5-9 2人の避難者
アルはしばらくの間物陰に隠れたまま様子を見ていたが、2人が盗賊といった危険な人間の類である可能性はかなり低そうだった。テンペスト王国から避難してきただけだろう。ここの炊事場でまずオーソンの食事を調理したいと考えていたアルは少し迷ったものの、声をかけることにした。
「こんにちは」
アルの声に女性2人は飛び上がりそうなほど驚き、あわてて座っていた椅子から立ち上がった。ジョアンナと呼ばれていた鎧を身につけていた方の女性が少女をかばうようにして立ち、腰の剣の柄に手をかける。アルは物陰から出て、距離を置いたまま、敵意がない事を示すように両手を広げて見せた。
「大丈夫、盗賊とかじゃないよ。僕は冒険者のアル」
ジョアンナはじっとアルを見たままだ。アルは声をかけたのは失敗だったかなぁと考えつつ、軽く微笑みを浮かべてじっと待った。
「ジョアンナ……悪い人ではなさそうです」
彼女の影に隠れていた少女が小さな声で呟く。ジョアンナはちらりと少女を見、軽く頷いた。
「悪かった。私はテンペスト王国騎士団……いや、違う、あー、クウェンネル男爵家に仕える騎士でジョアンナという。えっと……反乱……いや、戦いに巻き込まれて、姫……いや……お嬢様と一緒に逃げてきたのだ。ここの施設の主殿だろうか?」
ジョアンナの説明はかなりたどたどしいものであったが、アルはそこに触れずにいることにした。事情を聞くことによって何か問題に巻き込まれそうな危険を感じたのだ。貴族同士の争いなどに巻き込まれるのは避けたかった。
「ここは麓のクラレンス村が所有している湯治場だよ。友人が地震でそこの洞窟の奥に閉じ込められてね。今ようやく救出してきたんだ。しばらくまともなものが食べられずにかなり弱っててさ。食事を作ってやりたいから炊事場を使わせてもらっていいかな?」
「そ、そうか。もちろん良いとも……」
オーソンの状態からするとすぐに固形物は受け付けないに違いない。2人の女性の代わりに炊事場に入ったアルは、手慣れた様子で手持ちの薬草などを使ったスープの用意を始める。鍋が煮え始めると良いにおいが漂いだす。
「すまないが、私たちにも食事を分けてもらえないだろうか?」
しばらく小声で話し合っていた2人だったが、ジョアンナのほうがそう話しかけてきた。高い身分の者であれば、強引によこせと言われるのではないかと内心思っていたアルは意外な言葉に少し驚く。
「いいですよ。肉も食べます?」
「よいのか?」
「先にこれを友人に飲ませてくるので、少しだけ待っててね」
嬉しそうに顔を見合わせあう2人を置いたまま、アルは入口が崩れた洞窟に戻り、オーソンにスープを先に飲ませる。酔いは少し醒めてきたようで、身体はまだふらついているものの意識は徐々にはっきりしてきたようだった。少し暗めに光呪文の明かりをともし、しばらくベッドに寝かせておくことにした。明日の朝になればもう少し状態は改善するだろう。
「助かった。ありがとな」
スープを啜りながら、オーソンはしみじみと言った。
「コーディに聞いてくれたのか? あいつはそろそろ仕事の原料がなくなって困ってたんじゃないか?」
「うん、出来るだけ早くって言ってた。でも、こんなことになってたなんてね。とても信じられないような話だよ。それに古代遺跡なんてさ。ああ、これは言っちゃいけないんだった」
「ああ、そうだな」
オーソンは苦笑を浮かべる。アルはオーソンに外の炊事場で出会った2人の話をした。
「アルは人が良いからな。聞いた話だと大丈夫だとは思うが、あんまり油断するな。戦争は人間をおかしくするからな」
アルは頷く。オーソンの様子だととりあえず命の危険はなくなったと判断できそうだった。だが、自力で歩くにはしばらく時間がかかりそうだ。
「悪いな、しばらくここを動けないか……。今の状態だと山を下りるのも厳しそうだ」
「うーん、でも食料がね。運搬呪文でオーソンを運べるから、村まで行ったほうが良いかもしれない」
もともとここは湯治場であり、ここで回復を待つという選択肢もある。麓の村までゆけば食料を買うこともできるだろう。だが蛮族や魔獣がでないとは限らないし、解体屋のコーディの求めるアルナイトをできるだけ早く届ける必要もある。とりあえず明日の朝になってもう一度相談しようという話になった。
「とりあえずゆっくりと寝て。2人にはタイミングを見て紹介するけど、回復を優先してくれたらいいと思う」
オーソンは頷く。アルはオーソンの眠るベッドの区画のカーテンを閉めると洞窟の中から出たのだった。
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「さぁ、どうぞ」
用意している間、彼女たちは何度も生唾を飲み込み我慢していた。しばらくの間、碌なモノを食べていなかったということなのだろう。
「ありがとう。神と、アル殿に感謝を……」
アルの用意した夕食、スープと焼いた鹿肉、硬くなった黒パンといった簡単なものであったが、2人は祈りを捧げると最初は遠慮がちに、途中から夢中になって食べ始めた。少女は食欲がないといっていたが、それは食事を用意していたジョアンナへの気遣いだったのだろう。
「パンはもうないですけど、肉ならまだ少しあります。食べますか?」
空っぽになった皿をじっと見ている少女にアルは軽く微笑んだ。少女は嬉しそうに少し目を見開き、少し考えた様子だったが、唇を噛みしめると首を振った。
「申し訳ないのですが、お渡しできるお礼がないのです……」
急に少女はぽろぽろと涙をこぼし始めた。袖で涙をぬぐう。
「ああ、ご、ごめんなさい……」
少女は俯いてしまった。アルは黙ったまま残っていた肉を出してくるとナイフで薄く切って軽く塩を振り、火であぶり始めた。この辺りには鹿はかなり居そうだ。食べてしまってもすぐ補充はきくだろう。
「おなかが空いてると、弱気になっちゃうよ。追加どうぞ」
木の皿に焼けた肉をそれぞれ何枚かずつ載せ、2人の前に出す。巻き込まれたくはなかったが、放っておくこともできなかった。おそらく砦に行けば避難民として保護をしてくれない訳ではないと思うが、金もないというなら碌な対応もしてもらえまい。見捨てる事は出来ないな。アルは心を決めた。
「えっと、僕には妹が居るんだ。君と同じぐらいかな……。とても他人事には思えないんだ。大したことはできないけど、よかったら話を聞かせてくれないか?」
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