8-2 新しい呪文は?
レビ商会を出たアルは、例によって、その隣の呪文の書の店を訪ねた。最近では店員もアルの質問が判ってきたようで、顔を覗かせるだけで、飛行呪文の呪文の書は入荷して来ていませんという返事が返ってきた。レインドロップで稼いだ以降はそれほどの儲けにはなっておらず、こちらの正規の店で他の呪文を買えるほど金は溜まっていなかった。
その後に行くところも決まっていた。同じ南門のあたり、ララの露店である。ここへ来るのもレビ商会で茶会があった時など、冒険者として都市の外にでなかった日には必ずと言っていいほどの習慣となっている。実はそうなったのは理由があった。以前に魔法解除の呪文の書を買って以来、ララは新しい呪文の書が入荷したとは言ってくれないのだ。確かに呪文の書の主な発掘元である新しい古代遺跡が見つかったという話はここ半年ほど噂にも上がってはいなかったし、ララに呪文の書を売る魔法使いがそれほど多いわけでもないのだろう。
「ララさん、新しい呪文の書は入荷した?」
「ないね」
今日のララの返事もそっけない。
「それより魔道具の修行は進んでるのかい? このあいだ渡した宿題の魔道具の魔道回路はちゃんと読み進めているんだろうね」
ララの問いにアルはにっこりと笑った。
「うん、あれは呪文の書とよく似てるからね。読むのは簡単だよ」
「まさか、もう読み終わったとかいうんじゃないだろうね。適当な事を言ってるともう呪文の書は売ってやらないよ」
ララは驚いた顔をした。アルにララが宿題として渡した魔道具はかなり複雑なものでララ自身も初めて解析するときには1週間ほどかかったものだ。たしかアルに渡したのは3日前だったはずであった。
「嘘なんて言ってないよ。僕が知ってる呪文では使われていないシンボルイメージがいくつかあったから、それに少し時間はかかったけど、ちゃんと読み終わったよ。あれは、周りの空気の温度を上下させる魔道具だね。服に付けて使うのかな?」
「ふむ、その通りだよ。魔法使いだから呪文の書を読むのに慣れてるんだろうけど、お前さんは特別魔道具にも適性があるみたいだね。また時間のある時に来れば良い。どこまで読めてるか確認してあげよう。でもそこまで読めてるってことは大丈夫そうだね」
アルはそう言われて頭を掻いた。呪文の書を読むのも好きだったが、魔道具の中にある魔道回路もそれに似ていた。そしてシンボルの解析についてはグリィが手伝ってくれるので最近はさらに楽しくなっていた。
「じゃぁ、私に依頼をしようとしていた魔道具についても自分で調べてみたらいいよ。魔道具が変に動いたりする恐れはないだろう」
「うん、でも……魔道回路がすごく細かくびっしり書いてあってね。大変なんだよ」
アルの言葉にララは苦笑をうかべた。すでに彼女の勧めを待たずに魔道回路の解析を始めているのを自白したようなものだ。本来であれば、魔道具の解析作業では回路の一部が誤動作する可能性もあって素人が行うのは危険であり、指導者の許可を得てからやるべきものである。だが、アルにそれを説いても止まることはないだろう。
「この時期、祭りまではあまり呪文の書の買取りがないのさ。この間に魔道具の解析をしっかりと勉強しな。そして私の手助けをしておくれよ」
ララはさも大変そうにそう言って、独りでうんうんと頷く。もしかしたら彼女はアルに魔道具の解析作業の手伝いをさせたいのかもしれない。これを解析して金がもらえるのなら、アルにとっては嬉しい話であった。
「1つにつき10銀貨っていってたやつ?」
「一度解析を済ませた奴はすぐにわかるからね。うちではその値段で鑑定と言ってるけど、そういうのはお前さんに回したりはしないよ。もっと難しい、解析したことのないやつの鑑定さ。そういうのは骨が折れるんだ。解析してその結果を私に解説ができるのなら、1つにつき50銀貨払ってもいい。といっても、大した件数はないよ」
ララは真剣な顔で言葉を続けた。彼女によると、魔道具の鑑定として持ち込まれる魔道具の大半はララにとって既にみたことのあるものが多く、それらを改めて詳しく解析をする必要はない。そのため1つにつき10銀貨という値段設定になっているのだという。だが、100個に1つぐらい、ララ自身も見たこともない魔道具が持ち込まれる事がある。それの解析にはかなりの時間がかかるので、それをアルに依頼しようという話であった。普通であれば面倒そうな話であるが、アルは逆ににっこりと微笑む。
「そういうの楽しそう。是非請け負えるように頑張ります」
「ふふん、頼んだよ」
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その夜、アルはいつものように《赤顔の羊》亭で食事を摂った。マドックとナイジェラたちは何か護衛仕事に出かけており、他にもいつもは数人いる長期滞在客はアルとオーソンだけであった。
「アル、コーディからまた例の仕事が来てるんだ」
フォークに刺した肉の塊にかぶりつきながらオーソンがアルに声をかけた。
「ああ、皮をなめすのに使う石をとってくるやつ? まだ半年も経ってないよね」
アルはシチューのニンジンをスプーンで口に運びながら答える。
「この間のムツアシドラの皮を鞣すのがたいへんだったらしくてな。上質なやつをおもいっきり使っちまったらしい。もっと欲しいんだとさ」
アルはもぐもぐと嚙みながら考えた。そして、以前、ゴブリンメイジからとりあげた首輪についていた水晶について、テンペストのアシスタント、マラキに話を聞かねばと思っていたのを思いだした。呪文習得と魔道具解析に夢中で忘れていたのだ。パトリシアとの茶会も1月ほど空くというし、少し遠いがキノコ祭りまでには往復して来れるだろう。
「一緒に行く? 僕だけで行こうか?」
オーソンは少し考えたが、軽く首を振った。
「結構遠いしな。辺境じゃないから、アル1人で十分だろ。頼めるか? コーディには俺から言っとく」
アルは頷いた。途中に街もあるし、特別な準備も必要ないだろう。
「じゃぁ、明日にでも出発するよ」
アルはそういって、パンに手を伸ばした。
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