8-9 移動準備
テンペスト王国の騎士団か衛兵隊と思われる謎の部隊についてはすぐに移動するような雰囲気はなかったが、急に明日移動してくる可能性がないわけではない。
マラキもその部隊の意図については想像つかない様子であった。部隊に掲げられた旗について、念のために尋ねてみたが、マラキはどれ一つとして知っているものはなかった。気になったのは太陽神ピロスの旗についても知らなかった事だ。彼の時代では太陽神ピロスは信仰されていなかったらしい。不思議な話であった。アルの知る限り、太陽神ピロスというのは大きな街ではかならず存在する程の有力な神であり、太陽神ピロスから人々を治めるように指示されたのだという国すらある。そして、不死者の存在を強く否定していた。アルが不死者がこの墓所から溢れてしまったのではないかと想像するのはそういった背景からであった。
マラキの行っていたゴブリンメイジのアシスタントデバイスへの処理はまだ終わっていなかったが、それどころではなくなってしまった。その処理は一旦後回しにしてアルとマラキはどうやって移動するのか相談し始めた。
「石棺はとても載らないけど……?」
“そうであろうな。テンペスト様とその遺骸の下に敷いてある板、祭壇の水筒は頼みたい。あと、同行するのは人形ゴーレムと上位作業ゴーレムといったところか”
石棺はそれだけで軽く1トンを超えているだろう。とても運搬呪文では運べない。すこし前にきちんと検証してみた所、アルが運べる重さは合計で330キロであった。運ぶ円盤のようなものは11に分割することが可能で。1つにつき30キロという内訳であった。11に分割できるというのは熟練度によるものだろう。
遺骸の下に敷いてある板は魔道具で、これは梱包呪文と保持呪文の複合効果があり、遺体の状態を保全しているものらしい。これのおかげでテンペストの遺体は腐敗せずに屍蝋となって生前の姿をたもっているのだという。祭壇の水筒はテンペストが好きだったあまり強くなく飲みやすい甘いワインの出るもので、オーソンがこれのおかげで助かったものだ。偉大な魔法使いであったテンペストが、豪華な副葬品を断り、これだけは入れて欲しいと願ったらしかった。遺体とあわせても30キロほどである。この分を運ぶこと自体は問題ない。
「遺体と板、水筒はわかったよ。でも、ゴーレムっていうのはすごく大きいよね、どこに移動するにしても、目立つんじゃない? それに、テンペスト様が居ないのにゴーレムにどうやって命令をするの?」
アルは首を傾げて尋ねた。ゴーレムの存在自体がアルにとっては謎だらけだ。ゴーレムといわれて思い出すのは最初に入った部屋に居た身長3mほどの巨大な人形であった。重さも2トンは超えているだろう。人形ゴーレムや作業ゴーレムといってもそれ程変わらないに違いない。あのサイズのものが移動するとなれば、すぐに見つかってしまいそうである。第一、ゴーレムに移動の指示などどうやってだすのだろう。ゴーレムを作ったテンペストはとっくに死んでいるのだ。
“人形ゴーレムと上位作業ゴーレムは共に人間か人間の子供ぐらいのサイズだ。重さも人間よりすこし重い程度しかない。近寄ればすぐにゴーレムとわかってしまうだろうが、遠くから見られるぐらいなら目立たずに移動できるだろう。ゴーレムへの命令は……実際に見てもらった方が早いな”
マラキの話にアルは頷いた。しかし、そのようなゴーレムはどこにあるのだろうか。
“途中に広い部屋があっただろう。そこに扉はカモフラージュされているがゴーレムの待機所につながっているのだ。とりあえずまず待機所に移動しよう。話はそれからだ。”
広い部屋というのは、アルがゴーストと初めて遭遇した部屋のことだろうか。たしかに広かったのとゴーストに遭遇したショックで隅々まで調べたりはしなかったが、そんな隠し部屋があったとはまったく気が付かなかった。遺跡自体が広すぎて、どうしても細かい所まで探索が行き届いていなかったようだ。これは、もし今後、古代遺跡に行けることがあれば気を付けないといけない点だとアルは思ったのだった。
アルはマラキを手に持ったままそちらに移動した。マラキが言う壁は石の継ぎ目がわからないほどであり、ここに扉があるとはとても思えない。マラキはアルに壁の触れるべき場所を細かく指示した。決まった位置を決まったタイミングで触れる必要があり、それが壁を開く合図のようになっているらしい。このような仕組みで開閉する扉は魔法感知でなければ見つからないだろう。
