エピローグ 告白のゆくえ
冒頭はロンドの視点です。
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「強く生きなくちゃ……二人に余計な心配をかけないために……」
実家が営むギルドの前で、目に涙を浮かべながらもそう呟いた少女の事がなぜか忘れられなかった。
その子の家の家業が潰れ、その際に負った負債の返済のために父親と姉が魔石採りのパーティに入る事になったとオーナーである父に聞いた。
魔石のある所には当然魔獣がいる。
高収入ではあるが、常に危険と隣り合わせの厳しい職種だ。
よって見送る家族はこれが今生の別れとなる覚悟をして送り出すという。
それをその子は父と姉、二人分の覚悟をして一人で見送った事になる。
そして一人王都に残され、強く生きていく事を覚悟した彼女の強さとその凛とした眼差しが心に深く刻まれた。
その彼女と偶然再会したのは、魔法学校の入学式だった。
奨学生として入学した彼女と同級生であった事に、運命を感じずにはいられなかった。
彼女の名はアニー=メイスン。
ミルクティー色の髪に青い瞳。化粧っ気も飾りっ気もない、清らかで潔い印象にとても好感がもてた。
思えば昔から周りにいた女の子はみんな身形の事ばかり気にするタイプだったのかもしれない。
そういう事、よく分からないが。
初等学校の頃から常に友達は多い方だったと思う。
不思議といつも誰かが側にいて、友達は作るものではなくいつの間にか出来ているものだった。
それに対し格段興味もなく生きてきた俺は、それが当たり前ではないという事を彼女と同級生になって初めて知った。
同じクラスではなかったが、図書室や学年全体の行事や課外授業などで極力アニーと接する機会を作るようにした。
最初は友達になりたい、そんな気持ちで。
自分から友達になりたいなんて思う人間は初めてだったし努めて声を掛けないと彼女との接点なんて皆無なので自分なりに頑張った。
思えばその頑張りこそが彼女が自分にとって特別な存在であると物語っていたのだ。
だけど彼女はなぜか俺に対し壁を作る。
いつも見えない壁がアニーと俺の間にあり、彼女は決してこちら側に来ようとせず、いつもその壁を通して俺と接しているような感じだった。
どうしたらいい?
どうしたらその壁を取り払える?
どうしたら、アニーの側に行ける?
こんな焦燥感を今まで一度も感じた事はない。
俺はただ、そんな自分の感情を持て余していた。
実家の魔術師ギルドに出入りする魔法薬剤師の影響で昔から西方魔法薬学に興味があり、その為に籍を置く事にした西方魔法薬学研究室の長、ブライトン教授がそんな俺の心境をいち早く察した。
「学年イチのモテ男がついに恋を知ったか」
「恋?………恋」
恋、これが。
そうか……この気持ちが恋情というやつなのか。
だけどそう意識してしまうと余計にダメだった。
恥ずかしながら異性を意識した事なんてなかったからますますどうしていいのかわからない。
彼女の特別になって、誰よりも彼女の側にいたい。
そう強く思えば思うほど、上手く行動が出来なかった。
どうすれば彼女の前に感じる壁を乗り越えられるのか。
「ロンドぉ、壁を感じるなら乗り越えなくちゃ何も始まらないぞ~」
ある日、ブライトン教授にそう言われた。
「壁……教授は乗り越えたんですか?」
「乗り越えたぞ!歳の差を気にして分厚く聳え立つ壁を築いたウォールモミジを努力と根性で乗り越えた!」
「でも今はまた壁の外に放り出されているようですね」
「そうなんだよ~(泣)僕がモミジさんに甘えてフラフラしてたから、しっかりしろと放り出されちゃったんだよ~!」
「じゃあ頑張ってしっかりしないと再び壁の中に入れて貰えないんじゃないんですか」
「そうだね頑張るよ~!(泣)」
教授にそんな事を言ったものの、その後もアニーに話しかけ続けたがなかなか距離は縮まらなかった。
なんというか、異性として意識されていない……?
