4-10 調査依頼
レダはアルの魔法の使い方に感嘆し、どのように行ったのか興味津々で何度も聞いてきたが、アルの言うとおりにしてもその再現はできなかった。2人はそのまま巡視を続け、アルは同じように何度もゴブリンやリザードマンをしとめて見せたのだった。このアルの暗闇を見通して放つ魔法の矢呪文は衛兵隊のメンバーから見ても衝撃的であったようで、衛兵隊のメンバーも驚きを隠せなかった。
受け持ちの時間が終了し警備担当交代の報告に来たアルに、衛兵の一人が話しかけた。
「すげぇな。お前たしか3ヶ月ほど前に血みどろ盗賊団を退治したときにバーバラ姐さんと一緒にいた魔法使いだよな?」
「えっ? どうして知ってるんですか?」
彼の名はプラシダといい、詳しく話を聞くと、バーバラと2人で血みどろ盗賊団の拠点に残る盗賊を片付け、ラスたちを救出したときに、最後に生け捕りにした盗賊たちを引き取りにきた衛兵隊の一員であったらしい。
「お前さんは憶えてないかもしれないが、あのとき、俺はアイヴス小隊長と一緒に居たんだぜ。廃墟の村に向かう途中、バーバラ姐さんがお前さんをべた褒めしてた。本当かよってその時は思ってたが、今日はよくわかったよ。お前さんはすげぇ」
アルは照れて頭を掻く。彼としては特別なことをしたわけでもないのだ。
「あの時はバーバラさんが凄かっただけの話だし、今日も陣地がしっかりしてたから上手くやれたってだけです。丘の上から油断してる蛮族を攻撃しただけですよ?」
「それだけじゃねぇと思うんだがなぁ……。血みどろ盗賊団を倒した後、どうしてたんだよ。ナレシュ様と同じ学校だったんだよな。てっきり、ナレシュ様の推薦を貰って子爵様に仕え、俺たちの上司とかになるのかなと思ってたんだがなぁ」
「いえいえ、僕なんてとても……」
アルはそう返事をしたが、その時はっと気が付いた。見覚えがあるような気がしていた2人、あの2人組はラスたちと一緒に辺境都市レスターに到着していたときに彼の妻であるローレインたちを監視していた男たちによく似ていたのだ。
「プラシダさん、えっと、あの後血みどろ盗賊団で捕まえられなかった連中ってどうなりました?」
アルはあわてて尋ねた。
「引き取った連中は強制労働で鎖につながれて蛮族の処理場で働かされているはずだが、他に逃げた連中については結局見つからなかったな」
アルは辺境都市レスターに到着してすぐの出来事を彼に説明した。血みどろ盗賊団はラスを生け捕りにして彼の家族に身代金を請求しており、彼の家族を見張っていたらしい連中が居たこと、その連中を追跡してみたら逆に襲われた事、そして、その2人組がこの隊商についてきた連中の中にいる3人組のうちの2人によく似ているという事もだ。
「へぇ、そいつは気になる話だな。だが、これっていう証拠はねぇのか。貴族ならそれでも大丈夫だろうけどよ」
アルは首を振った。明確に証明できるものはない。もちろん隠蔽呪文によって隠された木箱は明確な証拠になりうるかもしれないが、アルとしてはそれの存在を説明したくなかった。証拠はないと聞いてプラシダは考え込んだ。
「わかった。盗賊と疑われる男が居るというのはジョナス小隊長に報告しておく。俺ならアルが言ってるのならと信用するが、そこはジョナス小隊長の判断って事になるんで了承しておいてくれ」
アルは頷いた。今まで報告できずにいたことについて少し胸のつかえがとれたような気もした。場合によっては無記名の投書をしなければならないだろうかとまで考えていたのだ。だが、これで衛兵隊も注意するだろうし、アルが監視していたとしても怪しまれないだろう。
「じゃぁ、僕は交代してきます」
「ああ、おやすみ」
プラシダに手を振りアルはエリックの馬車に向かう。レダは先に馬車に戻っており、次の当番であるフィッツに引継ぎを始めていたようだった。
「アル、私はフィッツ様ともう少し話がありますので、先に寝ておいてください。馬車の座席を使って構いません」
アルはそう言われて素直に頷いた。きっと彼女なりの詳細な報告をするのだろう。野営での睡眠時間は貴重で、それに付き合う必要はないとレダは判断してくれたにちがいない。彼はさっさと馬車の自分の席につくと背負い袋から毛布をとりだしてくるまる。雨で地面は濡れているので乾いた場所があるだけ有難い。
「彼の魔法はおかしいです……」
外の焚火でレダがフィッツにそんな事を言っていた気もするが、アルは初めての護衛の仕事で疲れており、それを気に留めることなく眠りについたのだった。
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翌朝、出発の準備をしていると、アルのところにケーンが衛兵のプラシダと一緒にやってきた。エリックはケーンに対してお辞儀をしている。こういう力関係なのかとアルは少し考えたが口には出さずにおく。
「おはよう、アルフレッド君……じゃなくてアル。なにか慣れないな」
「おはようございます。ケーン様」
アルがそう返すと、ケーンは首を振った。とんでもないといった様子だ。
「ケーン様はやめてよ。エリック様は僕のような下っ端の内政官見習いに対しても丁寧に話をされるんだ。ああいった対応はしないで下さいってお願いをしてるんだけどね。それでさ……」
ケーンは話題を切り替えた。彼は朝の会議でアルが活躍した事、そして盗賊らしい男が混じっているという事の2つの報告があり、この隊商の責任者であるホーソン男爵にアルの話を聞いてくるように言われたらしい。
「ホーソン閣下はちょっと尊大なお方だけどね、内政局のなかではかなり力を持たれてるんだ。そしてナレシュ様とも親しい。僕もナレシュ様の友人として信頼してもらっているんだ」
「うん……」
アルはかるく頷く。辺境都市レスターを治める子爵家の中にナレシュ派とかそういったものがあるのだろうか。ケーンの言い方はアルにはそういう風に聞こえた。ナレシュは子爵家の次男であって嫡男ではなかったはずだ。以前中級学校で話をしていたときは、彼は兄を支えて立派な騎士として働くのだと言っていた……ような気がする。
「君の事をナレシュ様と一緒に中級学校に居たと説明したら、それなら君が言う3人の事についてアルとプラシダ殿で協力して調査させよという話になったんだよ」
悪くはないが、なんとなくやっかいなことになったような気がする……アルはそう感じたものの、3人の調査については彼自身もしようと思っていたことだ。とりあえず頷く。
「わかったよ。えっと、エリック様には?」
「うん、ちゃんとアルにそういう調査を行ってもらうという説明はしておいた。フィッツ様はすこし渋い顔をされていたけどね。とりあえずプラシダ殿と相談してどうしたいかを考えて僕に話をして欲しいんだ。そうしたらエリック様や衛兵隊の隊長のジョナス卿とは僕が調整する。それでいいよね」
アルとしては頷かざるを得なかった。そしてプラシダのほうを向く。彼は拳をにぎって頑張ろうといった感じのジェスチャーをしてみせた。もしかしたら彼はこれを出世のチャンスと考えているのかもしれない。思いもかけない展開にアルはちょっと頭が痛くなったのだった。
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月金の週2回10時投稿を予定しています。よろしくお願いいたします。
誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。
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2023.7.7 騎士であるジョナスについて、地の文をジョナス卿に変更しました。
ホーソン男爵については 男爵閣下と呼ぶように変更しました。