5-2 確認
バーバラが居たのは本店の裏手にある詰め所であった。彼女の他に数人腕の立ちそうな男女が居る。治安を守る衛兵隊は居るとは言っても、このような備えは必要なのだろう。
「来てもらって悪かったね。一度話を聞きに行こうとは思っていたけど、時間がなくてさ」
アルが訪ねていくと、小さな部屋に通された。店舗の応接室のような立派な物ではないが、真ん中にはソファとテーブルがあり、テーブルの上の籠には果物が乗っていた。バーバラは向かい合うソファの片方をアルに勧め、自分はもう反対側にどかりと座った。彼女はかなり疲れている様子であった。アルは勧められるままにソファに座る。その様子をみて、バーバラは前の籠からアプリコットをひとつ取ってアルに渡す。
「お茶を入れてくれるようなのは居なくてさ。まぁ、これでも食べなよ。甘くておいしいよ」
そう言いながら彼女も一つ取って皮ごとかじる。アルも勧められるままに一口食べた。甘酸っぱい味が口の中に広がり、久しぶりの味におもわず頬がゆるむ。あっという間に一つたべてしまい、残った種をどうしようかと考えていると、バーバラはすこし言いにくそうに口を開く。
「悪いけど、ちょっと確認したいことがあるのさ。前に血みどろ盗賊団のアジトに行った時の話だけどね……」
2人でアジトを調査したのは4カ月ほど前だ。そこで討伐の他、探索などをしていたのはほとんどがバーバラであり、彼自身は彼女に魔法で支援をした他は今彼が世話になっている宿の主人であるラスやタリーの面倒を見たぐらいしか記憶にない。
「自由にしていいって渡した呪文の書があっただろ? あの呪文の書ってさ……」
そこまで言って彼女はアルの顔をじっと見た。隠蔽の呪文の書の事か。アルは思わず目を逸らしてしまった。
「やっぱり、そうか。もしかしたらと思ったけどね……。大丈夫さ、人が来ないようには言ってある。悪いけどさ、返してもらえないかい。あれからまだ4ヶ月しか経ってないから、習得できてないだろうけどさ。それはそれでよかったと思うよ。私が考えなしにあんたに渡しちまっただけだから、お前さんには悪いようにしない。そうだね、もし、返してくれたら呪文の書は次の盗賊のアジトの探索で見つかったことにしようじゃないか。そうすりゃ、この呪文の書の所有者にお前さんの名前は出てこなくなる」
彼女はまだアルが隠蔽呪文を習得していないと思っているようだった。一般的に言えば、隠蔽呪文は第3階層の呪文であり、習得には1年かかるというのが常識だろう。それならば返したことにしてしまうか、それとも……。アルが考え込んでいると、彼女はその様子をみて言葉を続けた。
「もちろんタダでとは言わないさ。代わりにあの魔法使いから押収した他の呪文の書か、或いは以前に押収したものでもいい。何か他のやつを回そう。それで手を打たないかい? あれが行方不明のままだと、今後もずっと隠蔽呪文の存在を恐れないといけなくなる。ちゃんと呪文の書が見つかって魔法使いギルドに回収されたという形にしないと今回の事件は完結させられない。頼むよ」
アルはしばらく下を向いて考えた後、すこし諦めたような表情で顔を上げた。ここは話に乗るべきだろう、他はリスクが高すぎる。アルはそう判断してわかったよと答えた。バーバラは少し嬉しそうに軽く頷いた。
「ありがと。助かるよ。ほんと透明発見呪文だっけ? あれが使える魔法使いがほんと少なくてね。このレスターでも2人しか見つからない。これからの警備体制の話とか困ってたのさ」
彼女の口ぶりからすると、隠蔽呪文の対応策なども検討されていたようだ。変にとぼけていたら、後で見つかって不味い事になっていたかもしれない。アルは心の中で胸をなでおろした。
呪文の書は夕方にアルの泊っている宿屋にバーバラが取りに来ることになった。詰め所に保管されていた押収物の呪文の書を見せてもらい、物品探索呪文という呪文の書を代わりに貰うことにする。これは事前に登録した物品が存在する方向と距離がわかるという呪文であった。少し騙したような形になり心苦しい気もするが、それについてはまた何か手助けできることがあったら協力することで許してもらおうと考えたアルであった。
