27-13 セオドア王子本陣 前編
ナレシュと別れたアルはビンセント子爵と連絡をとり、すんなりとセオドア王子の本陣に合流することができた。アルとしてはそこでしばらく戦況をみながらのんびりするつもりで居たのだが、残念ながらそうはならなかった。合流してすぐにビンセント子爵の依頼で、記録再生呪文の使い方を説明する事になったのだ。
今回、ビンセント子爵にとって、配下の魔法使いが浮遊眼呪文の目をアルの肩に乗せていただけで様々な情報を得ることができた事がかなり衝撃的だったらしい。それは主に今まで行われていた浮遊眼呪文の使い方が高度などの点で異なっていたり、知覚強化呪文や物品探索呪文を併用したからなのだが、アルの報告でそれらを理解したビンセント子爵は、アルが勧めた記録再生呪文にどれ程の効果が有るのかも確認するべきと判断したのだ。
アルにすれば特別な事でもなんでもなかったのだが、ビンセント子爵だけでなく、王子やその幕僚たちも、戦場を俯瞰して見る事が出来、その状況を即座に知って指示が出せるというこの呪文の使い方は興味津々な様子であった。
つい口を滑らせてしまった形となったアルとしては仕方なく、請われるままに記録再生呪文の表示窓を会議卓の上に被せるように仰向けに設置し、今見ている映像を呪文で記録しつつ、その内容を表示窓で再生して見せる事にした。
アルが設置して見せた表示窓を見て、王子たちは何度もすばらしいという声を上げた。一度見せてこれで終わりかと思ったが、なかなかそうはならない。ここはどこだ? あれは何だ? と質問を受け、俯瞰したり拡大したりして見せる事になったのである。結局、王子やその幕僚たちは会議卓に映し出されている戦場の様子を見ながら指揮を執り始め、アルは要望に合わせて表示変更し続ける羽目に陥ったのである。
「この記録再生呪文について、呪文を使う魔法使いとして色々と教えて頂いてよろしいですか……」
そうやって要望に応えているアルに、王子の近くにいたすこし年上の男性が声を上げた。合流した際にビンセント子爵から紹介された彼の配下の魔法使いであった。名前をスタンレー・ソープというらしい。ずっとアルの肩の上に乗っていたのは彼の浮遊眼の目であった。
彼はビンセント子爵が言っていた通りに見覚えがあった。タガード侯爵家に対する使節団のセレナに依頼され同行し、ナレシュ配下の魔法使いであるゾラ卿たちと一緒に楽しく呪文の話をしていた時に、彼もそれに参加していたのだ。彼と雑談などはしなかったが、呪文についていろいろと質問された記憶はあった。
彼に呪文オプションの説明をしても大丈夫だろうか? 一瞬その疑念が頭をよぎる。もちろんオプションの存在については、エリックが論文発表をしているのだし知られても問題はないはずだ。だが、アル自身に何ができるというのを説明するということは別である。きちんと信頼できる相手のみに限定しておきたいという気持ちはあった。そこからプレンティス侯爵家の魔導士に情報が伝わることがあれば危険なのだ。
とは言え、今までの話の様子からするとスタンレー自身はビンセント子爵からかなり信頼されている様子であった。彼にある程度説明し、今、アルがして見せたことの半分でも出来るようになってもらった方が早くこう言った事がなくなるかもしれない。
「わかりました。いいですよ」
アルは後の自由の為だと自分に言い聞かせ、今も使用中の記録再生呪文の使い方について説明することにした。魔道具屋のララから買った時にはそれほど人気がありそうにはなかったが、たしか、デュラン卿には辺境伯騎士団で魔道具として使われていた先例があったはず。そう説明すると、スタンレーは首をかしげた。彼はこれを使った魔道具の事は聞いたこともなく、もちろん習得もしていないらしい。
「騎士団ではあまり使われてはいないが、その魔道具なら1つか2つはあるかもしれんな。どちらかと言えば、衛兵隊が使われる事が多い魔道具だ。主に身分がある者が事件の関係者である場合にその証言を記録したりするのに使われることが多いのではないかな」