アルはマラキの指示に従って壁にタイミングを計って触れた。2度はうまく行かなかったが、3度目にようやく壁が反応した。壁に光の筋が入り、警告するように点滅すると、その光の筋に囲まれた部分全体が一度凹み、そこからすっと音もなく左右に開いた。その穴の大きさはかなり大きく5メートル程のサイズである。その先には手前と同じく一辺が30メートルほどある広い部屋があった。
中には守護ゴーレムと同じぐらいの身長3メートルの銀色のゴーレムが並んでいるのがまず目に入ってきた。守護ゴーレムとはすこし形がちがい樽型の胴体と人間と同じように2本の太い手足を持っている。頭部は背が高くてよく見えないがおそらく半球の形だろう。ずんぐりとした印象を受ける。数は10体あった。
壁側には2体の人間サイズのゴーレムが立っていた。1体はアルよりすこし大きく身長は百七十センチほどだろうか。丸みを帯びた白色の光沢をもつボディの形は華奢な人間のそれであった。頭部は眉と鼻のところが盛り上がり、かるく目にあたる部分がへこんでいる。のっぺりとした人形のようである。服を着ていたようだが、それはすでにぼろぼろになり、床に切れ端のようなものが散らばっているだけだった。関節部分は球体のような形になっている。
もう1体は身長百四十センチほど、こちらは大きなゴーレムと同じように胴体は鈍く光沢のある銀色の樽型で、それに細い手足が人間と同じように2本ずつついていた。頭部も半球体が載っているだけで目鼻のようなものはなくのっぺりとしている。大きい方が美術品であるかのような佇まいであるのに比べてこちらはまるで玩具のような雰囲気があった。この2体に共通しているのは他のゴーレムの手足の先が単に丸くなっているだけであるのに対して人間と同じような指が5本あることだった。
“巨大なゴーレムは作業ゴーレムだ。人間サイズのゴーレムのうち、背の高い方が人形ゴーレム、低い方が上位作業ゴーレムになる。私のクリスタルデバイスを人形ゴーレムの首にかけてくれ”
アルは言われるままにマラキのクリスタルデバイスを首にかけた。そのとたんに人形ゴーレムはまるでスイッチがはいったかのように動き出した。まるで人間のような滑らかな動きだ。人形ゴーレムはまるで踊るような動作を一通りすると、アルの方を向いた。
「きこえるか?」
人形ゴーレムの頭部あたりから、先ほどまで耳元で聞こえていたのと同じ声がした。
「マラキさん? 喋れるんですか?」
「ああ、言葉を音声として出力している。君の姿も見えているぞ。そうか、君はこのような顔をしていたのだな。ふむ、以前使ってからどれぐらい経つのかわからないが、ちゃんと問題なく動くようだ。さすがテンペスト様だ」
マラキがコントロールする人形ゴーレムは首を軽く回して周囲を確認した後、そのあと自分の手を見て動作を確認している。全身のっぺりと白い光沢のある素材ではあるが、服を着て顔を隠せば人間で通るかもしれない。
「すごいですね」
「我々アシスタントは、持ち主の五感を通して周囲を認識している。テンペスト様は自らの死後、それをすごく気にされていた。そのため、それの代わりとなり、また移動や様々な作業もできるようにと、この人形ゴーレムを作られたのだ。生前も戯れに一緒に行動したこともある。とはいえ、テンペスト様と一緒に眠りたいと考えた私は、結局、これを使うことは無かった」
“私にも欲しい! 欲しい! 欲しい! 自由に歩いてみたい。アリュの姿を鏡じゃなくちゃんと見たい”
グリィがアルの耳元で何度も叫んでいる。
「作られたのはこれ一体だけですか?」
「その様子はイングリッドが欲しがっているのかね。ふふ、アシスタントデバイスとつながるゴーレムの完成品はこれ1体だけだが、試作品がテンペスト様の研究塔には残っていたはずだ。設計図も残っているはずなので、試作品を参考にして研究すれば作れるかもしれぬ。とは言え、テンペスト様はゴーレム作りの天才であった。これほどの完成度には至らぬだろうがね」
グリィの反応をマラキはお見通しのようだった。
“アリュ、おねがい。研究塔、急いで行こう”
「わかった、わかった。急ごう。というか、飛行呪文が手に入らないからどうしようもないんだけどね。とりあえず、その前にテンペスト様の遺体の移動が先だよ」
アルがグリィのアシスタントデバイスを握って諭すように言い聞かせて、グリィはようやく静かになった。
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