どうして?
ロンド=ハミルトンが友人達を切った、という噂はすぐに学校中に広まった。
ロンドが特定の男子生徒としか一緒にいる姿を見なくなってからわりとすぐに。
なぜロンドが交友関係を見直したか……
それは誰もが青天の霹靂と称してわたし、アニー=メイスンと付き合い出した所為だとか言われているらしいけどわたしにはちんぷんかんぷんだ。
なぜ嘘コクでつき合う事になったわたしの為にロンドがわざわざ交友関係を見直す必要がある?
「どうしてそんな話が出るのかちっとも理解出来ないのよねー」
ツキシマ研究室の薬材花壇の手入れをしながらそう言ったわたしを、マックはジト目で見ながら答えた。
「お前、彼ジャージに身を包みながらよくそんな事が言えるな」
「え?だってこの運動着はロンドが使ってないものがあると言って譲ってくれたから……あるんだから着ないと勿体なくない?わたし、この世で無駄とか勿体ないって言葉が何より嫌いだし」
「俺が言うのもなんだが、他の男の物を身につけさせたくないという彼ピ心は理解してやれんのか」
「?あぁ確かにロンドの運動着は大きくて、わたしにはマックの運動着の方がサイズ的には良かったんだけどね」
「悪かったなモヤシっ子で!」
「あ、その間引いたオオバコはわたしに頂戴。乾燥させといて喉がイガイガする時に煎じて飲むから」
「……ホントたくましいなお前。ほらよ」
「ありがとう。あ、そのハコベ、少し分けてもらいたい。おひたしにして食べるんだ」
そんな事を話しながら作業をしているといきなり荒っぽい声で名を呼ばれた。
「アニー=メイスン!」
「はい?」
声がした方に視線を向けるとそこにはキラキラ属性の女子生徒が二名、もの凄くお怒りのご様子でわたしの事を睨みつけていた。
わたしは立ち上がり、膝の汚れを払いながら彼女達に訊ねた。
「何かご用?」
二人組の一人、気の強そうな女子生徒がわたしに言った。
それにしても彼女の髪、すごい縦ロールね。
縦ロールのスパイラルは性格のキツさに比例するっていうのは本当なのかしら?
「いい気なもんね!この卒論の時期に草いじりなんて。あぁ?貧しいから卒論に掛ける時間も稼がなくてはならないのね?」
「貧しさゆえに稼ぐのはその通りだけど、卒論はもう提出し終えてるわ」
「え?」
「え?」
縦ロールがなぜそんな反応するのかわからない。
わたしも思わず聞き返してしまう。
「ふ、ふん。どうせ大した事ない内容で提出したんでしょっ?私は提出はまだだけど、東方音楽について書いてるの。東方旅行に行った時にその魅力を知ってね」
ふふんと顎を突き出した縦ロールにわたしは言った。
今度はこちらが答えてあげる番だものね。
「それは凄いわね、同じ東方の文化がテーマで興味深いわ。わたしは東方医療の魔法漢方薬と経絡秘孔と魔力の関連性をテーマにしたの。でも特A欲しさに全文東方語で書いたものだから漢字間違いが多くて、思ったより時間がかかっちゃった。ホントなら受付開始3日以内には提出したかったのに一週間もかかっちゃった☆」
語尾の後にキラキラな人種を見習って「てへぺろ」の仕草を忘れずに付けた。
異文化に歩み寄るのも時には大切よね。
まぁわたしはキラキラしてないから恐ろしく似合ってないだろうけど。
ホラ案の定マックが吹き出しているわ。
「え……?一週間で提出?……全文東方語で……?」
縦ロールさんの勢いがしぼんじゃったわどうしたのかしら?
「ええ。それがどうかしたの?」
急に元気がなくなった縦ロールさんを気遣いながらわたしが言うと彼女は眉間にシワを寄せた。
「……評価は……?」
「頑張った甲斐あって特Aを貰えたわ!学年で何位かはまだ結果は出ていないけど」
「特…A……ハミルトンくんと一緒なの、ね……」
あら?そういえばこの人、以前ロンドに勉強を教えて欲しいって魅惑の上目遣いをしていた女子生徒だわ。
どうしたのかしら急に顔色が悪くなって。
心無しか縦ロールのスパイラルが萎えているような……。
わたしが心配しているともう一人の、とても上品そうなストレートロングの女子生徒がわたしに言った。
「今は卒論の事はどうでもいいの。そんなもので評価を得てもなんの得にもならないもの」
え?思いっきり得になりますけど?
