30-3 プレンティスへ
翌朝、アルがテンペスト王城の中庭に行くとそこにはターナー卿と従士たちの他、アーノルド子爵が揃って待ってくれていた。ターナー卿たちの足元には大きなカバンが幾つも並んでいる。時間に遅れたわけではなかったはずだが、また待たせてしまったようだ。
「おはようございます」
当たり前のように表情を繕ってアルが挨拶すると、4人はなぜかアルを見て揃って不思議そうな顔をした。
「どうしました?」
何か変わった事でもあっただろうか。思わず4人に尋ねる。
「あ、いえ、服装が、まるで冒険者だなと思いまして……」
アーノルド子爵が少し遠慮がちにそう答えた。たしかにいつもの革鎧、腰には小剣やロープなどといった様々な道具が下がっている。普段と違いがあるとすれば、いつも背負っていた大きなバッグを持っていないということぐらいか。今回の旅にあたっては、ターナー卿たちにマジックバッグや警備ゴーレムについては見せておこうと考えていたのでこちらはあらかじめ釦型のマジックバッグに入れてあるのだ。この2つの存在は知っている人もいるのでどうせなら見慣れておいてもらおうと判断したのである。
「騎士でもないですし、これぐらいが一番動きやすいのです。もちろん儀礼用のローブは持ってきていますので、向こうに到着した時はそれを着ますよ」
“アリュ、口調が丁寧すぎない?”
グリィから指導が入ってきたが、アルは自分の太もものあたりを横になぞって否定の意思を伝えた。もっと偉そうに言うべきだとグリィは伝えたいのだろうが、動きやすいのだよとか言うとかなり年上のような口調のような気がし、自分が使うと逆に背伸びしている感があるように思えて敢えてそんな口調は使わなかったのだ。丁寧に喋るぐらいは威厳を損なってはいないだろう。
「それにしては荷物が……」
アーノルド子爵は不思議そうな顔をする。着替えなど持っていないように見えるという話だろう。予想どおりである。アルは軽く頷いた。
「実はマジックバッグを借りています。ターナー卿やブライドン、フラーの分も移動中はそこに預かりますよ。貴重品だけ手許に残してください」
「わかりました」
ターナー卿は感心した様子で大きく頷いた。アルは貴重品が無い事を確認しつつ、わざと見えるところに縫い付けた釦型のマジックバッグに彼女たちの鞄を収納していく。
「鮮やかなものですね。噂には聞いていましたがすごい魔道具だ」
アーノルド子爵はその様子を見て何度も頷きながら呟いた。ヴェール卿を倒した時に入手したこれと同じ釦型のマジックバッグは3つともパトリシアに預けたままにしてあり、それらは各地の復興事業に利用されているらしい。彼は魔導士団の団長に就任したばかりとはいえ、いろいろな会議にも出席している。そこで話を聞いたのかもしれない。
「大きな倉庫ぐらいの容量があります。入れようと思えば作業ゴーレムも入れることができます。ただし、馬など生きたものは入りません」
実際の所、これは借りているのではないし、アルの持っているものは生物を入れても大丈夫なようにしてあるのだが、預けたものと同じ説明をしておく。
「では2人の準備をしましょうか」
『運搬』
アルがそう唱えると後ろに足が無く肘置きのついた椅子を2つ空中に出現する。飛行ができないブライドンとフラーのためのものだ。2人は高い所が苦手でなければ良いのだが……。
「ブライドンとフラーはここに座ってください」
アルはその椅子の肘置きを掴んで2人に勧める。ブライドンが慎重に椅子の浮かび具合を確認しているのを横目にフラーはさっさと椅子に座った。ブライドンは慎重派、フラーは度胸がありそうだ。彼女が椅子の揺れ具合を確かめているのを見てブライドンも急いで座った。
「慣れるまでは落下防止の棒を付けますね」
『魔力制御』
