4-12 反省
アルは身を隠していた教会の鐘楼から急いで降りてくると、村長の家に向かった。ケーンと話し合うためだ。隊商の中で誰を信頼してどう動けばいいのかというのはアルにはよくわからない。ルエラの事を話せそうなのは彼しか思いつかなかったのだ。彼自身はかなり忙しそうにしていたが強引に呼び出す。
「ちょっと……今は忙しいんだよ。ホーソン男爵はせっかちだからさ」
「ルエラさんの命と将来がかかってるんだ」
不満を言うケーンにアルは焦った様子で近づき耳元で囁いた。
ケーンはわけがわからないという顔をした。アルは人気のない所にケーンを連れ出し今見てきたことを伝えた。ただし、木箱については、事前に知っていたとは言わず、急に姿を現したと説明した。
「そんな……レビ商会の馬車はこの隊商にも参加してるよ? 連中は何もそんな事は言ってない」
ケーンは信じられないという顔をした。だが、アルが見てきたことに間違いがなさそうだと理解すると彼は周囲を見回した。そしてブツブツと呟きながらどうすべきか考え始めた。
「アル、隠蔽呪文というのは3時間毎にかけ直す必要があるんだよね。解除はできないの?」
アルは一旦首を振ったが、途中で魔法解除呪文の存在を思いだした。他にも解除できるような効果をもつ魔法はあるかもしれない。
「エリック様かフィッツ様がそれを解除する呪文を憶えているかもしれない。でも呪文の熟練度によって解除できるとは限らない」
……ケーンはまた考え込んだ。そして何度も首をひねって、そのあと大きなため息をついた。
「だめだ、わかんない。僕は内政官であって、衛兵じゃないんだ。とりあえず誰かに相談しよう。ジョナス様がいいと思う。あの人は変人だけど衛兵隊小隊長としてレスター子爵閣下の信頼は厚い。ちゃんとルエラ嬢の名誉も守ってくれると思うよ」
ケーンの言葉にアルは最初躊躇い、何か反論しようとしてはっと気が付いた。既に彼が心配していた木箱の話は姿を現したところを目撃できたことで解決できている。どうしてすべてを自分の力で解決しようとしていたのだろう。
これは元々彼一人ではとても解決できそうもない問題である。ケーンの判断が正しいだろう。アルは自分を恥じつつ強く頷いた。そして、彼ら2人はその足でローランド村の衛兵隊詰め所に向かった。ジョナス卿は駐屯している衛兵たちと何か話をしていたが、ケーンは急用だといって彼を呼び出した。
「なるほど、話はわかった。あやしいと思って監視してたらおそらく隠蔽呪文で隠された木箱を積んでるのがわかったのだな。それも木箱の中には女性が詰め込まれていたと……」
アルとケーンはジョナス卿に今までの話をした。彼もアルが血みどろ盗賊団の生き残りかもしれない2人組を監視していたというのは知っていたので理解は早かった。
「その女性については配慮が必要です。できるだけ素性を知る人は減らしたいです。できればこの3人だけで……」
ケーンの言葉にジョナス卿は難しそうな顔をした。
「それが不正にかかわることであれば容認はできぬが、女性の名誉というのであれば理解する。だが、私と君たちだけで3人を取り押さえその女性を救出するのは難しい。捕獲作業にはあと数人は必要だろう。木箱を押収した後の中身を確認するのは私と君たちだけということで済ませるのはどうだ」
ケーンは少し考え、アルの顔をちらりと見た。たしかに相手は3人だ。この3人で捕まえるのには無理があるだろう。アルも頷いたのをみて、ジョナス卿は言葉を続けた。
「ところで、その女性は丸2日箱の中で薬漬けだったということになる。薬師かなにかに見せなくて大丈夫か?」
アルとケーンは顔を見合わせた。
「その様子だとそいつは考えてなかったという顔だな。口の堅い治療師を私の方で手配するので、そこは信用して預けるがいい。その3人組には隠蔽呪文を持った魔法使いがいるというのであればエリック殿の協力が必要だ。ケーン内政官補佐、そなたはその調整をせよ。ホーソン男爵閣下に首を突っ込まれない様に上手にするんだぞ」
ケーンは頷く。その横でアルはいろいろと知らないことを指摘され、自分の力が足りないことを痛感して肩を落とした。
「そんな情けねぇ顔をするな。お前さんたちはまだ若い。出来なくて当たり前だ。私は衛兵として何年もこの仕事をしてるんだぞ」
ジョナス卿はアルの頭を撫でた。武器を扱う戦士特有の大きくてごつごつした手である。
「よし、じゃぁさっさと片付けるぞ。30分以内にケーンは調整を済ませ、エリック様をつれてこい。村の広場の端、教会の前で待ち合わせだ。アルはそれまで3人組がどこかに行かないか監視してろ。なにかあったらすぐに知らせるんだぞ」
「はいっ」
ケーンとアルは元気に返事をしてそれぞれ走り出した。
「こっちはこっちでいろいろと手配だな……。しかし2人ともなかなかやるじゃねぇか」
ジョナス卿は1人呟くと詰め所のほうに足早に向かったのだった。
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「隠蔽呪文で隠された木箱を発見したというのは本当ですか? どうやって?」
アルが地母神の教会の脇に半ば身を隠すようにしながら見張りを続けていると、そこにケーンに連れられたエリックが足早にやってきた。
「隠蔽呪文かどうかははっきりとわかんないけど……」
アルは3人に教会の陰に隠れるように促し、木箱が姿を現した時や、見えなくなった時の状況を説明した。
「なるほど、その様子だと術者が解除したのでしょうね。透明呪文、隠蔽呪文など、対象を透明にしたり認識できなくする呪文というのはいくつか存在します。これらは魔法感知呪文で見つけるのは難しい。かなりの熟練度が必要といわれています。魔法感知呪文というのは全能ではないのですよ。でも対応策があります」
『透明発見』
エリックは呪文を唱えた。そして何かを探しているかのように周囲を見回す。やがて、3人組が張っている天幕の向こうをじっと見た。
「たしかに透明化されたものがありますね」
「わかるんですか?」
アルは驚いて尋ねる。
「私の場合、透明発見呪文の効果範囲はおよそ半径50mです。これによって透明呪文、隠蔽呪文の他、特性として透明化することのできる魔物なども存在を感知することができます。感知してしまえば魔法解除の対象にすることが可能になります。解除の難易度は熟練度の比べあいであるというのは知っていますよね」
エリックの説明にアルは頷いた。
「おそらく何度か試みることができれば解除は可能でしょう。術者を含めて相手は3人という話でしたが、そこはジョナス様次第ですね。ああ、噂をすれば来られたようです」
通りの反対側にジョナス卿とプラシダの姿が見えた。村の中とは思えないほどきっちりと防具に身を固めている。どういう風な戦いになるのだろう。自分は何かできるだろうか。誰も怪我などしなければよいなとアルは心からそう思ったのだった。
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月金の週2回10時投稿を予定しています。よろしくお願いいたします。
誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。
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※半径100m → 半径50m に訂正です。 ごめんなさい
2023.7.7 騎士であるジョナスについて、地の文をジョナス卿に変更しました。
ホーソン男爵については 男爵閣下と呼ぶように変更しました。