6-11 キロリザードマン
ごつごつと石だらけの河原をほのかな月明りが照らしていた。その河原では大きなリザードマンの群れが、手持無沙汰な様子で石をひっくりかえしたりしている。ときおり手を自分の口のあたりに運んでいた。おそらく小さな虫を見つけて食べているのだろう。その中央には一回り身長の大きく、背中と肩に派手なとげのようなものが生えたキロリザードマンが2体、周りのリザードマンとギャウギャウと会話のようなものを交わしていた。
そして、そこから200メートルほどだろうか。すこし高い岩場の上に自らの愛馬の手綱を引き、身を隠している3人の騎士、そして10人ほどの従士が居た。ナレシュ、ラドヤード卿、シグムンドの3人とその配下である。
「こりゃぁ、うじゃうじゃ居るのう……」
ラドヤード卿が小さな声で思わず呟いた。アルの話ではおよそ300体という話であったが、実際に見るとそれより数は多そうに見えた。
「うむ、まだ川の中にもいるらしい」
「ここに策なしで突っ込まねばならなかったかもしれないと考えるとぞっとするな。アルは大丈夫か?」
シグムンドが心配そうに呟いた。アルは1人で別の所から魔法の竜巻呪文を撃って蛮族連中を混乱させ、その隙にナレシュたち3騎は状況を見て突っ込んで、2体の上位種、キロリザードマンを討ち取るという作戦になっていた。
「なにやら、いい場所を見つけたと言っていたぞ。あそこに見える丘の中腹あたりに岩と岩の間に空いた大きな裂け目を見つけたらしい。そこに幻覚呪文を使って地面があるようにみせかけて即席の落とし穴にすると得意げに言っていたぞ」
北に見えるこちらも緩やかな丘のほうを指しながらナレシュが言うとラドヤード卿はにやりと笑った。
「落とし穴など、まるで狩人ですな。まぁ、どちらにせよ足止めにはなるじゃろうし、ひきつけてくれたらそれだけで儂らには大きなチャンスじゃ」
そんな事をしゃべっていると、ナレシュたちが身を隠しているところとリザードマンたちを挟んで反対の方向から、青白い光のようなものがヒューと音を立てながら飛んできた。その光はまっすぐに2体のキロリザードマンの近くにまで到達する。その光が地面にあたった瞬間、ゴォーーーッと風がうなるような音がして、その点を中心にまるで光の花が開くように白い光が渦を巻いて広がった。
光の渦になぎ倒されるリザードマン、河原の石も周囲に跳ね跳んでいく。ナレシュたちも思わず頭を下げ、腕で顔を庇いながらその光景をじっと見た。その白い光の塊の渦が荒れ狂っていたのは数秒だろうか。
「おお、魔法の竜巻、夜に見ると強烈だな」
ナレシュは思わず呟いた。いままで見たことはあったが、暗い夜にこの呪文をみると、さらに恐ろしさが増す。光の渦が収まった後、中心あたりに居たキロリザードマン2体は血だらけになってふらついており、周囲に居たリザードマンたちのほうは軒並み吹き飛ばされて倒れ伏している。すこし離れたところで巻き込まれたリザードマンもその多くが傷を負い血を流していた。
「ギャギャギャギャッ!!」
キロリザードマンが声を絞り出すようにして最初に青白い光が飛んできた方向を指さして叫んだ。蛮族同士でもなにか言葉のようなものは存在しているようだが、その言葉の意味は良く分っていない。だが、そのキロリザードマンの叫びを聞いて、周囲で動けるリザードマンたちが一斉にその方向に走り始めた。
「かなりの数を倒したな、見込み以上だ。アル。あとはうまく逃げてくれよ……」
ナレシュの言葉にラドヤード卿とシグムンドが頷く。ギャーと叫びながら走っていくリザードマンだったが、しばらくしてギャッ、ギャッと悲鳴に似た声と何かが派手に落下したような音が響いた。アルの言う落とし穴にはまったのだろう。3人は目を合わせてニヤリとした。
さらにそこに再び青白い光が飛び、おそらくアルを追いかけて向かって行ったリザードマンの集団が居るところにゴーッと青白い光が渦を巻いた。
「よし、爺、シグムンド、いくぞ。従士から2人程、オリバー男爵閣下に報告に行かせよ。偵察中にリザードマンの集団を発見したというのだ。残りの従士はここで待機」
ナレシュたちは、アルの発見した蛮族集団の話はオリバー男爵にはまだ報告していない。ナレシュ自身は先に報告しようとしたのだが、ラドヤード卿がそれを止めたのだ。魔法で索敵しているウォルドたちは素直にそれを認めないだろうし、それでは時間がかかるだけだ、それより、実際に見つけてから報告するほうが良いと説得したのだ。命令された従士は大急ぎで来た道を引き返していった。
ナレシュはそれを見送ると立ち上がって馬にまたがった。指示を終えたラドヤード卿、シグムンドも続いて馬に乗り、3人の騎士は槍を構え、まだギャギャと喚いているキロリザードマンをじっと睨みつけた。
