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6-15 報酬


 その後、辺境開拓の遠征で大きな波乱はおこらなかった。計画よりは数日遅れたものの、蛮族の集落は掃討され、野営地であった場所には開拓村の基礎となる柵と見張り台が設置されたので、成功だったと言えるだろう。また、帰路では既にナレシュがレスター子爵家の騎士団の中で若いながらも一番腕の立つ騎士として英雄のような扱いがされていた。


 遠征から帰ってきた翌日。休みであったアルは夕方になってレビ商会の会頭に呼び出された。使った道具の手入れなどをしていたアルはその呼び出しに応じてレビ商会に顔を出すと、応接室に通された。そこにはレビ商会の会頭と共に彼の娘のルエラが一緒に居たのだった。


「アル君、急に呼び出して悪かったね」


 会釈しながら部屋に入っていくと、レビ会頭がアルに向かいの席に掛けるように手で示した。


「ラドヤード卿から連絡があってね。今お願いしている仕事の件なのだが、ナレシュ様とラドヤード卿が急に国境都市パーカーに行くことになり、一旦仕事は終了としてほしいという連絡がきたのだ。本来なら雇い主であるラドヤード卿からきちんと連絡をしてもらうべきなのだが、本当に急な話らしくてね。仲介をしていた私のところに連絡が来た。これはナレシュ様からの手紙だ」


 昨日別れた時には、ナレシュはあと1週間から10日程度は辺境都市レスターに滞在した後、領都レインに戻る予定だと聞かされていて、明日からはまた午前中はパトリシアとのお茶会、午後からはゴブリンスローターとの戦いの後の反省会などもしようという話になっていた。

 アルは手紙を受け取り、確認してから中身を開けた。そこには、きちんと説明をする暇もない詫びと、急に命令を受けて国境都市パーカーに行くことになった事が書かれていた。遠征から帰ってきた昨日の夜に彼の父から聞かされ、今日の早朝にはラドヤード卿たちと共に旅立つことになったらしい。どうしてこれほど急に予定が変わったのだろう。


「えっと、レビ会頭は何か聞かれてます?」


 他にしたい事もあるので、別に仕事がなくなっても困るわけではないが、国境都市パーカーに行くということは、テンペスト王国関連だろうか。


「国境都市パーカーに避難してきているテンペスト王国の人々について正式に受け入れることになったらしい。避難してきている人々の大半はセネット伯爵領の関係者だ。というわけでナレシュ様がその慰撫に行くことになったのだろうね。数日前にはレスター子爵には連絡が来ていたのだそうだ」


 ? アルは最初、意味が繋がらずに首をひねった。セネット伯爵といえば、テンペスト王国配下でこの辺境都市レスターも含むレイン辺境伯領に領地を接していた伯爵である。セネット伯爵は……。そこまで考えてアルは思い至った。そうか、ナレシュの母親はセネット伯爵の娘である。ということは、ナレシュはパトリシアのようにテンペスト王家の血を引いているわけではないが、セネット伯爵の孫にはあたることになるということか。


「正式に受け入れるということは、テンペスト王国と戦争ですか?」


 アルは少し早口でそう尋ねた。国家間の国民の移動というのは交易などの交流を除いて基本的には制限されている。それを受け入れるということは、戦争になりかねないだろう。レビ会頭は少し顔をしかめながら首を振った。


「私が聞いている情報では、現在のテンペスト王国の状況ではそれを咎めるほどの力はなく、戦争にはならないだろうということだが、正直なところはわからない。すでに食料品などの値上がりは始まっている」


 戦争ともなれば、アルの父か兄も招集されるかもしれない。そのうち顔を見に行ったほうがよいだろうか。そういえば……。


「えっと、パトリシア様の事はどうなります?」

「そちらについては、まだ伏せておくとの事だ。だが、パーカーに避難してきている人々の中にセネット伯爵家に関わる者が居ればこちらに連れてくることもあるという話らしい。パトリシア様はまだ13才。顔見知りが居れば心強いだろう」


 アルは頷いた。お茶会でもずっと彼女はアルのみが頼りだというようにふるまっていた。助かったものが居れば少しは気休めになるかもしれない。


「お父様……?」


 ルエラがそう言ってレビ会頭の顔を見た。何か言いたいことがあるのだろう。レビ会頭もああ、と軽く呟き、ルエラに話すように促した。


「アルフレッド君、あなたが開拓の遠征に行っていた間、私がその代りにパトリシア様のお茶会に出ていたの。それで思ったのだけど彼女の心はかなり不安定ね。ナレシュ様が居なくなるとあなたが領主館に行く理由はなくなってしまう事になるのだけど、それは今の彼女にとって受け入れられないと思う」


 アルはため息をついた。なんとなくそんな気はしていた。騎士のジョアンナは忠実に彼女を守っているが、きっと元から友人だったという訳ではなかっただろう。彼女は1人だ。


「もし、先ほどの父の話のように、セネット伯爵家の人でパトリシア様が心を許せる者が生き残っていればと私も期待しているわ。そうすれば状況は改善するかもしれない。でも、もしそうでなければ、普通に生活できるまで、とても苦労しそう。1年、2年はかかるかもしれない。ずっと……とは無理かもしれないけど、アルフレッド君、手助けしてあげてくれないかしら」


