4-9 1日目 野営地 警備
レダを見送った後、アルはきめられたトイレの場所ではなく、野営地の中でも暗くなっている所に足を向けた。それは正規ではなく、隊商とたまたま同じ道を行くという体裁をとっている非正規の隊商連中が夜営をしようとしている場所であった。
彼らの居る場所もアルたちと同じ丘の頂上付近の平地である。だが、隊商の正規参加者ではないため、正規の隊商たちの馬車とは少し離れた場所で自分たちのランタンや焚火だけを頼りの野営であった。とは言っても衛兵隊がこの付近を警備しているというのは十分利点があるだろう。
そこに向かったアルの目的は隠蔽呪文によって隠された木箱を馬車に乗せていた男の様子を確認することであった。自分が隠蔽呪文を習得していることが露見することを恐れて報告はしなかったものの、まったく放置していて隊商が危険に晒されるということは避けたかったのだ。
非正規の隊商連中は1ヶ所に集まったりはしておらず、思い思いの場所に馬車を停めていた。アルが気にしていた男の馬車は似たような馬車と2台並んで停まっていて、その近くに朝に御者をしていた男も含めて3人の男が焚き火を囲んでいた。雨除けの屋根だけの天幕を張っている。アルは木陰などを利用して近づいていく。霧のような雨のおかげで足音はかき消されており、30m程の距離まで近づくのは容易であった。そこまで近づいたアルは、身を潜めつつ、3人の話している内容が聞こえないかと聴覚を強化したのだった。
『知覚強化』 - 聴覚強化
とぎれとぎれであるが3人が話している内容が漏れ聞こえてきた。
「……オークレー村は一番最後だな」
「ああ……サボっても……」
「……仕事してるふりをしなきゃ……あの子供……」
「……隠蔽呪文だぞ? 魔法解除すら……見つかるわけがねぇ」
「……3時間ぐらいしか持たねぇ……」
「……必要だっていう品物もこうやって安全に……」
「……護衛付きでなきゃ……」
「……衛兵隊さまさまだぜ」
「……」
そこまで話したところで男たちは急に笑い出した。アルはあわてて地面に伏せる。話していた内容からするとこの3人の目的は隊商襲撃の手引きではなく、隊商を利用しての密輸のように思えた。襲撃ならもっとタイミングなどを話題にするだろう。名前が出ていたオークレー村は運び先、3時間ぐらいしか持たないというのは隠蔽呪文の効果時間の事に違いない。
もう少し話を聞きたいと思ったが、3人の男たちはそこで話を止めたようで焚火に土をかぶせていた。とりあえず顔を確認しておくかとアルは呪文をかけ直す。
『知覚強化』 - 視覚強化 暗視 望遠
2人の顔を見てアルは首を傾げた。どこかで見たことのある顔である。領都か、それともこの辺境都市レスターに来てからだっただろうか。しばらくの間首をひねって考えてみたが思い出せない。アルは彼自身がトイレといって出てきただけである事に気が付き焦りを憶えた。かなり時間が経ってしまっている。あの男をどうするか気になるが、とりあえず今すぐは大丈夫そうだ。アルはそう判断して物陰から静かに離れ、ホーソン男爵の馬車の方向に走りだしたのだった。
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アルがホーソン男爵の馬車のところに到着した時には、衛兵隊の面々はすでに行動を開始しており、レダだけが1人、腕を組んでアルを待っていた。
「遅いです。何をしていました?」
「ごめんなさい、レダ様。お腹が痛かったんです。でももう大丈夫です」
アルは頭を掻いてごまかした。レダは仕事だというのに体調管理がなってないとかブツブツ言っていたが、そこは謝っておく。彼女はやっぱり真面目な人らしい。
「衛兵たちは野営地の入口となる坂道の防衛と、野営地内の巡視で2手に別れるそうです。私たちも衛兵たちとは別に巡視をおこないます」
