4-16 報酬
「アル君、お疲れでした。これは報酬です」
ルエラをバーバラたちに託してから10日後の夕刻、隊商は無事に辺境都市レスターに戻って来た。南門に到着した馬車から下りようとしたアルはエリックから小さな革袋を受け取った。
「ありがとうございます」
アルはエリックから報酬を受け取った。その革袋の中には彼の予想よりはるかに多い金貨5枚が入っていた。
「え? 何か間違いじゃ……?」
アルは思わず尋ねたが、エリックは首を振った。
「大丈夫です。途中で討伐したヒツジクイオオワシやその他の蛮族の討伐報酬などが入っているのです。すこし端数は切り上げましたけどね。君はそれほどの功績を上げたのです」
エリックの言葉にアルは思わず顔が綻ぶ。
「それと、アル君、君は拠点をこの辺境都市レスターからどこか別の場所に変える予定はありますか?」
アルは首をひねりながら特にはないと答えると、エリックはそれならばレダと一緒に魔法の修行をしませんかと尋ねてきた。彼が言うにはアルが言う魔法のオプションについて、具体的にどのように習得方法が違うのか、レダと共に同じ呪文を修行して比較させてくれないかという事であった。
「魔法の習得の際に君はイメージを意図することで変えることができるオプションというものを意識して習得すると言いました。君と一緒に同じ呪文をレダに習得してもらおうと思います。もちろん、私やフィッツが習得済みの呪文でお願いしたい。そうすることによって、君の言うオプションについて詳しく比較検証できると思うのです。どうでしょうか?」
アルは成程と頷いた。もしそういうことをするのであればアル自身が他の人とどのように違うのか差がはっきりするかもしれない。それにアルの知らない呪文の書を見せてくれるというのだ。単純にそれだけでも嬉しい。
「それは是非おねがいします」
エリックは、念話呪文、浮遊眼呪文、盾呪文のどれかでどうかと尋ねてきた。前者2つは隊商護衛で昼間に使う呪文だし、盾呪文は戦闘で役に立つのは今回の盗賊相手の戦いのときに実証済みである。アルは迷った末に、浮遊眼呪文を選択した。
「では、時間のあるときに学習しに来てください。ただし、あまり後回しにしてもらっては困ります。浮遊眼呪文は第3階層の呪文ですから1年あればなんとか習得できるはず。もちろん君はうちの弟子とちがって仕事をしながらでしょうからその倍と考えて私の所に通ってよい期間は2年間とします。なお、私もその間、君の言う魔法のオプションについて検証を行いたいと思います。いろいろと確認させてもらう事もあると思いますが良いですか?」
他の事ならいざしらず、呪文の習得はかなりの時間がかかるものだ。2年という区切りは一般的には短いと言えるだろう。だがアルには十分すぎるほどの期間だと思えた。オプションについても調べてくれるのなら嬉しい話である。わかりましたと元気よく返答した。
「では、レダも新しい呪文の習得の学習です。頑張ってくださいね」
馬車の中の彼女は唇をぎゅっと結び、真剣な顔ではいと答えた。彼女は弟子として、呪文習得でアルに後れを取るわけはいかないという思いでいっぱいに違いない。
「じゃぁまたお邪魔します。エリック様、よろしくお願いします」
アルは自分の荷物を馬車から下ろして背負うと、しっかりとお辞儀をして、エリックたちの馬車を見送る。バーバラには到着したら来てほしいと言われていたが、さすがにまだ到着していないだろう。とりあえず帰ろうと考えてふと、魔道具屋のララが露店を開いている場所がそれほど遠くないということに気が付いた。彼女から買った噴射呪文はまだ習得しきれていないが、品質という点では問題なさそうであった。あれから3週間程経っているし、何か新しい呪文の書が入荷しているかもしれない。せっかく報酬が手に入ったし、まだ前回の金貨も残っている。この時間なので開いているかどうかはわからないが、是非あたらしい呪文を手に入れたいものだと考えたのだった。
魔道具屋ララのようにゴミスクロールと呼ばれる非公式の呪文の書を扱っている業者というのは非常に少ない。もちろん、魔法使いギルドが目の敵にしていることもあるが、品質面で安定しないというのもあるらしい。たしかにアル自身も今まで5回試して、うまく習得できたのは2回だけだった。噴射呪文がうまく習得できれば3本目となる予定である。
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「こんにちは、ララさん」
魔道具屋のララ、そう尋ねて回ると彼女の露店はすぐに見つかった。今日は南門のすぐ近くに露店を移していたのだ。
「おや、あんたはこの間試しに噴射呪文を買っていった坊主じゃないか。習得し終えたというには早いだろうに、今日はどうしたんだい?」