 ルエラがじっとアルを見た。アルも彼女の眼をじっと見る。その眼にパトリシアのじっとアルを見つめるつぶらな瞳の記憶が重なる。ナレシュとパトリシアは従兄妹同士、ナレシュと結婚するつもりの彼女としても放っておけないのだろう。アルは少し考え込んだ。


「わかったよ。でも、仕事もあるから遠征前みたいに毎日とかは無理だよ。それに、今回の辺境遠征みたいに長期に亘って出かける場合もあるかもしれない。それでも良いのなら……」


 ルエラがにっこりと微笑んだ。


「ありがとう、アルフレッド君。父には、来てくれた日にはなにか考えてもらうから……」


 レビ会頭がえっ?と声を上げたが、ルエラはそれには気が付かないような顔をしてにっこりと微笑む。レビ会頭は、その様子を見てすこし苦笑いを浮かべた。


「わかった……そうだな、日当として1銀貨で良いか? その代わり、きちんとした服装で来てもらいたい」


 きちんとした服装……貴族と会っていても問題ない服装ということか。そのような服は持っていないが、お金がもらえると言うのなら仕方ないのか。アルはしぶしぶ頷いた。


「あとは、今回の報酬を渡しておこう。まずは子爵家から支払われる日当だが、16日間で160銀貨。だが急な打ち切りだからとすこし色を付けてもらって200銀貨にしてもらった。つまり2金貨だな。それとは別の私からの褒美だが、君のおかげでナレシュ様は大きな手柄を立てることが出来たと聞いている。奮発して金貨15枚だす。あわせて金貨17枚だ」


 アルは嬉しそうにその金貨の入った革袋を受け取った。まだ少し足りないがこれで飛行(フライ)呪文まであと少しといったところだろう。帰ってから数えてみよう。安くなっていないか途中に店に立ち寄って確認してみるのもいいかもしれない。


「じゃぁ、明日か明後日あたりに来てもらえる? パトリシア様がアル様はまだ帰ってこられないのかってすごく心配しているのよ」


 アルが帰ろうとしたとき、ルエラが尋ねた。この時代、服というのはオーダー品か中古品である。中古品で貴族と会っても大丈夫そうな服はあるだろうか……。


「服がこれで良かったら……」


 レビ会頭がすこし顔を顰めて首を振った。この服だと日当はもらえないだろうか……。横でルエラが何かに気付いた顔をした。


「ねぇ、お父様、兄さまの着なくなった服、何枚か回してあげてもいい?」


 ルエラには兄が1人居た。たしかエドモンドという名前だと聞いたことがあった。何度か領都の中級学校にルエラを訪ねてきたのを見かけたことがある。かなり背が高いひょろっとした感じの青年でルエラと同じ栗色の髪をしていた。


「ああ、子供の頃の服なら大丈夫かもしれないな。母さんに聞いてみるといい」

「ありがとう。ルエラさん、助かるよ」


 もしかしたら服を買わなくて済みそうだ。オーダーメイドの服なんて幾らぐらいかかるのか、アルは買ったことがないので知らないが、かなりの値段になりそうなので大助かりである。


「ちょっと待っててね」


 ルエラは応接室を出て行く。アルの屈託のない笑顔を見て、そうか苦労しているのだな……とレビ会頭は呟いたのだった。


今回の話はここでおしまいです。次回はまた新しい話になります。


*****

本日は第6話での登場人物を1時間後、11時に追加で更新します。

*****


 アルは知らずに暢気な事を言っていますが、高級なチュニックって幾らぐらいなんだろうと中世ヨーロッパの情報をしらべるとすごく高い事(7000ドル、100万円とか?)がわかりました。基本、物価はある程度準拠したいと思っているのでオーダーメイドすると、この世界でも金貨10枚から(・・)とか言われそうです。服は高くて、庶民は古着が基本。それも大事にツギハギして使うというのは認識していたのですが、これ程とは思っていませんでした。レビ会頭の最初の話は、アルの事を騎士爵の息子だからきっとそれぐらいは持っているのだろうと思っての発言でしょう。ルエラはなんとなく持っていないっぽいと察して、あわてて兄のお下がりを用意しました。アルが今着ている革鎧は以前コネ有り材料持ち込みで金貨12枚とかにしていましたが、ちょっと安すぎたのかも??

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読んで頂いてありがとうございます。

月金の週2回10時投稿を予定しています。よろしくお願いいたします。


誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。


いいね、評価ポイント、感想などもいただけるとうれしいです。是非よろしくお願いします。

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昔の日本でも「着物は一家の財産で、売ればいっときの生活費にはなる」という話を聞いたことがありませんか? それを考えれば、現代の日本円で数百万円程度の金額でおかしくないかと。 まあ、物価なんて相対的な…
[一言] >> 服は高くて、庶民は古着が基本。それも大事にツギハギして使うというのは認識していたのですが、これ程とは思っていませんでした。 まぁ…、科学が発達して衣類大量生産が可能になった今の地球と…
[気になる点] 銀貨1枚は、日本円でいくらですか
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