アルは2人の座っている椅子の形の肘置きの形を変え、2人の膝の上あたりに手すりを伸ばす。これで椅子がひっくり返っても落ちないはずだ。もちろんこれで呪文を解除しない限り自分の力では椅子から立ち上がることができなくなったわけだが、2人はそれを気にしている様子はなかった。
「では出発しましょう」
『飛行』
アルが呪文を唱えると身体が宙に浮く。アルの後ろについてブライドンとフラーの座っている足のない椅子がふわりふわりと移動した。2人はすこし慌てた様子で周囲をきょろきょろと見まわしている。
『飛行』
ターナー卿も呪文を唱えた。彼女の身体も宙に浮く。
「ではアーノルド子爵、行ってきます」
「行ってまいります」
アルに続いて、ターナー卿、ブライドン、フラーもそう言ってお辞儀をした。
「お気をつけて」
アーノルド子爵は深々とお辞儀をした。アルはゆっくりと高度を上げていく。ブライドンとフラーはぎゅっと椅子の肘置きを握っているが騒いだりはしておらず大丈夫そうだ。ターナー卿はアルの横についた。アルたちはそのまま、南方向、旧プレンティス侯爵の領都を目指したのだった。
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出発から5時間後、空を飛ぶアルたちの眼下に遠くにいくつもの塔がならぶ特徴的な都市が見えてきた。かつてはプレンティス侯爵家の領都であった都市だ。侯爵領ではなくなった今では塔の都市プレンティスと呼ばれているらしい。プレンティス侯爵が早く降伏の判断をした結果、戦火に巻き込まれることなく以前と変わらぬ姿を保っていた。
アルの後ろの席は3つに増え、ターナー卿もそこに座っていた。彼女が3時間ほど経過したところで頭痛を感じ始めたので、大事をとって飛行で付いてきてもらうのを止めさせ、他の従士たちと同様に運搬の椅子に座ってもらうことにしたのだ。彼女はかなり申し訳なさそうにしていたが、飛行中に魔力切れを起こすと危険なのでそこは仕方ない。話を聞くといままでこれほど長時間飛行をしていたことはなかったらしい。
「もうすぐ到着です。飛んだまま都市の中に入ると騒ぎになるかもしれないので手前で降ります」
そう言ってアルは高度を下げ、人目のあまりない所を選んで着地した。すぐに運搬の椅子の棒は解除して3人を立ち上がれるようにする。途中、防寒のために彼女たちに使った梱包呪文と温度調節呪文も続けて解除しておく。
「ありがとうございました」
3人は礼を言いながら運搬の椅子から立ち上がる。その様子からすると高い所は大丈夫だったようだ。アルは胸をなでおろした。アルは続けて、マジックバッグから自分の木の箱を一旦取り出し、その中からゴーレム頭のローブを出すと革鎧の上から羽織った。
ドイル子爵から聞いた話では塔の都市プレンティスにはジョアンナの父であるクウェンネル男爵が自らの騎士大隊を率いて治安維持のため滞在しているらしい。彼の率いる部隊は本来第2騎士団の所属なのだが、プレンティス侯爵領は広くドイル子爵率いる第1騎士団だけでは手が足りないため、クウェンネル男爵は一時的に彼女の指揮下となっているということだった。今回のアルと魔導士団の魔導士の調査についてはそれが決まった時点でドイル子爵から既に彼に手紙が送られている。
「さぁ、いきましょう」
木の箱をふたたび釦型のマジックバッグに戻し、運搬呪文を解除すると、アルは自分の慣れないローブをパタパタと叩いて3人を振り返る。
「は、はい」
3人はすこし呆けたような様子であったが、声を聞いて慌てて軽くお辞儀をしアルの後ろを歩き始めた。もしかしたら理解が追いついていないのかもしれないが、まだ移動してきただけだ。むしろこれからが本番なのだし、魔道士として頑張って慣れてもらわないとと思うアルだった。
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