8-1 キノコ祭り
辺境都市レスターでは、毎年秋の終わりを感じさせる10月の末日にキノコ祭りという祭りがおこなわれていた。元々はレスター子爵が以前に領主として治めていた村で行われていた祭りであったらしい。その当時の領地ではキノコ狩りが盛んにおこなわれていたようで、森でとってきたキノコを自慢し合ったということである。現在の辺境都市レスターの付近で採れるキノコは丸く小さいものばかりなのだが、それでも、この日の夜は皆、都市の広場に集まって頭の上にキノコを入れた籠を乗せ奇妙なダンスを踊るのが慣例となっていた。
-----
10月の初旬のある日。アルはレビ商会の中庭の四阿で定例となった茶会に参加していた。参加メンバーはいつも通り、パトリシアとルエラ、そしてパトリシアの護衛役の女騎士、ジョアンナであった。彼女たちの後ろには女性の召使たちが控えている。相変わらずパトリシアはちらちらとアルを見ては顔を赤くしており、その仕草にアルも照れずにはいられなかった。
「……というわけで、すこし間は空くけど、次回はキノコ祭りの夜。予定を空けておいて欲しいの。いいわよね」
「いいけど、そういうのってパトリシア様やルエラさんは領主館に呼ばれたりするんじゃないの?」
茶会が終わりに近づき、次回の予定についてルエラがそう言った。パトリシアはほぼ1月アルと会えないというので少し涙目である。だが、祭りの前にいろいろと予定が入っておりルエラの所に遊びに来るというのは難しいらしい。
アルは祭りの日の夜にルエラが抜け出してこれるという話に思わず首を傾げた。辺境都市レスターで秋を過ごすのは初めてだが、ここのような都市であれば、小さな村の祭りなどと違って、子爵やそれに連なる貴族、騎士、大きな商会の関係者などは着飾って自分の館で楽しんだりするのではないのだろうか。
「キノコ祭りはそうじゃないのよ。みんなで収穫を祝うための祭りなの。毎年、領主館の前の広場に騎士や商人たちが集まるの。旅芸人たちもたくさんやって来るわ。とても賑やかなのよ。パトリシア様も最初は領主館前の広場に設えられた会場でレスター子爵の近くに座っていることになると思うけど、途中からは子爵に挨拶に来る人たちも多いから、簡単に抜け出してこられると思うわ。レビ商会は毎年、その広場に面した店舗で簡単に食べられる料理を売るの。そして、その奥にテーブルを置いて、旅の楽人も招いて騒ぐのよ。一緒に楽しみましょう」
ルエラの祭りの話に、パトリシアは目を輝かせた。おそらく彼女の立場からするとこういった祭りは眺めるだけで参加したことはないだろう。
「タラ子爵夫人もお誘いするのはどうでしょう。夫人と一緒であれば、パトリシア様がこちらに遊びに来るのも簡単です」
ジョアンナが尋ねた。タラ子爵夫人はナレシュ様の母親である。ナレシュとルエラが結ばれることになれば義理の母親となるのだ。
「そうね、お父様に相談しておきましょう。でも、実は当日、他にお客様が居る可能性もあって、そちら次第ね。セレナ様。アル君は知ってるはずよ」
セレナ?……アルは考えこんだ。確かに中級学校の同級生で居た気がする。そして少しして思いだした。セレナ姫と呼ばれていた女の子の事だ。活発な女の子で、学校の行事などでは先頭に立って頑張っていた。豊かな金髪の巻き毛が特徴のレイン辺境伯の何番目かの娘だ。
「うん、思いだした。その人が何の用で?」
その反応にルエラは大きなため息をついた。少し呆れられたらしい。
「ユージン子爵閣下と一緒に来られるという話だけど、どのようなご用事なのかは存じ上げないわ。でも、セレナ様はサンジェイ様と婚約されているはず。アル君も知っていると思うけど、セレナ様は非常に行動的なお方よ。もしかしたら嫁ぎ先である辺境都市レスターがどのようなところか見に来たのかもしれない」
ユージン子爵というのは、領都で中級学校在学中に何度か話を聞いたことがある。レイン辺境伯の有能な側近でかなりの美男子として知られていた。女性の間で小さな姿絵が密かに販売される程だと聞いたことがある。
「なるほどね。僕には関係ない話かな。とりあえずわかったよ。その日は空けておく」
アルは頷いた。パトリシアはその横顔を嬉しそうに見つめていた。
「じゃぁ、今度は10月の末日だね」
茶会が終わり、アルはにっこりと微笑んで立ち上がった。パトリシアはそれを見て慌てて立ち上がった。
「アル様、これを」
彼女はそう言って、折り畳んだハンカチを取り出す。青い薔薇とパトリシアの名前が刺繍されたハンカチ。以前より青い薔薇は大きく華やかになっており、さらに手の込んだものになっていた。
「すごく上手だ。僕のために?」
アルの言葉に、パトリシアはまた満面の笑みを浮かべて頷いた。そして視線が合うと顔を赤くして俯いてしまう。
「はい……」
「毎日ずっとアル様にお渡しするのだと作られているのです」
小さな声でしか返事ができなくなってしまった様子のパトリシアの横でジョアンナが少し早口で言う。パトリシアのその様子にアルは何とも言えず微笑ましく感じた。アルは妹を思い出し、思わずパトリシアの頭をかるく撫でようとして、不敬になると気付きあわてて手を引っ込めた。だが、パトリシアはさらに真っ赤になりきゅっと身体を固くさせるだけであった。
「ごめん、ありがとう。これも大切にするよ」
アルは手をふり中庭を出ていった。ルエラとジョアンナは2人の様子を特に咎めることもなく、アルたち2人の様子をにこにことしながら見守っていた。
読んで頂いてありがとうございます。
月金の週2回10時投稿を予定しています。よろしくお願いいたします。
誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。
いいね、評価ポイント、感想などもいただけるとうれしいです。是非よろしくお願いします。