まるで別の世界のイキモノとして捉えられている?
なぜ……?
異性として見られない男に想われても迷惑なだけなのではないだろうか。
そんな考えで余計に身動きが取れなくなる。
このまま彼女に意識して貰える事もなく卒業して俺の初恋は終わるのか、それも仕方ない事なのかと悶々鬱鬱とした日々を過ごしていた頃、
ブライトン教授に他の研究室のメンバーと共にカードゲームに誘われた。
「ただゲームするだけじゃつまらないからさ、負けたヤツには罰を与える事にするよ」
ブライトン教授はそう言って、カードを配り始めた。
その罰を何にするのか確認する前にゲームは始まってしまう。
しかもゲームは何故か俺が苦手とするババ抜き。
昔からなぜか勝てた試しがないという因縁のゲームだ。
ポーカーや神経衰弱なら負け知らずなのだが。
思えばそれが教授の意図だったのだ。
案の定負けた俺に教授は言った。
「じゃあロンドは近いうちにモミジさんの研究室のアニー=メイスンに告白するように」
「…………」
やられた。
最初からそれが狙いか。
いつまでもグズグズしている俺に、発破をかけるために教授は罰ゲーム付きのゲームをけしかけたんだ。
「いいね?ロンド、教授命令だ。必ず言うように」
「はい……」
だけど今思えば、教授には感謝しなくてはならない。
教授命令だからと自分を奮い立たせてアニーに告白をしてそれが受け入れられたのだから。
OKの言葉を聞いた時、内心呆然とした。
嘘だろ?ホントに?ホントにアニーがOKしてくれたのか?
俺の恋人に?彼女に?
………………ホントに?夢じゃなくて?
これが夢でないのなら、もう絶対に彼女を離さない。
大切にして大切にしてずっと彼女の側にいる。
俺はただ必死だった。
付き合う事になっても何ら様子が変わらない彼女の視界に入るために、食事で釣ったり送り迎えをして一緒にいる時間を少しでも増やしたり。
それでも時々彼女が見せる、どこか寂しげな表情に戸惑いながらも側に居られる努力をした。
だけどある日、アニーが他の男子生徒の運動着を着て、そいつと二人でいる姿を見てしまう。
同じ研究室の奴だ。
思わず目つきが鋭くなってしまったのは申し訳ないが、好きな子が異性と一緒にいるのを見て酷く苛立った。
そして気付く。
ただの友人に過ぎないが、自分の周りに異性が多くいる事を。
もしかしてアニーもそれを見て不快に思っているのかもしれない。
そんな素振りを見せないアニーだが、だからこそ彼女のために誠実でいたいと思ったのだ。
それで交友関係を見直した。
まず手始めに今まで浅く広く付き合っていた友人たちの誘いを断るようにした。
それにより怒る者、特にアニーの所為で俺が変わってしまったなどと言う奴とはスッパリと付き合いをやめた。
卒論の時期と重なったのもいいキッカケだったと思う。
そしてそんな俺の意思を尊重してくれる奴だけが近くに残り、そいつらとだけ行動を共にする。
どうせならもっと早く、アニーに告白する前に交友関係を見直しておくべきだった。
だがもう間違わない。
プライベートではアニー以外の異性とは交友関係を持たない。
持つとすればアニーも含めてだ。
そう誓った。
卒論も終わり、時間にゆとりが出来た頃、思い切って彼女をデートに誘う。
主に食用や薬用でだが植物に興味のあるアニーを植物園に誘う。
思えば初めての外出だ。
そんな事だけでも心が浮き足立つのに、更に私服姿の彼女を見て完全に舞い上がってしまった。
「パステルブルーのワンピースがとてもよく似合ってる。びっくりするくらい可愛いよアニー」