レダの説明にアルは頷いた。野営地の縁に沿って1周となるとおそらく1キロぐらいだろうか。見通しや足場が悪い所もあるのでおそらく1周30分といったところだ。
「では行きますよ」
そう言って、彼女は光呪文を唱えて自分の持つ杖の先端を光らせた。アルは自分に暗視の視覚強化をしてからその後ろをついていく。
「思ったより蛮族に遭遇するんだね。昼間は10体ぐらいは退治したでしょ。夜もかなぁ」
「移動中は12体と遭遇しました。前回、4月の時は11体でしたので、ほぼ変わりません。この野営地では26体の襲撃を受け、私たちの担当する時間帯では9体でした。おそらく同じほどの襲撃があるとおもいます。注意しなさい」
アルはそれほどの襲撃があるということ以上にレダが正確に憶えていることに目を丸くした。3カ月前の護衛の仕事でうけた蛮族の襲撃内容をこれほど憶えていられるものだろうか。
「きちんと記録を作成してエリック様に提出していますし、毎回前回のときの記録は見直していますので、数字ぐらいは憶えています」
レダの説明にアルは肩をすくめる。前回の話を聞きながら、2人は野営地の一番北の突端あたりに着いた。入口となっている斜面からはほぼ反対側である。アルたちはそこから下を眺めた。
「ちょっと待って、ゴブリンだ」
距離は70mほど離れていたが、知覚強化をしているアルには下の斜面に生えている低い灌木の陰に動く、身長120㎝ほどのやせたゴブリンの姿が見えた。もちろん月のない闇夜なのでレダにはそのあたりは真っ暗闇としか見えない。
「片付けるよ」
「え?」
『魔法の矢』 -収束 距離伸張
横でレダが疑問の声を上げたが、アルはそれを気にせずに呪文を唱えた。いつものように複数の矢を1本に集めた詠唱である。彼の手元から青白い魔法の矢が1本、闇を切り裂いて崖下に飛んで行った。プギィと下でゴブリンらしい悲鳴が聞こえた。つづいてドサッと音が聞こえる。アルにはゴブリンに魔法の矢が命中し、倒れたのが見えた。
「まさか、この距離で届くのですか?」
レダは驚きのあまり顔を強張らせる。
「オプションの話、レダ様も聞いてたよね。魔法の矢は熟練度が上がると矢の本数が増えていく、でも、オプションを使うとそれを1本に纏めることができるんだ。2本の矢を1本に纏めて威力を高めるか、或いは飛距離を伸ばすか選べる。威力の強化具合はうまく測れなかったけど、飛距離だと2本を1本にすると1.4倍ぐらい、3本を1本だと1.7倍ぐらい伸びる感じなのは測ってみた。今、僕は9本飛ばすことができるから、それを1本に纏めて距離を伸ばすとおよそ3倍、90mぐらいなら届くよ」
「そんな、まさか……」
アルはそこまで説明するとにこりと笑った。レダはありえないとばかりに首を振る。
「でも、今見たよね?」
「それは……、でも魔法の矢呪文の射程距離が延びるなんて、すごい事ですよ? 魔法での戦い方が変わります」
「そんな大げさなことじゃないでしょ」
アルはふふんっと軽く笑ったが、レダは目を見開き、強張った表情で首を振りながら言葉を続ける。
「それに、9本と言いましたか? 熟練度がそんなに高い? それもありえない」
魔法の矢というのは攻撃呪文であり、当然訓練にも危険を伴う。彼女もエリックの館で熱心に練習をし、蛮族狩りなどを積極的に行っていたが、まだ1本のままなのである。
「ああ、それも同じことだよ。オプションを使って威力を弱めることもできるんだ。当たっても大して痛くないようにすればどこででも練習ができるでしょ。あんまり続けると頭が痛くなってくるけど、間を空ければまた大丈夫になる。僕はそうやって時間を見つけては練習しているんだよ」
「……」
レダはぽかんと口を開けて固まってしまう。
「ほら、レダ様、もうこっちは大丈夫そうだから次に行きましょう」
アルは相変わらずの様子でにっこりとほほ笑んだ。
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