7-6 イシナゲボンゴ
当初、実際に歩いて探そうとしたアルたちであったが、浮遊眼呪文で探すと効率が良いとすぐに気が付いた。密林の中を歩いて移動するのは非常に労力もかかるが、浮遊眼呪文の眼なら飛行しているのでその労力はない。それに高い所から広い範囲を見ることができるという利点もあるのだ。ただし、問題点もあった。浮遊眼呪文の眼を移動させながら自分の足でも移動するというのは同時には難しいのである。そのため、浮遊眼呪文の眼で探しだしてから、4人はそこに移動するという方式となる。
この方法を使って、夕方近くまでにおよそ100個のレインドロップを見つけることができていた。
「こっちの方角はもう見当たらないね。一旦切って、次は別の方向を探すよ」
アルはずっと西に向かって移動させていた浮遊眼呪文を解除して、大きく背伸びをした。腰に下げている水筒から水を飲んで一息つく。浮遊眼呪文を使うと、眼が見ている視界と実際の目で見ている視界の両方を見ることになる。集中力がずば抜けているアルにとっても、かなり疲れる作業であった。
「ちょっと待ってくれ、アル。そろそろ夜に備える必要がある。30分程南に行けば川のところに戻れるはずだから、その近くで野営にしようと思う」
オーソンが呪文を使おうとしているアルを止めた。周りを見回すとすこし周囲は暗くなり始めている。
「そうか、ここで夜を過ごすのか」
アルはそう考えて周りを見回した。昼間ですら薄暗い密林の中だ。日が沈むと周囲は真っ暗になるだろう。マドックとナイジェラの方を見る。夜の見張りなども考えればオーソンと2人きりでは厳しかっただろう。アルの視線を感じたのか、ナイジェラがどうしたのかという顔でアルを見返してきた。アルはにっこりと微笑んで誤魔化す。
「移動も考えればここで野営は当たり前だろう。そろそろ移動できるか?」
何をいまさらというような口調でオーソンはアルに尋ねながら、腰を下ろしていた朽ち木から立ち上がった。アルも同じように立ち上がって周囲を見回す。ふと、茶色い影が視界の端を横切った。
「ん? また、イシナゲボンゴかも」
茶色い影があったような気がした方向をじっと見た。1体ではない。3体ほどのイシナゲボンゴが居たのだ。距離はまだ100mほど離れているが、こちらに向かってきている。
「やばい、こっちに向かってきてる。オーソン、椅子に乗って……」
アルは地面に置いていた荷物を慌てて背負った。3体だけならまだ良いが、その後ろにたくさんのイシナゲボンゴが居るかもしれない。向こうがこちらを見つける前に進路から外れなければ大変な事になる。マドックとナイジェラも慌てて立ち上がった。
「風はほとんどないが、風下はこっちだ」
オーソンも慌てて座りながら西を指さした。イシナゲボンゴの嗅覚がどれほど鋭いのかわからないが、風下に逃げる方が一応安全だろう。3人は一斉に走り出す。
密林の中は木の根や藪が多く、走りやすい場所ではない。アルたち3人は後ろを振り返る余裕もなく懸命に走った。しばらくして、背後で急に興奮したイシナゲボンゴの叫び声が聞こえた。アルたちの存在に気が付いたのかもしれない。声の数はかなり多いようだった。イシナゲボンゴは50体程で群れを作るとオーソンが言っていたのを思い出す。追いつかれるのであれば、どこかで待ち伏せしたほうがまだマシかもしれない。おおきな岩などがあって背後が守りやすいところがあれば……。
その時、ちらと前方に黄色と黒の縦縞が見えた気がした。
「ちょっと、ストップ!!」
アルは急いで立ち止まった。オーソンが椅子から落ちそうになり、必死に肘置きを掴む。マドックとナイジェラが数歩行き過ぎて止まった。
「なんだよ」
「アレ……」
