4-14 追跡
アルは青白く光った男が逃げていくのを遠目に見ながら何か良い方法はないのかと何度も自問自答した。エリックの透明発見呪文の有効範囲は50mしかないらしい。だが距離はそれ以上離れていて、アルの魔法の矢呪文も届かない。あそこにエリックを連れて行くことが出来れば良いのだが、先ほどの一緒に戦った状況から考えるとエリックが走っても追いつけそうにはない。
「姿を消したのはどのあたりだ?」
アルがじっと見ている横にジョナス卿、プラシダの2人が立ち、同じ方角を見た。
「枝が3本伸びているあの木のあたり……。ここからは200mぐらいです」
アルの話にジョナス卿が顔を顰めた。エリックが首を振る。
「探知範囲の外です」
このままでは逃がしてしまう……。エリックの様子をみながらアルはふと思いついた。エリック様はアイリスほどではないにしろ、オーソンほど体格は良くない。装備も軽そうだ。もしかして……?
「エリック様、この椅子に座ってください」
『運搬』
アルは自分の前にある、宙に浮かび白く光っている椅子を引き寄せた。以前、アイリスを乗せて遊んだことのある円盤を変形させた椅子である。
「これは?」
「運搬呪文の円盤を変形させたものです。ちゃんと肘置きがあるのでそこに掴まってください」
アルの勢いに押されてエリックは椅子にすわった。運搬呪文の椅子は地面につくことなくふわりと宙に浮かんだ。
「エリック様。エリック様はその椅子に座った状態で、透明発見呪文や念話呪文は可能ですか? もしそうなら、僕は、これでエリック様を運びます」
アルは必死だ。こう話している間にも相手はどんどん逃げているのだ。椅子に座らせられたエリックは戸惑ったままの表情で肘置きを握りしめている。
『透明発見』
彼はすこし緊張したような表情で周囲を見回した後、軽く頷いた。
「ああ、大丈夫そうだ。木箱の存在は分かる」
アルは真剣な顔をして頷いた。エリックはこれからどうするつもりなのかわからない様子でアルの顔をじっと見ている。
「ジョナス様。とりあえず追いかけます。でたらめに走っても、50mの範囲の範囲内に捕らえることが出来れば、捕捉できるはず。そうしたらエリック様からジョナス様に念話を」
「わかった、我らはそなたを追いかける。走れっ」
ジョナス卿はようやく納得したような顔をしてそう叫んだ。
「はいっ」
『肉体強化』 -走力強化
アルは5mほどの高さのある土塁を一気に駆け下りた。当然だが、エリックの座っている浮かぶ椅子も彼を追って勢いよく下る。
「うひょぉーーーーーーーーーーーーーーーっ?!」
エリックは必死に椅子の肘置きにしがみついた。アルは魔法使いではあるが、斥候としての能力もそれほど低いわけではなく、移動だけ見れば衛兵隊の連中と遜色はない。その彼がさらに肉体強化呪文で強化したのである。彼の走る速度はまるで馬が全力疾走するかのごときであった。
「大丈夫ですか? 見つけたら言ってくださいね」
200mはあっという間だった。男が姿を消した辺りでアルは一旦立ち止まる。後ろのエリックの息は荒い。近づきすぎるといきなり物陰から麻痺呪文や魔法の矢呪文で攻撃される可能性もある。アルは背後のエリックを木の陰に庇うようにしながら周りを見回す。
「ちょ、ちょっと、事前にどうするのか説明を……」
道はさらに北に伸びていた。だが、アルの視界には青白く光る男の姿が東側にある小麦の刈り取った後のだだっ広い畑の先に見えている。
「盗賊がまっすぐ逃げるとは思えないですね。右か左か……右、行きます」
なんとか理由を付けてアルはその青白く光る男を追う。
「いた、すこし右だ」
しばらくしてエリックがようやく声を上げた。まだ声はすこし上ずっている。透明発見呪文に反応があったらしい。アルはちらりと降りてきた方を眺める。ジョナス卿はようやく土塁をロープで降りたところであった。
「まだ少し距離がありますが、届くようになり次第、ジョナス様に念話を送ります。そのまままっすぐ……」
エリックは必死な様子でアルに指示を出し始めた。もちろんアルは青白く光る姿が見えているので大丈夫なのだが、それをいう訳にも行かない。見えないふりをして、どこですか? いるんですか? などとわざと叫びながら、徐々に距離を詰めた。相手はエリックたちが自分の存在が判っているのか判断できない様子で戸惑いながら広い麦畑を懸命に走っている。そのうちに、ジョナス卿たちが追い付いてきた。それを見計らってアルもバシェルと呼ばれていた魔法使いとの距離を詰める。30mぐらいまでに近づいたところで、エリックが魔法解除呪文を使う。
バシェルの姿が現れた。その姿を視界内に収めたジョナス卿とプラシダが一気に距離を詰める。バシェルは魔法を唱えようとしたが、その暇もなく、彼らの体当たりで吹き飛ばされ、何もすることができないままその場に沈んだのだった。
