6-13 大ホブゴブリン
『魔法の竜巻』
「防御姿勢!」
ゴブリンメイジの掌から飛び出した白い光は長い尾を曳いて真っ直ぐオリバー男爵に向かって飛んだ。その光は身構えた盾に命中し、そこを中心としてレスター子爵家騎士団の野営地に白い光の塊の渦が荒れ狂った。
大ホブゴブリンを脅威と判断して防御のための密集体形を取っていたことが災いし、騎士のほとんどがその渦に巻き込まれた。しばらくして光の渦が収まった後、立っていたのはフェリシア卿と1人の騎士だけであった。オリバー男爵は標的にされたことで多くの魔力の塊の衝撃に晒されて、辛うじてその場に膝をついているのがやっとの状況であった。彼と同じように膝をついている騎士が3人残っている。そして、他の騎士や従士たちの多くがその場に倒れてうめき声をあげていた。
「くっ、負けぬ!」
フェリシア卿がすぐに動けるもう1人の騎士と共に、右手に剣、左手に盾を構えて前に立つ。そこに大ホブゴブリンの2体が突っ込んできた。身長は2mを超えており彼女より頭一つ高い。筋肉がみっちりと盛り上がった緑色の肌の蛮族は小剣ほどもある尖ったかぎ爪を持っていた。
一体の大ホブゴブリンがそのカギ爪を使って横に大きく薙ぎ払った。もう1人の騎士がそれに盾を合わせるが、大ホブゴブリンのほうが1枚上手であった。その盾の端にカギ爪を引っかけて、盾ごと跳ね飛ばしたのだ。フェリシア卿もそれに巻き込まれ、懸命に足を左右に開き、腰を落としてその衝撃に耐える。そしてなんとかタイミングを見計らって剣を振るった。だが、その剣は大ホブゴブリンの腕に当たって弾かれた。
「効かない?」
普通のホブゴブリンなら考えられない事であった。大ホブゴブリンがにやりと笑う。もう1体の大ホブゴブリンが腰をかがめ、両手を広げると彼女に身体ごと体当たりしてきた。フェリシア卿は耐えきれず吹き飛ばされ、尻もちをつく。
「ギャギャギャ!」
大ホブゴブリンは嬉しそうによだれを垂らしながら雄たけびを上げた。その様子を見て、少し離れたところに居た従士たちが慌ててクロスボウの矢を放つが大ホブゴブリンには全く効いていない様子で弾かれてしまう。
「おのれっ」
<貫突>槍闘技 --- 装甲無効技
辛うじて体勢を立て直したオリバー男爵がその大ホブゴブリンに手に持った槍を突き出した。その槍は大ホブゴブリンの太ももに突き刺さった。貫通まではいかなかったが、槍の半ばまでは突き刺さっている。
「やったぞ」
オリバー男爵はすかさずその槍を回転させ傷を抉ろうとした。だが、その槍は刺さったまま、びくともしない。
「ギャギャギャッ!」
大ホブゴブリンは悲鳴とも叫び声ともよくわからない声を上げる。そして自らの太ももに刺さったままの槍を掴んだ。
「なんだと?」
オリバー男爵と大ホブゴブリンの力比べとなった。だが、そこは大ホブゴブリンのほうに分があったようだ。オリバー男爵は耐えきれず、槍を手放してしまった。大ホブゴブリンは自分の太ももから力任せに引き抜く。
「ギャギャギャギャ!」
再び大ホブゴブリンは槍を手によくわからぬ叫び声を上げる。太ももからは濃い緑色の血が噴き出した。だが、大ホブゴブリンはそれを気にしない様子で、奪った槍を手に振り回し始めた。
「態勢を立て直せ。こいつはかなり手ごわいぞ、油断するな」
オリバー男爵は腰の剣を両手に持ち身構えた。膝をついていた他の騎士たちも脚を引きずりながら、ようやく立ち上がり2体の大ホブゴブリンを囲むようにしながら武器を構える。フェリシア卿、そして彼女と一緒に倒されていた騎士も立ち上がり、それに加わった。
「ウギャギャギャ!」