オーソンたちはどうして停まるのかと焦った声をだす。知覚強化での暗視効果が残っていたアルを除く3人には薄暗くてあまり見えていなかったのだろう。アルは20メートルほど前方の茂みを指さした。夕暮れの密林の中で縦縞の模様が保護色となっていて、3人はじっとその茂みの中を見つめ、しばらくしてようやく気が付いた。
そこには体長が優に6メートルを超える巨大な虎が居た。足が6本ある。ムツアシドラだろう。
3人の顔が一斉に強張る。相手は巨体である。もしかしたら1度のジャンプでとびかかってくるかもしれない。もうすこし前に行っていれば、そうなっただろう。アルは背後をちらりと見た。幸いイシナゲボンゴの姿はまだ見えない。ムツアシドラの気配を感じて追ってくるのを止めたのかもしれない。
「マドック、ナイジェラ、ゆっくり下がれ。目を合わせず足元をみるようにしろ。背中は向けるな」
オーソンが運搬椅子から下り、アルを庇うようにして立つ。マドックとナイジェラも、その横までゆっくりと下がった。
「よし、大丈夫だ。ちょっとでかいが、この4人ならイケるはずだ。慌てるな。飛びついてくるのは絶対に受けるなよ。アルは絶対に前に出るな。間に3人の誰かを挟むんだ。できれば目を潰してくれ」
ムツアシドラの体重は3トンを超えるだろう。とびかかられたら重さで押しつぶされる。ムツアシドラは屈めていた姿勢から立ちあがり、真ん中に立つオーソンをじっと睨みながら茂みからゆっくりと出てきた。アルはその巨体の迫力に息をのむ。
グルルル……
ムツアシドラは低くうなりながらさらに一歩を踏み出した。アルは唇をかみしめる。ぐっとムツアシドラは後ろに体重を移し少し屈む体勢をとった。ジャンプのために力を溜めているのだろう。とびかかろうとジャンプした瞬間に合わせようとアルは心に決めタイミングを計る。
ムツアシドラは走り始めた。前にはオーソンが居る。オーソンはいつもの槍を構えている。ムツアシドラのジャンプ!
『魔法の矢』
アルの呪文よりムツアシドラのジャンプは少し早かった。タイミングをずらされ、魔法の矢はムツアシドラの肩口に命中したのだが、あまり衝撃にはならなかった。ムツアシドラは先頭のオーソンにとびかかった。
<円槍> 槍闘技 --- 受け流し
オーソンの槍がくるりと回り、ムツアシドラの前足が脇に流れた。攻撃を受けるのではなく、力を横に加えて自分にかかる攻撃の力をずらしたのだ。オーソンの左右からマドックの斧、ナイジェラの剣がムツアシドラを同時に襲う。そのあたりの息はぴったりだ。だが、ムツアシドラも身体をくねらせて巧みに2人の攻撃の角度を変えて衝撃を和らげ、囲まれるのを嫌ったのか一旦後ろに下がる。
近距離でにらみ合いとなった。オーソンの少し後ろに立つアルにもムツアシドラの生臭い息の臭いが漂ってきた。
「もっかい来るぞ。自分の所に来たら、受け流せよ」「おう」「はい」
オーソンが警告し、マドックとナイジェラが答える。
グルルル……
ムツアシドラが跳ねた。
『魔法の矢』
ギャウン!
アルの10本の魔法の矢がムツアシドラの顔面を捉えた。鼻づら、眉間、目、顔面を血だらけにしたムツアシドラが地面に落ちてのたうつ。
<溜突> 槍闘技 --- ダメージアップ
<豪撃> 斧闘技 --- ダメージアップ
<破剣> 直剣闘技 --- 装甲無効技
オーソン、マドック、ナイジェラが一気に攻撃をかけた。3人の武器が深々とムツアシドラに突き刺さる。さらにのたうち回るムツアシドラ。だが、抵抗は徐々に弱まってゆく。30分程の激闘の末、ムツアシドラは息絶えたのだった。
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