基本給だって上がるし、ハイラント魔法学校の卒論で特A取るってかなりのステータスだと思うけど?
「それよりも貴女の所為でハミルトンさんはおかしくなってしまったのよ?それについて、貴女はどう思っていらっしゃるのかしら?」
「ロンドがおかしくなったってどこが?このところお互い卒論で忙しかったからランチでしか会ってなかったのよ。一体何がおかしくなっちゃったの?」
「っ……彼が急に、人が変わったみたいに特定の友人としか付き合わなくなってしまったのよっ……」
あぁ、この頃ウワサされている例の事ね。
ホントにわたしは関係ないんだけどなぁ。
どう答えようか考えているとそのストレートロングがわたしに言った。
「どうせ貴女が彼に変な事を吹き込んだのでしょうっ?」
「変な事?たとえば?」
「たとえばって……しらばっくれないで頂戴」
「いやホントにわかんないんだけど」
「なっ……何よ、いい気にならないで!ハミルトンさんは貴女みたいな人種と今まで接する機会がなかったから、ちょっと珍しくて相手してるだけよ!どうせすぐに飽きて捨てられるわ」
「キミ、そんな言い方は酷いんじゃないか?」
マックがストレートロングに抗議した。
さすがは苦学生同士。
わたしの味方をしてくれるんだ。
でもまぁそれはその、彼女の言う通りなんでしょうけどね。
でも関係ない人間からそんな事言われる筋合いはないなぁ。
さて、どう撃退してやろうかと考えていたその時、急に目の前に壁が現れた。
「わっ……って、ロンド?」
「キミたち、彼女に何の用だ?」
どこから現れたのかはわからないけど、ロンドがいきなりわたしを背に隠すように縦ロールとストレートロングの間に割って入ってきた。
それに慌てた縦ロールがロンドに言う。
「わ、私たちはただっ…、貴方に変な事を吹き込むなってその人に抗議しに来ただけよ……」
「変な事を吹き込む?彼女が俺の交友関係に口出しした事なんて一度もない。変な言いがかりはやめてくれ」
それに対し、今度はストレートロングがロンドに返す。
「変な言いがかりなんてっ……どうせその人がハミルトンさんの周りに女子がいるのが気に食わなくて付き合いをやめるように言ったんでしょう?」
「うーん?そんな事言ったかしら?ロンド覚えてる?」
わたしがロンドにそう訊くと彼は首を横に振って答えた。
「いいや。アニーにそんな事を言われた覚えは一度もない。キミたちやその他数名の者と行動を共にする事をやめたのは俺自身の意思だよ」
「そんなどうしてっ?入学時からずっとみんなで楽しくやって来たじゃないっ、それをそんな人の為に関係を壊そうというのっ?」
「今までは何も考えずに付き合ってきただけだ。理由としてはそれだよ、キミたちはアニーを簡単に悪く言うだろ、彼女の事をよく知らないくせに。それにうんざりして距離を取ったんだ」
え?悪口言われてたの?
まぁ言われてたんでしょうね、貧乏だとか地味ガリ勉ミジンコとか。
でもそれでなぜロンドが交友関係を改める必要があるのかしら?
嘘コクの相手であるわたしとはいずれ関係が終わっても友人たちとはそのまま付き合えばいいんだし?
うーん?なぜ?
「ねぇハミルトンさん、どうしちゃったの?まさか本気でそんな地味な女が良いというの?」
「キミたちには関係ない事だ。それにアニーは素晴らしい人だ。彼女をバカにする事は許さない」
え?え?な、何?今の。
ど、どうしたのロンド。
どうにも展開が解せぬわたしを尻目にその後も自分たちの元へと戻って欲しいと言う縦ロールとストレートロングに、ロンドは毅然とした態度を取り続けた。
「えっと……」
「俺、戻っていい?」
「ダメよまだ花壇の手入れは終わってないんだから」
「えー……俺、関係ないのになー」
わたしもこんなのどうしたらいいのかわからない。
縦ロールとストレートロングは尚も自分たちのほぅがロンドに相応しいと話し続けている。
ロンドの方はそれを全否定してるけど。
その場にいたわたしとマックは手持ち無沙汰だし居た堪れないしでどうしていいのかわからず、
薬材花壇の手入れをしながらそれらの話を聞いていた。