8-3 クラレンス村
辺境都市レスターを発って4日目の昼、アルはアルナイトが採れ、テンペストの墓所にも繋がる洞窟がある湯治場の麓にあるクラレンス村に到着していた。
村の入り口には、見覚えのある青年と少年の2人組が座っており、アルが近づいてくるのを見ると慌てて立ち上がった。自警団のエセルとガビーである。
「こんにちは、エセルさん、ガビー君」
アルは、にこやかに声をかけた。
「よお、アル。久しぶりだな。あいつはもう大丈夫なのか?」
「あいつ? ああ、オーソンの事だね。うん、しばらくは動けなかったけど、もう大丈夫みたい。ありがとう」
ガビーが最初会った時とはまるで違う印象の人懐っこい笑顔を見せた。以前来た時に振舞った鹿肉が利いているのだろう。彼らの様子からすると、クラレンス村はテンペスト王国の内乱の影響はでておらず、平和そうに見えた。むしろ、村の中ではなにか祭りでもあるかのように賑やかな声が聞こえている。北西にある国境都市パーカーではテンペスト王国からの避難民が多く、そのためにナレシュが呼ばれたと聞いたが、このあたりは大丈夫なのだろうか。
「麦とかの値段は上がってるけど、他はあまり影響はでてないかな。テンペスト王国からこの村に抜けるとなるとかなり厳しい山越えだよ。私でもきちんと準備しないと難しいね」
ナレシュと友人であることは伏せたまま、疑問を素直に尋ねてみると、エセルがそのように答えてくれた。地元の人間がそう言うぐらいであるから、山越えは余程難しいのだろう。パトリシアが山を越えてこれたのも、同行していたジョアンナが身体強化を使えたお陰に違いない。とは言え、このルートを来たからこそ追っ手に見つからずに済んだという側面もあるだろう。
「でも、テンペスト王国が攻めてくるかもって話は一度有ったぜ。その時は俺たち自警団も一度城塞の中に入らせてもらったんだ」
ガビーが自慢げに言う。たしか以前来た時には見習いといっていたが、すっかり一人前気取りだ。そういえば、彼は鹿肉を渡した直後はアルの事をアル様と呼んでいた気がする。悪い人間ではないだろうが、すこしお調子者なのだろう。アル自身もこの半年程ですこし成長した気持ちで居たが、他人から見てこんな風に見えていないか少し不安になった。
彼が入らせてもらったという城塞というのは、以前、村長が山の上にある砦のようなものを城塞と呼んでいた。おそらくこの辺りの防衛拠点として騎士団が駐屯している場所だろう。
ガビーの言葉にエセルはああと言って頷いた。
「ひと月ほど前の話だ。このあたりの村の村長と自警団連中が皆、城塞に招かれたんだ。その時に、山の向こう側の麓にテンペスト王国の騎士団のテントらしきものを見つけたという説明があった。その時は村の連中の避難はどうするかという話になって大騒ぎしたけど、結局2週間ほど前にそのテントは無くなったらしい。村長は山越えしようとして諦めたのだろうと言うがよくわからない」
それがよくある事なのかはアルにもよくわからないが、エセルとガビーはそういうものだと思っているようだ。
「村の中は騒がしいみたいだけど、何かあったの?」
「ああ、隊商がようやく昨日きたんだ。ここらでの争いはなさそうって踏んだんだろ」
鼻の利く旅の商人がそう判断したのなら大丈夫そうということか。2人がのんびりしているのはそういう背景があったようだ。
「へぇ、近くに来たから寄ってみたんだが、せっかくだからどんなものがあるか見てみようかな。中に入っていいかい?」
「もちろん、どうぞ」「お前ならいいぜ」
自警団である2人の了承を得たアルはクラレンス村に入っていった。村の中心あたりにある広場にはたくさんの人が集まっている。アルが生まれた村でもそうだが、こういった田舎の村には行商人が生活必需品などを馬車に乗せて巡業している事が多い。店主は馬車の周りに木の板を広げ、その上に商品を並べていた。見ると上等な古着や装身具などが多く目についた。避難民から買い取ったのだろうか。
「パーカーを回ってきたのかい?」
アルはいくつか古着を手に取りながら尋ねた。
「兄ちゃんは冒険者かい? ああ、そうだよ。国境都市パーカーを1週間ほど前に出てきたのさ。向こうもだいぶ落ち着いてきたよ」
店主の話では、最近、“兄弟”ナレシュと呼ばれる若い騎士が商人をつれてやって来て避難民たちの面倒を見始めたらしい。その結果、野営地での水や食料、ごみの処理などの問題が片付きはじめたのだという。
“兄弟”ナレシュ、異名が出来るほど頑張っているのかとアルは嬉しくなった。出来れば、早くここでの話を片付けて、激励に行っても良いかもしれない。
そんな事を考えながらアルは店頭の商品を眺める。その中で2個一組になっている指輪が目についた。幅が5ミリほどある広いもので波のような模様が描かれている。2つ重ねるとさらに大きな波に見えるようになっている。
「それは、セネット伯爵に仕えていたっていう騎士から買ったものだよ。ご先祖さまから伝わるものだそうだ。おそらく銀製なのだろうな。由緒のあるものだし、1金貨でどうだい?」
指輪にしてはすこし大きいサイズなので、アルの指には緩すぎる。だが、その凝った意匠に魅力を感じた。セネット伯爵に仕えていた騎士ということは、パトリシアやジョアンナなら知っているかもしれない。どちらにせよ金貨一枚ぶんの価値は十分にあるにちがいない。
「その騎士の名前は?」
アルは聞いてみたが、そこまでは知らないと店主は首を振った。アルは少し悩んだが買う事にした。パトリシアへのお土産にしても良いだろう。となると、いつも世話になっている《赤顔の羊》亭のアイリスやラスたちにも何か買ってやりたくなる。
「へぇ、他にも見せてよ」
アルは真剣な顔になって商品を見始めたのだった。
読んで頂いてありがとうございます。
月金の週2回10時投稿を予定しています。よろしくお願いいたします。
誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。
いいね、評価ポイント、感想などもいただけるとうれしいです。是非よろしくお願いします。
2023.9.9 感想でもご指摘をいただき、ガビー君の性格などを考えてすこし記述を変えました。他にも少し文面を弄っていますが、ストーリーそのものは変更していません。