大ホブゴブリン2体は背中合わせになってそれに対峙する。槍を持っていないほうの大ホブゴブリンの背中には赤い肌のゴブリンメイジが載っていて、その姿がちらちらと見える。
騎士側が闘技を使おうとしたが、大ホブゴブリンの背中のゴブリンメイジが魔法の矢を放って牽制した。そうしている間にも、1人の騎士が大ホブゴブリンの槍やカギ爪の攻撃をかわしきれず吹き飛ばされて動けなくなった。
「連携しろ、付け込む隙を与えるな。ウォルド殿はまだか?」
見回すと従士たちも丘を登ってきたゴブリンたちと戦闘になっており、乱戦の様相を呈していた。彼らはゴブリンたちに地力では負けないはずであったが数が多い。
「落ち着けば我々のほうが強い。今は耐えろ」
オリバー男爵の声を枯らしての鼓舞が続く。そのとき、丘の下から馬のひづめの音が響いてきた。ナレシュたちであった。その横で馬と同じ速度でアルも走ってきている。
「ナレシュ様っ! ウォルド殿に救援するよう指示を……」
自らやフェリシア卿が苦戦しているほどの相手だ。オリバー男爵としては、次男とは言え子爵の子供であるナレシュを危険にさらすつもりはないのだろう。だが、苦戦している状況を目の前にして、ナレシュは首を振った。
「私は騎士だ。そのような配慮は無用。それに私たちはこのような敵に備えて鍛えてきた。アル、頼むっ」
『肉体強化』 - 5割 接触付与
ナレシュの足元に居たアルは彼の足に触れた。事前の訓練なしには、とてもコントロールしきれないはずの他人による肉体強化。護衛に出発する前のほぼ1週間、ナレシュとアルはこれを使いこなすための訓練をしてきたのだ。最初は歩くことすら儘ならず、槍を振っては、その柄を握りつぶしてしまうなど何度も失敗をした。それでもなんとか今日までに5割ほどに強化幅を制御して、戦えるところまで仕上げてきたのだ。
「いくぞっ」
大ホブゴブリンを囲んでいた騎士が、ナレシュが突っ込める分の隙間をあけた。ナレシュの馬がブルルンと嘶く。
『魔法の 『魔法の矢』・・・』
その隙を待っていたのか、ゴブリンメイジがナレシュに魔法の矢を放とうとした。だが、アルも同じように考えていたようで一足先に使っていたアルの魔法の矢が先にゴブリンメイジに襲いかかった。
<突撃>槍闘技 --- ダメージ増加技
人馬一体となったナレシュが、その魔法の矢を追うようにして、大ホブゴブリンに突っ込む。
「ウギャギャギャ!」
大ホブゴブリンが来てみろとばかりの咆哮を上げ、ナレシュが馬上で構えた槍の先をいなすかのようにカギ爪を薙ぐ。だが、その手にナレシュの槍は突き刺さり、そのまま大ホブゴブリンの掌を突き抜け、腕をへし曲げ、その胸板を貫く。
「ギャゥギャゥ!!!!!」
大ホブゴブリンの悲鳴らしき声が上がった。槍は一体の大ホブゴブリンをそのまま地面に縫いとめた。
「強すぎたか」
ナレシュは急いで馬から飛び降りると、剣を抜いた。
「ナレシュ様!」
彼の左右でオリバー男爵とフェリシア卿が傷ついた身体で剣を構えた。その前に、生き残った大ホブゴブリンがカギ爪を見せびらかすようにしながら対峙する。その大ホブゴブリンの後ろには、こちらも追いついてきたラドヤード卿、シグムンドが武器を構えた。
ナレシュに地面に縫いとめられた大ホブゴブリン、ゴブリンスローターの背からアルの魔法の矢を受けた赤い肌のゴブリンメイジが力なく崩れ落ちた。
「とりあえず、間に合ったようだ。ゴブリンスローター、お前の好きなようにはさせぬ」
ナレシュの声が力強く響いた。
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