表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

悪役令嬢は拳でヒロインを取り返す!

作者: ポンジュレ

「エリカデッラ公爵令嬢っ、たった今をもって、貴様との婚約を破棄するっ!」


 王立学園卒業パーティ。

 壇上のフィリッポ王子の言葉を受け、彼女の全身にカミナリが落ちたような衝撃が走った。


(……ちょっと待って。私の名前はエリカで……あれれ。何かいろいろ思い出してきた)


 エリカは〝元〟大学生。

 親友セナにしつこく絡む、チャラ男な元カレに引導を渡そうとしたところ、学食の前で突き飛ばされ……

 階段から落ちた拍子に、お亡くなりになったらしい。


(……で、転生してこの、エリカデッラって公爵令嬢になったと。ていうかこのシチュ、『スイスカ』じゃんっ)


 スマホゲー『スイートエスカレーション』略して『スイスカ』。

 ヒロインのライバルで悪役令嬢。本当のキャラ名は『マリアデッラ』。

 好きなキャラの名前を自由に変えられる機能を使ったのだが、


(語呂合わせで乗っけたあたしの名前がガチになってるの、超ウケるんだけど)


 自慢の縦ロールを揺らし、ひとまず前世現世の記憶をぎゅるぎゅると整理。

 そして……不思議な状況だろうと、笑ってさっさと受け入れる楽天家。

 

 扇で顔を隠しながら笑う。無意識に、お上品な仕草まで身についている。

 それがさらに呼び水になって、笑いが止まらない。


「貴様っ、なにがおかしいっ!」


 王子が激おこなのだが、めちゃくちゃ他人事な感覚。

 バイト先のコンビニで無意味にキレる客とあまり変わらない。

 前世の記憶によると、マリアデッラはこのM字バングのホストくずれみたいなのを、えらく気に入っていたようだが……


(前世でセナに絡んでたやつと雰囲気が似てるし。あたしはとてもじゃないけど無理)


 この王子もまた、学園で女子にモテモテなチャラ男。

 硬派な元ヤンで筋肉好きなエリカの好みからは、1000億光年ぐらい離れている。


「『スイスカ』ってこういうチャラいキャラばっかなのよねー。セナに勧められてやってたけど、推しがいなかったからなあ」

「何をブツブツ言っているんだっ。今さら、これまでの悪行を反省しても遅いぞ。おい、セーナ男爵令嬢をここへっ」

「───へっ?」


 フィリッポ王子の合図で、端の集団から令嬢が出てくる。

 肩までの栗色の髪で、見た目は庶民臭いが妙にえらそうにしている。

 

 王子は彼女をかたわらにぐいっと抱きかかえ、さらに叫んだ。


「貴様がこのセーナに行った数々の嫌がらせ、全て証言が上がっている。さあ、今ここで彼女に謝罪しろっ」


 半笑いの居丈高さが加速して止まらない王子。

 学園では成績などで常に比較されていたので、ここぞとばかりのようだ。

 その隣でセーナと呼ばれる令嬢は、勝ち誇ったニヤつき顔をしている。

 

 エリカは素で気になったことを訊いてしまった。


「おかしいな。あんたのキャラ名、確か『オリアーナ』じゃなかったっけ」


 それを聞くやいなや。

 セーナはくらくらとしながら、その場にしゃがみ込んでしまった。


「あらら、貧血?」

「おおおっ、セーナよ。かわいそうに。あの女にいじめられてきたことを思い出したんだな」

「……ち、違います。ちょっと待って、お願いっ」


 セーナはさっきと打って変わり、めちゃ青い顔をして頭を抱え込んでいる。

 十数秒後。立ち上がった彼女は、壇の下へと駆け下りる。

 何やら必死な顔つきで、エリカの両肩をがっしりつかんだ。

 

