1-7 アジト探索と後始末
降伏した盗賊たちを縛り上げた後、アル達は教会の倉庫に作られた檻に監禁されていた男2人を助け出した。1人は50才前後、もう1人は20才前後の共に男性で同じように濃い茶色の髪を短めに刈っており顔の感じもよく似ていた。親子かもしれない。
彼らはほんの少しの水しか与えられていなかったようで、ガリガリに痩せ救出したときにはすっかり身体が弱り切っていて、ほとんど立てないようなありさまであった。
「ありがとうございました。助かりました」
2人は新鮮な水を飲んで一息つくと、アルたちに何度も礼を言った。彼らは辺境都市レスターで宿屋と食堂を営む親子だと言い、父はラス、息子はタリーと名乗った。1週間ほど前、ミルトンの街で自ら経営する食堂で使う食材を仕入れて荷馬車でレスターに戻る途中、ナレシュたちが襲われたのと同じあたりで襲撃に会い攫われてきたらしい。理由はわからないが、商人だという彼らを見て身代金を取ろうとしたのかもしれなかった。
「私たちの店は大して大きい店でもなく、身代金と言われても払える余裕なんてとてもありません。きっと、数日のうちに殺されていたでしょう。あなたたちに助けていただけたのは本当に運がよかった」
拝まんばかりの様子に、バーバラはあまり興味がない様子で立ち上がった。
「アルは2人の面倒を見てやってくれないかい? あたしはちょっと調べ物をしてくる」
アルが頷いたのを見て、彼女は教会を出て行ってしばらく帰ってこなかった。おそらく盗賊たちがナレシュを襲撃した事について何か裏があったのか調べているのだろう。アルが携帯食から工夫して粥を作ってやり、それを2人が涙を流しながら食べ終わった頃にようやく戻ってきた。
「2人はどうだい?」
彼女は裏口までアルを呼び出すと声を潜めて尋ねた。かなり体が弱っているが大丈夫そうだと答えると安心したように軽く頷いた。
「悪いけどさ、ここで一晩留守番をしておくれよ。あたしは急いで渡し場まで行って衛兵隊を連れてこようと思う。どうせ、捕まえた盗賊やふらふらの病人を連れて移動はできないだろう。明日の昼ぐらいまでには馬車とかを連れて戻って来るつもりだ」
移動だけなら自分なら夜目が利く分早いだろうが、バーバラは衛兵隊に顔が利くだろう。結局その方が話は早いにちがいない。そう考えた彼は全然かまわないと答えた。
「たぶんこのあたりは蛮族や魔獣はあまり出ないよ。でも、生き残りの盗賊がやってくる可能性が少しだけあるから気を付けるんだよ。捕まってた2人はたぶんレスターで見かけたことがあるから罠ってことはないと思う。あと、これは要るかい?」
そう言って彼女は1本の羊皮紙の巻物を差し出した。おそらく呪文の書である。それを見たアルは思わず目を大きく見開いた。
「見せてもらっても?」
「もちろん良いよ。死んだ盗賊の1人が持ってた物だ。もとはあんたが倒したっていう盗賊の頭目のものかもしれない。討伐した盗賊のものは、よっぽどじゃなけりゃもらって大丈夫さ」
盗賊を討伐した後、押収した物は貴族の持ち物といった特別な事情のものを除けば基本的に討伐者のものになるのが慣例である。悪用される事もないわけではないが、そうでなければ盗賊の討伐に協力する者は居なくなるだろう。2人の間の配分は決めていなかったが、バーバラは彼にある程度配慮してくれるらしい。彼は丁寧にその羊皮紙の巻物を受け取った。巻物に書かれたタイトルをじっと見る。
「これは、僕が習得していない呪文の書です。でもほんとに良いんですか?」
彼の興奮ぶりにバーバラは不思議そうな顔をした。
「理由はさっき言ったとおりだよ。もしかして、貴族がでてくるようなやばいやつかい?」
「いえ……そうではないですが……」
彼女が言う貴族が出てくるようなやばいやつというのは転移呪文や流星呪文、ゴーレム関連の呪文といったそれを使えば戦争のやりかたが変わるほどの効果があると思われている呪文のことだ。
これらは時間、空間、使役といった要素が含まれ、難易度も高いので(厳密にはちがうのだが一括りに)第4階層呪文と呼ばれており、王家或いは貴族がそれぞれの家の特権として独占していた。稀にではあるが、遺跡などで呪文の書が見つかった時などは大騒ぎになるような代物である。
もちろん、目の前の呪文の書はそういった類のものではなかった。だが、禁呪と呼ばれる呪文のひとつであった。禁呪というのは階層という難易度の分類ではなく、犯罪に使われたりする要素が高いと判断され一般的に習得が禁止され、魔術師ギルドでは販売されていない呪文のことである。それの代表的なものが解錠呪文であった。
