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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

赤銅の巨人

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 役立たず。

 人に面と向かっていわれたら、ショックを受ける言葉のひとつだと思う。

 何かの目的へ向かうとき、進む力になれないとなると、このそしりが飛び出してくる。

 組織の中でいわれるのは、どうにか甘んじて受けられなくもないが、個人的な関係でいわれると、むっとくる。まるでこちらを手下かパシリと勘違いしているような、上から目線が鼻につくからね。

 実際、自分がどのように役に立っているのか。

 確固たる自負に満ちているならともかく、「やらされている」感が勝るとなると不安になるし、モチベーションにもかかわってくる。評価してくれる相手がいないと、自分が役に立っているかどうかも分からなくなるな。

 私の地元にも、子供たちの間で「役立たず」がささやかれた、とある存在があるのだけど、聞いてみないかい?


 私の地元は、とある小さな島でね。本州とは日に数回出る船でもって行き来をする環境にあった。

 島民も少なくて、我ながら特殊な環境に身を置いていたと思っている。ゆえによそと自分たちを比べる機会はさほどなく、小さいころから言い聞かされてきたことは、でっかい注意ごととして印象に残っていた。

 その中の「赤銅の巨人」についても同じだった。


 赤銅の巨人は、島の中に唯一あった学校のど真ん中にある大柄な像のことだ。

 胸から上と、肩から腕にかけてのデザインは大きめのはにわに近いが、胴体から足元にかけてはずんぐりむっくりしている。はために見ると釣り鐘のように思えるかもしれない。

 幅においては、ひとつの教室いっぱい。高さにおいては校舎に並ぶほど。これが昔からずっとあるというのだから、作られた当時は相当な技術をつぎ込まれたのだろう。

 しかし、いかな傑作品であろうとも、大勢が過ごすこの空間のど真ん中に鎮座していては、ぶっちゃけ邪魔なのだ。当時、子供であった私にとって、そのでかい図体は遊びの一部として役立てられることもあったが、いまいましさが上回るときだってあったのだ。

 自分たちが遊びたいスペースをいつまでも占有し、それでいてこちらに恩恵をもたらしてはくれない「役立たず」なのだとね。


 赤銅と聞けば、多くの人が暗い赤色をイメージできるだろう。日焼けした肌のたとえに使われることもある。

 しかし、学校にあった赤銅の巨人は全身が明るい赤色で、元の銅に近しい色合いをしていた。まさか赤みのイメージから「赤銅」と名付けたというのか。

 子供心に先生へ赤銅の巨人のことを尋ねてみたんだよ。なんでわざわざ、あれを囲うような格好で学び舎を作ったのか、ということもね。

 その先生から説明されたことを、近く私は目の当たりにすることになる。


 その日の朝は、日直ということもあって、いつもより早く学校へ来た私。

 まず気が付いたのは、敷地内にトラックが数台停まっていること。それがあの巨人のすぐそばであり、像の足元からてっぺんにかけて数名が手に手に雑巾らしきものを持っている。

 高所の人は命綱つきで、像の表面を磨いているという力の入れよう。そしてなにより、この像がいつもに比べると、ずいぶん黒みを帯びていたのさ。先のたとえを使うなら、日焼けをした肌のようにね。


「ときおり、像が黒みを帯びるときがあって、そのようなときはぬぐう準備をする。ぬぐい落とすことができるなら、それはただの汚れだから、そのまま元の色に戻せるだろう。

 けれども、もしぬぐい落とせないと分かったなら、それは少しよからぬことのあらわれだ。おそらく学校も早く終わる。そうしたら家にまっすぐ帰って、家の人に言われた通りにしなさい」


 それから1時間ほど、像をぬぐう作業は続いたが赤銅の巨人は、元の色を取り戻すことはなかった。いや、本当の彩りでの「赤銅」になったといったほうがいいのだろうか。

 先生があらかじめ話していた通り、授業は午前中で中断。自由時間が増えたと喜ぶみんなへ対し、まっすぐ家へ帰るようにと釘をさしてくる先生。

 私も今朝に先生へ念を押されていたし、言われた通りにまっすぐ家へ帰った。

 すぐに妙だと思ったよ。まだ昼間だというのに、雨戸がすっかり閉め切られ、くぐった玄関もすぐさま鍵が掛けられて、真っ黒いカーテンがひかれてしまう。


 話に聞く、戦時中みたいだなと思った。

 戦時中、外へ明かりが漏れないように、窓という窓を閉め切って黒いカーテンをすることもあったと聞く。

 これは外に気配を漏らさないためだろうか……親に尋ねると、おおむねその通りだといわれた。

 赤銅の巨人が、赤銅に染まる時。島には赤銅様がやってくる。

 それは島をあっという間に走り抜けていくが、人には音も聞こえず、姿も見えず。どのように駆けるかは見ることがかなわない。

 ただ、もし赤銅様に触れてしまうことがあったならば、そいつもまた赤銅様になってしまう……という話が残っている。そのため、気配をすっかり殺して家なり建物なりの中で過ごすべき、とされたんだ。


 赤銅様の存在、その晩は知ることができなかった。

 けれど翌日、あの教室で自由時間が増えたと喜んでいた生徒のひとりが、自宅近くの空き地でなくなっているのが発見された。

 亡くなった、とは分からない。なぜなら、彼の全身は赤銅の巨人と同じような赤い銅色に染まってぴくりとも動かなくなっていたのだから。

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