4-13 捕縛
「木箱か否かは判明しておりませんが、少なくとも何か透明化されたものは存在するようです。出発の際、探知はしたのですが、おそらく距離をとっていたのでしょう。狡猾なものです。油断しておりました」
エリックからの報告を聞いたジョナス卿は頷いた。
「仕方あるまい。私も話を聞いたことがあるだけで実際に対応するのははじめてだ。何かが起こる前に発見できたのは幸いだった。透明発見呪文で探知し、魔法解除呪文で解除する。対処方法はそう聞いているが、エリック殿に願えるか」
今度はエリックが頷いた。
「可能です。ただし相手の力量次第で解除できない可能性もあります」
「エリック殿にできなければどのようにしても捕まえることは出来まい。その時は別の対処を考えねばならぬ。ケーンは腕に自信は?」
ケーンは全くないと首を何度も振った。
「ならば、ケーンはここで待機。おそらく薬師の娘が来るはずなので話をしておくがいい。残り4人は捕縛に向かうことにする。アルには頑張ってもらうぞ。抵抗した場合、私は魔法使いに対処するのでプラシダは他の2人を無力化せよ。盗賊ごときにてこずるとは思えぬが油断するな。エリック殿はもし相手が透明化したときの対処を頼む。アルはエリック殿のサポートだ」
「はっ!」
プラシダはかなり気合が入っているようで力強く頷いた。エリック、アルも続けて頷く。がんばれと応援するケーンを教会の脇に残し、4人はそのまま不審な3人が馬車を停めている広場に向かったのだった。
広場そのものの広さは1辺が40m程のひし形となっていた。北西に傾いた斜面に作られたようで北と西側は土でかさ上げされて土塁のように、東と南側は広場に沿って道路となっていた。アルたちが居る教会はその通りの一番南西の端である。完全装備の衛兵隊2人と一緒にエリックとアルが広場に入っていくと、それに気づいたらしい村人や馬車を停めている商人たちが何かあったのかと好奇の目で見た。そして4人が向かっている方向を見る。広場の一番奥、北西の隅には、馬車が2台停まっているはずであるが、天幕があり奥の1台は見えない。3人の男がその手前側で焚火の用意などをしていた。
3人の男はアルたちに気が付くと、急いで立ち上がった。何か相談をしている。その様子を見て、ジョナス卿たちは足を速め近づいていく。
「何か御用ですか?」
3人の男のうちの1人が先頭に立って近づいてくるジョナス卿に尋ねた。魔法使いのバシェルだ。顔にはにこやかな微笑みを浮かべているが、身体は身構えていた。その左右に立っているヴァン、ヴァーデンの2人もいつでも腰の小剣を抜けるようにしており、警戒している様子がありありと見える。
「衛兵隊のジョナスだ。そなたらの馬車を確認する」
ジョナス卿とプラシダはそれ以上何も言わずにどんどんと馬車に近づいていく。ヴァン、ヴァーデンの2人はちょっと待ってください、何のために といった質問をしながらジョナス卿とプラシダの足を止めようとするが、2人は黙って首を振るだけだ。
「だめだ、ヴァン、ヴァーデン、先にあっちを」
そう言ってバシェルは顎でエリックを指す。そして自分はジョナス卿たちを見て手を突き出した。
『麻痺』
ジョナス卿とプラシダは大きく目を見開いて急に動かなくなった。麻痺呪文とは文字通り相手を麻痺させる呪文だ。効果がはっきりしているので習得しようとする魔法使いは多い。ただし、相手が麻痺する確率は2回に1回程度であるという欠点があった。もちろんこれも熟練度によるのだが、確実性に欠けるので好き嫌いが分かれるところである。だが、今回は衛兵隊の2人両方に効果があったらしい。
先手を打たれて、エリックは急いで魔法解除で麻痺を解除しようとする。だが、ヴァンとヴァーデンの2人は麻痺しているジョナス卿たちをすり抜けてアルとエリックに向かって走ってきた。
『閃光』
『魔法解除』
アルがヴァンたちに目くらましをしたのと、エリックがジョナス卿たちにかかった麻痺呪文を解除したのはほぼ同時であった。空振りをしたヴァンたちであったが、すぐに目をしばたたかせてアルを睨みつけている。効果は薄かったようだ。
「ちっ、こいつは前にも同じことをやったガキじゃねぇか」
「同じ手を2度も食らうかよ」
2人は小剣を片手にそんな事を言いながらアルたちに再び襲い掛かる。足がまだ少しふらついており、なんとか躱す事ができた。エリックは移動しながらその合間に魔法を使うというのに慣れていないようで、アルが庇いつつ背中で押すようにして後ろに下がる。
『盾』
エリックが唱えると、アルの前に六角形をした光る盾のようなものが一瞬現れる。それとほぼ同時に1人がアルに切りかかった。躱しきれずにアルの左腕にその小剣が命中しようとしたその瞬間、再び六角形の盾の形をした光が一瞬だけ姿を現し甲高い金属音のようなものを響かせて弾く。
「今ので1回、あと2回ほどなら防ぐはずです」
「ありがとうございます。エリック様。気を付けて……」
アルたちは必死に下がる。と、襲っていた2人がうぎゃぁと急に悲鳴を上げた。
「すまぬ、大丈夫か?」
ジョナス卿とプラシダであった。2人にかかっていた麻痺呪文は解けたらしい。一気に形勢は逆転しジョナス卿たち2人はヴァンたち2人を叩きのめした。
「ふぅ……」
アルは大きく息を吐いた。そして慌てて周囲を見回す。
「魔法使いが居ない!」
バシェルと呼ばれていた魔法使いの姿が消えていた。迫ってくるヴァンたちの対処に追われて、アルも彼がどうしていたのか注意を払えていなかった。
「透明化したのか? エリック殿!」
『透明発見』
エリックは即座に呪文を使って周囲を探した。だが、すぐに首を傾げる。
「馬車のところに1つだけです」
その横でアルは目立たない様に魔法感知呪文をつかうと、馬車を隠している天幕の奥に走っていた。木箱は上からみたときと変わらず青白い半透明の状態で馬車の上に残っていた。それを見て、アルは大きく安堵のため息をついた。これでルエラは救えるだろう。
その時、アルは広場の端に目立たない様に地面に杭が打たれロープが固定されているのに気が付いた。あわてて近づきその先を見る。ロープは土塁の下に伸びていた。5m程降りた先にはちょっとした雑木林があり、さらにその先はローランド村の集落が広がっている。
「ジョナス様、エリック様、こっちにロープが!」
アルは大声を上げる。3人が急いでこちらに走ってきた。
『知覚強化』 -視覚強化 望遠
アルは広場から集落を見下ろす。200m程離れたところで立っている男の姿が見えた。
「あそこに男が……」
アルは指をさした。だが、男の姿はそのまま青白い半透明の姿に変わった。あの変わり方は隠蔽呪文か透明化呪文……。
「消えました……」
アルはそう呟かざるを得なかったのだった。
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月金の週2回10時投稿を予定しています。よろしくお願いいたします。
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2023.5.26 魔法オプション 遠視を望遠に訂正
2023.7.7 騎士であるジョナスについて、地の文をジョナス卿に変更しました。
ホーソン男爵については 男爵閣下と呼ぶように変更しました。