もっと気の利いた褒め言葉を言いたかったのに、こんな当たり障りのない言葉しか出て来なくて申し訳ない。
でもそのくらいアニーは可愛いかった。
そしてそこでやはり強く思う。
卒業プロムで彼女が着るドレスをプレゼントしたい、と。
ブライトン教授からアニーがプロムではツキシマ教授のドレスを借りると聞いて以来、ずっと思っていたんだ。
自分が選んだドレスを着てもらいたいと。
その願いが奇跡的に叶い、
心を込めて選んだドレスをアニーに贈った。
自分の瞳の色に寄せた淡いブルーのドレスを。
まぁアニーの瞳の色もブルーだけど。
このドレスを着たアニーとプロムでダンスを踊るのが本当に楽しみだ。
そしてその日、彼女にある事を伝えたい。
◇◇◇◇◇
「これは、なかなかいいドレスじゃないかアニ子」
「え、そうなんですか?」
「うん。有名ドレスメーカーのものだ。オーダーではないが、かなり上質なものだよ」
「マジですか……こんなの貰ってもいいのかな」
「ブライトンの子飼いが贈りたいって言ったのだろう?それなら貰っておけばいい」
「子飼いって……どうしても贈りたいとは言われましたがこんな、アクセサリーや靴まで……」
「普通はドレスを贈るとなったら装飾品まで全てという事だ」
「そうなんですね、でもホントに貰ってもいいのかな?」
「貰っておけばいいさ。男のプライドもあるしな」
「プライド……1エーンにもならない無駄な奴だ」
「そう言ってやるな。このドレスを見る限り、プライドで贈ったものではないとわかる」
「?」
ツキシマ教授にロンドから贈られたプロムで着るドレスを見てもらった。
こういうものはちんぷんかんぷんなので、教授の意見が聞きたいと思ったからだ。
わたしはドレスに視線を落とす。
わたしの瞳の色、にしてはやや淡い柔らかなブルーのドレス。
それに合わせた青い宝石のネックレスとイヤリング、白いレースの手袋にパンプスまで一緒に贈られてきた。
ロンドはなぜわたしにこんな高価な贈りものを?
はっ!もしかして、プロムで嘘コクだったと白状する気っ?
その時こんな高価なドレスを着られたんだから文句はないだろ的なっ?
ドレスは慰謝料っ?
…………いやいや、ロンドはそんな人ではないと思う。
教授命令で賭けによる嘘の告白をしたけど、
その後の彼の対応は文句の付けようがないくらいにわたしを大切にしてくれた。
学校まで送り迎えをしてくれたり、昼食をご馳走になったり、傘を修理してくれたり、植物園に連れて行ってくれたり。
この三ヶ月間でわたしは諦めていた青春とやらを享受できた。
きっかけは誠実には程遠いものでも、彼自身はとても誠実だったから。
わかったよロンド。
プロムではこれを着て、盛大にフラれてあげるよ。
実は本気ではなかった。
その言葉を受け取り、この嘘の告白に終止符を打とう。
わたしはつきんと胸が痛むのを感じながら、そっとドレスを撫でた。
そんなわたしにツキシマ教授が訊いた。
「当日のヘアやメイクはどうするんだ?」
「え?軽くリップでも塗っておこうと思っていますが?」
「阿呆、それじゃドレスと顔がちくはぐになって滑稽だぞ。まぁ私に任せておけばいい。学校中の者が度肝を抜かれるほど美しく仕上げてやる」
「似合わなすぎて別の意味でみんな度肝を抜かれるのでは?」
「阿呆、アニ子は素材がピカイチなんだ。何もしなくてもそんなに可愛いのに完璧なメイクを施してみろ、男たちの間で争奪戦が起こるぞ。ブライトンの子飼いもヤキモキするだろうな」