------
次にアルが訪れたのはデニスの鎧工房であった。南門に近く、解体屋のコーディの工房ともそれほど離れていない。入口には金属鎧の一式が飾られていてやたらと目立っていた。アルはオーソンの勧めもあって以前大口トカゲを狩った際に状態の良い皮から革鎧を作るのを依頼していたのだ。ひと月ほどかかるという話であったが、頼んでからその期間は過ぎてしまっている。とっくに完成しているだろう。
「こんにちは。アルです。デニスさんいらっしゃいますか?」
入口でアルがそう呼びかけると、出てきたのは若い男だった。若いと言っても、アルよりは年上の20代前半といったところだろうか。
「いえ、師匠は出かけています。なにかご用事でしょうか?」
アルはひと月ちょっと前に解体屋のコーディのところで鎧を注文した者だと説明すると、ああ、と思い当たったらしくその若い男は頷いたものの、すぐに少し困ったような顔をした。
「申し訳ないのですが、師匠が帰ってくるのを待っていただくわけにはいきませんか?」
彼の話によると、アルの革鎧の注文はコーディの店で行われていたので、受け渡し相手であるアルの顔を知るものがデニス以外今の店にはおらず、また、デニスが引き渡し証のようなものを作っていないので、急にやってきたアルに高価な鎧を引き渡してよいのかどうか判断できないのだという。代金を頂くのであれば問題ありませんでしたし、前触れなど頂ければなんとか方法があったかもしれませんが……と申し訳なさそうにその男は付け加えた。
金貨10枚以上の価値のある革鎧だ。慎重なのは理解できたが、何度も来るのは面倒である。
「コーディさんのところに一緒に行って、僕がアルだと証明してもらうというのはどうですか?」
アルの提案に、男は成程と頷いた。それなら大丈夫らしい。早速アルはその男とコーディの店に向かうことにした。彼女は店に居てアルがデニスに革鎧を依頼した本人であるという確認を問題なくとることができたのだった。
「デニスは相変わらずだね……腕はいいのに気に入った仕事しかしない。店は弟子たちに任せっきりで、報酬は交渉してもその受け取りについては無頓着。そろそろ弟子にも見放されて店もつぶれるんじゃないか」
コーディの言葉にアルと一緒に来た弟子だという若い男は苦笑を浮かべる。彼によると一応馴染みの客の鎧のメンテナンスなどでなんとかやっていけているが、ぎりぎりという話だった。たしかに店に客の姿はなかったので、本当かもしれない。
「そういえば、オーソンがまだ帰ってこないのだけど、君は何か知っている?」
とりあえず革鎧は受け取れそうだなどとアルが考えていると、コーディが急に尋ねてきた。たしか彼は彼女の仕事で1カ月ほど留守にするといって出かけたきり戻ってきてはいない。だが、それほど危険な道中だという話は聞いていないのであまり心配はしていなかった。正直にそう答えると、コーディはすこし考えこんだ。しばらく一緒に仕事をした感じでいうと、オーソンがそこまで遅くなるというのは確かに変かもしれない。
「悪いけど、アル君、急ぎで仕事を頼まれてくれないかな? オーソンに頼んだのと同じ仕事なのだけどね」
彼女の仕事で出かけた先でオーソンは何かトラブルに巻き込まれてしまっているのかもしれない。ちょうど所持金も尽きそうなところでもあったし、消息も気になる。アルにとっては都合のいい話だった。夕方バーバラには約束をしてしまっているが、場合によってはこちらから届けに行くことも可能だろう。革鎧は後で受け取ることにして、アルはコーディの方を向いた。
「わかりました。くわしく聞かせてもらえます?」
読んで頂いてありがとうございます。
月金の週2回10時投稿を予定しています。よろしくお願いいたします。
誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。
いいね、評価ポイント、感想などもいただけるとうれしいです。是非よろしくお願いします。