31-1 氷原の古代遺跡探索 前編
「このあたりのはずなんだけど……」
きれいに晴れた青空の下には雪と氷に覆われた真っ白な丘が広がっていた。アシスタント・デバイスの制作者たちが暮らしていた集落があった座標を訪れたアルは100メートルほど上空から地面に反射する太陽の光に目を細めながら残された建物がないかと周囲を見回してそう呟いた。
“建物の崩れた跡はいっぱいあるよ? もっと高度を下げてみたらよくわかるかも”
「ええ?」
グリィの言葉にアルは思わず怪訝そうな声を上げ、助言に従って高度を下げる。すると、真っ白で何もないように見えた氷原に白い石を積み上げて作った建物の残骸が至るところに残っているのがわかる。反射する太陽の光が眩しすぎて白い石灰岩の上に積もった白い雪を白一色に塗りつぶされた風景に見せていたのだ。
アルは一旦地面に着地したのだが、凍った大地の上に雪が半ば凍って厚く積もっておりザクザクと音を立て、そのまま足首あたりまで沈んでしまった。その下は氷でかなり滑る。これでは普通に歩くだけでもかなり疲れてしまうだろう。祖父の勧めで幼いころから狩人としての訓練も積み、並み以上の体力を持つアルにしても行動はかなり制限されてしまう。この地で暮らしていくことは大変そうだ。アルは再び宙に浮かび、雪の表面すれすれのあたりを飛んだまま移動することにした。
「雪と氷に埋もれた古代の集落……って感じだね」
“うん”
アルは周囲を見て回った。白い石は石灰岩のようで、一辺20センチぐらいの立方体に切り出されており、それを積み上げて住居を作っていたようだった。壊れた食器やぼろぼろになった布など当時生活で使われていたのであろう残骸が雪と氷、崩れた石の間から顔を出している。
ここに住んでいた人々はどうなったのだろう。テンペストたちの一族のように無事に南方に移動できたのならいいのだが……。そう思いながら崩れた石壁を念動呪文を使いいくつか除けてみる。手をつないだまま半ば土になった2人の遺体が出てきた。リアナのいう苦難の時、最初に大きな地震があったのだという。移送呪文を手に入れ、釦型のマジックバッグの倉庫区画のある北の遺跡でも、その所有者かもしれない人間が崩れた建物の下敷きとなって亡くなっていた。ここでも同じような悲劇があったようだ。アルは思わず自らの信仰する運の神、ロウドの名を唱えて遺体に安寧を祈り聖水をかける。
“アリュ、隠れて。右の方に動くものが”
アルは急いで近くの石に身を伏せる。背中に乗せていた浮遊眼の眼を動かしてグリィが示した方向を覗き込んだ。そこには二本足で立ち、ゴブリンと同じ1.3メートルぐらいの身長で全身を白い毛でおおわれ、ネズミのような顔をした蛮族だとおもわれる者が2体並んで歩いていた。右手には短い槍のようなものを持ち、左手にはウサギの死骸らしきものを下げている。
「蛮族……だよね? 初めて見る」
その容貌からラットマンとでも呼ぶべきだろうか。その2体はアルや浮遊眼の眼に気付いた様子はなく、キーキーと何かしゃべりながら跳ねるような足取りで通り過ぎて行った。体重が軽く足が毛皮で覆われているせいかアルのように足が雪に沈んだりはしないようだ。見る限り、ゴブリンよりは少し動きは素早そうだが、力は大して変わらないような雰囲気である。毛皮はあるものの、それほど分厚そうでもないので、魔法の矢でも倒せそうだ。
“コーリン、2体は何て言ってる?”