「おお、さすがです。よかった」
ふわふわと浮かぶ椅子に座っているエリックが安堵ともとれるような声を上げた。
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アル、エリック、ジョナス卿、プラシダの4人がバシェルと呼ばれた魔法使いを縛り上げて広場の北西の隅に戻ってくると、そこではケーンと、3人の衛兵が険悪な雰囲気で向かい合っていた。かれらの間には2人の盗賊らしい男たちが倒れたままになっているし、ケーンの背後には薬師と思われる30才前後の女性が身を隠すようにしていた。
「ジョナス小隊長。戦闘があったようですが、どういうことなのでしょうか? ケーン内政官補佐は何も教えてくれないのです」
3人の衛兵はジョナス卿にそう話しかけた。彼は軽く手を左右に振る。
「犯罪の摘発だが、他にまだ共犯者が居る恐れがあり、関わる人間を極力絞っている。協力が必要な場合には改めて声をかけるし、解決したときにも説明しよう。だが、今は何も言わずに一旦戻れ」
ジョナス卿がそう言うと、3人は軽くため息をついた。肩をすくめ、軽く何度も頷きつつ踵を返して衛兵詰め所の方に戻っていく。その様子を見てケーンは安堵したようにその場に座り込んだ。
「もっとあっさりと片付けるつもりだったが、目立ってしまったな。少し面倒なことになったが、仕方あるまい。エリック殿、木箱にかかっている魔法は解除してもらえるか。中身については先ほど衛兵の3人にも言った通りで犯罪に関わることなので私とケーン、アルのみで確認とする。責任は私が負う」
言外に解除だけでよいとジョナス卿が言うと、エリックは頷いた。奥の馬車に近づいていく。ケーンがそれに続き、最後にアルは外から見えないように自分が倒してしまった天幕を戻してその内側に入る。プラシダは手前の馬車の近くにとどまって、魔法使いに呪文が唱えられないように口枷をはめ、手前の馬車の近くで地面に倒れたままだった2人の盗賊を縛り上げたりし始めた。薬師だと思われる女性もその場に残った。
『魔法解除』
かかっていた魔法が消え、木箱が姿を現した。エリックはそのまま微笑みを浮かべて挨拶をし、その場を去っていった。ジョナス卿はかれの背中を見送ってから短剣の柄でついていた錠前を殴って壊し、蓋を開けた。そこにはアルが鐘楼の上からみた通り、手足を折り畳まれたルエラが押し込まれていた。顔は青白いがまるで眠っているようだ。ジョナス卿は素早く彼女の首元に手をあてた。
「かなり弱っているがなんとか息はある。アルとケーン、彼女は任せたぞ。ただし、後で事情聴取には応じてもらう。どこに運び込めばいいのかは待っている女性に聞いてくれ」
アルとケーンは頷くとルエラが見えないように毛布で包むと抱え上げる。ほんのりとした温みがまだ生きていることを実感させた。
「私はプラシダと共に色々と調査と後始末をする。ケーン、彼女についてレスターに連絡は済ませているのか?」
ジョナス卿は知っているはずだが彼女の名前を言わず、連絡先もレスターとしか言わない。プラシダや薬師が居るからかもしれない。薬師の名前も聞かないほうがよさそうだとアルは考えた。
「はい、既に第1報の使者は出ています。無事を確認してから第2報の使者を出す予定です」
ケーンは軽く頷きながら答える。
「わかった。ならば明後日の出発までには間に合うだろう。第2報の使者にバンクロフト男爵にも報告が必要だと言うようにつたえておくのだ」
バンクロフト男爵というのは、辺境都市レスター及びその近辺の治安を守る衛兵隊の全体を統括する責任者である。ケーンの顔はすこし強張ったがゆっくりと頷く。それを見て、ジョナス卿は天幕を外して2人を外に送り出す。
「プラシダ。3人を縛り上げたら、こっちの調査を手伝え!」
長くなりましたが、ようやく救出です。 次は結果整理ですが、1回で終わるかな……。
読んで頂いてありがとうございます。
月金の週2回10時投稿を予定しています。よろしくお願いいたします。
誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。
いいね、評価ポイント、感想などもいただけるとうれしいです。是非よろしくお願いします。
2023.5.1 プラシダが魔法使いを追跡しながらも、その場に残るという分身状態になっているというご指摘を頂きました。申し訳ありません。追跡が正しく、その場に残っていたのはケーンだけです。修正しました。
2023.7.7 騎士であるジョナスについて、地の文をジョナス卿に変更しました。
ホーソン男爵については 男爵閣下と呼ぶように変更しました。