彼女はアルの事を憶えていたらしい。アルが品質的には大丈夫そうだから、他にも良いものがあれば買いたいと言うとすこし訝しげな顔をした。
「まだ、ひと月も経っていないのに……。まぁ、いいさね。うちの呪文の書なら大丈夫って思ってくれると嬉しいよ。でもまだあんたの言ってた眠り呪文、麻痺呪文、飛行呪文とかは入荷してないよ」
彼女は入荷した呪文として加速呪文、分析呪文、魔力制御呪文の3つがあると教えてくれた。加速呪文は8金貨、残り2つはどちらも4金貨だという。加速呪文というのは剣を振ったりする速度だけでなく歩行速度が上昇する効果があるのでかなり人気の呪文であった。逆に分析呪文は物の組成を知るための呪文、魔力制御呪文は魔石への魔力補充を行う呪文であったはずでどちらも戦闘にはあまり役に立たずどちらかと言えば職人などに人気の呪文である。アルは迷った。これがもし確実に習得できるのなら良い感じの値段ではないかと思う。だが、確実に習得できるという保証があるわけではないのだ。それに財布の中には先ほど貰ったものを含めて金貨は20枚ほどしかない。3つとも購入したら16金貨、4枚しか手元に残らない事になってしまう。
「別に無理に買わなくていいんだよ。そういえば、あんたは呪文の書を売ろうという気はあるのかい? ちゃんと修復してくれるのなら高く買うよ」
呪文の書は習得するのに詳細に読み込んだりするのでどうしても汚れたりすることがある。特に要となる呪文の構成図部分については少し汚れたりするだけでその呪文のインスピレーションを伝えることが出来なくなってしまう。これも中級学校時代に頼み込んで貸してもらった呪文の書で経験済みだった。呪文の書というのは繊細な物なのだ。この時は貸してくれた講師にいろいろと教わり、その分を修復してもらって無事習得できたが、それら呪文の書の汚損については当該の呪文習得者でなければ修復はできないというのもよくわかっていた。
アルは少し困ったような顔をした。手持ちの呪文の書はまだどれも未修復で、もちろんその修復にはかなりの時間がかかるというのは、中級学校で呪文の書を借りた際、返すときに修復作業をさせられたのでよく知っていたからだ。
「どれぐらいで買い取ってくれるんだい?」
魔法使いギルドでも呪文の書の買取は行っているが、その値段は売値のおよそ1/30程度が目安である。魔法使いギルドはその値段で買い取って、内部で修復作業を行い検査済の証明書を付けて元の売値で販売するのである。彼らに言わせれば修復作業に時間がかかる上に、問題ないかの確認作業を何重にもおこなっている、その上、呪文の書には保護のために梱包呪文を使っているのでこの価格は妥当らしい。
「そうだね、うちの買取は相場の1/10ぐらいだね。その代わり、相場の1/3以下で売ってるんだ。かなり良心的だろう? ただし修復済だって、私が確認できたものだけだよ」
アルは感心した。この間買った運搬呪文でいえば。買った値段は魔法使いギルドの保証付きで18金貨だった。これが相場通りだとすれば、普通に魔法使いギルドでの買取値は60銀貨、ララのところでの買取値は1金貨と80銀貨である。これを彼女は6金貨ぐらいで販売しているということか。それぐらいで売買してもらえればたくさんの呪文を習得できるだろう。ララも儲かるに違いない。そう思って話をしてみたが、ララに言わせれば、商売としてはこれでもかなり苦しいのだという。まずゴミスクロールを買おうとする人間が少ないし、修復済みだという事が信用されないとまだまだ高いという印象を持たれてしまうらしい。アルは迷った。新しい呪文の書が3つ……。これはやっぱり欲しい。最悪、お金に困ったら習得済みの呪文の書を売るということもできる。
「わかったよ。とりあえずララさんが売っている3本の呪文の書については全部買う。でも手持ちを売るのはちょっと考えさせてほしい」
結局、新しい呪文の書という魅力には勝てず、アルはほとんど全財産をはたいて呪文の書を買う事にした。アルは満面の笑みのララから受け取った包みを大事そうに抱えると小走りで久しぶりの《赤顔の羊》亭に急いだのだった。
ここで第4話は終了とします。1時間後の11時に登場人物及び設定メモをアップします。
参考程度ですので、読み飛ばして頂いても大丈夫です。
尚、呪文の書の再利用については、細かい話になってごめんなさい。あまり気にしなくても大丈夫のはずです。
読んで頂いてありがとうございます。
月金の週2回10時投稿を予定しています。よろしくお願いいたします。
誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。
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