかげで上手にできたのかしら。仲良しでいいわね」
「お姉ちゃん、これしかないの?
おかわり欲しいんだけど」
「妃菜子の作ったお菓子を食べるのは久しぶりだな。こんなに上手に作れて、父として誇らしいぞ。
次のお見合い相手にクッキーも作れるって話しておくからな」
「大成功ですね。俺もこのクッキーは美味しいと想います」
「うん……」
バターの香りがして、サクッとした食感で甘い味がするクッキー。
一口食べてみると目が大きく開くほど美味しいと思えた。
私もこのレシピ本を見て作った時があるけど、こんなに美味しくならなかった。
きっと、これは友達と……、いや、隼斗と作ったから。
一人でお菓子を作ったら隼斗にもっと喜んでもらえるのかな……。
それから私と隼斗は、一緒にカフェやゲームセンターに出掛けたり、買い物をしたり、色んな場所に行ってたくさん話をした。
最初は真面目な執事としか思っていなかったけど、今ではいい友達になってきた気がする。
欲しかったものが手に入った。
でも、なぜか心の中がもやもやする。
こんなにも楽しいのに……、つらいのはどうして……。
仕事が休みの日の午後。
望みを叶えてくれた隼斗にお礼がしたくて、ひとりでお菓子作りを始めた。
カフェに行った時、隼斗はアップルパイを頼んでいたことがあった。
きっと好きだから選んだと思う。
喜んでもらうためにアップルパイを作ってプレゼントしたい。
手作りのお菓子を渡してもいいくらいの仲になっているはず。
私と隼斗の関係は恋人ではなく“友達”だけど……――
ボールに小麦粉と砂糖を入れていると涙が浮かんできた。
ズッと鼻水をすすると小麦粉を吸い込んでしまい、我慢できないほどムズムズしてくる。
「は……くしゅんっ!」
くしゃみをしてしまい、小麦粉がぶわっと舞って私の顔まで飛んでくる。
「ううっ……。作り直しじゃん……」
その時に涙が流れて口元に下りてきた。
砂糖を入れていたから甘い味がする。
「あれ……、妃菜子?
また泣いているんですか……?」
「隼斗!?」
「忘れ物をしたので、取りに来たついでに妃菜子に挨拶をしようと思ったんですよ。
顔が粉だらけになっていますが、大丈夫ですか……?」
「大丈夫じゃないから見ないで……」
隼人に背中を向けて俯く。
顔が小麦粉で白くなっている恥ずかしい姿を見せたくない。
しかも、せっかく友達なったのに、友達でいたくないと思い始めている。
そんな自分が我儘みたいで嫌だった。
「妃菜子が泣いている理由……。
俺が当ててみましょうか?」
隼斗が隣にやって来て、口角を上げて見つめてくる。
そして、真っ白に汚れた顔をティッシュで拭いて綺麗にしてくれた。
その優しさを信じて、勇気を出して目を合わせる。
「答えを教えて……」
「次は友達から恋人になりましょう。
……俺は、妃菜子のことが好きなんです」
一気に感情が込み上げてきて、甘い涙がポタポタと零れ落ちる。
そんな私を隼斗は愛おしそうにぎゅっと抱きしめてくれた。
「私も隼斗のことが好き……。
どうして私の気持ちが分かったの……?」
「妃菜子のことを誰よりも見ているからですよ」
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