31-5 移設作業
研究塔にタッカーの研究室の設備を移設し始めてから3ヶ月が経った。アルはずっと移設工事やそれに伴う魔道装置の調整をマラキに色々と教えてもらいつつ、その合間には呪文の習得やあたらしく入手した百科事典を読み込んだりして週のほとんどを研究塔で過ごす生活を続けており、今日テンペスト王城に帰ってきたのも1週間ぶりの事であった。
「パトリシア、ちょっとやつれてない? ちゃんと食べてる?」
「タバサがうるさいですから大丈夫です。それよりアル様の移設作業は予定通りですか?」
アルは午前の執務を終えて自分の部屋に帰ってきたパトリシアを軽く抱きしめながらそんなやりとりをした。
「大体終わったよ。次に行きたいところはあるけど、まだいい方法が思いついてない。しばらくは王城に居ることになるかな」
「よかった。それは安心です」
アルの返事に、パトリシアは嬉しそうに微笑んだ。
「結局、研究塔が乗っている巨大な岩は宙には浮かばなかったよ」
タッカーの研究室にあった魔力伝送網の受魔アンテナ装置と魔力生成装置を研究塔に移設することで、再び研究塔のある巨大な岩石が空に浮かばないかとアルとマラキはグリィやマリア、コーリンの協力も得て試行錯誤していたのだが、ある程度の魔力は得られたものの結局そこまでの出力を得る事は出来ずに終わったのだ。
タッカー研究室から移設した受魔アンテナ装置と魔力生成装置が動いて、元からあった研究塔の魔力伝送網の受魔アンテナ装置と魔力生成装置が動かない理由については全くわからない。マラキが言うには高い空に浮かんでいる巨大な岩の上には、位置情報を伝える設置された交信を中継する塔【交信塔】と同様に魔力を生成し地上の受魔アンテナ装置に伝える【エネルギー塔】というのがあるらしいのだが、そのエネルギー塔側でどの受魔アンテナ装置に対してエネルギーを送る・送らないを選択しているのかもしれないという話だった。
そのエネルギー塔という所には是非行ってみたいと思ったが、それは地上から36000キロぐらいの高さにあるらしく、全く行く手段はなさそうであきらめざるを得なかったのだった。
「結局わからないところは多いけど、とりあえずタッカー研究室から移設した受魔アンテナ装置が動いたことで研究塔では魔力供給が安定し出来る事は増えたよ。おかげで畑や畜産の温度調整用に魔道装置を増設も出来た。たぶんこれで順調に進むはず。これもパトリシアたちがいろいろがんばってくれて、何が足りないか調べておいてくれたおかげだね」
研究塔に隠れていた時期、テンペスト王国に復帰できない可能性もあるからと、アルが出かけていない間、パトリシアが中心となって島での自給自足体制をつくろうと努力していた。今年はその研究成果もあってアルたちが到着した当初から存在していたブドウ畑だけでなく、新しく植え付けた芋、豆類や小麦などの生育状況も順調であった。アルが研究塔に引きこもっても問題のない環境はもうすぐ出来上がりそうだ。
「そうなんですね。サトウキビもうまく育ってます?」
「ああ、うん、マラキによるとちゃんと芽が出て来てるって。今年はまだ無理だけど来年からは収穫できるのではないかって言ってたね」
パトリシアは胸に手をやり、安心した様子で息を吐いた。サトウキビというのはアルが手に入れてきた植物索引、植物百科事典を彼女が調べて、研究塔のある島に自生しているかもと調査し見つけ出してきた植物であった。テンペスト王国やシルヴェスター王国では栽培されておらず、おそらくだが南方の国々から輸入されている砂糖の原材料となるものらしい。
「できればテンペスト国内でも栽培したいのです。他にも植物索引、植物百科事典に載っていたもので試したいものがいくつかあります。今は忙しくて無理ですが、時間ができればまた調べさせていただければと思っています」
「そのあたりは任せるよ。百科事典は時間のある時に噴射呪文の練習も兼ねて複製をつくっておくね」
アルはゴーレム百科事典、魔道具百科事典Ⅰ、アシスタント百科事典はすごいと考えていたが、植物百科事典に対してあまり興味がなかった。呪文と同じように重要な情報であり、百科事典も秘匿知識とすべきなのかもしれないが、植物に対しての熱情はアルには無かったのだ。パトリシアがうまくコントロールしてくれればいい。
「あと移設した魔道装置を使ってこれを作ったんだ」
アルはそう言って直径3センチ近くある濃いピンク色をした宝石のついたブローチを取り出した。