「ちょ、何よあんた」

「エリカデッラって……まさか〝エリカ〟、エリカなのっ?」

「───! そういうあんたは……え、〝セナ〟?」

「そう。私、セナだよ。うわぁぁ~ん、エリカぁ~っ。会いたかったよぉ~」


 号泣しながらエリカに抱き着くセナ。

 エリカもよしよしと背中を撫でつつ涙ぐむ。


「ひょっとして、あんたもたった今思い出したクチ?」

「うん。それよりごめんね。私のせいでこんなことになって」

「ふふっ、それってこのゲームと前世のチャラ男、どっちの話よ」

「両方ともっ! ふぇえ~ん」


 そう、あの学食前で突き飛ばされた時。

 エリカは後ろにいたセナともども、一緒に階段から落ちたのだった。


 泣きじゃくるセナをゆっくりと引き離し、にっこり微笑みかける。


「別にあんたのせいじゃないし。ていうかさ、二人とも同じゲームに転生って、めちゃウケるよね」

「ぐすっ……もう、こんな時でもお気楽なんだからぁ」


 二人の様子にまったく理解が及ばないフィリッポ王子。

 しばらく呆気に取られていたが、またキレだした。


「んむむむむっ、さてはエリカっ。セーナのさらなる弱みを握って、この場で懐柔(かいじゅう)しようとしているなっ」

「ぁあ? っせぇなあ。あたしらは今、時空を超えて再会してんのよ。いいとこ邪魔しないでくれる?」

「何をわけのわからんことをっ。セーナ、さあこっちへ来いっ」

「きゃあっ」


 力任せにセナを引っ張る王子に、エリカはキレた。


「このチャラ男、いい加減にしろっ」

「ぶぎゃあっ!」

 

 前世女子ボクシング歴8年の、エリカの右ストレートが王子の顔面にキマった。

 そのまま後ろへ派手にぶっ倒れる。

 

 ……しかし。

 すぐに床から折り返し立ち上がり、復活した。


「うわ、何こいつキモッ。起き上がり小法師(こぼし)かよ……って、あれ」

 

 フィリッポ王子は流れる鼻血を腕でぬぐいながら、二人を睨みつける。

 しかし……どうも目付きがおかしい。さっきまでとは別人のような。

 

お前ら(﹅﹅﹅)あ~……思い出したぜ。何度もオレを、コケにしやがってっ」


 腰の細剣(レイピア)をすらりと抜く王子。

 エリカはすぐさまセナをかばう。

 王子は剣を掲げながら、狂気じみた笑みを浮かべた。


「へっ、どうせゲームだ。もう〝セナ〟もどうでもいいっ。お前ら二人ともぶっ殺して、もっといい女を探してやらあっ!」

「───なっ、〝あいつ〟までこっちに来たっていうの? セナ、向こうへ下がってっ」

「で、でも、でも」

「大丈夫。こんなやつ、すぐに片づけるから」


 がっつりファイティングポーズを取り、王子を睨みつけるエリカ。

 王子の額にビキキと静脈が浮き出る。

 

「女のクセに、調子に乗るんじゃねえっ!」


 エリカは雑な振りの細剣を軽快なステップでなんなくかわすと、ボディに左を一発入れた。


「ぐぼぉっ……ぉ」

「これはセナの分……からのお~」

「くっ、クソがぁあ───っ!」


 すかさず王子の懐へしゃがみ込み、強烈なアッパーを繰り出した。


「ぅおりゃあ───っ!」

「げぶぇえっ」

 

 (あご)にクリーンヒット。

 ふわっと空中へとのけぞり……そのままズシンッと、床へ仰向けに倒れた。

 

「……ふう。今のがあたしの分。キマッた、かな」


 王子〝なのかわからない男〟は、白目をむいたまま、起き上がってこなかった。


「ふぇえ~ん、エリカぁ~っ」

「おっふ」

 

