4-11 木箱の中身
「じゃぁ、とりあえずその男に直接話を聞くか?」
プラシダの身長はおよそ190㎝、体格はごつくて、顔もかなり迫力がある。彼にいきなり話しかけられたら普通の人だと震えあがってしまうだろう。だが、相手はたぶん盗賊だ。さすがに素直に自分が何をしようとしているのか白状するとは思えない。アルは軽く首を振った。
「騒ぎになったら隊商の行程に遅れが出ちゃう。ここで声をかけるのは止めましょう」
プラシダはそうなると拙いなと素直に頷いた。彼によると、今日は昼過ぎに最初の訪問予定地であるローランドという名の開拓村に到着する予定らしい。ただし、衛兵隊は近くに蛮族の集落が出来ていたりするとその討伐にかり出されるのだという。
「俺のほうは男爵の指示があるから、討伐には引っ張られないだろうけどな……」
プラシダはそう呟いた。アル自身のほうの仕事もレダに確認しないといけないが、昨日1日移動中に見習いの出番はなかったし、到着後も野営ではないということであればそれほど仕事はないだろう。アルはどうするのが良いのか考え込んだ。
やはり一番に確認したいのは隠蔽呪文によって隠された木箱だった。いままでの隊商の状況から言っても普通の馬車が開拓村に行くのはかなり危険な道のりであると言えた。だからこそ、この隊商を利用して何かを運んでいるのだろう。
中身は馬車でしか運べないかなり重たいものか嵩張るもの、少なくとも背中に背負っては行けないようなもの、何かはわからないが、それが犯罪に関わるものだと判れば、3人を拘束ができるにちがいない。
「そのローランドって村ではどういう形の宿泊になるのかわかります?」
プラシダにそう聞くと、彼は何度も開拓村を訪れているらしく旅人はかなり少なく宿屋などはないと教えてくれた。ホーソン男爵と魔法使いは村長、副村長の家に泊まるのだという。衛兵隊は駐屯所の前に訓練場があるのでそこを利用する予定で、商店によっては支店があるところもあるらしい。それ以外の大半は村の広場に野営することになるらしかった。
「じゃぁ、夕方ぐらいまでは僕一人で調べます。プラシダさん、声をかけるのはしばらく待ってください。それまでは怪しまれないように普段と同じ仕事をしててもらえますか?」
プラシダは残念そうに軽く頷く。その横でケーンは大きく頷いた。彼にまかせておけば男爵やエリック、衛兵隊なども調整はしてもらえるようだ。同じ年なのにすごいなとアルは感心した。じゃぁ、そういうことでとケーンとプラシダは去っていった。
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開拓村の一つであるローランド村というのは人口が500人ほどのそこそこ大きな村のようであった。周囲に広がる収穫の終わったばかりであろう農地にはところどころ見張り台が設置されていて、隊商が近づいていくと、見張り台からは自警団であろう連中が手を振ってくれた。隊商の先頭にたつ衛兵隊も手を振り返す。
アルはその様子を隊商の行列の最後尾近くを歩きながら眺めていた。
午前中の行程でアルは3人の様子を隠れてずっと確認し、木箱をのせた馬車の御者はバシェル、おそらく血まみれ盗賊団の生き残りである2人はヴァンとヴァーデンという名前で呼び合っていることを突き止めた。この2人はレスターに到着したばかりの時に尾行した彼を待ち伏せて攻撃してきた2人であると確信できたのだった。さらにこの3人以外にこの隊商をついてくる連中の中には仲間がいないであろうことを確認していた。
そして、もう一つ確認できたことがある。それはバシェルが一定時間間隔で木箱に触れているということだった。その間隔はおそらく3時間。立ち聞きした話から隠蔽呪文の効果時間がそうじゃないかと推測していたが、それで間違いないと思われた。アルと比べてかなり時間は短いのだが、習得したばかりの頃の効果時間はこれぐらいだったかもしれない。そして、これによってバシェルが魔法使いであるということもほぼ確定となった。
もうすぐ村に到着するというのがわかって、アルは目立たない程度に足を速め、列の先頭あたりに居るプラシダのところにまで進む。追いついたころには先頭集団は既に土塁と柵で守られた村の建物が並ぶ区画に入っていた。一番目立つ建物は村長の家だろう。村の広場に面したところに地母神イーシュの教会があるのもこの辺境伯領ではよく見られる風景であった。
村に到着したアルはすぐに何人かの信心深い連中にまぎれて教会に入った。中央の女神像に軽い礼拝をした後、1人鐘楼に上る。高さはおよそ15m程だろうか、アルの想像したとおり村の広場が一望できた。
『知覚強化』 -視覚強化 望遠
