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1-6 アジト襲撃

 しばらくして日は沈み周囲はすっかり暗くなった。立派な家のほうから漏れていた明かりも少し待つうちに消えて盗賊たちも静かになり眠りについたようだった。空は曇っていて月や星もほとんど見えず、お互いの存在が辛うじてうっすらと分かる程度だ。


「そろそろ良いかね。アル、行こうか」


「へっ?」


 彼は思わず間抜けな声を上げた。相手は10人以上の盗賊である。彼は夜の間は様子を見るだけで何もしないと考えていたのだ。だが、バーバラは平然と自分の武器の点検を始めた。ベルトのポーチから何かを取り出すと軽く振る。すると掌にあった卵大の石のようなものがぼんやりと光り始めた。


「光の魔道具だよ。ランタンやたいまつより便利でね。それにこれはちゃんとカバーがあって光の強さや照らす方向を調整できるようになっているのさ。ふつうにたいまつをつけると遠くからも丸見えになっちまうからね。で、いつまで腑抜けているんだ。盗賊退治に行くよ。眠りか麻痺といった類の呪文は使えるかい? 行使対象は最大何人?」


 その様子にアルはそういうことかと理解した。そして、ゆっくりと立ち上がった。


「ほんとにやるんですか? 第一本当に全員が盗賊かどうかわかりませんよ? 盗賊だと知らずにただ家に泊めてるだけっていう可能性もない訳じゃない。問答無用で殺しちゃうんですか?」


「たしかに確証は欲しい。領都付近なら確認しなきゃいけないだろう。でも、ここは辺境だ。そういう余裕はないんだよ。ここで手をこまねいていたら盗賊どもは逃げちまうだろう。そうすりゃ、被害を受ける人間がまた増える。あたしの言葉だけじゃ信じられないかもしれないけど、そいつは料簡しな」


 バーバラは苦笑を浮かべつつ答える。その答えにアルフレッドは大きくため息をついた。辺境では蛮族たちとの戦いは苛烈で捕まっている人間に対する考慮すらできないこともあるのだと聞いたことがあった。これもそいういった類なのだろう。


「わかりましたよ。そういう事なら鈍化(スロウ)っていう呪文なら使えます。移動と反応速度が3割ぐらい落ちるはずです。対象は3体まで。あと、襲撃するのなら光じゃなく知覚強化(センソリーブースト)呪文で行きませんか?」


 そう言って自分の目のところに手をやってぱちぱちと閉じたり開いたりして見せる。


知覚強化(センソリーブースト)呪文? さっきから歩く振動を感じ取るのに使ってるやつだよね。それでどれぐらいの強化ができるっていうんだい? 第一、強化系の呪文って術者本人だけじゃなかったかねぇ」


 バーバラは首をかしげたが、アルは軽く首を振った。


「試しにやってみましょう。抵抗せずに素直に受け入れてくれたら大丈夫なんです。OK?」


 バーバラは少し不満そうに口をへの字にしたが、受け入れてくださいと念を押され、しぶしぶといった様子で頷いた。


 『知覚強化(センソリーブースト)』 -視覚強化 暗視 接触付与


 彼が呪文を唱え、バーバラの顔に触れた途端、バーバラの視界が急に明るくなった。信じられない様子で彼女は周囲を見回す。周囲はまだ闇の中のはずなのだが、彼女にはまるで満月に煌々と照らされているような感じとなったのだ。


「なんだい? これは……急に周りが明るくなった? いや、ちがう? これが魔法の効果なのかい?」


「そうですよ。光の魔道具の光を消してください。なくても大丈夫ですから」


 彼女は言われるままに光の魔道具の光を消した。周囲は闇に戻るはずだったが、彼女にはぼんやりと月明りがある程度には周囲が見えた。


「これは、すごいね。闇夜や夜の建物の中でこれだけ見えるっていうのなら一方的にこっちが攻撃できるじゃないか」


 バーバラは感心した。建物の中に入れば、明かりは暖炉に残った火ぐらいしかないだろう。それでも明かりのない今より見えるに違いない。相手は何が起こったかわからないままに倒すことができるだろう。


「なかなかいいでしょ。でも、ちょっと欠点があって、急に強すぎる光を見たらしばらく目が見えなくなるので気を付けてください。敵に魔法使いが居ると特に危険です」


「わかったよ。これはどれぐらいの時間持つんだい?」


「そうですね、1時間ぐらいでしょうか」


「わかった、相手は見えないのにこっちは見える。こりゃぁ楽な仕事になったね。さっさとやっちまおう」


 バーバラは上機嫌で片手にナイフを抜くと、さっさと行くよと手で合図をした。アルは軽く肩をすくめるとわかったとばかりに頷いたのだった。


---


 アルたちがまず向かったのは教会のほうだった。盗賊側もおそらく2人しかいないので静かに片付けられるかもしれないという判断である。2つある出入口のうち、裏口のほうに忍び足で近づく。


 扉には鍵はかかっていなかった。耳を澄ませたが強化したアルの耳にも寝息のような音のみが聞こえてくるだけである。バーバラを先頭にそのまま静かに扉を開けて中に入っていく。



 裏口から入った先はたくさんの空き箱やがらくたが放置されたままのだだっぴろい部屋で、最初に感じ取れたのは、まるで野生動物の体臭のような饐えた臭いだった。

 部屋の中を見回すと臭いの元はすぐにわかった。部屋の片側に木で檻のようなものがいくつか作られており、その中の1つに藁に半ば埋もれるようにして誰か人間らしきものが2人、身体を寄せ合って寝ていたのだ。


