31-3 扉
アルが撃ち込んだ魔法の火花群呪文、その大きめの玉がラットマンの居る廊下のほぼ中央まで飛んでゆき、中空で破裂すると大量の小さな玉を弾け飛ばした。廊下に居たラットマンは5体、小さな玉は正確にラットマンに次々と命中し、色とりどりの光の花を弾けさせた。ラットマンの身体はその光の花の衝撃に何度も跳ね上がり最後はぐったりとその場に倒れた。残念ながら、廊下から繋がっている個別の部屋のところでは火花があがらなかったので、そこまで攻撃は届かなかったようだ。
その直後、部屋の中からラットマンたちがわらわらと飛び出してくる。その動きはひょいひょいと飛び跳ねるようで極めて速く、あっという間にアルのいる階段との出入口に殺到してきた。だが、警備ゴーレムの一体がすばやく出入口に立って、その動きを阻む。
素早く突き出される槍、だが、警備ゴーレムの動きは滑らかで前腕とそこから一体となって伸びた剣や肩、足などを使ってそれらを上手く捌き、致命的な攻撃を受けることなく1体のラットマンを蹴り飛ばした。
「おお、やるね」
“へへんっ”
アルの賞賛の声に何故かグリィが得意げに返事をした。そういえば、以前、アルが呪文の練習をしているときに、警備ゴーレムの訓練をしたいと言った事があった。国境都市パーカーで足止めされていた時である。セオドア王子に要望され、彼の護衛を務めていた女性騎士のベロニカと模擬戦をした後だったので、その結果を元に何か訓練したのかもしれない。申し訳ない話だがアル自身はこうした戦いに詳しくないのでよくわからなかった。また時間がある時に聞いてみよう。とりあえずは目の前のラットマンだ。
『魔法の矢』 - 自動命中
アルの掌から飛び出した青白い光は11本、姿を現したラットマンは9体なので数は十分であった。警備ゴーレムに蹴り飛ばされたばかりのラットマンも含めて、すべてのラットマンの身体の中心に次々に青白い光が命中し吹き飛ばされていく。倒れたラットマンはそのまま身動きしなかった。
「ふぅ、よかった。助かったよ」
アルは扉の所でラットマンを防いだ警備ゴーレムに礼を言い、肩をポンポンと叩いた。2体の警備ゴーレムは軽くお辞儀を返した。
「中に入ろう」
アルはそう呟いて、廊下に入った。倒れているラットマンたちが死んでいるか確認し、死体をマジックバッグに収納しておく。放置しておくと別の蛮族が食べて増えたりするので、研究塔で熟して肥料にするのだ。以前、チャニング村近くの鉄鉱山にあった蛮族の拠点を潰した時に、たくさん出た蛮族の死体の処理に困ったことがあった。あの反省からメヘタベル山脈にあった植物園っぽい古代遺跡から魔石を作る設備を研究塔に移設した際に堆肥を作る設備も拡張したのでもうこれぐらいの数であれば処理に問題はなかった。
他に何か残されているものはないかと周囲を見回す。だが、そこにあったのはラットマンが持ち込んだと思われる異臭のするがらくたばかりで、魔法感知への反応も天井に残された魔力切れっぽい照明用の魔道具らしきものがかすかにあるだけだ。
人形ゴーレムらしきものは気になるが、とりあえず管理用の魔道装置があるだろう閉じたままの金属製の扉の前に行く。
「扉の前に来たよ。開けていい?」
アルはそう言って扉を見た。そしてちょうど目の前に先のとがったもので傷をつけて何か文字が書いてあるのに気付いた。
『我々は遠路はるばるここまで到達した
だが、金属の扉には敵わなかった
129年3月 アイネス&ディーン』
「え?」
“鍵を開けて入って来てって管理者が言ってるわ。自分では開けられないんだって”
グリィが返って来た返事を伝えてくれたが、アルは目の前の文字に心を奪われていた。ディーン! ディーンというところだけ筆跡が違っていた。この筆跡は祖父が遺した手紙の文字とよく似ていた。やはりそうだ。ここに来たんだ。シルヴェスター王国暦129年というと、まだ祖父は20才ぐらいだろう。アイネスという人と一緒に来たのか。アイネス? アイネスという名前はどこかで聞いたような気がする。そうだ、サラマンダーのサーリの契約主がアイネスという名前だったはず。このアイネスはそのアイネスだろうか?
