30-1 事件
おまたせしました。
「どうしたんです?」
ナレシュを送り出したアルが急いで第1騎士団の会議室を訪れると、そこには第1騎士団長のドイル子爵と、その配下で、今では第1大隊の隊長となったクレバーン男爵が深刻そうな顔をして話をしている。そこにアルが中に入っていくと、二人は立ち上がってアルに対しまるで高位の貴族に対して行うような丁重なお辞儀をした。
「ちょ、ちょっと待ってください。ドイル子爵閣下、クレバーン男爵閣下……」
アルは思わず両手を突き出していやいやと手を振るが、それに2人は改めて頭を下げた。
「戸惑われるでしょうが、新たに宰相に就任したペルトン伯爵閣下より、アルフレッド閣下は諸侯の筆頭である自分自身と同等に扱うようにという通達が出ているのです」
ドイル子爵からの説明にアルは戸惑いを隠せなかった。よく知らない騎士たちから閣下と呼ばれる位なら儀礼的に対応すればいいのでまだ良いが、自分より年上で自分が今まで閣下と呼んで来た相手から閣下と呼ばれるのはかなりの違和感を覚えてしまう。そういうのは苦手だ。こういうのは秩序として大事な事でもあるというのは判らなくもないが、アルの感覚からすると、ゴーレム頭とはゴーレムのメンテナンスができる立場にしか過ぎず、このような扱いをしてもらうものではなかった。同じような話はナレシュともしたばかりだ。どうしたら良いものか。
「それは理解できるのですが、あくまで公式な場のみということにしたいのです。パトリシア……陛下やタバサ男爵夫人にはきちんと了解をとりますので、それ以外の場では以前通りでお願いできないでしょうか」
慌ててパトリシアの事を危うく陛下をつけずに呼んでしまいそうになり、急いでごまかしておく。ドイル子爵とクレバーン男爵はそれに気づいたかどうかわからないが、2人はそれには反応せずに単純に首を振る。
「ご信頼いただきありがとうございます。この場にはゴーレム頭閣下をよく知る2人しかおりませんので、ご提案について問題はないかもしれませんが、それでも王城の中です。陛下の意図を想像するに、少しでも慣れて頂いた方がよろしいと存じます」
そうなのか。アルは反応に困った。
“アリュ、いまリアナとは話をしてみたけど、彼女はできればゴーレム頭閣下でお願いしたいみたいよ”
グリィが耳元で囁いた。リアナと話? そうか、テンペストの王城は研究塔と同じく建物全体に魔道装置が張り巡らされている。グリィはそれを通じて話をしているのだろう。しかし、リアナも同じ意見か。その意図がわからず、アルは自分の太ももに指でくるくると円を描く。
“えっと、リアナはパトリシアが女王として他の伯爵家を抑えるために、彼女の後ろ盾である“ゴーレム頭閣下”という権威は強くあって欲しいみたいなの。テンペスト王国では以前から王族に対する高位貴族の立場が強いからそのあたりの政治上の配慮ってこと。だから協力して欲しいって”
グリィはそう説明してくれた。ゴーレムという力を使って、ノーマ伯爵のような国内各地に力を持つ有力な高位貴族に対して優位性を確保したい……これも王国内の政治、難しい話だが、そういうことなのだろう。面倒臭い話には出来れば関わりたくないのだが、いつの間にかそんな立場になってしまっている。アルはおもわず頭をバリバリと掻いた。
どちらにせよ王城に出入りする以上、身分の上下をはっきりさせる必要があるのだろう。パトリシアはアルのしたい事に配慮して、領地や政治的な仕事は無いようにしてくれている。ここでアルが考えないといけないのは態度や言葉遣いだけだ。違和感はあるものの、それは受け入れるしかないのか。
“本当は閣下ではなく殿下が良いのですけどねってリアナは言ってるわ”
グリィがすこし明るい雰囲気でそう付け加えた。殿下……それはもしかして王配を意識しているのだろうか。いやいやそれは気が早いだろう。しかし、こんな冗談をリアナが言うなんて、さっきのナレシュとのやりとりもすでに伝わっているのかもしれない。アルはドイル子爵とクレバーン男爵の顔を見た。
「わかりました。王城の中では、ゴーレム頭閣下と呼ばれるしかないようですね。ただ、王城以外の場所で個人的な状況だったらお2人とも僕の事を今まで通りでおねがいしますね」
「ありがとうございます。今まで通りというのは少し難しいかと存じますが、友人として接させて頂きます」
