1-4 女戦士バーバラ
調査依頼を受けることにしたアルは、ルエラ、ケーンの2人と中級学校時代の事を話しながらしばらく時間を過ごした。アルは学校ではあまり友人を作らず休憩時間なども呪文の練習などに没頭していたことが多かったので、2人とちゃんと話したのは初めてだったかもしれない。ルエラによると彼女の友達は皆、アルの事を何か一人でずっとぶつぶつ呟いている変人だと言っていたらしい。
「それは、独り言じゃなく、呪文の練習をしてたんだけどなぁ」
アルは不本意そうに呟いた。その様子をみてルエラは軽く笑う。
「そんなの知らないもの。話すのが下手な人なのねってみんな言ってたわ。だから、お父様との会話を見てすごく新鮮だった」
「わぁ、そっかぁ。ずっと呪文を憶えるのに必死でさぁ」
アルは残念そうにつぶやいた。その横でケーンはこらえきれずに笑っている。
「いくつぐらい憶えたのよ? 魔法の矢呪文だけじゃなく、幻覚呪文も使えるのよね。初歩の光呪文と魔法感知呪文は憶えてるとして……4つ?」
指折り数えながらルエラは興奮して尋ねた。近づいてきたルエラにアルは少し焦ったように指を折って数えた。
「えっと、ぜんぶで8つかな」
「すごーい、そんなに使えるのね。お父様の雇っている魔法使いたちでもそんなに数が使える人はいないわよ。何が使えるの? 飛行呪文とか?」
「いやいや、そんな高い<呪文の書>とても無理だよ。普通の呪文すら買える金がなくてさ。それでも在学中に出来る限り呪文を憶えたかったから先生に貸し出してもらえるように頼み込んだんだ。結局、他の4つのうち半分は第1階層、残り2つは一応第3階層だけど、人気のないのばっかりさ。何が使えるかはちょっと話せないけど、実質は大したことは無いさ」
アルは慌てて否定した。とは言え、一般的に魔法使いを目指す場合、中級学校卒業時点では、光呪文と魔法感知呪文、魔法の矢呪文の3つを習得している程度というのが普通であと1つか2つ憶えていると多いとされる。それの他に5つも呪文を使えるのはたしかにすごいのだが、それは勉強や友達と遊ぶといった一般的な学生生活をろくにせず呪文の習得ばかりをしていたということでもある。そういう点でルエラの友人たちがアルを変人だというのはあながち間違いではなかった。
そうして3人が話しているところにやってきたのは褐色の肌をした大柄な女性であった。身長は180㎝ぐらい、栗色の髪は短めに切りそろえられている。空色の目はするどく、金属で補強された革鎧を身に纏い、腰には1mを超える長剣と大振りのナイフ、背中には背負い袋の他に短弓と矢筒、左腕には小さめの盾をベルトで固定していた。年のころは20代後半といったところだろうか。目配りなどを見てもかなり腕が立ちそうである。ルエラやケーンとは顔見知りのようで、2人は彼女が来たのを見て辺境都市レスターでの再会を約束して馬車に戻っていった。
「あんたがアルフレッドってのかい? へぇ、ナレシュ様と一緒に中級学校に通ってたっていうからもっとお上品なのを想像してたけど、ちゃんとサマになってるじゃないか。あたしはバーバラ。見ての通り戦士だ。斥候の仕事も得意だよ。調査なんだけどね、ナレシュ様、ルエラ嬢の安全が最優先ってことで行けるのは私だけってことになっちまった。よろしくね」
彼女はアルの傍にまで歩いてくると片手を差し出した。彼も手を出して軽く握手をする。
「よろしくお願いします。アルフレッドというのは長いのでアルと呼んでください。斥候をメインにしていますが、魔法も少しは使えます。足手まといにならないように頑張ります」
彼自身は今まで学生という身分上、普通の冒険者とは時間があわず、一緒に行動することはあまりなかった。それもあり、今回はよい経験を積めるかもしれないと少し期待した。
「へぇ、そうなんだ。盗賊の首領を殺したって聞いたけど、殺しも慣れてんのかい?」
「殺し……、盗賊の討伐依頼は果たしたことはありますね」
そう言われてアルは盗賊団の頭目が首筋から血を吹き出して倒れた様子を思い出した。バーバラはわざと挑発的な言い方をしているのかもしれない。ふとそんな事を感じた彼は軽く首を振って返事をした。彼女はそんなアルの様子を見て少し考えた後かるく肩をすくめ、にやりと笑った。
「ふふん、なかなかいいよ。オッケー、試して悪かった。じゃあアルって呼ばせてもらうよ。まだ若いのに一発で相手を倒せる呪文が使えるなんて、すごいじゃないか。少しどころじゃないと思うね。待たせて悪かったけど、雨も降りそうだしさっさと行こうか。暗くなる前に逃げたのに追いつけるといいんだけどね」
