5-3 クラレンス村
10日程がたち、夕方、アルはクラレンス村というところに来ていた。ここは、レスター辺境都市から北東にあるミルトンの街、そこから北西にあるオーティスの街を経由してさらに西に来たところである。
オーティスの街までは自身の生まれであるチャニング村から領都レインに行く際にも経由したこともあって特に問題なく、アルは3日ほどで到着出来た。だが、そこからこのクラレンス村へはあまり旅人などもおらず、尋ねながらの道行きとなり、到着するのにはさらに1週間程を要したのだった。
このあたりはまだ西側にナッシュ山脈の険しい山々が連なっており、クラレンス村の近くを通る道からは山々を縫うようにして細い道が隣国テンペスト王国へと続いているらしい。だが、テンペスト王国との交易はここより北側、ナッシュ山脈が途切れた平坦な道や領都レインにつながる川を利用していることが多く、こちらの道はほとんど利用されていないということだった。それでも、近くの山頂付近には警備のための立派な城塞が建てられていて、騎士団の一部はそちらに常駐しているということだった。
オーソンがコーディから受けた仕事はここの近くにある洞窟で採掘できるアルナイトという鉱石を採ってきてほしいというものであった。アルナイトというのは薄いピンクの乳白色の水晶に似た鉱石で水晶ほど高価なものではない。だが、コーディはそれを仕事につかうという話だった。それも色や濁り具合によって効果に違いがありここで採れたものでないとダメなのだという。この、彼女にとって特別なアルナイトが採掘できる洞窟というのは秘密にしておきたいらしく、オーソンだけに依頼したのはそういった理由があったらしい。
その洞窟がどれぐらい険しいのかわからないが、それでも6週間もかかる依頼だとはアルには思えなかった。きっと何かトラブルがあったに違いない。わずか数カ月とはいえ、一緒に仕事をした仲であり、いろいろと教えてもらった恩もあった。無事でいてほしい。そんなことを考えながらアルは洞窟が近いという村の入り口に近づいていった。
「こんにちは。暑いね」
この季節、海沿いのレスターに比べてこのあたりはかなり暑く、ぼっと立っているだけでも汗が止まらない程であった。アルはできるだけにこやかな顔をして門の所に居た少年に声をかけた。アルよりは少し年下に見えたが身長は彼と同じぐらいであった。茶色で伸びた髪はぼさぼさでお下がりであろう汚れた紺色の服はだぶついている。腰に剣を下げている所を見ると門番見習いというところだろうか。
「お前誰?」
「アルだよ。斥候職。人を探してる」
少年は黙って片手を出してきた。情報料が欲しいという事だろうか。アルは軽く首を振った。
「ちゃんとした情報があるならね」
「なんだと? 生意気だぞ」
少年は剣の柄に手をやった。接近戦を苦手にしているアルでも簡単にあしらえそうな程度の動きであった。苦笑いを浮かべつつアルは軽く首を振る。その様子を見て何かイラついたのか少年はいきなり剣を抜こうとした。
「おいおい、ガビー、やめろ」
横にあった建物の中から声がした。慌てた様子で一人の男が出てくる。銀色の髪は短く刈られ、20代前半だろうか。かなり引き締まった身体をしている。
「ごめんよ、お客人。ここに人が来るのは珍しいものでね」
「なっ、オーティスじゃこうやって」
彼は喋ろうとする少年の頭を抑えつけて黙らせる。オーティスの街で自分が言われたことでも真似しているのだろうか。アルは思わず苦笑を浮かべた。
「きちんと言い聞かせるから許してやってほしい。私はこの村の自警団でエセルという。ところで……」
アルはエセルと名乗る自警団の若者に自分の名前やオーソンという男を探している事を話した。彼はすぐに思い当たったらしい。
「ああ、その男なら確かに来たよ。もうかなり経つなぁ。傷を受けた脚の療養で奥の泉を使いたいと言っていた。まだ居るかな?」
「奥の泉?」
彼は、ここから半日ほど登った山の奥に熱い湯の湧く泉、いわゆる温泉があり、それを奥の泉と言っているのだと教えてくれた。たまに療養目的でその湯を飲んだり、怪我をした部位を温めたりするのに訪れる者が居るのだという。とは言っても宿泊施設などがあるわけではなく、奥の泉の近くにある洞窟で食料を持ち込んで長期滞在するらしい。もちろんナッシュ山脈の中なので蛮族や魔獣も出る可能性があり、そのあたりは自己責任だという話だったが、それほど恐ろしいものがでるわけでないのだという。なんだ、大急ぎで来たのにそういう事か? アルは少し拍子抜けをした気分で軽くため息をつく。
「もし、奥の泉に行くのなら、今からじゃ危険だろうな。かなり道は険しいよ」
アルは少し考えて彼の言葉に頷いた。村で泊まれる場所があるかと聞くと、宿屋などはないが、ガビーの家にはたしか空き部屋があったので交渉すれば泊めてくれるのではないかと言ってくれた。エセルに頭を抑えつけられたままの少年は嫌そうな顔をする。そのガビーというのは彼の事だろう。
「ガビーのところは何人家族だ?」
「8人だよ。それがどうした?」
ガビーは噛みつくように答える。アルも家族がたくさん居て、幼いころにはいつもお腹を空かせていたものだ。
「エセルさん、このあたりの狩猟権ってどうなってる? あと狩っちゃいけないのとか居るのかな? 僕は斥候としては狩りには結構自信あるんだ。暗くなるまでにできれば何かお土産になるものを探してこようかと思う」
「へぇ、日暮れまでには2時間もないと思うけど、すごい自信だね」
森によっては狩猟権を貴族が持っていて、冒険者が狩りをしてはいけない場所などもある。父が村の領主をしていたアルにとってはそういった事は当然の配慮であった。エセルはアルの自信のある様子に少し呆れながらもいろいろと説明をしてくれた。すぐ近くの森は村が狩猟権を持っていて狩りだけなら料金を払えば可能だが、獲れた獲物は村のものとなってしまうらしい。ただし、ナッシュ山脈に入ればそちらは問題ないということらしかった。特に畑を荒らす鹿を少しでも減らしてくれると嬉しいと要望されてしまった。
「じゃぁ、ちょっと見てくる。ガビー君、ちゃんとお土産を持っていくから泊めてくれないかって、家の人にお願いしておいてもらえないかな?」
「それは良いけど、弓とか持ってるわけでもなさそうだし、本当に獲ってこれるのかよ。獲物なしなら家の中には入れねぇぞ。村の広場で野宿だからな」
ガビーの言葉にもアルは自信ありげに頷いた。どこからがナッシュ山脈という扱いになるのかをエセルに確認すると、背負い袋を担ぎ直し、そちらに向かって走り出したのだった。
※アルナイト=ミョウバン結晶です。革を鞣すのに上質なミョウバンを使うと良いらしいです。アルという名前が入っていますが、これは偶然です。
読んで頂いてありがとうございます。
月金の週2回10時投稿を予定しています。よろしくお願いいたします。
誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。
いいね、評価ポイント、感想などもいただけるとうれしいです。是非よろしくお願いします。