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あともう少しだけ

怒涛の卒論月間が終わり、己の卒論への判定に歓喜した者も涙した者もとりあえず後は卒業式を待つのみとなった。


わたしは残り少ない日々を大切に過ごしている。


ロンドとは……結局今も仮そめのお付き合いを続けていた。


縦ロールとストレートロングに絡まれた時、嘘で告白したわたしを庇ってくれたロンドにホントは「どうせ嘘なんでしょ?」って言いたかった。

だけど、なぜか言えなかった。


ロンドがなぜ交友関係を見直そうとしているのか、なぜわたしを守ろうとするのか、

その答えが見い出せなくて今もわたしは彼の隣にいる。


だってやっぱり、わたしは彼が好きだから。


一緒にいると楽しいし嬉しいし、美味しい。


賭けの対象として嘘コクされたのは悔しいけど、わたしってば結構この嘘コクで恩恵を受けているしね。




「あれ?もしかして待っててくれた?しかも研究室に一人だけ?」


放課後、図書室で調べものを終えてツキシマ研究室に戻ると、部屋の中にロンド一人だけが残っていた。


「お疲れ。他の人は帰宅したり夕食を食べに出ているよ」


「ん?その傘……」


ロンドが手にしている見覚えのある傘にわたしが視線を向けると、ロンドは「あぁこれね」と言って傘を広げた。


「え、傘の骨が折れていたはずなのに。もしかして修理してくれたの?」


強風に煽られて骨が折れてしまったけどそのまま使っていた傘を今度は畳みながらロンドが言った。


「本当は新しい傘をプレゼントしたいところだけど、アニーは理由もなく物を贈られるのは嫌がると思ったから。でもこのまま使うなんて危ないよ」


よく分かってるのね。

わたしの立場で贈り物をしてもらうわけにはいかないもの。


物は記憶の形として後に残る。


今のこの不思議な関係を後々まで可視化できるようにするつもりはない。

まぁほら食べ物は?食べたら消えてなくなるし?

美味しかったという思い出はいくつあっても邪魔にはならない。


「……ありがとう」


わたしが心をこめてお礼を言うとロンドはにかんだ笑みを小さく浮かべた。


「どういたしまして。それじゃあ帰ろうか」


そう言ってロンドが差し出した手をわたしは握る。


「うん……」


生意気にもわたしは、こうやって手を繋ぐ事に慣れた。


「そうだアニー、明日の休日はバイト?」


ロンドにそう訊かれ、わたしは頭の中のスケジュール帖を捲って答えた。


「ううん、明日は一日何も予定がないわ」


河原に食べられる野草でも採りに行こうかな。


「良かったら明日、王立植物園に行かないか?五十年に一度だけ花が咲いたそうだ」


「五十年に一度だけ咲く花っ?」


「うんそう。興味ない?」


「むっちゃ興味ある」


「じゃあ一緒に見に行こう。朝迎えに行くよ」


「う、うん」


これって?


もしかして?


もしかしなくてもデートというやつ?


人生初デートをロンドと?


…………………我が生涯に一片の悔い無し!!


いいんだもん。

誘ったのは向こうだもん。

だからホントの彼女じゃないのにとか、気にしないもん。


わたしはその夜、ほとんど物が入っていないクローゼットを開けて、一番マシなワンピースを取り出した。


借金を返すために魔石採りになった姉の一張羅を譲り受けたものだ。


姉が魔法学校在学中に今のわたしと同じように研究室でバイトをして貯めたお金で買ったという人気ブティックのワンピース。


シンプルでオーソドックスなデザインだからあまり流行りを気にせずに着られるからと、別れる時に姉がわたしにくれた。


『コレを来てデートに行けるような素敵な彼氏をゲットしなさいよ!』


そう言っていた姉の声が脳裏によみがえる。


「……ちょっと特殊な事情だけど、好きな人とのお出かけに変わりはないものね」


わたしは遠く離れた異国の地で危険な仕事に就いている姉を心に浮かべてそうつぶやいた。



そうして明くる朝、アパートまで迎えに来てくれたロンドと王立植物園へと行った。


ロンドは私服姿のわたしを見るなりワンピースが似合っていると褒めてくれた。


「パステルブルーのワンピースがとてもよく似合ってる。びっくりするくらい可愛よアニー」


そう言って照れくさそうに微笑む顔にキュンキュンさせられる。

ハイ照れ照れロンドくん戴きました。

心のメモリアルに入力(インプット)


しかしさすがはモテ男。

何を言えば女性が喜ぶかわかってらっしゃる。

耳まで真っ赤になっているけど、いつもこんなに真っ赤になりながら女性を褒めているのかしら。



広い植物園の中を二人一緒に並んで歩く。

お目当ての植物園のある温室は植物園の最奥(さいおう)にあるから、そこに向かいながら様々な植物を見て回る。


わたしが植物を見る度に、これは食べられる、これは毒性がある、これはまだ食べた事がない、などをいちいち言うとロンドがその度に可笑しそうに笑った。


そして「今度アニーが調理して食べさせてよ」というリップサービス付きで返してくれる。


今度っていつ?

今度なんてあるんですか?