 檻の中ということは盗賊の仲間ではないだろう。これはおそらく盗賊が監禁している人質、身代金を交渉しているのかもしれない。これで少なくともここに住んでいるのはろくな人間じゃないという確証が得られた。救出してやりたいが、今接触しても足手まといになるだけだ……バーバラとアルは同じことを考えたようだった。顔を見合わせて頷き合い、ゆっくりとその場から下がる。そして静かに再びドアを閉めたのだった。


 2人は大きく息を吐き。改めて気合を入れ直した。残りは10人以上盗賊が居る建物である。


 その建物は村で一番立派な家であった。2階建ての石造りで、小さい窓はいくつかあるがすべて木製の鎧戸が閉められていた。


 アルは村の領主である実家を思い出した。外観が似ているし、地域としてもそれほど遠いわけでもない。きっと配置も同じようなものにちがいない。入り口は正面玄関と使用人などが使う通用口の2つ。おそらく1階は煮炊きもする大きな暖炉のある広い居間を中心に、食器の洗い場や食材を保管する部屋、使用人たちの部屋、2階は書斎、主寝室、客間といった感じだろうか。もしかしたら地下倉庫もあるかもしれない。


 バーバラはまず玄関の扉にロープで内側からは簡単に開かないよう細工をした。その後、通用口の前まで移動するとアルの肩を抱いて耳元で囁いた。


「この知覚強化があればあたし1人で十分だ。あんたはこの近くに居るだけでいい。でも、もし逃げてくる奴がいたら処理しておくれ。鈍化(スロウ)とかいう呪文は余裕があったらでいいよ。他の呪文もね。それでいいかい?」


 彼女は誰も逃げないように細工したうえで、自分1人で全部片づけるつもりらしい。狭い家の中での戦いである。変に手を出しては邪魔になるだろうし、出てくるのが一人ずつなら魔法の矢でなんとかできるだろう。

 アルは小さく頷いた。彼女はにやりと笑った後、くるりと通用口に向くと大きく息を吸い、高く足を上げる。そして扉を力いっぱい蹴った。


 バキッと大きな音を立てて脆くなっていたのであろう通用口の扉が壊れて向こうに倒れた。一気に埃が巻き上がった。中は真っ暗で物置のようになっていた。正面と右手に扉、左手に下に降りる階段がある。バーバラは迷わず正面の扉を開けた。


 そこは居間だった。入ってすぐ右手に暖炉があって熾火が残っていた。その前にテーブルがあり、その周囲には酔いつぶれた感じの4人の男が椅子や床で寝ていた。左手には上に行く階段、正面には玄関がある。かなり大きな音を立てていたはずだが、4人の男は目を覚ましていない様子だった。バーバラは近よると、無造作に右手のナイフで順番に止めを刺していく。


 一方、アルは物置にとどまったまま耳を澄ましていた。知覚強化(センソリーブースト)呪文で彼自身は夜目の他、聴覚も強化していたのだ。寝息や物音はバーバラの行った部屋の他に、右手の扉の先の部屋からと上の階から聞こえてきていた。


幻覚(イリュージョン)』 -音声幻覚


「残りの盗賊は2階の2部屋に3人と2人、あとはここの右手の部屋に5人です。どっちも目を覚ましたみたいです」


 バーバラの耳元で彼女にしか聞こえないような小さな声がそんな事を話した。もちろん声はアルの幻覚(イリュージョン)呪文が作り出したものだ。音の発生場所と音量をコントロールすることによって聞こえる範囲をうまくコントロールしたのだ。

 彼女はわかったとばかりにちらと彼の方を見て頷くと、上に行く階段に向かった。それをみてアルはため息をついた。きっと2階に居る方が強いと踏んだのだろうが、右手の部屋から出てきたらどうしたらいいというのだろう。


 彼は気休め程度に横にあった木箱を障害物として右手の扉の前に置くと、通用口のすぐ近くにまで移動したのだった。


 通用口の前でアルはじっと静かに身構えていた。1階の部屋からはしばらくの間、相談するような声が聞こえてくるだけであった。しばらくしてバーバラの行った2階ではなにやら戦っているような物音、男のうめき声、悲鳴がしていたのだが、やがて静かになった。そのような事が2回繰り返され、階段を下りてきたのは、返り血を浴びつつも怪我一つ負っていないバーバラだった。


「上は片付いたよ。こっちはどうだい?」


 警戒したままのアルに彼女は呑気にそう尋ねてきた。彼は障害物として置いた木の箱を顎で示して見せる。


「ほんとに見張ってただけかい?」


 その声は本当に意外そうだった。5人居ると思われる部屋に突入して無双しているとでも考えていたのだろうか。


「僕は魔法使いですよ。肉弾戦はお任せします」


 アルはきっぱりとそう答える。仕方ないとばかりにバーバラは扉の前の木箱を蹴とばし、扉を開けた。


「降伏します!」「殺さないでくれ!」


 男たちの泣きそうな声が聞こえたのはそれとほぼ同時だった。



読んで頂いてありがとうございます。


誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。


いいね、評価ポイント、感想などもいただけるとうれしいです。是非よろしくお願いします。


2023.4.8 試しに少し改行だけを増やしてみました。

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― 新着の感想 ―
[一言] ここより、位のつもりなのは読めるよ。 まあ、カバー付きとは言え既に魔法灯点けてるんだけど。
[気になる点] そいつは料簡しな 急に常用外の使い方が出て困惑しました
[良い点] 内容は面白いです [気になる点] 全体的に文章が詰まりすぎていて読みづらいです [一言] もう少し改行や文章間の隙間が有ると非常に読みやすく もっと読みたいってなると思います 現状ではせ…
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