朝稽古
朝の冷たい風に汗も退き、乱れていた呼吸も今は落ち着いている。
ボクは一度だけ深く深呼吸した後、愛刀を握り真っ直ぐルィンヘンと対峙する。
慌てることなく相手の動きを観察しながら徐々に間合いを詰めていく。
――ルィンヘンはボクたちに剣を教えてるだけあってもの凄く強い。
年が離れているとはいえ、ボクとカレナが二人掛かりでも到底足元にも及ばない。
この村でも指折りの剣士と言っても過言じゃないだろう。
だからこそ、そんなルィンヘンに何としてでも一太刀を浴びせ、早く皆に一人前になったと認めてもらいたかった。
剣を握り、狙いを定める。
立ち木を相手にしてきた時と同じように相手をよく見、鋭く一気に踏み込み切り払う。
頭の中ではちゃんと戦いのイメージは出来ている。
しかし、実際に対峙すると一切ルィンヘンに打ち込む隙が見当たらない。
正面から打ち合ってもまず勝ち目はない。
けど、下手に小細工しても通用するとは思えない。
毎日のように剣の訓練を積み重ね確かにボクの腕も上がってきたけれど、ボクが強くなればなるほどルィンヘンの強さを改めて肌で実感することになった。
――構える素振りさえ見せないのに仕掛けることが出来ない。
いつまでも始まらぬ打ち合いにしびれを切らしたのかルィンヘンは片手で木刀を持つと、左手人差し指をクイクイと曲げ早くかかってこいと挑発してみせた。
閑静な森に木刀と木刀がぶつかり甲高い音が辺りに響き渡る。
ルィンヘンが大きな欠伸をした刹那、ボクは覚悟を決めると一気に間合いを詰め渾身の一撃をルィンヘンの頭部目掛け振り下ろした。
力強い一閃。
もし仮にこの攻撃がルィンヘンを捉えていたなら、いくらルィンヘンと言えどきっとただでは済まなかっただろう。
しかし、案の定とでも言うべきか、ボクの全力の一撃はいとも簡単に受け止められてしまった。
「いい打ち込みじゃないか、スーリオン。速度、威力共に申し分ない。……けど、まだまだ甘い」
ボクを木刀ごと振り払い押し退けたルィンヘンは右肩に木刀を乗せ、いつもの様に実戦形式の講義を始めた。
「もしお前が本当にこの俺から一本取りたかったら、例え俺が油断をしていても、ワザとお前に隙を見せたとしても正面から突っ込むのは愚者の一手だ」
「これ以上ないチャンスじゃないの?」
「いや、違うね」
そう断言するルィンヘンにボクは再度質問と投げかける。
「じゃ、どうすれば良かったの? ルィンヘンがボクだったらどうしてた?」
「それをお前自身で考えるのが大事なんだけどな。……まっ、そうだな。もし俺がお前だったら、尾っぽを巻いてとっとと逃げる、かな」
「に、逃げる!?」
ルィンヘンの答えにボクは思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
「そっ、一目散に逃げる」
「逃げたら一本取れないじゃないか!」
「今は、そうだな。……いいか、スーリオン。天と地ほどの力量差がある相手と遭遇したら、まず勝とうだなんて考えないことだ。とにかく逃げろ。逃げて、逃げて、勝てると確信出来るようになるまで逃げ続けろ」
「そんな無茶苦茶な」
「何があっても勝ちたいならそうすべきだ。スーリオン、お前、強敵相手に絶対に選んではいけない選択肢が何か分かるか?」
「絶対に選んじゃいけない選択肢? そんなのがあるの?」
「あるさ。いいか、スーリオン、それは“死”だ。死んだ瞬間すべてが終わる。死んだら最後、永遠に俺から一本取ることが出来なくなる。俺の言っている意味が分かるか?」
「う、うん。……でもさ、ルィンヘン、もし仮にそいつから逃げられない、逃げちゃいけないような状況だったらどうしたらいいのさ」
「お前が本当に大切なモノの為に自分の命を賭けて戦わなくちゃならないような時が来たら――」
「……来たら?」
「それはその時お前自身で考えろ」
「なんかその答え狡いよ、ルィンヘン」
「兎に角だ! お前がそんな状況にならないよう俺がいま特訓してやってる。後悔しない為にも強くなれ、スーリオン。いいな?」
「う、うん。わかったよ」
「それじゃ、続きだ。ささっとかかってこい!」
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