「そんな馬鹿な」
ツキシマ教授の妄想にわたしは肩を竦めるも、プロム当日は支度の手伝いをお願いする事にした。
◇◇◇◇◇
そして迎えたハイラント魔法学校を卒業する日。
午前中に卒業式を終え、学業を全て修めたという証の卒業証書を手にした。
残念ながらわたしは首席ではなかったが悔いはない。
だって三年間、全力で突っ走ったもの。
ちなみにロンドは次席で首席は他国の伯爵家の令息だった。
彼のお姉様が第二王子の妃なのだとか。
話は逸れてしまったが夕刻のプロムに備えて式が終わり次第、わたしはツキシマ教授に拉致されてドレスアップのプロデュースをされた。
そしてプロム開始時間の1時間前、約束した時間にロンドがアパートまで迎えに来てくれた。
チャイムが鳴ってドアを開けると、そこには目が潰れるかと思うくらいに眩しい盛装姿のロンドがいた。
ロンドの方はわたしを見るなり驚いたように目を見開いている。
そしてしばらく、彼は何も言わずにわたしを見た。
「あまりの美しさに言葉を失ってしまった……綺麗だよアニー、本当に綺麗だ。俺が贈ったドレスを着てくれてありがとう」
心からの賛辞だと素直に思えるロンドの言葉にわたしは恥ずかしくなって少し早口で返した。
「あ、ありがとうロンド。素敵なドレスと装飾品を贈ってくれて」
「いや、いいんだ。礼を言うのはこちらの方だ。じゃあ……行こうかアニー。お手をどうぞ」
ロンドはそう言って恭しくわたしの前に手を差し出した。
「ふふ」
わたしは笑いながら彼の手に自分の手を重ねた。
そして二人でプロム会場に入る。
会場にいた皆が驚愕の表情をしてわたし達を見る。
ロンドの盛装姿は本当に素敵だものね。
でもわたしもツキシマ教授のおかげで少しは見られるようになっていると思う。
教授の妄想はもちろん妄想で終わってるけど。
わたしとロンドを凝視している生徒たちの中に、先日難癖をつけてきた縦ロールさんの姿を見つけたけど、彼女どうしてわたしを見てあんなに驚いているのかしら?
ドレスが似合っていないとか?
そこまで酷くないと思うんだけどな。
そういえばストレートロングさんの方は卒業式には出席していなかったみたい。
なんでも卒論で不正が見つかったとか。
お金を積んで高位魔術師に用紙に細工を施させ、他の者に論文を書かせたのが結局はバレて卒業取り消しになったらしい。
それを恥辱として自主退学したとか聞いたけど……。
どうしてそんな残念な事を。
まぁわたしには関係ないことだけど。
せっかくのプロム。
ロンドとの最初で最後のダンスを楽しまなくては。
ダンスは上手くはないけれど、一応ダンスの授業では及第点は取っている。
ロンドに手を引かれ、わたしはダンスフロアに立った。
流れるようにロンドの手がわたしの腰にまわり、わたしは彼の肩に手をおいてダンスポーズを取る。
三年間の学生生活と、そしてわたしたちの3ヶ月の終わりを告げるダンスだ。
この一曲のダンスを一生の思い出にする。
そしてこのダンスが終わったら自分から言うんだ。
「もう嘘を続けなくていいよ」と。
曲が始まり、ロンドのリードで滑るように踊り出す。
うわ、ロンドってばダンスのリードも上手い。
なんて踊りやすいの。
でも、そんな目でわたしを見ないでほしい。
まるでわたしが彼の特別だと勘違いしてしまうような、優しい熱のこもった眼差しで。
わたしはダンスだから許される特別な距離感で彼にささやく。
「ロンド。本当にありがとう」
「うん?」
