悪役令嬢は拳でヒロインを取り返す!
「エリカデッラ公爵令嬢っ、たった今をもって、貴様との婚約を破棄するっ!」
王立学園卒業パーティ。
壇上のフィリッポ王子の言葉を受け、彼女の全身にカミナリが落ちたような衝撃が走った。
(……ちょっと待って。私の名前はエリカで……あれれ。何かいろいろ思い出してきた)
エリカは〝元〟大学生。
親友セナにしつこく絡む、チャラ男な元カレに引導を渡そうとしたところ、学食の前で突き飛ばされ……
階段から落ちた拍子に、お亡くなりになったらしい。
(……で、転生してこの、エリカデッラって公爵令嬢になったと。ていうかこのシチュ、『スイスカ』じゃんっ)
スマホゲー『スイートエスカレーション』略して『スイスカ』。
ヒロインのライバルで悪役令嬢。本当のキャラ名は『マリアデッラ』。
好きなキャラの名前を自由に変えられる機能を使ったのだが、
(語呂合わせで乗っけたあたしの名前がガチになってるの、超ウケるんだけど)
自慢の縦ロールを揺らし、ひとまず前世現世の記憶をぎゅるぎゅると整理。
そして……不思議な状況だろうと、笑ってさっさと受け入れる楽天家。
扇で顔を隠しながら笑う。無意識に、お上品な仕草まで身についている。
それがさらに呼び水になって、笑いが止まらない。
「貴様っ、なにがおかしいっ!」
王子が激おこなのだが、めちゃくちゃ他人事な感覚。
バイト先のコンビニで無意味にキレる客とあまり変わらない。
前世の記憶によると、マリアデッラはこのM字バングのホストくずれみたいなのを、えらく気に入っていたようだが……
(前世でセナに絡んでたやつと雰囲気が似てるし。あたしはとてもじゃないけど無理)
この王子もまた、学園で女子にモテモテなチャラ男。
硬派な元ヤンで筋肉好きなエリカの好みからは、1000億光年ぐらい離れている。
「『スイスカ』ってこういうチャラいキャラばっかなのよねー。セナに勧められてやってたけど、推しがいなかったからなあ」
「何をブツブツ言っているんだっ。今さら、これまでの悪行を反省しても遅いぞ。おい、セーナ男爵令嬢をここへっ」
「───へっ?」
フィリッポ王子の合図で、端の集団から令嬢が出てくる。
肩までの栗色の髪で、見た目は庶民臭いが妙にえらそうにしている。
王子は彼女をかたわらにぐいっと抱きかかえ、さらに叫んだ。
「貴様がこのセーナに行った数々の嫌がらせ、全て証言が上がっている。さあ、今ここで彼女に謝罪しろっ」
半笑いの居丈高さが加速して止まらない王子。
学園では成績などで常に比較されていたので、ここぞとばかりのようだ。
その隣でセーナと呼ばれる令嬢は、勝ち誇ったニヤつき顔をしている。
エリカは素で気になったことを訊いてしまった。
「おかしいな。あんたのキャラ名、確か『オリアーナ』じゃなかったっけ」
それを聞くやいなや。
セーナはくらくらとしながら、その場にしゃがみ込んでしまった。
「あらら、貧血?」
「おおおっ、セーナよ。かわいそうに。あの女にいじめられてきたことを思い出したんだな」
「……ち、違います。ちょっと待って、お願いっ」
セーナはさっきと打って変わり、めちゃ青い顔をして頭を抱え込んでいる。
十数秒後。立ち上がった彼女は、壇の下へと駆け下りる。
何やら必死な顔つきで、エリカの両肩をがっしりつかんだ。
「ちょ、何よあんた」
「エリカデッラって……まさか〝エリカ〟、エリカなのっ?」
「───! そういうあんたは……え、〝セナ〟?」
「そう。私、セナだよ。うわぁぁ~ん、エリカぁ~っ。会いたかったよぉ~」
号泣しながらエリカに抱き着くセナ。
エリカもよしよしと背中を撫でつつ涙ぐむ。
「ひょっとして、あんたもたった今思い出したクチ?」
「うん。それよりごめんね。私のせいでこんなことになって」
「ふふっ、それってこのゲームと前世のチャラ男、どっちの話よ」
「両方ともっ! ふぇえ~ん」
そう、あの学食前で突き飛ばされた時。
エリカは後ろにいたセナともども、一緒に階段から落ちたのだった。
泣きじゃくるセナをゆっくりと引き離し、にっこり微笑みかける。
「別にあんたのせいじゃないし。ていうかさ、二人とも同じゲームに転生って、めちゃウケるよね」
「ぐすっ……もう、こんな時でもお気楽なんだからぁ」
二人の様子にまったく理解が及ばないフィリッポ王子。
しばらく呆気に取られていたが、またキレだした。
「んむむむむっ、さてはエリカっ。セーナのさらなる弱みを握って、この場で懐柔しようとしているなっ」
「ぁあ? っせぇなあ。あたしらは今、時空を超えて再会してんのよ。いいとこ邪魔しないでくれる?」
「何をわけのわからんことをっ。セーナ、さあこっちへ来いっ」
「きゃあっ」
力任せにセナを引っ張る王子に、エリカはキレた。
「このチャラ男、いい加減にしろっ」
「ぶぎゃあっ!」
前世女子ボクシング歴8年の、エリカの右ストレートが王子の顔面にキマった。
そのまま後ろへ派手にぶっ倒れる。
……しかし。
すぐに床から折り返し立ち上がり、復活した。
「うわ、何こいつキモッ。起き上がり小法師かよ……って、あれ」
