6-12 ゴブリン
ナレシュたちがリザードマンの混乱を見て突撃しようとした頃、レスター子爵家の騎士団が野営している丘の上では、少し離れたところで放たれた魔法の竜巻の音、閃光に気付いた従士たちが敵襲かと大騒ぎを始めていた。
ナレシュたちが周囲の巡回に出かけたのを知っている者も居たが、鎧を脱いで手入れをしている者なども多かった。この3日間は、ろくに休憩時間を取れていない。それを責めるのは酷であった。茹だるような暑さで金属鎧を身にまとっての行軍はいかに身体を鍛えている騎士とは言え身体に堪えるものであったのだ。
「静まれっ! 静まれっ!」
副騎士団長であるフェリシア卿が騒ぎを鎮めようと声を上げ、最初に気付いた従士の話を聞いていると、丘の麓から駆け上がってくる2人組が居た。ナレシュが報告を指示したあの従士である。
「ラドヤード卿配下の者です。巡回中に上位種を含むリザードマンの集団を発見。その数、およそ300。交戦に入りました」
「300体!」
従士の報告を聞いたフェリシア卿は驚愕した。先ほどの魔法が放たれた位置からすると、一つ丘の向こうでよく見えないが、現在の位置から500メートルも離れてはいない場所である。そのようなところに蛮族の集団が居たのだ。
「オリバー男爵閣下に報告する。ラドヤード卿の従士よ、一緒に来るのだ。そなた、ウォルド殿のテントに行き、閣下のテントに来るように伝えよ。300体も居るとすれば、すぐこちらにも流れてくるやもしれぬ。警戒を怠るな」
フェリシアは、近くに居た他の従士に魔法使いウォルドへの伝言を頼み、他の従士たちにも様々な指示をしながら、ラドヤード卿配下の従士を連れて騎士団長を務めるオリバー男爵の居るテントに急ぐ。
そのオリバー男爵は、父の代から仕える従者ゲイリーに手伝わせながら鎧を身に付けている途中であった。
「フェリシア、何があった?」
フェリシア卿は今まで聞いた報告を手短にオリバー男爵に行った。
「ナレシュ様は他に蛮族が潜んでいるという情報があるので巡回をするといって出ていったが、その情報が正しかったという訳か。ウォルド殿は居ないと断言していたのだがな。たしか、今回中級学校での友人を連れてきていたな。その者は魔法使いとして余程の凄腕なのか?」
オリバー男爵の言葉にフェリシア卿は首を傾げる。
「ナレシュ様と同じ年だと言っておりましたが、15才には見えない程背もそれほど高くなく半ば子供のように見えました。凄腕どころか、魔法を使えるようには見えないぐらい……、ただし、身につけていた黒い革鎧は一級品のようでした」
オリバー男爵が首をひねっていると、そこにウォルドとエマーソンが、見習いらしき若い男を1人連れてやってきた。3人とも憔悴したような顔をしており、あまり眠っていないのか目の下には黒い隈が出来ている。
「あの距離で蛮族が居たらしい。それも300体だ。疲れているとは思うが確認を頼む」
300体という人数に驚きつつも、ウォルドとエマーソンの2人は浮遊眼呪文をつかい、ナレシュの従士が蛮族を発見したという場所を探す。2人の眼は従士の案内に従って今いる丘を下り、従士がナレシュたちと別れた小高い岩場の上に到着した。丁度そこからナレシュたちがリザードマンらしき影と戦っているところが小さく見えた。
「確かにおりますな」
この時点では、まだ2人にはリザードマンの姿はそれほど見えておらず、冷静であった。2人はアルのように知覚強化による暗視が使えるわけでもないのだ。2人の眼はナレシュに近づいていく。するとようやく2人にも、付近にリザードマンの死骸がごろごろと転がっているのが分かった。そして、ナレシュたちが戦っているのがリザードマンではなくその上位種であるキロリザードマンであることも……。
「これは……かなりの数です。倒れているリザードマンだけで100体は超えておりましょう」
2人の前でナレシュの突きがキロリザードマンの胸を突き破った。浮遊眼呪文は視覚のみで声が聞こえるわけではないのだが、その時のキロリザードマンの口の動きは叫びが聞こえてきそうなほどであった。
「ナレシュ様がちょうど今、上位種を1体倒されました。もう1体もラドヤード卿と、シグムンド殿が戦っておりますので優勢のようです」
ウォルドの説明にオリバー男爵とフェリシア卿は顔を見合わせた。蛮族は居ないと報告していたウォルドが居ることを認めたのである。
「南にゴブリンの集団です!」