「今夜が終わっても出来ればこれからも友人として仲良くしてくれたら嬉しい」
「それはどういう……」
ロンドがそう言いかけた時、曲が終わってしまってしまった。
「あぁ……終わっちゃた。ホントに楽しかったなぁ」
「アニー……?」
名残り惜しくも、わたしが彼から身を離そうとしたその時、フロアに甲高い声が響いた。
「調子に乗るのもそこまでよアニー=メイスン!」
「え?」
何この既視感は?と思って声がした方へと視線を向けるとそこには先日と同じようにわたしを睨みつける縦ロールが立っていた。
「ハミルトンさんに選ばれたといい気になっているようだけど残念だったわね?可哀想にあなた知らないんでしょ、ハミルトンさんの告白がカードゲームに負けた事による罰ゲームだった事を!」
そう声高らかに告げる縦ロールの隣にはロンドと同じくブライトン研究室の研究生候補がオロオロしながら立っていた。
その様子だけで彼女の情報源が彼だという事がわかる。
「どうりでおかしいと思ったのよ。ハミルトンさんがあなたみたい人を相手にするなんて。単なる罰ゲームによる嘘コクなのにあなたってばそれを本気に受け取ってOKするなんて無粋な人ね!そのせいで彼は仕方なくあなたの相手をする事になったのよ!気の毒なハミルトンさん!」
縦ロールが一気に捲し立てるようにそう言った途端に会場中が静まり返ってしまった。
まぁ……それは仕方ないわよね。
でも何もみんなの思い出となる大切なプロムでそんな事を暴露しなくても。
わたしがため息を吐きそうになったその時、ロンドが言葉を発した。
「キミは何を訳の分からない事を言ってるんだ?」
「え?」
ロンドにそう言われ、縦ロールが一瞬固まった後に答えた。
「訳が分からないって、わたしは事実を述べただけよ、何も知らないバカな人に真実を教えて上げようと……」
「わたし、知っていたわよ?」
彼女が言い終わる前に、わたしはそう告げた。
「え?」
「アニー?」
その声を漏らした縦ロールと同じくロンドもわたしに視線を移す。
わたしは二人に向かって言う。
「だから、ロンドがブライトン教授の命令で嘘コクした事も、それが賭けの対象であった事も全て知ってるわ。まぁそれにのっかって思い出作りをしようと思ったわたしにも責任があるし、別にもう責めるつもりはないのよ?」
「知っていたって……、嘘コク?賭け?一体なんの事を言って……」
呆然とするロンドを見てわたしは首を傾げる。
あら?ロンドは賭けの事は知らなかったの?
だけどわたしは彼に告げなくてはならない。
「だからロンド、もういいのよ。もう充分。嘘なのも賭けだったのも正直いい気分ではなかったけど、それ以上に美味しくて楽しい思いをさせて貰ったからもういいの。さっきのありがとうはその意味を込めて言ったのよ」
「違うんだアニー、ちょっと待って……メイスンさん!本当にすまなかった!!」
ロンドがそう言った時、その声に覆い被さるようにブライトン教授の声がダンスフロアに響いた。
ブライトン教授はツキシマ教授に後ろから小突かれながら近付いてきた。
そしてわたしに向かって頭を下げたのだった。
魔法学校の教授に頭を下げられわたしは面食らう。
「きょっ、教授っ!?」
「ごめんねメイスンさん、賭けの事はロンドは知らない。彼が居ない時に残った者たちで盛り上がって、キミがロンドの告白を受けるかどうかを賭けようとつい悪ノリしちゃったんだ」
「教授!」
それに対して非難の声を上げたのはわたしではなくロンドだった。
え?ロンドは賭けコクに乗ったんじゃなかったの?