アルは鐘楼の上で身を隠しつつ、開拓村の広場でそれぞれ野営の準備などをしている連中を眺めた。バシェルとヴァン、ヴァーデンの馬車は村の入り口の処理場で積んでいた蛮族の死骸を下したようで、からっぽの状態で丁度広場に入ってくるところであった。
『魔法感知』
バシェルが乗る馬車の荷台にはまだ青白く光る半透明の木箱が載っていた。午前中に観察した結果から計算すると、あと1時間ほどで隠蔽呪文はかけ直しする必要がある。
アルは迷った。その時間に合わせてプラシダにバシェルを拘束してもらうという手もある。それであれば隠蔽呪文の効果が切れた木箱は姿を現すことになるだろう。だが、中身が何かわからない状況でそれに踏み切るのは確実とは言えない。それに、昨夜は確認できなかったが、夜はバシェルも眠るはずだ。隠蔽呪文の効果が切れているタイミングもあるかもしれない。アルはもうしばらく観察を続けることにした。
3人は、他の連中から少し離れた広場の端に馬車を停めることにしたようだった。道からも遠いあまり人気のない所だが、その分目立たない場所でもある。さらに3人組は木箱が載る馬車を奥に、そしてもう1台の馬車をその手前に停めた。間に天幕を張っており、道からは奥の馬車が見えないだろう。
かなり用心深い行動であるが、逆にアルとすればこの村に居る間、木箱には隠蔽呪文を使わないかもしれないという期待が膨らんだのだった。
しばらくして、バシェル達3人は木箱に近づいた。何をするのだろうとアルが注意深く見ていると不意に木箱は姿を現した。隠蔽呪文を解除したのかもしれない。呪文はもちろん術者が望めば解除することが可能である。
錠がついているようで、バシェルがウエストポーチから取り出した鍵でそれを開ける。そして3人は周囲に注意しながら蓋を開けた。
その中には汚れた大きな麻の袋が1つ入っていた。それも人間の足らしいものがそこから飛び出ている。華奢で濃い紺色の長いスカートが見えることから若い女性のようであった。その足はぴくりとも動かない。死んでいるのかもしれない……。いや、隠蔽呪文は相手の同意がなければ他人には使えない呪文である。死体だろう……アルはじっとその様子を観察し続けた。
上からかぶせていた麻の袋を男たちは3人がかりで外すと中身はやはり若い女性であった。麻の袋が外され、その女性の顔を見たときにアルは凍り付いた。アルにはその女性に見覚えがあったのだ。彼女とは中級学校で同じクラスであり、レビ商会の長女でルエラであった。
彼女とはあまり親しいわけではなかったが、全く知らない相手ではない。この3人が殺したのかとアルは激しく動揺した。着衣には少し乱れがあるものの、それは脱がせて着せたとかではなく、麻袋をかぶせたりしたためだと思われた。レスターで彼女を攫い箱に入れて運んできたということか。死んだことが信じられずにアルは観察を続ける。いや、死んでいないかもしれない? 微かに胸のあたりが上下しているような気がした。肌の色からしても死体ではないかもしれない。いや、おかしい……アルはさらに知覚強化を切り替えて観察を続けた。
ルエラは生きている。逃げ出す様子もなくぐったりしているところ見ると、魔法か薬かで意識を奪っているのであろう。アルの結論はそれであった。この状況の相手に対して隠蔽呪文が有効であったというのは極めて意外であったが、彼女が生きているということに安堵のため息をつく。
救出をしなければいけない。アルはプラシダに連絡しようと立ち上がりかけて止めた。彼が幼いころ、アルの村でオークに攫われた女性が居た。彼女は救い出されたが、オークに攫われた女性ということで悪い噂がたち、当時婚約していた相手とは別れる羽目になったという事があった。幼い彼にとって、詳しい意味はわからなかったが、彼女の泣き顔は今でも憶えている。幸い、その女性は他の相手と結ばれることができたのだが、ルエラも盗賊に攫われたということが噂として独り歩きするかもしれない。
それにバシェルは魔法使いでどのような呪文を習得しているかわからないという懸念点もあった。ルエラを人質にとられるという可能性もある。いきなり襲撃をして救出作業をするよりは何かしらの作戦を立てたほうが良いだろう。果たしてどうするのが良いのか、どこまで話せばよいのか……。そんな事を考えながらアルは3人の様子の観察を続けた。3人はルエラに用意した木の椀から何かを飲ませた後、木箱の中に仰向けに寝かせ、再び蓋を閉めて鍵をかけた。そして、木箱はふたたび隠蔽呪文がかけられたらしく、見えなくなってしまったのだった。
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2023.5.26 魔法オプション 遠視を望遠に訂正