そんな事をつい考えてしまうけど、わたしは素直に今この彼と共にすごす時間を楽しんだ。



「王立植物園、どんだけ広いんだ」


「途中、色々と立ち寄っているからな」


まだ温室に着かないうちに正午になり、わたしたちは植物園内のカフェでランチを食べる事にした。


「どうぞ」


ロンドがわたしのために椅子を引いてくれる。


「え」


「学校じゃやらないけど、やっぱりデートではね」


「あ、ありがとう……」


ロンドもデートと認識してくれていましたか、と思いながらわたしはその椅子に腰掛けた。


こんな丁寧なエスコートなんて受けた事がない。

もう、ドキドキして食事どころじゃないわ。


わたしはメニューの中からサーモントマトクリームパスタと玉ねぎのマリネとお魚のフライを注文した。



「あ~、美味しかったぁ!植物園のカフェとは思えない本格的お味だったわね。ありがとうロンド」


「いえいえ。喜んで貰えて良かったよ」


「いつもご馳走になってばかりで申し訳ないわ。何かお礼ができたらいいのだけど……かといって何かプレゼントが出来るわけでもないし。ねぇロンド、何かわたしにして欲しい事はない?」


わたしがそう言うとロンドはきょとんとしてわたしを見た。


「出来る事?」


「そう。肩たたきでも靴磨きでもお金の掛からないお礼ならなんでも!あぁでもロンドになら、わたしの貯金から何か買って贈り物をしてもいいわ」


「そんなの気にしなくていいよ。俺がしたくてやってる事なんだから」


「でも……」


「ホントに。さぁじゃあそろそろ温室に向かおうか」


「う、うん。じゃあ何かやって欲しい事が出来たら言ってね?」


それでも念を押すように言うわたしに、ロンドは返事してくれた。


「わかったよ」



そしてわたしたちは本日の目玉、五十年に一度花を咲かせるというリュウゼツランがある温室へと辿り着いた。

温室の中は同じように珍しい花を見ようという人々で賑わっている。


お目当てのリュウゼツランは温室でもとくに日当たりの良い場所に植えられていた。


「わぁ……」


その姿を見て、わたしは思わず感嘆の声をあげる。


花というよりはまるで樹木のような不思議な様はまるで魔法か何かで造られたようだ。


白のような黄色のような緑のような独特な色合いの花。

わたしはすっかりその不思議な花に夢中になり足元が疎かになってしまっていた。

そのせいで敷石のちょっとした盛り上がりに()つまづき、転びそうになる。


「きゃっ」

「アニー、」


そんなわたしをロンドは難なく支えてくれた。


「あ、ありがとロン……!?」


転ばずに済んでよかったものの、後ろから抱きしめられる形になった事で口から心臓が飛び出しそうになる。


「転ばなくて良かった。大丈夫?」


「う、うんっ……」


わたしは心臓を飲み込んでロンドにそう返事をした。


「また転ぶと危ないし、人が多いから手を繋いでおこう」


そう言ってロンドはわたしの手を握った。


「う、うん……」


そしてわたしたちは互いにしっかりと手を繋ぎながら再びリュウゼツランを眺めた。


さっきまであんなにリュウゼツランに夢中になっていたのに今ではもうロンドの事しか考えられなくなっている。


背中に感じた彼の温かさがまだ背中に残っている感覚がした。


わたしはちらとリュウゼツランの花を見上げる彼の横顔を盗み見る。


そしてやっぱりこう思ってしまうのだ。


彼が好き。


普通の女の子みたいな会話が出来ないわたしのヘンテコな話を楽しそうに聞いてくれる彼が好き。


彼の周りにいる(いた)キラキラ女子たちみたいに綺麗でもなんでもないわたしをお姫様のように扱ってくれる彼が好き。


真面目で優秀で、何事にも真摯に取り組む彼が好き。


好き。

どうしようもなく好きなのだ。


願わくばもう少し。

もう少しだけ彼の側にいさせてください。


せめて卒業式。

卒業式が済むまでは。


彼の側に。彼の隣に。



そんな願いを込めてリュウゼツランの花を見上げた。


わたしはきっと、


今日彼と見たこの不思議で美しい花を生涯忘れる事はないだろう。



その時、徐にロンドがわたしに言った。


「アニー、さっき言ってたお礼の事だけど……」


「うん、何か思いついた?」


わたしがそう返すとロンドは少し逡巡してから言った。


「キミが人から物品で施しを受ける事を良しとしない事はよくわかってるつもりなんだ。だけどそこを曲げてお願いしたい。是非、キミが卒業プロムで着るドレスを贈らせて欲しいんだ」


「えぇっ?ドレスをっ?」


「式までひと月を切ってるから既製品になるけど俺からプレゼントさせて欲しい」


卒業式の夜、学校の講堂で行われるプロムナードにはツキシマ教授のお古のドレスを借りる事になっていた。


「俺から贈られたものを身につけるのは嫌?」


「そんな事ないわ。でも……わたしばかりが得をして、こんなの少しもロンドに対するお礼にはならないもの」


「俺が贈ったドレスを着て一緒にプロムでファーストダンスを踊ってくれる、これに優るお礼はないよ」


「ホ、ホントに?ホントにそれが今までのお礼になる?」


「なるよ。だって、こんな嬉しい事はないから」


この人はわたしを殺すつもりなのか。


それに大好きな人にそんな事を言われて断れるはずがない。


わたしはロンドと繋いでいた手に力を込めてきゅっと握り、小さくこくんと頷いた。






───────────────────────





決着は卒業プロム?



次回、ロンドsideを盛り込んだ最終話です。







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