そんなわたしの考えが伝わったのか、ブライトン教授がわたしに言った。
「いわばロンドも賭けの対象になる。そんなロンドが入ったら賭けが成立しないよ」
「あー、そうか、確かに……」
わたしがそう言うとロンドは教授に言った。
「教授、賭けの事は後でしっかり聞かせてもらいますから今は引っ込んでいて下さい」
「あ、はい」
教授に向かってそんな口を利いていいのかとも思ったけど、今のロンドから漂う空気は有無を言わせないものがあった。
「アニー」
「な、なに?」
ロンドはわたしの名を呼んでしっかりとわたしと目を合わせた。
彼のいつになく真剣な眼差しにドキリとする。
「告白したきっかけは確かにカードゲームに負けたからだ。罰ゲームとして指示されたのもその通りだ。でもそれは三年間もキミに片想いしながらもウジウジしていた俺の尻を叩いて行動に移させるためのものだったんだ」
「え……?それって……それじゃあ、ロンドの告白って……」
「本コクって、言うのかな?嘘偽りない俺の本当の気持ちだよ」
「嘘……」
「だから嘘コクじゃないって」
「いやそうじゃなく…そうなんだけど」
「アニー」
突然明かされた事実に狼狽えるわたしの前にロンドが跪く。
「ロンド……?」
女性の前に男性が跪く、まるでプロポーズのような光景に誰もが息を呑んだ。
縦ロールが悔しそうにハンカチを歯噛みしているのが視界の端に入っている。
「先に社会人となるキミに比べて、これからまだ二年間研究室生として学生生活を送る俺がこんな事を言うのは烏滸がましいのかもしれないけれど……」
ロンドはそう前置きを口にしてからわたしに言った。
「アニー。どうか俺が研究生を卒業と同時に結婚して下さい。必ずキミを幸せにすると誓う。だから今この瞬間から、俺をキミの婚約者にして欲しいんだ」
「ロンド……」
ロンドの淡く優しげなブルーの瞳が一心にこちらへと向けられている。
そこに嘘も迷いもないと思い知らされる、そんな真剣な眼差しだった。
ロンドの瞳の色を見て、わたしはようやく今自分が着ているドレスが彼の瞳の色だと気付く。
わたしって………本当に愛されている?
彼は本気でわたしにプロポーズしてくれているの?
じゃあこの三ヶ月間、彼は真剣にわたしとお付き合いしてくれていたということ?
「本気なの?ロンド」
「本気だよアニー。キミが好きだ。あの告白が嘘だと思われていたのならもう一度、いや何度だって言うよ。愛してる、誰よりもキミを愛してるアニー。俺と結婚してください」
ロンドのその声がプロム会場中に響き渡る。
その場にいる者の意識が、わたしたち二人に集中しているのがわかった。
その中にいるマックとツキシマ教授がニヤニヤと笑いながらわたしを見ている。
えぇい、わかったわよ。
ここまで言われて日和ってる場合じゃないわよね!
わたしは彼が好きで彼も本当にわたしの事が好きだったなら、
それならもう、答えは決まっているわね。
わたしはロンドに向かって頷いて見せた。
「はいロンド。プロポーズをお受けします。嬉しいわ、わたしもあなたが大好きだもの」
「アニー……?」
「嘘だと思っていても告白を受け入れたのはあなたが好きだからよ。たとえ短い間でもいいから、あなたの側に居たかったの」
「アニー!」
わたしの言葉を聞くなりロンドは突然立ち上がり、わたしを抱きしめた。
そしてわたしを横抱きに抱き上げ、くるくると回る。
「きゃあっ!?」
目、目が回るぅ!
「やったーー!アニー!ありがとう!ありがとう!」
そう歓喜の声を上げて喜ぶロンドに釣られてか、会場中から拍手が沸き起こった。
同級生の中には縦ロールのように忌々しげな顔をしたり、ハンカチで目元を押さえる女子生徒もいたけどこればかりは仕方ないわよね。
「良かったーー!まとまったぁぁ!これでルビーに嫌われなくて済むよ~~!泣」
わたしたちを見ておいおいと泣くブライトン教授の姿が目に付いた。
そんな教授にツキシマ教授が言う。
「二人が上手くいったからと言って、貴方がやった行いが消えてなくなるわけじゃない。結果オーライでは済まされないよ。まぁあの子飼いの背中を押した功績だけは考慮してルビーに接近禁止は三ヶ月のみとしてやろう」
「やった……!って、それって三ヶ月間はルビーに会えないって事じゃないかぁぁ~」
「手紙と贈り物は許可してやる」
「もみじさん優しいぃ~~!」
この二人、戸籍上は既に夫婦ではないけれど、精神面では一生夫婦なんじゃないかと思ってしまう。
こうして、わたしたちは互いの想いを確かめ合い、本当の恋人同士となった。
卒業後、わたしはツキシマ教授の助手として魔法学校の職員となり、ロンドはブライトン研究室の研究生となった。
マックは今は魔法薬剤師として故郷に錦を飾っているそうな。
近々幼馴染の女の子にプロポーズをすると手紙に書いてあった。
がんばれ!マック!
