8-7 墓所探索 前編
マラキにテンペスト墓所全体の構造を教えてもらい、アルは自分が入ってきた守護ゴーレムの部屋にある扉から初めての通路側に出た。この扉も開閉には5分程の時間がかかる、テンペストの墓室へ通じる扉と同時に開かないといった工夫がされていた。これは守護ゴーレムを無視して一気に走り抜けられないようにするための仕組みという事らしい。
その扉から先は長い通路があり、何度も折れ曲がりながら上がったり下ったりを繰り返していた。マラキからは、方向感覚や高さの感覚を狂わせるのだと説明があったのだが、アル自身にはよくわからなかった。せいぜい、何度も折れ曲がるのでわかりにくくなるのかなと思っていたのだが、それだけではないようだった。それはグリィがところどころでポイントを説明してくれた。
“ここ、この石積みがわざと斜めになってる。だから、下がってるのに、上がってるように見えちゃう”
“この曲がり角、直角にみえて直角じゃない”
言われるたびに、アルは感心した。グリィは呪文の書の読み解きを手伝ってもらったときに、記憶力がすごいと思ったが、空間把握力もすごいらしい。
そのようにして30分以上登ったり下りたりをしばらく繰り返すと広い空間に出た。アルはどっちの方角を向いているのか、どれぐらいの深さのところに居るのか、全くわからなくなっていた。そして、そこには、ゆらゆらと歩く人影が3つあった。
盗掘者だろうかとアルは慌てて角に身を隠す。周囲は全くの闇である。アル自身は知覚強化の効果で辛うじて見えているが、普通の人間では歩くことすらままならないはずであった。だが、その3人は手を前に突き出してゆっくりとこちらに向かってきていた。3人の頬はこけ、ぼんやりとした表情である。その様子から見て、3人は人間ではなかった。おそらくゾンビだろう。そして、その後ろには白いぼんやりとした煙のようなものが見える。そちらはゴーストのように見えた。
強い執念や怨念を持ったまま死亡した人間は不死者と呼ばれるゾンビやゴーストといった魔物になる事があると言われていた。こちらにむかってゆっくり移動しているこれらは、盗掘をしようとして途中で死んでしまった盗掘者の成れの果てにちがいない。たしかに、ここは墓所でもあり、不死者が彷徨していても不思議ではないのかもしれないが、自らの墓所に不死者が発生したとなれば、テンペストとしても、或いはマラキとしても墓所が穢されたという感覚であるに違いない。不死者は倒して葬ってやるべきなのだろう。
とは言え、アルはゾンビやゴーストと実際に遭遇するのは初めての経験であった。一応、ゾンビは物理的な攻撃が有効であり、頭部を破壊することによって無力化し、葬ることができる。ゴーストは聖水をかけ、清めた武器によって倒すことができるというのは知識としては知っていた。アルの場合は、ゾンビについては、魔法の矢で狙えばよいのだが、問題はゴーストであった。獲物の解体や密林の草木を掃ったりするのに短剣は使うことがあったが、短剣を振るって攻撃したことなどここ数年したことがない。聖水の瓶を投げつけるという手もあるが、聖水の瓶自体は1本しか持ってきていない。万が一外れれば、対処の方法がなくなってしまうことになる。
アルは来た道を3体のゾンビ、1体のゴーストに警戒しながら下がり始めた。不死者たちはアルの存在を感じ取ったのか、こちらに徐々に近づいてきていた。相手は4体、それも初めて戦う相手である。リスクは出来れば避けたい。ここに来ているのも、特になにか使命などがあるわけでもなく、単に古代の遺跡を見てみたいという興味だけなのである。何も無理に戦う必要などないだろう。
とりあえず不死者たちから距離を開けよう、そう判断してアルは小走りに移動し始めた。ゾンビもゴーストも移動する速度を上げた。幸いゾンビは速度を上げたものの大したことは無かったのだが、白い影でしかないゴーストの速度はアルが走るよりずっと速かった。
『鈍化』
ゴーストの速度は少し弱まったものの、それでもアルよりは速いようだった。あわててアルは背負い袋を下ろして聖水の瓶を取り出そうとする。だが、移動してくるゴーストには全く間に合いそうにもない。
アルはパニックに陥りそうになり、思わずその場に立ち竦んだまま髪をガリガリと掻く。墓所に行くのだから聖水はすぐに取り出せる場所に入れておくべきであった。何かいい方法はないか、懸命に考える。聖水をゴーストにかける方法……。
白い影のようなものがアルに迫った。アルは手を動かし、それを振り払おうとする。だが、その白い影に左手が触れたとたん、左手が急に冷たくなった。手首から先の感覚が失せる。
さみしい……
ゴーストの寂寥感のようなものが心の中に急に沸き上がる。あきらめのような気持ちが襲ってきて、急速に生きる意欲というものが失われていく。
“だめよ、アリュ......! 冷静に”
グリィの言葉が耳のすぐ傍で聞こえた。そうだ! アルはとっさに一つの方法を閃いた。聖水はもちろん液体である。それを噴き出させる方法があるではないか。
(いつものインク瓶ではなく、聖水瓶から)
『噴射』
シュウシュウと音を立ててゴーストの身体、白い煙のようなものが空中に溶けた。聖水の噴射を受けて、ゴーストはそのまま姿を消したのだ。
「助かった……」
アルは安堵のため息を漏らす。その場に座り込みそうになる。
“アリュ、まだ。ゾンビが来てる”
そうだった。足は遅いもののゾンビがゴーストの後から追いかけて来ているのだ。グリィの警告を受けてアルはそれを思い出して移動してくるゾンビを見た。距離はまだ50メートルほどある。歩いてくる速度は大したことがなく、頭をたまにカクカクと揺らしてはいるが狙うのはそれほど難しくないだろう。アルは動く右手を前に突き出し、大きく息をして真ん中を歩くゾンビの頭を狙う。
『魔法の矢』 - 収束 距離伸張
一番前のゾンビの頭が吹き飛んだ。その個体はそのまま床に崩れるように倒れ込んだ。
『魔法の矢』 - 収束 距離伸張
二番目のゾンビの頭も吹き飛ぶ。その個体も倒れ込んだ。残りは1体、距離は20メートルほどまで近づいてきていた。
『魔法の矢』 - 収束
最後のゾンビが床に倒れた。
「今度こそ、助かった……。グリィありがとう」
アルはそう言い、改めて大きく安堵のため息を漏らした。
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