祖父の話には同行者が居たという話が出てきたことはなかったが、どうだったのだろう? 一人だったと言っていただろうか? 祖父が死んだのはまだアルが幼いといってもいいぐらいの年であり、そこまできちんとは憶えていなかった。しかし、こんな遠くまで来るには空を飛んで来たにしても野営なども考えると一人ではとても無理だろう。
“アリュ? ねぇアリュ、どうしたの?”
「あっ」
グリィの声ではっと我に返る。
「ごめん。このサインを見てぼーっとしてた。きっと、このディーンっていうのはお爺ちゃんの字だと思うんだ」
“そうね、筆跡はとても似ているわ。でもアリュ、管理者が待ってる”
そうだった。アルは解錠呪文で金属の扉の鍵を開け、ノブを回した。ぎぎぎと音を立てて扉が開くと中から光と暖かい空気が漏れてくる。
「え? どうして? 明るくて、それに暖かい?」
アルは眩しさに目を眇めつつ部屋の中を見回す。四角形の部屋の大きさは他の部屋よりすこし大きく一辺は8メートルほど、左右の壁沿いに一辺2メートルほどのぴかぴかと光る魔導装置らしきものが4台ずつ並んでいた。右手の奥から二台目の魔道装置に記録再生で作られる再生画像の窓とおなじようなものがついており、そこに黒髪を肩まで伸ばした線の細い女性が映っていた。この中をどこかから見ているのだろうか?
「こんにちは」
アルは部屋の中に入っていくと、とりあえずその窓に向かって話しかけてみる。
「よく来てくれました。タッカー様の御遺体を分析台の上においてください」
少し抑揚に乏しい女性の声がその窓から聞こえた。この黒髪の女性は何処に居るのだろう? アルは周囲を見回すがそれらしい扉などは見当たらない。
「あなたはどなたですか?」
アルは思わずそう尋ねた。260年の間閉ざされていたはずの部屋である。わけがわからない。
「私はマリア、端末に映し出されているのはこの部屋を管理する魔道装置に組み込まれたアシスタントのアバターです」
アバター?! アバターというと架空の人間の像ということか? アシスタント・デバイスならぬアシスタント・魔道装置を人に模したということか。
「アバター? タッカーさんが作り出したのですか?」
「その通りです。タッカー様は声だけでは味気ないと仰り、私にマリアと名付け、奥様の若かったころの姿を元にこのアバター画像を作られました」
“私が人形ゴーレムの表情を作ろうとしたのと同じね”
グリィが嬉しそうにそう呟く。よくわからないがそういうものなのだろうか。イマイチその気持ちはわからない。とりあえず、架空の人物、この部屋の管理者はマリアという女性ということらしい。
「わかりました。分析台というのは?」
「アルの背中側、扉に一番近いところにある装置です。筐体のカバーを開けて、サンプルを中に入れてください」
アルは何度も確認しながらなんとか回収した遺体を分析台の上に置き梱包呪文を解除、筐体のカバーを閉めた。
「入れました」
アルが告げると分析台と呼ばれた魔道装置がぴかぴかと光った。
「タッカー様と確認されました」
マリアと名乗った黒髪の女性は表情を変えることなくそう告げた。
“アリュ、まず、この部屋の所有者はって聞いてみて”
そうか、まずそれをはっきりさせた方が質問しやすいかもしれない。
「この部屋の所有者はどうなりますか?」
「現在所有者はおられません。所有者として登録されますか?」
アルの問いに対し、逆にマリアはそう問うてきた。
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