2人はまずアルとナレシュたちが盗賊と戦った場所に移動することにした。地面の足跡を確認し、人数や逃げ出した方向などを確認するためだ。盗賊たちはカモフラージュなどをする余裕はなかったようで痕跡はいたるところに残っていた。
彼女は戦い方が気になったらしく、追跡している途中で、どのように盗賊に気付いたのか。そしてどうやって魔法で首を切ったのかと根掘り葉掘り尋ねた。彼女は自分の事を戦士だと言っていたが、魔法もある程度は知っているようで、その持つ知識ではアルがしたと言った事はとても考えられないことのようだった。
「魔法の矢呪文で急所を狙えるってのは本当かい? そんなのは見たことも聞いたこともないんだけどねぇ」
彼女は不思議がった。魔法の矢呪文は熟練すれば距離が伸びたり、同時に撃てる数が増えたりはするものの、そのような器用な事は出来ないという認識だったのだ。
「なかなか信じてもらえないんですが、実はできるんです。魔法の矢を習得するための呪文の書には相手を狙って、自分の掌を突き出し、そこから対象につながる線を意識すると書いてあるんですけどね、そのつながる先として相手のどこを狙うのかっていうのは曖昧なんです。そして、この呪文を習う時って、相手の姿を思い描いて、そのど真ん中につながっているのを強くイメージしろって言われるんですよ。みんなそれを鵜呑みにして、疑問にも思わない」
アルは何故か得意そうにそこでいたずらっ子のように微笑む。
「最初にね、気づいたのは光呪文のおかげなんです。幼い頃の話なんですが、魔法が見たいという僕のおねだりに負けて、祖父はよく光呪文を使って見せてくれました。その時に気が付いたんですが、何故か祖父の光呪文は他の人のと明るさが違ったんですよ。違いがあるって知ってました??」
アルはバーバラを見る。彼女は首を傾げた。光呪文は光呪文でしかない。彼女はそう言いたそうである。だがアルはさらに言葉を続けた。彼の説明によると、光呪文の明るさの違いは呪文の書にある太陽の光というシンボルイメージをどう受け取るかによって個人差が出るらしいというのだ。彼の祖父はこことは違う王国北部の出身で雪の多い地方らしい。そこでは太陽の光に対する印象は全く違うのだという。
「太陽の光っていうのはな、それはそれは暖かくて優しいものなのじゃ」
北の国で生まれた祖父はそう説明した。彼にとっては太陽の光というのは命をはぐくみ育てるために大事なかけがえのないものというイメージであった。南の国に育った者たちとはどうしてもイメージが違う。そして、それによって光呪文での光の強さが変わっているのだ。呪文の書に書かれている呪文のインスピレーション、それを現すシンボルイメージの受け取り方次第で様々な事が変えられることがわかったらしい。そして、それを意識的に変えることによって明るさを変えられるようになった。彼はそう説明したのだ。
魔法が余程好きらしく、彼の話はなかなか止まらなかった。内容は詳しすぎてバーバラにとってはよくわからないところもあったが、彼のやっていることはかなり画期的な事の様に聞こえた。
「へぇ……そんなものなのか。なるほどねぇ……。でもそんなことが出来るのならもっと話題になっていそうなものだけど」
「それがですね、知り合いにもこの説明はするんですけど、困ったことに誰もうまく実現できないんです。理由ははっきりしてません。呪文の書から魔法を習得するときにそういうものって思いこんでるからじゃないかと思うんですが、試しようがないんですよね。一応、僕の出身の初級学校の先生にこれから魔法を習得する生徒が居れば試してほしいってお願いはしてますが、まだうまく行ってません」
「ふうぅん、うまく行けば便利そうなのにねぇ……。おや、ここで一度休憩したみたいだね」
2人は立ち止まって痕跡を調べた。何人かは地面に座り込んだようだった。血の跡もところどころにある。
「2手にわかれたみたいですね。8人と5人かな」
アルは呟き、バーバラもそれに頷いた。
「あたしもそんなぐらいだと思う。なんとかここまで逃げてきて、応急手当をしながら今後どうするか話し合ったんだろう。ここで4、5人が北西に、残りは北東に別れたみたいだね。急いで歩いてたみたいだから仲間割れをしたかもしれない。微妙な分かれ方だけど、一応人数の多いほうを追いかけるしかないかねぇ」
2人は北西と北東を交互に眺めながら、頷き合ったのだった。
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2023.1.10 名前間違ってました。 辺境都市レイン → 辺境都市レスター
2023.4.14 改行追加 文章整形 しゃべり続けてるアルに関してはかなり弄りました。意図とか内容とかは変えていないつもりです。




