9-4 結末、そして市場
レビ商会に戻ったアルとレジナルドは帰りを待っていたバーバラに早速、詰め所にある一室に通された。そしてそこにはレビ会頭が待っていた。
「すまなかったな、アル君。助かった」
レビ会頭は戻ってきたアルを見ると、にっこりと微笑み、立ち上がると握手をして出迎えた。
「いえ、不用意に浮遊眼の眼で近づき、相手に気付かれてしまいました。申し訳ありませんでした」
アルは握手を受けた後そう言って頭を掻く。レビ会頭は首を振り、2人に座る様に勧めると自分も座った。
「バーバラから聞いた話では、その時点では怪しい要素はあったが、確証もなかったのだ。仕方あるまいよ。だが、すぐに宿から姿を消すというあたり、余程警戒をしているということなのだろうな。一体どういう連中なのか……残念ながら、この辺境都市レスターには、都市開闢の頃からの老舗や、他にも多くの商会があるのだが、その中には私たちを敵視しているところもあってね。裏からかなり酷い事をしてくる連中も居るのだよ」
レビ会頭の話にアルは頷いた。辺境都市レスターの治安については決して良いものではないのは容易に想像がついたからだ。その様子を見て、レビ会頭は話を続けた。
「あとはナレシュ様関連だな。ナレシュ様とルエラの婚約がほぼ本決まりとなった事で、我が商会にも様々な働きかけが行われるようになってきた。ナレシュ様は次男だが、母親のタラ子爵夫人の実家は非常に身分が高いのでね。いろいろな立場の人がいろいろな思惑を持っているようだよ。以前、君が活躍した血みどろ盗賊団の襲撃やルエラの誘拐事件にもそこに絡む連中が後ろで糸を引いているという話もある。パトリシア様の髪飾りの話もそうだ。そちらは誰が味方で誰が敵なのかさっぱりわからぬ」
お決まりのお家騒動か。ナレシュ本人は兄のサンジェイを純粋に助けたいと言っていたのに……。
「僕にどうしてこの話を?」
「君はナレシュ様やルエラとも親しいようだし、いざというときにこういう話を知っておいてくれた方が良いと思ってね。後はできれば、うちに雇われてくれると嬉しいのだが、どうだね。気は変わっていないかね?」
レビ会頭の誘いにアルは申し訳なさそうに微笑みを浮かべて首を振った。
「そうか、残念だ。とりあえず今回の手伝いについての報酬を支払っておく。また何かあったらよろしく頼むよ」
アルはバーバラから小さな革袋を受け取ると帰る事にした。買ったばかりの呪文の書が待っている。帰りに消費した道具類の補充に市場に寄る必要があるが、あとは直ぐに帰ることにしよう。バーバラは少しニコリとしながら渡してくれたので見るとかなり入っているのかもしれない。後で見ると金貨が1枚入っていた。30分ほどの仕事で金貨1枚とはかなりの高報酬である。正式に雇ってもらったら、結構もらえるのかもしれないと少し気になる値段であった。
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“ねぇ、あの大きな鳥だと遠くには飛べないの?”
帰り道に立ち寄った市場で、アルの耳元でグリィが囁いた。見ると、ホールデン川の対岸によく群れているピンク色の水鳥がたくさん露店の軒先に食肉として吊るされていた。羽を広げると1メートルほどの大きさだ。遠くに飛べないかというのは、テンペストの研究塔の事だろう。あのマラキのゴーレムを見てから、彼女は余程早く行きたいのか、積極的に尋ねたりするようになった。周りはかなりの人々が行き交っている。返事をすると誰と喋っているのかと不審がられるのでこういうところで話しかけないで欲しいと言っていたのに……とアルは急いで物陰に移動した。
「うーん、どれぐらい飛べるかは変身してみないと判らないね。でも、たしか飛行呪文で丸2日、それも高い空の上という話だったから、鳥じゃ難しいんじゃないかな……」
アルは小さな声でそこまで話してから、丸2日といっても、途中で休憩すれば行けなくはないのかと思い至った。
「グリィ? 丸2日飛ぶ距離でそれも高い空の上という話だったけどそこは陸地かな? 方向と具体的な高さは?」
“およそ南東方向ね。高さは2000メートルぐらい。距離と高さはわかるけど、そこに行ったことはないから海なのかどうかはわからないわ”
南東だと海かもしれない。とは言っても、海に住む水鳥なら行けなくはないか……だが、南東は魔獣が多い未開地域だ。荷物はあらかじめ運搬を使って載せておけばなんとか出来なくもないが、変身中は呪文が使えないので身は守れない。何かが海から出てきてぱくりと食べられてしまえば終わりだ。それに2000メートルというのはかなりの高さである。今まで鳥類だとスズメと烏には変身できるようになったが、そんな高さにはとても飛べなかった。水鳥でそれほどの高さに行けるものはあるのだろうか?
「うーん、どちらにしても難しそうだよ。とりあえず新しい呪文を憶えたら、一応捕まえて試してみてもいいけど……」
“むー、残念……。いい案だとおもったんだけどなー”
「じゃぁ、帰るね」
“待って、あれ美味しそう。ほら、右で売っている白っぽくてリンゴみたいなの……初めて見る。ねぇ、食べてみてよ”
物陰から出ようとしたアルにグリィが囁く。喋りかけないで欲しいと言っているのに……アルは思わずため息をつく。
「わかったよ……」
どうしてこうなったのだろう。アシスタントデバイスはただの魔道具ではないのか。本当にイングリッドの魂がこのアシスタントデバイスに宿ったのだろうか。
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