 セナが泣きじゃくりながら、勢いよくエリカの胸へ飛び込む。


「ほら、泣かないの。もう安心していいから、何もかも」


 そういって抱き合う二人を、騎士たちが一斉に取り囲んだ。

 窮地(きゅうち)に顔を強張らせるセナに対し、エリカは不敵に笑っている。


「この狼藉者(ろうぜきもの)どもっ。おとなしくしろっ」

「ああ~、待った待った」


 どこからともなく、やんわりとした声が響く。

 その主を見極めるなり、騎士全員が膝まづいた。

 エリカとセナも慌てて従う。


「ああ、エリカちゃんたちはラクにしていいから。ごめんね~遅くなって」

 

 王様、登場。

 めちゃくちゃユルい感じだが、一番偉い人なのは間違いない。


「王様、お騒がせして申し訳ございませんでした」

「いいのいいの。予定とは違ったけど、面白かったよ」

「……ずるいです。ずっと見てらっしゃったんですね」

「うん。エリカちゃんがとーってもカッコよかったからさ。バカ息子を代わりに殴ってくれて、ありがとうね」

 

 ぱちんっとウィンクをする王様。

 セナはその様子を見てハッと気づき、エリカに(ささや)いた。


「これって確か……『王子破滅ルート』のエンドじゃ」

「そ。あたしじゃなくってマリアデッラがやったんだけど……したたかよね。好きな相手でも、万が一を考えて周到にしてたみたい」


『マリアデッラ』は以前からフィリッポ王子の女グセの悪さに気付いていた。

 そこで彼女は、たとえ自分が国母にならずとも、この問題を放置すべきでないと行動。女遊びの証拠集めをし、この学園卒業パーティで王子がこと(﹅﹅)を起こした場合に備え段取りしていた。


 王妃教育を卒なくこなし、王様にかわいがわれるという根回しも完璧に。 

 エリカの自信は、彼女から受け継いだ記憶によるものだった。


「やっぱりエリカはすごい。〝どっちも〟すごいっ。『スイスカ』の真のヒロインだねっ」

 

 セナはきらきらとした瞳で、エリカを見つめ続けた。

 

 

 王様がぱんっと手を叩くと、近衛兵たちが走り参じる。

 フィリッポの両腕をつかんで、そのままズルズルと引きずって退場。

 王様はため息をつき、眉尻を下げた何とも言えない顔で見送った。

 

「……しかし残念。エリカちゃんにはゼヒ国母になってほしかったのになあ。第二王子じゃダメ?」

「あたし、ショタはちょっ……いえ。これだけ公然の無礼となってしまった以上、表に立つことは王様への醜聞(しゅうぶん)にもなろうかと」

「じゃあ、頼んだ時はいろいろ協力してくれる? それで今日は不問にするから」

「お心遣い、感謝いたします。あの、厚かましいついでにひとつ、お願いが───」


 


 ───数日後。


 エリカとセナは、公爵邸中庭のガゼボで、アフタヌーンティーを楽しんでいる。


「王子、辺境で療養なんだって」

「無期限でね。〝あいつ〟、『俺は王子じゃない』とかずっとわめいてるらしくて。心の病って認定されたみたい」

「うふふ、本当のことを言えば言うほど隔離されちゃうのか。ちょっとかわいそう」


 テーブルの上で、セナはそっとエリカの手を取る。


「本当にありがとう、また(﹅﹅)助けてくれて。あの時、王様にお願いしてくれたから……」

「あのルートのままだと、セナはあいつと一緒に辺境送りになっちゃうはずだったから。そんなこと絶対させないし」


 エリカもその上に手を重ねる。

 瞳をうるうるとにじませ始めたセナの目じりに、そっとハンカチを添えた。


「ずっと、親友だから。この世界で一緒に、楽しくやっていこうよ」

「うん。エリカ、大好きっ」

「知ってる」


 そっと肩を寄せ合う。

 昼下がりの陽光が、やさしく二人を包んだ。



 ~Fin~




たくさんのWeb小説の中から本作を手に取っていただき、誠にありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