剣の使えない剣崎くん
私には好きな人がいる。
その名も剣崎 優くん。
同じ2年の同級生で彼は顔が良い、背が高い、頭も良い。そして烏の濡れ羽色のサラリとした美しい黒髪に、うっかり目が合ってしまった時はゾクリとする程の色っぽい切れ長の瞳、あまり表情は変わらないが笑うと穏やかに甲を描く形の良い薄い唇。
───つまりとんでもない美形である。
「俺、実は異世界から転生したんだ」
「へぇぇぇ?」
声が盛大に裏返った。普段の私の声のトーンより4段階ほど高い。コンビニバイト中の顔面に笑顔を貼り付けた時の私よりもさらに2段階も上である。
なんだどうした剣崎くん、相変わらずどの角度から見ても美しい顔は涼しげで、切れ長の瞳は舞い散る桜のさらに向こうの何処か遠くを見ている。
そこに異世界があるのか? あるわけが無い。
私の聞き間違えか、もしくは最近ハマっている小説のタイトルか何かを呟いただけかも知れない。隣の席の男の子たちが何だかそんな小説が流行っていると話をしていた気がする。小説を読む剣崎くんもきっと格好いい、その姿には叡智を感じる。
「俺はその異世界では勇者の1人で、魔王を倒して死んだんだ。そして生まれ変わった」
「なぁるほどぉ」
私の聞き間違えではなかったようだ。しかも設定までしっかりと練り込まれている。魔王討伐ときたか、流石剣崎くん、しっかりと勤めを果たしてからこちらに転生をしているらしい。人生設計も完璧だ。
「じ、じゃあやっぱり剣で戦ってたんだ?」
剣崎くんなだけに。
「いや俺は魔術師だった」
「そっっっかぁ~」
なんと巧妙な。
もしかしたらその魔王とやらも名前の響きに騙されて倒されたのかも知れない。頭脳戦でも負けない剣崎くんは流石だ。 これにはさすがの私も魔王に同情してしまう。
しかもめちゃくちゃ美しいこの彼が自分を倒しに来ているのだ、勝てないね、絶対勝てないわ。
「どうしてこんな話を君にしたか分かる?」
「え?分からない」
話の内容も正直よく分からない。
けれど剣崎くんは何故か嬉しそうな顔をしている。もちろん格好いい。話の内容はさっぱりわからないが、彼が美形なことだけはよく分かった。
「俺はこの世界で大切な人に会うために、生まれ変わったんだよ」
プロポーズされた。間違いなくプロポーズだ。絶対そう。今日のお昼のジャムパンとお茶を賭けても良い。
切れ長の瞳が少し下を向いて寂しげに細められて、その儚さと美しさに見惚れてしまった。
「大切な、人?」
「そう、大切な人だよ」
そ、それはもしかして私───────
「真央──────!」
友よ、今いいところです。
「呼ばれてるよ」
「はい」
剣崎くんに言われてしまえば仕方がない。
お昼のお茶とジャムパンを手に、私は席を立った。さようなら麗しの剣崎くん。また異世界の話を聞かせて欲しい、出来ればプロポーズの続きも一緒に。
「またね剣崎くん」
「うん、またね阿久野さん」
「阿久野 真央さん」