“今日はついてる。早く帰ろう。だって。”
帰る? あの手に持っていたウサギを巣のようなところにもって帰って食べるということだろうか。それなら2体で分け合うぐらいの知能はあるということか。ゴブリンに比べればわからないが、少なくともリザードマンよりは賢そうだ。アルはとりあえず物陰に身を隠したままで、浮遊眼の眼で2体のラットマンと呼ぶことにした蛮族の後ろを追う。しばらくしてそのラットマンたちは瓦礫の細い隙間の中に入っていった。
『知覚強化』 -暗視
暗闇でも大丈夫なようにしてから、眼はラットマンの後を辿って隙間に入っていく。アルでも通るのは難しそうな穴であるが、浮遊眼の眼なら問題はない。隙間を抜けていくと3メートルほどで小さな空間に出た。天井までは2メートル、幅3メートルぐらいのあきらかに人工的に作られた通路である。入口部分が崩れた石で大部分が塞がれてしまっている感じだ。光は細くしか入っていないのでほとんど真っ暗であるが問題はない。眼がその空間に入った時に既にラットマンの姿はなかった。通路は5メートルほど行ったところで行き止まりとなり、右側に降りる階段があった。階段は15段ほどで踊り場があり折り返しとなっている。アルは急いで浮遊眼の眼を動かして階段を下りて行った。
階段は3回折り返し、5メートル以上降りたところでまた幅3メートルぐらいの通路に出た。通路はそこからまっすぐに伸びており、階段からすぐの所に左右に扉、さらに8メートル行ったところにも左右に扉、そこから8メートル行ったところで行き止まりになっていて、そこにも左右に扉があった。どれも頑丈な金属製の扉だ。これら6枚の扉のうち、一番奥の右側の扉は閉まっていたが、それ以外の扉は開かれていた。中が見える5つの部屋の大きさはいずれもそれぞれ一辺は6メートルほど、そこに追跡して来た2体だけでなく、全部で14体ものラットマンが生活しているようだった。
いくつかの部屋に分かれているので、一度に集団攻撃魔法で片付けることができないのが厄介である。警備ゴーレムに身を守ってもらいながら一部屋ずつ殲滅するしかないだろう。あとは地上部分の入口が小さいのも問題だ。崩れた石の隙間から入るのは普通には難しそうなので、動物に変身するか、或いは石軟化呪文で裂け目を拡げるしかない。この14体で全てなのか、他にもここを住処にしているラットマンが帰ってくるかもしれない。
そんな事を考えながら、 ラットマンたちが生活している部屋を順番に浮遊眼の眼を動かして探索を続けた。どの部屋も戸棚や机が置かれているが、戸棚や机の引き出しは全て開かれていてめぼしいものは何も残っていないようだ。一番遠い左側の部屋の壁際には石像が2体立っていた。女神にでもみえそうな女性らしい曲線を備えた像だが、その顔はまるで仮面のようで……。
「これって女神像? えっ? いや人形ゴーレム?」
なんとなくマラキの人形ゴーレムに似ている気がする。アルがじっと見てもようやく判るほどの微かな魔力の反応しかない。動かすための魔力は完全に失われてしまっているのだろう。この人形ゴーレムを見ながら、アルは幼いころに祖父から何度も聞いた古代遺跡の話を思いだしていた。祖父が行ったという氷に閉ざされた古代遺跡。階段を下りると遭遇した蛮族。女神像の首にかかっていたグリィのアシスタント・デバイス。アル自身は常時飛行の呪文を使って飛行していたが、もしこの丘陵を歩いて移動するのなら、ざくざくと沈む雪に足を取られ体力はとても持たなかっただろう。そのあたりも祖父の体力がないと古代遺跡には行けないという話に一致する。また、幼いころ眠りにつく前に祖父が話してくれた古代遺跡の構造とこの地下にある古代遺跡の構造は一致するところが多かった。
ここは祖父ディーン・チャニングがグリィのアシスタント・ペンダントを手に入れた古代遺跡なのかもしれない。マラキたちはここで作られたはずで、グリィも同じようにここで作られた可能性は高いのだから、それは不思議でも何でもないのかもしれないが、幼いころに憧れた古代遺跡、祖父が話してくれたあの古代遺跡に自分が到達したのだと考えると、アルとしては大きな興奮を感じざるを得なかったのである。
読んで頂いてありがとうございます。
月金の週2回10時投稿を予定しています。よろしくお願いいたします。
誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。
2026.3.14 雪の深さなどに関連して少し記述を追加しました。
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