2人はそう言って頭を下げる。子爵や男爵であった彼女たちにとって、いままで呪文は使えるものの一介の冒険者に過ぎなかったアルに閣下をつけて呼ぶというのはどういう気持ちなのだろう。それでも、アルに対してこのように接してくれている。これは彼女たちが王族であるパトリシアの立場を配慮してくれているという事に違いない。
「それで、改めて用件は何ですか?」
「実は即位式の後で、会議があったのです。内政に関わることなので、ゴーレム頭閣下は呼ばれていらっしゃらなかったようなのですが……」
ドイル子爵の口ぶりはすこし不安そうだ。だが、アルとしてはもちろんそれでいい。2人が不安を払拭できるようにアルはにこやかにうんうんと頷いた。公式な場であまり顔を合わせることがなければ、このような儀礼的なやりとりはせずに済ますことができるだろう。
「そうですね。余程重要な会議でなければ呼ばれないと思います」
アルの答えを聞いてドイル子爵とクレバーン男爵は安心した様子でかるく頷き合う。ドイル子爵が話を続けた。
「そこで、かつてプレンティス侯爵家の寄子であった子爵、男爵からパトリシア陛下の御行幸について嘆願がありました。現在、旧プレンティス侯爵領については、我が第一騎士団が駐屯して治安維持に当たっておりますが、彼らからの嘆願の主旨は、陛下が御行幸されることでプレンティス一族の民もテンペストの民として迎え入れられると安心させたいというものでした。パトリシア陛下とペルトン閣下はそれについて前向きに考えておられます」
プレンティス侯爵家は滅びた。プレンティス侯爵領の人々は不安に感じ、パトリシアの来訪を期待している。政治的な配慮なのだろう。そのあたりの機微はアルにはよくわからない。パトリシアも忙しいだろうが、プレンティス侯爵領の人々を安心させる必要はあるのかもしれない。
「ですが、パトリシア陛下が滞在されることになるプレンティス城には警備上の問題点があるのです。実は、2週間程前に城の宝物庫が荒らされるという事件がありました」
「えっ?」
クレバーン男爵の話にアルは思わず驚きの声を上げた。一時期はテンペスト王国の大半を支配した侯爵家の居城である。当然厳重に警備はなされていただろうし、簡単に忍び込めるような場所ではないはずだ。アルの声にクレバーン男爵は困った顔で何度か頷いた。
「その直後にプレンティス侯爵家に仕えていた者が3人姿を消しており、彼らを我々は疑い捜索しています」
成程、仕えていた者だというのなら城の構造も知っているだろう。クレバーン男爵は言葉を続けた。
「そのうち、2人はクラーク卿とスウェイン卿、プレンティス第3魔導士団に所属するかなり腕の立つ魔導士であったようです。彼らにはセネット伯爵領侵攻の際にパトリシア陛下の捜索と称して多くの村で略奪や残虐行為をおこなっていた疑いがあり調査を進めていたところでした。そして、もう1人はロディ・ヴェール、かのヴェール卿の息子です」
「へぇ、ヴェール卿に子供が……」
外見からすると彼は孫が居ても良い年令ぐらいに見えた。だが、アルにとって、蛮族を増やそうとしたあのヴェール卿に家族が居るというのはかなりの違和感を覚えるものであった。
「妻は1人、そして子供は5人だそうです。ただし、その5人の子供のうち魔法使いとしての適性があったのは、末の息子のロディだけで、ヴェール卿はそのロディを厳しく育てていたようです。彼は今年18才で、第3魔導士団に従士として勤めていました。彼がどれほどの腕だったのかまではよくわかりませんが、かのヴェール卿が育てたというのであれば油断できない相手かもしれません」
魔導士が2人に従士が1人。特に魔法を使った工作活動が中心の第3魔導士団に所属していたのであれば、3人とも様々な呪文が使えても不思議ではない。だが……、アルはクレバーン男爵を見た。3人の捜索については彼らがするべきことだろうし、もちろん彼らもそれは理解している事だろう。第一、事件は2週間も前の話らしい。なぜ自分が今更呼ばれたのだろうか。
「それで、僕に何を?」
アルの問いにクレバーン男爵は上役であるドイル子爵の顔をちらりと見てからすこし言いにくそうに口を開いた。