この呪文はかけられたカギを文字通り解錠できる呪文である。とは言え、遺跡などで見つかる宝物はカギのかかった宝箱などに入っているものもあると言われているため、一部の魔法使いにはある種のステータスとして人気のある呪文であり冒険者の中でもその存在はよく知られていた。
「ふふん、その反応はもしかして解錠呪文かい? よかったじゃないか。私はそれについてどうこう言ったりはしないから安心しな。将来は遺跡に行きたいんだろ? そいつはあったほうが良いからねぇ。もらっておけばいい」
「そ、そうですね。じゃぁ、遠慮なく」
バーバラはアルの様子を見、盗賊が持っていたという事実からこれは禁呪だと想像したようだった。確かにそれは正解であった。だが、同じ禁呪の中でもありふれた解錠の呪文書ではなく、これは隠蔽の呪文書であった。対象を一時的に透明にして隠す呪文で関所などを通るときに禁制品を隠したりするのに使われるものであり、解錠の呪文書よりもはるかに入手しにくいものであった。アルはバーバラの誤解はあえて解かずにその表面を撫でた。
「それほど、欲しかったのかい。その笑みちょっと気持ち悪いよ。まぁいい、留守番は頼んだからね」
バーバラはそう言うと、安心している様子の2人をちらと見てから、じゃぁねと言って再び出かけて行ったのだった。
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昼より少し前、教会の鐘楼で見張りをしていたアルの目に、おそらく1個小隊、12人程の衛兵隊が2台の荷馬車を引き連れてやってくるのが見えた。その先頭にはバーバラもいる。彼は急いでロープを使って下に降り、少し元気を取り戻していた親子に声をかけた。
「衛兵隊が来たぜ。約束通りだ。ラスさん、タリーさん、よかったな」
「ああ、アルさん、本当に世話になった。必ずうちの店に来てくれ。ちゃんと礼をする。うちの家族にも紹介しよう」
親父さんのラスさんのほうは、そう言って何度も頭を下げた。その横で息子のタリーも同じように頷いている。そのうちにバーバラと衛兵隊は近づいてきて、村の中に入ってきた。彼らは訓練された様子で隊列を組んでいる。アルは朽ちかけた教会から出て皆を出迎えた。バーバラは衛兵隊の一人と一緒に彼に駆け寄った。
「バーバラさん、予定通りですね。襲撃などはありませんでした。5人は縛り上げたままです」
「よかった。ちょうど渡し場の町に顔見知りが来ててね。明るくなってすぐ出発できたんだよ。アイヴス、彼がアルだ。アル、こいつは衛兵隊小隊長のアイヴスだ」
アルとアイヴスはお互い握手をした。アイヴスと呼ばれた男はバーバラと同じぐらいの身長で鍛え上げたごつい身体をしており、髪は銀色であった。濃いブルーの瞳は意志が強そうな印象だ。
「アル、ご苦労さん。バーバラから話は聞かせてもらった。なかなか便利な魔法を使うと聞いたぞ。是非衛兵隊にも協力してくれ。血みどろ盗賊団の討伐とラスとタリーの救出についてはおそらく報奨金がでるだろう。それと押収したもので被害届がでていないものはバーバラと君のものだ。どちらも渡し場の詰め所まで行けば渡せるだろう。レビ会頭からも血みどろ盗賊団の頭目の討伐については連絡をうけている。よかったな。1晩で大金持ちだぞ。盗まれたりしないように気をつけろ。2人と盗賊たちはどこだ?」
バーバラとアルは衛兵たちに盗賊の拠点を説明し始めた。歩けない宿屋のラスとタリー、そして盗賊たちから押収されたものは荷馬車に乗せ、投降した盗賊たちは死んだ仲間の盗賊たちの死骸を埋めるのを手伝わされた後、縛られたまま引きずられて歩かされるらしい。バーバラは上機嫌そうな顔でアルに近づくと耳元で囁いた。
「アル、レビ会頭、ナレシュ様の2人ともご機嫌だったよ。急がなくても良いがレスターに着いたら商会に顔を出すと良い。きっとたんまり褒美がもらえるよ。アルの荷物は詰め所に置いてくれているらしい。このまま衛兵隊と一緒に詰め所まで移動しようか。いくらもらえるか楽しみだ。今夜は一緒に飲むだろ? あんたの呪文についてもうちょっと聞かせておくれよ」
読んで頂いてありがとうございます。第1話はこれでおしまいです。登場人物などの整理するための投稿を1時間後(11時)に行い、第2話は金曜日からスタートを予定しています。
2話からは月金の週2回投稿を予定しています。よろしくお願いいたします。
誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。
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2023.4.14 改行追加 文章整形