フィリッポ王子は流れる鼻血を腕でぬぐいながら、二人を睨みつける。
しかし……どうも目付きがおかしい。さっきまでとは別人のような。
「お前らあ~……思い出したぜ。何度もオレを、コケにしやがってっ」
腰の細剣をすらりと抜く王子。
エリカはすぐさまセナをかばう。
王子は剣を掲げながら、狂気じみた笑みを浮かべた。
「へっ、どうせゲームだ。もう〝セナ〟もどうでもいいっ。お前ら二人ともぶっ殺して、もっといい女を探してやらあっ!」
「───なっ、〝あいつ〟までこっちに来たっていうの? セナ、向こうへ下がってっ」
「で、でも、でも」
「大丈夫。こんなやつ、すぐに片づけるから」
がっつりファイティングポーズを取り、王子を睨みつけるエリカ。
王子の額にビキキと静脈が浮き出る。
「女のクセに、調子に乗るんじゃねえっ!」
エリカは雑な振りの細剣を軽快なステップでなんなくかわすと、ボディに左を一発入れた。
「ぐぼぉっ……ぉ」
「これはセナの分……からのお~」
「くっ、クソがぁあ───っ!」
すかさず王子の懐へしゃがみ込み、強烈なアッパーを繰り出した。
「ぅおりゃあ───っ!」
「げぶぇえっ」
顎にクリーンヒット。
ふわっと空中へとのけぞり……そのままズシンッと、床へ仰向けに倒れた。
「……ふう。今のがあたしの分。キマッた、かな」
王子〝なのかわからない男〟は、白目をむいたまま、起き上がってこなかった。
「ふぇえ~ん、エリカぁ~っ」
「おっふ」
セナが泣きじゃくりながら、勢いよくエリカの胸へ飛び込む。
「ほら、泣かないの。もう安心していいから、何もかも」
そういって抱き合う二人を、騎士たちが一斉に取り囲んだ。
窮地に顔を強張らせるセナに対し、エリカは不敵に笑っている。
「この狼藉者どもっ。おとなしくしろっ」
「ああ~、待った待った」
どこからともなく、やんわりとした声が響く。
その主を見極めるなり、騎士全員が膝まづいた。
エリカとセナも慌てて従う。
「ああ、エリカちゃんたちはラクにしていいから。ごめんね~遅くなって」
王様、登場。
めちゃくちゃユルい感じだが、一番偉い人なのは間違いない。
「王様、お騒がせして申し訳ございませんでした」
「いいのいいの。予定とは違ったけど、面白かったよ」
「……ずるいです。ずっと見てらっしゃったんですね」
「うん。エリカちゃんがとーってもカッコよかったからさ。バカ息子を代わりに殴ってくれて、ありがとうね」
ぱちんっとウィンクをする王様。
セナはその様子を見てハッと気づき、エリカに囁いた。
「これって確か……『王子破滅ルート』のエンドじゃ」
「そ。あたしじゃなくってマリアデッラがやったんだけど……したたかよね。好きな相手でも、万が一を考えて周到にしてたみたい」
『マリアデッラ』は以前からフィリッポ王子の女グセの悪さに気付いていた。
そこで彼女は、たとえ自分が国母にならずとも、この問題を放置すべきでないと行動。女遊びの証拠集めをし、この学園卒業パーティで王子がことを起こした場合に備え段取りしていた。
王妃教育を卒なくこなし、王様にかわいがわれるという根回しも完璧に。
エリカの自信は、彼女から受け継いだ記憶によるものだった。
「やっぱりエリカはすごい。〝どっちも〟すごいっ。『スイスカ』の真のヒロインだねっ」
セナはきらきらとした瞳で、エリカを見つめ続けた。
王様がぱんっと手を叩くと、近衛兵たちが走り参じる。
フィリッポの両腕をつかんで、そのままズルズルと引きずって退場。
王様はため息をつき、眉尻を下げた何とも言えない顔で見送った。
「……しかし残念。エリカちゃんにはゼヒ国母になってほしかったのになあ。第二王子じゃダメ?」
「あたし、ショタはちょっ……いえ。これだけ公然の無礼となってしまった以上、表に立つことは王様への醜聞にもなろうかと」
「じゃあ、頼んだ時はいろいろ協力してくれる? それで今日は不問にするから」
「お心遣い、感謝いたします。あの、厚かましいついでにひとつ、お願いが───」
───数日後。
エリカとセナは、公爵邸中庭のガゼボで、アフタヌーンティーを楽しんでいる。
「王子、辺境で療養なんだって」
「無期限でね。〝あいつ〟、『俺は王子じゃない』とかずっとわめいてるらしくて。心の病って認定されたみたい」
「うふふ、本当のことを言えば言うほど隔離されちゃうのか。ちょっとかわいそう」
テーブルの上で、セナはそっとエリカの手を取る。
「本当にありがとう、また助けてくれて。あの時、王様にお願いしてくれたから……」
「あのルートのままだと、セナはあいつと一緒に辺境送りになっちゃうはずだったから。そんなこと絶対させないし」
エリカもその上に手を重ねる。
瞳をうるうるとにじませ始めたセナの目じりに、そっとハンカチを添えた。
「ずっと、親友だから。この世界で一緒に、楽しくやっていこうよ」
「うん。エリカ、大好きっ」
「知ってる」
そっと肩を寄せ合う。
昼下がりの陽光が、やさしく二人を包んだ。
~Fin~
たくさんのWeb小説の中から本作を手に取っていただき、誠にありがとうございました!