「まぁ、これは?」
パトリシアは目を輝かせる。
「宝石は蛮族のラミアを倒したときに手に入れたんだ。綺麗だなと思ってパトリシアにプレゼントしたいと思ってた。今回、物質出力装置を入手したからそれを使う練習も兼ねてブローチの台座を白金で作って組み合わせてみたんだ。ブローチ自体のデザインは研究塔に残っていた資料を基にしたから古いかもだけどさ。もちろん魔道具にもしてあるよ。合言葉で盾呪文と魔法抵抗呪文を使えるようにしてあるんだ。どうぞ」
アルはそういって差し出す。手を震わせながらパトリシアはそれを受け取った。まだ魔道具百科事典Ⅰについては勉強中であるが、以前の魔道具の課題であった複製を作りにくくさせる仕組みについては記述を発見して適用できるようになったので、安心して魔道具を作って他人にわたせるようになったのだ。
「すごい、これはきっと国宝級ですわ。是非鑑定をさせましょう」
パトリシアはブローチについた宝石を日の光に透かすようにして見つめながらそう呟いた。国宝級? パトリシアの言葉に、横でタバサ男爵夫人も目を輝かせて何度も頷いていた。魔道具で使える呪文は熟練度が反映されないのでアルからすれば大した効果があるものではないし、白金の加工も細かいが物質出力装置を使えばすぐに出来るものだ。宝石がそれほどのものなのだろうか。たしかにラミアの上位種が大事にしまい込んでいたものだがよくわからない。以前、石軟化呪文で紫水晶をくっつけて大きなものが作れないか試したことがあるが、呪文を使うと宝石自体が白く濁ってしまい形は変えられるものの宝石にはならなかったので、ここまでの大きなサイズの宝石は珍しいのかもしれない。まぁいい、それもパトリシアに任せよう。
「こっちは複製対策を施した魔道具、複製対策が万全じゃないものはこれと交換で回収して欲しい。あとは人形ゴーレム2体を預けておくね。タッカー研究室にあったものを僕がメンテナンスしたんだ。一応マラキにも確認してもらったから大丈夫のはずだよ。リアナかテスが使うでしょ?」
アルは貫通する槍や痙攣の使える腕輪などをテーブルの上に並べ、その横に人形ゴーレムを立たせる。プレンティス侯爵家との戦いの際に貸し出した魔道具も複製対策が十分でないので気になっていたのと、人形ゴーレムはグリィ用に作り始めていて、以前のものをコーリンにつかわせられることを考えると数が足りている。こちらで使うかなと思って持ってきたのだ。
「かしこまりました。以前にお借りしていた魔道具は地下宝物庫にありますので後でとってこさせますわ。人形ゴーレムも助かりますわ。リアナの意見をみんなで聞きたいときなどに使わせて頂きます」
パトリシアはタバサ男爵夫人に指示して彼女が持っていた釦型のマジックバッグに一旦収納させた。以前ヴェール卿を倒したときに手に入れた3つのうちの1つだろう。
「マジックバッグは全部パトリシアたちが?」
「いえ、1つは手許に戻しましたが2つは信頼できる者に使わせています。復興にはまだまだ時間がかかりますし、便利な道具なので使いたいという要望が多く眠らせておくわけには行かないのです」
たしかに瓦礫の撤去や物資の輸送には便利だろう。もう1つぐらい貸しても良いのだがそれはきりがないか。
「パトリシアの手許にある分は換気して生き物が入っても大丈夫にしておこうか?」
マジックバッグの倉庫区画に侵入されて仕組みを知られたり悪用されたりされるのは怖いが、パトリシアたちが持っている分には大丈夫だろう。そうしておけば非常時に逃げ込む場所にも使えるかもしれない。
「そうですね。アル様が良いと思われるのでしたらお願いいたします」
そう言ってパトリシアは微笑んだ。
「パトリシア様、アル様、軽食の準備ができました」
ドリスが部屋に入って来てそう告げる。
「では、アル様。ご一緒しましょう」
「いいね。ちょうどお腹がすいてたところだ」
読んで頂いてありがとうございます。
短かったですが、ここで31話は一旦区切りとします。
尚、1時間後の11時には登場人物を整理して投稿します。
月金の週2回10時投稿を予定しています。よろしくお願いいたします。
誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。
いいね、評価ポイント、感想などもいただけるとうれしいです。是非よろしくお願いします。
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