「突撃っ」
ナレシュの声が短く響く。
-----
一方、上手く2回目の魔法の竜巻呪文をリザードマンたちに放ったアルは、自分に肉体強化をかけて、全力で逃げていた。1回目は油断して集まっている所、2回目もアルを倒そうと集まっていた所に打ち込むことが出来たので、全部で50体ぐらいは巻き込めているだろう。あとは、追いかけてくる蛮族を撒いてできればナレシュたちに合流したいところである。
リザードマンは2回目の魔法の竜巻呪文が効いたのか、今度はあまり集まらないようにしているようだった。怖気づいているのか、追いかけてくる速度もそれほど速くない。それを見極めたアルはにやりと笑いひょいと物陰に隠れる。
『隠蔽』
アルの姿はたちまち消えた。彼は今度は来た道を戻り、追いかけてきているリザードマンの間をすり抜けてナレシュの許に行くつもりになっていた。大胆なやり方ではあるが、せっかく彼に肉体強化呪文を使う練習をしたのだ。華々しく戦って戦功を上げてもらいたい。ただし、隠蔽呪文には問題があった。足元に注意を払わないと地面を蹴ることすらできないのだ。自然と歩く速度は早足程度になってしまう。もちろん隠蔽中は隠蔽が解除されてしまうので他の呪文を行使するのも無理だった。
ギャァギャァと喚きながら走っていくリザードマンを横目に見ながら、アルはキロリザードマンが居た方向に向かった。300体程居たリザードマンのうち、かなりの数が魔法の竜巻呪文で傷つき、落とし穴にひっかかり、居もしない所でアルを探している。上手く行き過ぎて、すぐにでもキロリザードマンを討ち取ったという叫び声が聞こえるかもしれない。そんな期待すら抱いてしまう。
“アリュ、上っ”
急にグリィの声が聞こえた。咄嗟に上を見る。そこには赤い肌のゴブリン、ゴブリンメイジが居た。こちらをじっと見ている。隠蔽に気が付いたのだと咄嗟に感じた。
『魔法解除』
『魔法の矢』
ゴブリンメイジがアルの隠蔽呪文を解除しようとしたのと、アルが魔法の矢をゴブリンメイジに放ったのとはほぼ同時だった。アルの掌から、青白い光の矢が9本、たて続けにとんだ。ねらって打つ余裕すらない。アルは命中したことを願いながら、足元の大きめの岩に身を寄せるようにして這いつくばった。周囲はかなり暗いし、アルを見ていたのはゴブリンメイジだけだっただろう。周囲に居るリザードマンは夜目が利かないはずだった。うまく行けば見つからないかもしれない。
すぐ近くでどさりと何かが落ちる音がした。そっちを見たいがそれも懸命に堪えて、アルは再びの隠蔽呪文を唱えた。かなり練習はしているが、焦ると呪文に失敗するかもしれない。
『隠蔽』
……
自分の姿が消えていく。間に合ったようだった。近くに居たリザードマンはギャァギャァ叫びながらあたりを見回している。アルは安堵のため息をついた。
“よかったね。アリュ”
グリィの声にアルはにっこりと頷いた。本当に危なかった。こんな敵のど真ん中で気付かないまま急に隠蔽が解除されては逃げようもなかっただろう。
アルはゆっくりと立ち上がった。すぐ近くにゴブリンメイジが地面に倒れていた。どさりと落ちたあの音は、ゴブリンメイジだったらしい。あきらかに死んでいる。その時、アルはそのゴブリンメイジが身に着けている首輪がきらりと光り、水晶のようなものがはめ込まれているのに気が付いた。それもグリィやマラキが宿る水晶によく似ていた。
アシスタントの宿る水晶なのだろうか? 触れてみようと伸ばしたアルの手はその水晶をすり抜けてしまった。隠蔽中は、誰もアルに触れることはできないが、逆に自分も触れることはできない。触れて確かめたいが、一度解除してかけ直すのはリスクがありすぎる。後でこのゴブリンメイジの死骸を回収するしかないかと考えていた時、遠くで大きな声がした。
「キロリザードマン、このナレシュが討ち取った!」
! 間に合わなかったらしい。続けてもう一体のキロリザードマンを討ち取ったというシグムンドの叫び声も聞こえる。その言葉を理解したのかどうかわからないが、リザードマンたちがギャギャギャと興奮して喚き、多くが川のほうに走り出した。
早く合流しなければ……アルは少し焦りながら早足で2人の声がした方に向かうのだった。
読んで頂いてありがとうございます。
月金の週2回10時投稿を予定しています。よろしくお願いいたします。
誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。
いいね、評価ポイント、感想などもいただけるとうれしいです。是非よろしくお願いします。