プロローグ まさか我が身に起こるとは
よろしくお願いします!
バイト先のお客さんが言っているのを聞いた事がある。
『ねぇきいて~!友達が嘘コクされてさー!』
『は?ホントにそんなことする奴いるの?』
『それがいたらしいのよ!嘘コクしてきた奴がまあまあかっこいい男だったからOKしたら、次の日にはじつは罰ゲームで告っただけだったって謝られてフラレたんだってー!』
『え?ちょっと酷くない?』
その時は世の中にはそんな罰ゲームがあるのか、とか相手の男はカスだなとかしか思ってなかったけど………
まさかそれが自分の身にも起こるなんて!!
「メイスン、俺と付き合って」
「…………」
昨日、ブライトン教授の研究室であんな話を聞かなければ、これが普通の告白だとドキドキも出来ただろうけど生憎そうはいかないんだな。
だってわたしは聞いてしまったから。
今、目の前にいるロンド=ハミルトンが、ブライトン教授にアニー=メイスンに告白するよう命じられているのを。
そう。アニー=メイスンとはわたしの事だ。
たまたま近くを通りかかった時に聞こえた話の内容では、研究室に出入りしている複数の生徒と教授との間でなんらかのゲームを行い、それに負けた者への罰的な指示らしい。
そしてその明くる日、こうやってわたしにそれを告げてきたという事は、
これは間違いなく罰ゲームによる嘘の告白、先日耳にした“嘘コク”というヤツだろう。
まさか……まさかわたしの身にそれが起こるなんて。
でも改めて近くから見ても遠くから見てもロンド=ハミルトン、本当にイケメンだわ。
さすがは学年イチのモテモテ男子。
成績は常に上位(ま、わたしも負けてないけどね)、容姿端麗、文武両道、品行方正、英華初外を極めた、学生カーストでも上位にいる男ね。
「メイスン?」
目の前のロンド=ハミルトンの顔をガン見しながらそんな事を考えていたわたしは、彼の呼びかけにハッと我に返った。
「あ、ああごめん、ちょっとびっくりして」
「そりゃそうだよな、ただの同級生だと思ってた奴に突然こんなこと言われて驚かないわけがないよな」
「………」
いやじつは告られるの知ってたんですけどね?
でもまさかホントに嘘コクされるとは思ってなかったからね?
びっくりしたのはそこじゃない。
ロンド=ハミルトンの性格は多少なりとも知ってるつもりだったから。
だから彼が教授の命とはいえまさかこんな嘘の告白をするなんてと、その驚きが大きかったのだ。
だって、だってずっと見てきたから。
貧乏苦学生のわたしにも分け隔てなく接してくれる彼をいつの間にか好きになっちゃって、
でもだからといってカーストの底辺にいる地味なわたしがその気持ちをオープンになんか出来るわけなくて。
ま、仕方ないよね!と早々に諦めて、陰ながらストーキング行為で彼の言動は注視していた。
だから勝手にロンド=ハミルトンマスターになってたつもりだっのに。
まさか彼がこんな事をするなんて俄には信じられなかった。
だからびっくりしてしまったのだ。
まあ彼のように優秀でお金持ちのボンボンは卒業後も研究生として学校に残るだろうから、教授には逆らいたくないよね。
教授の命令は絶対だよね。
またしてもそんな事をぐるぐる考えていたわたしにロンド=ハミルトンが訊いてくる。
「メイスン聞いてる?」
「……聞いてるわ。ハミルトンさん、本気じゃないんでしょ?」
取り消すなら今のうちだぞという意味を込めてロンド=ハミルトンにそう言うと、彼は一瞬ぐっと拳を握った。
ほんの一瞬だけ。
生憎それをわたしは見逃さなかったけど。
そんな様子になるくらいなら、これが嘘コクだとさっさと白状して楽になりなさい。
そうでないと。
………わたしの答えは既に決まっているから。
彼がじつは罰ゲームなんだと白状する機会を与えて、今なら互いに笑い話で済ませられると思ったから。
そんな温情をくれてやったというのに、
ロンド=ハミルトンから返ってきた言葉はこれまたわたしを驚かせるものだった。
「もちろん本気だ。メイスン、俺の恋人になって欲しい」
ぐはっ!!
イケメンの、しかも想い人からのその言葉はもの凄い破壊力だった。
言葉のボディブローを食らったわたしは心の中で血反吐を吐きながらそれに答える。
「……わたしの恋人になると大変よ?」
主にお財布が。
わたしに交際費は出せないからね。
「その大変な思いをしたいんだ」
ぶふぅっ!!
「バイトがあるから時間が取れないかも」
奨学金だけでは足りなくてバイトをしてる苦学生だからね。
「俺の方が合わせるよ。メイスンは気を遣わなくていい」
「地味で冴えないしガリ勉だし」
身形にお金をかける余裕がないし、
卒業後の就職のために成績上位キープは必須だからね。
「地味じゃなくて清楚なんだろ。学生のくせに厚化粧の女の子よりよほど好感がもてるし、成績を維持する為のメイスンの努力は知ってるつもりだから」
おっふ、リップサービスやばくない?
そこまでして教授の言いつけを全うしたいの?
わたしはこれが最後だという思いを込めてロンド=ハミルトンに言った。
「本当にいいのね?わたしよ?わたしが恋人になって後悔しないのねっ!?」
「っ……」
あまりにも前のめりに言い過ぎた所為か、やっぱりしくじったと怯んだのか分からないけど、ロンド=ハミルトンはたじろいだ。
でもすぐに態勢を整えて答えた。
「俺の方から告ったのに、いつの間にか逆になってる気がするな……ふっ、もちろん後悔なんかしない。メイスン、俺と付き合ってほしい」
はい言質とりました!
よかろう。
そちらがそのつもりなら乗っからせて貰おうじゃないの。
どうせ卒業まであと三ヶ月。
それまでこの淡い初恋を昇華させて貰おうじゃないの。
加えて恋人として美味しい食事やスイーツでもご馳走して貰おうじゃないの。
まぁどうせバイト先で聞いたみたいに直ぐに、
『じつは嘘コクでした』って告げられるんだろうから、その時はその時で精神的苦痛を受けたと訴えて教授とロンド=ハミルトンから慰謝料でも貰えばいいしね。
くふふっ。
よし。
「……わたしでよければ、喜んで」
わたしは東方の計算機ソロバンを弾く内なるアニーを噯にも出さずそう答えた。
どうだ、ミッション成功かロンド=ハミルトン。
満足か?
と思って彼の方をちらりと見たら、
なんか意外な反応をしていて思わず目を見張る。
ロンド=ハミルトンは片手を口に手を当て照れくさそうにそっぽを向いていたからだ。
「……いや、なんだ、その、思ってた以上にくすぐったいもんなんだな、こういうのって……」
ハイ照れ照れロンドくん戴きました!
わたしの心の中にあるロンドくんアルバムに保存しておかなくちゃね!
こうしてわたしは長年(といっても在学期間だけど)片想いしてきた相手から嘘コクをされるという残念なシチュエーションをものともせず、逆にそれを利用しての思い出作りをしてやる事にした。
罰ゲームに利用されたんだもの、
こっちだって利用したっていいよね。
まずは手始めに……
「じゃあ…カフェに行って、お話しない?」
と、さっそく彼女面してさそってみる。
今日はケチってランチはビスケット一枚にしたから腹へりなんです。
わたしがそう言うとロンド=ハミルトンは柔らかく微笑んで、こう言った。
「ああ。もちろん」
ふふふ……ゴチになります!