5-6 亀裂の先
洞窟の入り口の崩れた部分というのは2m程だけで、小柄なアルが四つん這いで通り抜けると、そこから先の洞窟は残っていた。明かりはなかったがそこは魔法で知覚を強化すれば問題ない。中は静まり返っていて見える範囲には誰もいなかった。壁にはところどころ棚のようなものや、カーテンのようなもので区切られてベッドとして利用されていたのではないかとおもわれる所もあり、そこにオーソンのものと思われる背負い袋が放り出されたままになっていた。
「ガビー、崩れてるのは入り口だけで中は大丈夫そうだよ。オーソンの荷物が残ってたけど姿は無い。これから奥を調べるけどまだ時間がかかりそうだ。先に帰っててほしい」
アルは崩れたところを一旦戻って、外で待っていたガビーに帰ってもらうことにした。彼も心配しているようだが、待っていてもらうのも、その間にゴブリンなどが現れないという保証はないのである。まだ自分より若く、戦いもさほど強いわけではない彼には危険すぎる。とりあえずこの洞窟が判ったのだから十分だろう。
彼から事前に聞いた話では洞窟の奥は曲がりくねっていて100m程あるということだが、呼びかけてはみたが反応はなかった。ということは洞窟が崩れた時にオーソンはここに荷物を置いてどこかに出かけていた可能性もあり、調査には時間がかかりそうである。
去っていくガビーを見送った後、アルは再び洞窟に戻った。反応はなかったが、最悪のケースも想定しないといけない。一応全部確認しておくべきだろう。進んでいくと、すぐに地面にいくつか白い小石が散らばっているのに気が付く。一見ただの石ではあったが、よくみると、それはアルナイトのかけらだった。太陽の光が届くようなところではなく、事前に知っていなければとてもわからなかっただろう。
そこからさらに進むとまず天井の大きな亀裂が目についた。急いで近づくとその亀裂は洞窟全体を斜めに切り裂き完全に切り離されたようなかたちになっていた。亀裂の長さは30m程はあるだろう。
地震で地割れが発生したということだろうか。こんな裂け目が以前からあるのならガビーは事前に教えてくれていただろう。オーソンはここに落ちたのかもしれない。下を覗き込んでみると、深さは10mほどあり瓦礫の山がみえただけであったが、そこには何かしらの空間がありそうである。アルは縄を岩に固定すると裂け目の下に降りて行くことにしたのだった。
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垂れた一本のロープを頼りに、アルは洞窟にできた裂け目を慎重に下り始めた。支える足場となる壁があるのは途中までで、2m程の穴を抜けると、急に空間が広がっていた。アルは腰にロープを回した状態で下を覗き込む。
そこは1辺10m程の部屋になっていた。アルが居る天井近くの位置から床までは5mほどあるだろう。そして、そこに身長3mほどの巨大な人形が2体いた。整った鼻だけの白い高価な陶磁器のようなお面だけが宙に浮いたように見えて不気味である。その人形は右手に持った黒く光る杖状の物の先をアルに向けていた。
アルは何か悪い予感のようなものがして、手に持ったロープを緩める。身体が一気に2mほど落下した。それとほぼ同時に人形の持つものの先から青白い光がそれぞれ放たれ、先ほどまでアルが居たあたりで交錯した後、天井で派手な火花を散らしたのだった。
棒の先から放たれたのは魔法の矢のようなものだろうか。アルはロープを緩め、ほとんど自由落下のような形で地面にまで着いた。上から覗いた時には見えなかったが、着地したあたり、積み重なっている瓦礫の横にはオーソンのものと思われるつるはしが転がっていた。一面に落下してきた小石や砂がちらばっていた。出入口は2つあって、片方は扉があって閉まっている。
『肉体強化』 -走力強化
アルは開いているほうの出入口に向かって走った。明らかに天然の洞窟などではない。人形のようなものがどうして攻撃してくるのか、ここがどこなのかは全くわからないが調べている暇はなかった。出入口の大きさより人形のほうが大きい。部屋を出れば助かるかもしれない。
2体の人形からは再び青白い光が放たれたが、懸命に走るアルには当たらなかった。出入口の中に飛び込む。その先は5mほど先ですぐに上がる階段となっていた。アルは速度を緩めることなく階段を駆け上る。再び青白い光が床に当たって火花を散らす。階段を上り切ったアルは床に倒れ込んだ。
ふぅと大きなため息をついたアルは周囲を見回した。アルがいるところは神殿か或いは城のような石造りの建物の廊下だと思われた。階段を上がったこの場所は廊下のようで、道はさらに先に伸びていて突き当りに扉があった。床も天井も継ぎ目のない滑らかなクリーム色の石材で作られていた。表面はきれいに磨かれてつるつるでさらに露に濡れていた。天井近くには透かし彫りのような装飾が施されている。
耳を澄ませても何の音も聞こえてこず、青白い光がもう飛んでこないところを見ると、一旦は逃げ切ったようだった。アルは音を立てないようにしながらゆっくりと立ち上がる。ここはもしかして古代遺跡だろうか? 先程襲ってきた人形は遺跡を守るゴーレムかもしれない。彼は思わず微笑みを浮かべてしまった。ずっと夢にまで見たものである。周囲をきょろきょろと見回す。祖父が訪れたという古代遺跡というのはこのようなものだったのだろうか。
しばらく壁や床に頬ずりしそうな距離で見ていたアルだったが、はっと我に返った。先ほどの部屋には見覚えのあるつるはしが転がっていた。ということはここにはオーソンが居るのかもしれない。いや、あの距離を落ちたとすれば無事ではいられないはずなのだが……。
戻るとあの人形に攻撃されるだろう。まずは突き当りの扉を当たるしかない。アルは心を決めて廊下の突き当りに近づいていく。罠などはなさそうに見える。扉に見えたものは石に透かし彫りが施された立派なモノであったが取手などはなさそうだった。
首を傾げながらあと3mほどの距離にまで近づいたとき、急にその石扉のような板が横にずれた。
あわててアルは2、3歩下がって身構える。だが、そこに見えたのは壁に明かりがついた一辺6m程の真四角の空間であった。壁は同じようにクリーム色で、中央には石棺とおもわれるものと祭壇、そして、その前に銀色で綺麗に磨かれた水筒のようなものを持ち、両手両足を伸ばして横たわっているオーソンの姿があった。
アルはあわててオーソンに近寄る。息はあった。かなり痩せてはいるものの顔色はかなり良かった。何故か酒の臭いがする。
「オーソン、オーソン」
アルは彼の頬を叩く。オーソンはゆっくりと目を開けた。
「ん? アル? ……そんなわけはないな。幻か? やばい、もうだめか……」
オーソンの口ぶりは呂律が回っておらず、まるで酔っ払いのようであった。
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月金の週2回10時投稿を予定しています。よろしくお願いいたします。
誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。
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2023.5.24 その上にと書くと誤解を招く表現だったようですので、訂正します。表現したかったのはつるつる+濡れです。
、その上にしっとりと露に濡れていた → さらに露に濡れていた
2023.5.28 裂け目の描写と下りていくところの描写を訂正しました。