そして卒業して一年が過ぎてもわたしたちのお付き合いは順調で良好だった。
さらに一年後、彼が研究生を卒業して王立魔法薬学研究所の職員として就職する頃までには魔石採取のために他国へ行っていた父と姉も帰国するという。
なんでも辺境地で希少価値の高いレアな魔石を見つけ、大幅に借金返済が出来たのだとか。
そしてなんと姉は魔石採取パーティの護衛として雇われたフリーの傭兵稼業の男性と結婚したという、二つの嬉しい知らせが手紙には書かれていた。
今はただ、一日でも早く父と姉夫婦が帰国して再会できる事を祈っている。
わたしのフィアンセとなったロンドにも早く会って貰いたいしね!
婚約の許しは手紙のやり取りでしたけど、やっぱり直接会って申し込みたいとロンドも言ってるし。
早くみんなで一つのテーブルでわいわい出来る日がくればいいな。
今からその日が楽しみだ。
「ロンド、そんなに贈り物ばかりされても困るわ!もうクローゼットがいっぱいよ」
あんなにスカスカだったわたしのクローゼットは今や事ある毎にロンドから贈られた服や装飾品でいっぱいだ。
「わたしだって魔法学校の職員となって生活が安定して、少しくらいはゆとりがあるんだから」
わたしがそう小さく抗議するとロンドは少しも意に介した様子もなく言う。
「キミにプレゼントするのが俺の楽しみの一つなんだ。かつての俺は変に遠慮していたけどもう我慢はしない。プレゼントもアニーを愛する事も遠慮するつもりはないよ」
「もうロンドったら、こんなに有っても勿体ないだけだわ。わたし、無駄と勿体ないは今でも嫌いなの」
「わかったよアニー。しばらくは贈り物は控える。でもキミに愛を囁く事はやめないから」
「それはもちろん、のぞむところだけど」
「言ったな?」
「ええ言ったわ」
「じゃあ早速……」
そう言ってロンドはわたしに一歩歩み寄り距離を詰めた。
そして………
「!!」
西の窓辺から入る日差しにより形作られた、
わたしたちの影がひとつに重なった。
終わり
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これにて完結です。
アニ子とロンドのお話にお付き合い頂きありがとうございました!
そして今回も安定の文字数の暴力、失礼いたしました。
元々短いお話しの上、途中から一日2回更新になる日もあり、余計にあっという間に終わりましたね。
今作もお読み頂き、そして感想をありがとうございました!
さて早々に次回作の告知でございます。
Twitterで呟いたのでご存知の方もいらっしゃるとおもいますが、
久々にクズヒーロー疑惑案件のお話です。
タイトルは
『私を裏切っていた夫から逃げた、ただそれだけ』です。
夫が単独で赴任していた王都まで会いにいった妻が、そこで夫の不貞の現場を目の当たりにしてしまいます。
国の政策により離婚できない夫婦である妻が夫の前から逃げ出し、各地を点々と移りながら夫との過去を振り返る物語です。
逃げる妻と追う夫。夫の裏切りに隠された真意とは?
と、いうお話です。
久々に血圧の上昇は免れないと思いますが、ハピエンは絶対保証でございます。
次回作もお付き合い頂けましたら幸いです。
頑張ってシリアス目指します。
まぁ無理だろうけどシリアスを目指しますよ。
投稿は明日の夜から。
よろしくお願いしまーーす!
その間ちょくちょく過去作の番外編も挟んでゆきます。
「さよならをあなたに」と
「後宮よりこっそり出張……」の投稿予定です。
そちらも気長に不定期で投稿すると思いますのでよろしくお願いします!