「侵入経路です。プレンティス城は当然ながら警備用の魔道具が設置されていました。ですが、それにも関わらずその侵入を察知することができませんでした。情けない話ですが、今の我々、第1騎士団配下の魔導士たちに調査をさせたのですが、戦い以外の呪文について疎くどのように侵入したのかわからないのです。とはいえ、いくら相手が腕利きの魔導士だとしても、わからなくても仕方ないでは済ませられません。今後もプレンティス地方を治めていくための拠点としても利用したいと考えておりますし、そのためには侵入経路について調べ封じておかねばならないのですが、その対策が進んでいないのです」
なるほど、その必要性はわかったし、アルとしてもその侵入方法には興味がある。テンペストの王城なみの魔道装置があるのかもしれない。それにパトリシアの身に危険が及ぶ可能性があるのなら排除しておくべきだろう。
「本日の会議でプレンティス侯爵による王位簒奪の際に解散させられていた王国の魔導士団が再び結成されることになりましたので、そこから魔導士を出してはどうだという話にもなりました。ですが、新しく団長になったアーノルド子爵閣下から話を聞くと、今の魔道士団のメンバーは皆、まだ若く、能力も経験も足りないようです。というわけで、ゴーレム頭閣下に問題の解決をお願いしたいのです。また、魔導士団の団長からはできれば魔導士団から魔導士を1人か2人連れて行き、調査の手ほどきなどもしていただけないだろうかともいわれております。今後はできるだけこういった仕事は魔導士団が解決できるように人材を育ててゆきたいようです」
経験の浅い魔導士との共同作業ということか。テンペスト王家に仕える魔導士たちは先の王位簒奪時のクーデターでかなりの数が命を落としたらしい。こういった者の教育は急務なのだろう。面倒だが、今後、同じような仕事を頼まれずに済むかもしれないと考えると仕方ない。アルはしぶしぶといった様子で頷いた。
「お話はわかりました。パトリシア陛下の安全のためにも確認は必要でしょう。いつから出発します?」
「助かります」
ドイル子爵は微笑んでアルの手を取った。
2、3人ぐらいまでなら運搬の椅子に乗せてもよいのだが、人数が多くなるとそういう訳にもいかないかもしれない。
「すぐにアーノルド子爵閣下に連絡をとります。予定については彼と相談して下さい。パトリシア陛下がプレンティス城に到着するまでには解決しておきたい問題ですので、我々としてはできるだけ早くの出発が望ましいと思っています」
ドイル子爵の言葉にアルは頷いた。
「ところで、プレンティス侯爵家の宝物庫からは何が盗まれたんです?」
もしかして、呪文の書とか……。
「宝物庫にあったものは根こそぎ盗まれてしまったようですが、降伏したプレンティス侯爵家の財務状況はもうあまり良くなかったようで、宝物庫に残っていた価値のあるものは金貨が200枚ぐらいです。他にも一応魔道装置や魔道具もありましたが、どれも古から伝わるものの、あまり使い物にならない物や用途不明の物ばかり、それほどの損害ではなかったようです。人員の被害も無かったし、この程度の損失で済んでまだ良かったと考えています。もし、呪文の書を気にされているのならご安心ください。プレンティス侯爵家に伝わる呪文の書はパトリシア陛下の指示で既に搬出済みだったようです」
その言葉にアルは胸をなでおろした。プレンティス侯爵家に伝わる呪文といえば、魔法消去呪文のことだろう。第1魔道士団の大魔導士ウィートン子爵が攻撃呪文を打ち消すのに使っていたものだが、詳しい効果はよくわからない。魔法解除とはどう違うのだろう。今回の件の褒賞として貰えたら嬉しいが、さすがにプレンティス侯爵家に伝わる秘伝ともいうべき呪文である。ちょっと無理だろうか。
「何卒よろしくお願いします」
子爵と男爵に頭を下げられ、アルはまだ戸惑いながらも判りましたと答えた。侵入経路が判れば犯人逮捕にも役立つかもしれないな。そんなことを考えながらアルは第1騎士団の会議室を後にしたのだった。
読んで頂いてありがとうございます。
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誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。
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