学生カースト底辺の女
「ちょっと!なんであんたみたいな女がハミルトンさんと一緒にいるわけっ?」
「なんなの?弱みでも握ったの?そんな事して人間として恥ずかしくないの?」
「身の程を弁えて彼の側から消えなさいよ」
「この、地味で冴えないガリ勉ミジンコ女がっ」
ロンド=ハミルトンに嘘コクされて一週間。
これが学校内で彼ピ、かのピとして一緒にいるのを認識されてからすぐに受けて来た言葉の数々だ。
まぁ想定内のセリフばかりで逆に笑っちゃったけどね。
でも地味で冴えないガリ勉とは自分でも思うけど、まさかミジンコまでプラスされるとは思わなかったなぁ。
言葉のボキャブラリーが増えました、ありがとう。
それにしても……早々にロンドの方から、
(ファーストネームで呼び合う事はすり合わせ済み)
『じつは嘘コクだったんだ』という申告が入ると思っていたんだけど、それがまだ言われていない。
一体いつ言われるんだろう?と思いながらもわたしは毎日、この美味しい生活を享受している。
何が美味しいって?それはもう……
「えっ?なにコレすっごく美味しいっ!」
学校内のカフェテリアで超憧れだった日替わり定食を食べて、わたしはそう感嘆の声を上げた。
だってだってハイラント魔法学校に通い出して三年、いつかは食べてみたいと憧れていた定食を漸く食べられたんだもの!それは仕方ないと思う!!
「メインのおかず、コレなに?イカのフリッター?ちゃんと衣の中にイカがいるっ。しかも大きい、柔らかくてちゃんと歯で噛み切れる。え?何?コレがホントのイカだというのなら今までわたしが食べていたのはイカじゃなかった?もしかしてゴム?ゴムを食べていたのわたし」
思わず饒舌になるわたしを見てロンドは笑った。
「ぷっ……、そんなに喜んで美味しそうに食べて貰ったらカフェテリアのシェフも喜ぶだろうね」
おっふ、そんなキラキライケメンスマイルを惜しげもなく振り撒いて。
ほら後ろの方から黄色い悲鳴が聞こえるじゃないの。
嘘コクによる偽りの恋人になってから、ほぼ毎日わたしはロンドに食事をご馳走になっていた。
さすがに毎日は申し訳ないので今日のランチは別々に、と持参したお弁当を見せて断ったら「その弁当、俺が食べたい。代わりにカフェテリアの日替わり定食Aをご馳走するから」と言われた。
え?この、貧しさ故に自炊しているわたしの夕飯の残りものを詰め込んだだけのお弁当を?
お腹壊さない?
(その日は公園の野草をソテーしたのと見切り品だった玉子のオムレツだった)
超大きな魔術師ギルドを営む裕福な家に生まれたロンドがこれを食べるの?
イヤイヤ有り得ないでしょう、と思ったけどA定食の魅力には勝てずに承諾してしまった。
無理して食べてるのではないかとお弁当を食べてるロンドを凝視したけど、美味しい美味しいと嬉しそうに食べていた。
アレかな?ブルジョワなご家庭のボンボンにしてみれば却って貧困メシが美味しく感じるのかしら?
でもお弁当を持参してもカフェテリアの食事を強要されるのだから仕方ないわよね。
断るなんて淑女の振る舞いじゃないものね。
とまぁそんなこんなで結局、わたしはロンドに毎日ランチを奢って貰っているのだった。
嘘コクって美味しい、お腹が満たされる。
「ご馳走様でした。いつも本当にありがとう」
食べ終わって食事代を出して貰ったお礼を言うと、ロンドは柔らかな表情でこう言った。
「美味しそうに食べるアニーを見るのも楽しいから気にしないで。ランチに誘ってるのはこっちだし」
うーん、リップサービスのデザート付き。
ありがとうございます。
それにしても……
わたし達が二人でいると、もンの凄く注目を浴びてるんですけど……ロンドは平気なのね。
ほぼカフェテリア中の人間がこちらを注視してるんじゃないかしら。
さすがは超人気のモテ男。
注目される事に慣れすぎて他者の視線に何も感じないというわけか……。
わたしは主に女子生徒たちからの視線に滅多刺しにされてるけどね。
その時、数名のキラキラ女子生徒達がロンドの側にやって来て彼の周りをガッチリと取り囲んだ。
「ハミルトンくん、午後の授業が始まる前に予習したいの。勉強教えて?」
キラキラ女子生徒の一人がロンドに向けて上目遣いでそう言った。
うわっ眩しっ!
さすがはキラキラ女子。
彼女たちは見た目も家柄もいい、いわば学生カーストの上位に君臨する人間だ。
上等なお手入れグッズで毎日磨かれているのであろう髪やお肌はツヤツヤでうるうるで、なんかいい匂いもする。
方やこちとら安物の石鹸で全身を洗うゴワゴワ女。
キラキラの彼女たちと同じようにキラキラのロンドの隣に立つには宜しくないのは自分が一番よくわかってる。
ほぅらロンド、カーストの天辺にお帰り。
わたしは心の中でそう呟き、彼をリリースする事にした。
彼女たちにロンドを返すのが妥当よね。
誰もが納得の自然の摂理。
なのでわたしはにっこりスマイルでロンドや彼女達に言った。
「それではわたしも教室に戻りまーす。ハミルトンさん本当にご馳走様でした」
嘘の彼女のわたしがこれ以上親密にしてるように見せない方がいい。
そう思いあえて以前と変わらない呼び名をする。
「えっ、ちょっとまってアニー。まだランチ休憩は終わってないだろ」
何故かわたしを引き止めようとするロンドに、キラキラ女子生徒たちがそれを遮った。
「も~いいじゃないハミルトンくん!今日は私たちクラス当番よ。一緒に日誌を書きましょ」
「ずるいわよアンタ抜け駆けして!」
「ハミルトンさん~私に勉強教えて~♡」
次々に繰り出される彼女たちの言葉にまるで追い出されるようにわたしは歩き出す。
その際にすちゃっ、と手を挙げて挨拶をした。
「それじゃ」
「アニーっ、待ってっ」
後ろからロンドの声が追いかけていたけど振り返らない。
だって、本来ならわたしとは関係ない人達なんだもの。
実家の家業が倒産して一家(父と姉)離散となり、今や一人で生きていかなくてはならないわたしと彼らは住む世界が違うのだから。
そうよわたしは学生カースト底辺の女。
だからといって利用される、踏みつけられるだけで終わるもんか。
こっちだってこの状況を利用して、
初恋の昇華もご馳走の消化もしてやるんだから!
GO!GO!頑張れ!カースト底辺のわたし!