その時、テントの外で従士の叫び声がした。オリバー男爵はちらりとウォルドの顔を見る。ウォルドは集団に対する攻撃魔法は使えたはずだが、目の下に隈をつくったこの状況では助力を得るのは難しそうであった。騎士団長であり、男爵の地位にあっても子爵家に仕える筆頭魔法使いに命令はしづらい。ただし、今回の件が終わればその力関係は変わるかもしれない。
「わかった。警戒態勢を敷け。フェリシア、行くぞ。ウォルド殿、エマーソン殿、可能であれば助力を頼む。ゲイリー、司祭の方々と補給隊の面々に状況の連絡をしておいてくれ」
オリバー男爵は従者が差し出した剣を掴むと、テントの外に駆けだした。フェリシア卿もその後を追う。ウォルドたちはどうしたらよいのかわからない様子で呆然としている。従者のゲイリーは深く礼をしてその姿を見送った。
「どのあたりだ?」
従士が指すところを見ると、野営地から丘を下り、100メートルほどはなれた麓のあたりであった。その手前のところどころ明かりがついていて、ゴブリンらしき小さな蛮族の姿が多くあるのが良く見えた。だが、その光景を見て、オリバー男爵が首を傾げた。野営地に光呪文を使うのはよくあることだが、それはあくまで野営地内の話で、監視対象となる場所にまで光呪文を使って照らすことまでは今まであまりしていなかった。もちろん効果的であるのだが、対象がかなり広く、効果時間がそれほど長くないというので無理だと言われていたためだ。
「誰があそこに光を?」
「はい、ラドヤード卿がまだ子供のような冒険者に指示をして、灯しておりました。その際にこのルートにゴブリンが出てくる可能性が高いとも言っておりましたので注意していたのです」
「まるで、ジョナス卿が報告していた話ですね。もしかしてあの従者が?」
フェリシア卿が思いついたように呟いた。すこし前に行われた開拓村の巡視でかなり効率的に蛮族と戦うことができたという報告がその時衛兵隊を率いていたジョナス卿から行われていた。その報告に、拠点から離れた下の監視地点に光呪文で明かりを灯し、集まってきたゴブリンを簡単に倒したというのがあったのだ。
それを行ったのは領内の高名な魔法使いであるエリックが雇ったまだ若い魔法使い見習いで、現在、そのやり方については調査、検討中と言う話であった。
フェリシアからその話を聞いて、オリバー男爵は感心した。この位置に光があれば、丘の上からのクロスボウでかなりの数を倒すことが期待できるだろう。ゴブリンの集団を従士が早く見つけることができたのも、あの明かりのお陰である。
オリバー男爵、フェリシア卿の他にも、装備を整えた騎士たちが集まってきていた。手に槍を持ち、準備運動のように振り回している者もいる。
「上位種が居るという報告もある。気をつけよ」
フェリシア卿がそう言ったのと、ゴブリン連中が居た後ろの岩の陰から巨大な者が2体姿を現したのはほぼ同時であった。ラドヤード卿がゴブリンスローターかもしれぬと言っていたが、未確定情報であり、そこまでの説明は彼女たちには行われてはいない。通常のゴブリンより濃い緑色の肌を持ち、筋肉が盛り上がっている。身長はおよそ2メートル程、通常のゴブリンの身長は150に満たないので、大人と子供ぐらいの差に見えた。
「ホブゴブリン? それより大きいな」
「それのさらに上位種かもしれません……名前は……」
オリバー男爵の問いに、フェリシア卿は名前を思い出せずにいた。そのホブゴブリンの上位種2体は、キッとオリバー男爵たちを睨みつける。
「今は大ホブゴブリンで良い。何をしてくるかわからぬ。気をつけろ」
騎士たちはオリバー男爵の周りを固めるようにしてそれぞれ武器を構える。オリバー男爵のいう大ホブゴブリン2体は、配下のゴブリンを引き連れて、一気に丘を駆け上がってきた。従士連中がクロスボウを放つ。ゴブリン十数体が飛んできたクロスボウの矢に貫かれて緑色の血を流しつつ倒れたが、大ホブゴブリンには通用しないようで、距離があっという間に縮まっていく。
その時、大ホブゴブリンの背後に隠れていた真っ赤な肌をしたゴブリンが頭をのぞかせた。大ホブゴブリンの背に乗ってその巨大な身体に身を隠していたようだ。そして、その真っ赤な肌をしたゴブリンが、集まって身構えていた騎士たちに向かって呪文を使った。
『魔法の竜巻』
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