4-8 1日目 野営地 設置
Wikiなどを読むとイギリスなどでは 男爵以上の貴族は領地名+爵位+名前+姓 あるいは 領地名+卿 と呼び、騎士は卿とは呼ばないようですが、当作品ではわかりやすさを優先して領地名+爵位、騎士の場合は領地名+卿(領地を持たない場合は姓+卿)と呼ばれるという設定で記述したいと思います。
アルはレダの指示に従って野営地を順番に光呪文を使って回った。レダは何度もこの隊商の護衛には同行しているらしく衛兵隊だけでなくほとんどの商人とも顔見知りであり、また、以前に灯した場所などもよく憶えていたので光呪文を行使すべき場所を決めるのもスムーズであった。一通り設置して回った2人はエリックの馬車に戻ろうとしたところで、衛兵隊の隊長であるジョナス卿に声をかけられた。
「お嬢、新顔は頑張ってるようじゃないか」
「はい。野営地の光は配置し終えました」
レダは立ち止まり硬い表情でそう返した。アルはその横で軽く膝をつく。相手が騎士爵であればそうするべきだと考えたからだ。この都市に来た時のナレシュへの反応は彼にとって大きな反省材料であった。戦いの途中であればまた違うが、今は野営地で襲撃を受けているわけでもない。だが、アルの反応を見てジョナス卿は険しい顔で首を振った。
「新顔、そういうのはホーソン男爵閣下だけにしろ。ここは辺境、いつ戦場になってもおかしくない」
そう言われてアルは立ちあがった。軽く頭を下げる。
「うん、それで良い。光はあと3か所程設置してもらいたい。今回、魔法使いの人数が増えたのだろう?」
レダはアルの顔を見た。既に設置した場所は15か所であった。まだ大丈夫。アルは頷いて返す。もちろん、アルほどの効果時間はないもののレダも灯すことができる。
「はい、大丈夫です。どちらでしょうか?」
レダが問うと、ジョナス卿は野営地にしている丘に登ってきたなだらかな道を100m程下ったあたりを指さした。
「あのあたりで頼む。あそこに明かりがあると、襲撃を見張りやすいのだ。夜中に点け直すときには護衛をだす」
そう聞いて、アルはこの野営地はこの道以外はどこも険しい崖や急な斜面となっているのに気が付いた。
「丘の上で光を使ったら、逆に危険じゃないかなと思っていたのですけど、もしかして……」
アルの問いにジョナス卿は大きく頷いた。
「その通りだ。よく気が付いたな。このあたりはまだまだ蛮族の数は多い。こうやって光をつけておびき寄せて退治しようとしているのだ。だが、このことは商人たちにわざわざ言う必要はないぞ。まぁ警備を抜かれるようなヘマはしないから安心していてよいのだがな」
ジョナス卿は平然とそう答える。非戦闘員である商人を連れているのにそれを囮にして蛮族を狩ろうとしている、辺境を開拓するという事はこういう事か……アルは少しショックを受けながらも頷いた。こういうのを理解してフィッツは明るさや効果時間を聞いていたにちがいない。とりあえず彼に丘の上からの弓の有効射程といった話を聞きながらどのあたりに光があると良いのか確認し、その通りに設置したのだった。一応光は朝までもつというのも説明しておく。
「なかなか飲み込みもいい。ヒツジクイオオワシのときも俺たちより先に見つけたしな。ホーソン男爵閣下に新しい見習いは若いのに優秀だと報告しておこう。お嬢もがんばらねぇと追い抜かれるぞ」
アルはお辞儀をして礼を述べた。横でレダは顔を強張らせている。2人はそのままジョナス卿と別れ、エリックの馬車に向かった。
エリックの馬車に戻ると、夕食が始まっていた。辺境都市の外側では臭いで蛮族を引き寄せないために煮炊きはしないのが常識であったがこの隊商では天幕の下で火が焚かれ、スープが用意されている。干し肉の他に、柔らかい白いパンとドライフルーツまでついていた。
「へぇ、干しブドウだ。甘くておいしいね。パンも柔らかいなぁ」
アルは食事をルーカスから受け取って馬車を背にもたれかかると、すぐに食べ始めた。彼にとって白いパンやドライフルーツは贅沢品であった。中級学校の寮ではたまに出たが、子供の頃は年に1度の祭りのときに食べられたらその年は幸せな年だと言えるぐらいのものであったのでそのイメージが強い。
「魔法使いなのだから、当たり前でしょう」
レダは馬車から下した木の箱に座った。すでに食べ終わっていたマーカス、ルーカスは水筒の水を飲みながらアルの反応を不思議そうにしている。
「うちは、田舎の貧乏貴族だったからね。そうも行かなかったのさ」
アルはそう言って苦笑いを浮かべる。彼の父は騎士であったが、治める村は山奥で収穫は少なかったのだ。3人は食べながら見習い同士で出身の話などをした。マーカス、ルーカスの2人は似ていると思ったが母親が姉妹で2人はいとこ同士にあたるらしい。父親は3人とも辺境都市レスターで子爵家に仕える準騎士爵ということだった。皆、嫡子ではなく上に兄や姉が居るという点ではアルと同じような身分だった。辺境都市レスターの初級学校を卒業した後、すぐにエリックのところに弟子入りしたのだそうだ。弟子入りしたときには同期にはもっと人数が居たらしいが、そのほとんどが魔法の才能がなく辞めていったらしい。レダが一番年上で弟子入り7年目、マーカスとルーカスは6年目ということだった。
「ということは、僕はレダ様の1つ下、マーカス様、ルーカス様と同じ年かぁ。もうちょっと背が伸びないかなぁ」
アルは3人を見た。皆アルより10㎝以上背が高い。
「まぁ、がんばって沢山食うんだな」
ルーカスがすこし苦笑いしながらアルの肩を叩いた。アルががっかりしたような様子をしていると、黙々と食事を進めていたレダが立ちあがった。
「アル、私たちの見張りの担当は一番最初です。そろそろ行きましょう。ホーソン男爵閣下の馬車の近くが衛兵隊の指令所になっているはずです」
到着後の最初の1時間はそろそろ終わりであることにアルは気が付いた。おしゃべりに夢中になってしまっていたらしい。急いで残ったパンをスープの残った器を拭うのに使ってから口に放り込むと、先に歩き始めたレダを追う。
「衛兵隊に協力というのは何をするんですか?」
「見張りですね。あとは魔法の矢呪文で援護です。私たちは共に1本なのでそれほど戦力にはならないでしょうが、ゴブリン相手程度であれば十分倒せます」
1本しか飛ばさなかったのは……アルは訂正しかけてまぁ良いかと思い直した。
「わかりました。ちょっとトイレをしてからすぐに追いかけます」
「いそいでくださいね」
アルを置いてレダはさっさと歩き始めた。
読んで頂いてありがとうございます。
月金の週2回10時投稿を予定しています。よろしくお願いいたします。
誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。
レビューも頂きました。うれしい。 本格ファンタジーと評価を頂いていますが、まだまだ足りない部分も多いと思います。精進したいとおもいます。
いいね、評価ポイント、感想などもいただけるとうれしいです。是非よろしくお願いします。
2023.7.7 騎士であるジョナスについて、地の文をジョナス卿に変更しました。
ホーソン男爵については 男爵閣下と呼ぶように変更しました。