横に居たビンセント子爵はそう呟いた。忙しそうにしているが2人のやり取りは聞いていたらしい。なるほど、他の人はそういう事にしか使っていないのか。それならこの呪文に人気がないのも理解できる。彼が習得していないのなら、呪文習得の際に呪文のオプションを意識してもらえれば丁度良いかもしれない。
アルはまず、オプションを使わない場合の呪文の問題点を色々と説明した。一応、この呪文と浮遊眼呪文を組み合わせる事によって見ている光景をそのまま画像として見せるのは、呪文のオプションをつかわなくても可能である。だが、浮遊眼呪文の目に映る視界は狭い範囲でしかないし、さらに記録再生呪文も、術者の視界内全体が記録され、それをそのまま再生することになる。その為には浮遊眼呪文を使う際にオプションを意識して見る範囲や視界内にその光景を映す窓のサイズ、そして記録再生呪文で表示する際の窓の表示範囲をオプションでどのように変えたほうがよりわかりやすいかといった説明をしたのだ。
そこまで説明すると、スタンレーはやはりと大きく頷いた。そして、真っ直ぐにアルを見る。……なんとなくこのスタンレーという青年には以前会ったコールに似た匂いを感じる。
「アルフレッド様は、エリック様の弟子ですよね?」
こう聞かれるということは、彼は魔法使いギルドの学会でエリックが発表した論文について知っているのだろう。シルヴェスター王国の魔法使いなのだからある意味当然かもしれない。
「同じことをセオドア王子殿下にも聞かれました。エリック様とは親しくさせていただいていますが私の師ではありません。僕の師は祖父でした。そして祖父が亡くなってからはしばらく独学で習得と訓練に励みました。今ではふとした縁で、ディーン・テンペストという方に師事させていただいています」
ほお……とスタンレーは声を上げて頷いた。
「そうだったのですね。オプションはエリック様に教わったのかと思っていたのですが……。アルフレッド様のお爺様というと、元レイン辺境伯騎士団魔法使い部隊であったディーン・チャニング様ですよね」
祖父を知っているのか……。それほど有名ではないと思っていたのだが、名前を借りたのは良くなかったかもしれない。名前が同じなのは偶然と言い切るしかないなとアルは心に決めた。
「そうです」
「なるほど、なるほど……。アルフレッド様、あと一つお教えください。浮遊眼で見ていた中で、等身大の人形のようなものをどこかから出されましたよね? それもその人形はアルフレッド様が指示すると勝手に動きました。あれは、もしかして、ゴーレムですか?」
やはりそれを聞かれた。安全のためと思って準備はしたが、結局、プレンティスの魔法使いたちを縛り上げたぐらいで大したことには使わなかった。使ったのは良くなかっただろうか。気持ちは焦るがアルは出来るだけ落ち着いた様子をよそおう。
「そうですね。師匠のディーン・テンペスト様から身辺警護用のゴーレムとそれを収納するためのマジックバッグをお借りしたのです」
「ゴーレム?! そいつは是非見てえ! 強いのか? ん?」
アルの答えに、スタンレーではなくセオドア王子が先に反応した。彼も聞いていないようで聞いていたらしい。
「わかりました。戦いの決着がつきましたらお見せしても構いません。ただし、師匠の秘密に触れますので、実際にお見せするのは王子の他、数人程度でお願いします」
「わかった」
「わかりました。ではゴーレムについては、その時に……」
王子が頷くと、スタンレーも残念そうに頷いた。
そう言うスタンレーの視線は何か怖いものがある。他にもいろいろ聞きたいが我慢している様子だ。アルはなんとなく気分が落ち着かなくなりつつも、王子やその幕僚たちから指示された浮遊眼呪文や記録再生呪文のコントロール作業を続けるのだった。
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シルヴェスター王国騎士団対レイン辺境伯騎士団の戦いはそのままの形で推移し、王国騎士団側の奇襲により圧倒的勝利で幕を閉じた。
レイン辺境伯騎士団の騎士たちは、敵をテンペスト王国騎士団と説明されていたために、シルヴェスター王国騎士団の旗を掲げて襲って来た相手に対して混乱するだけで抵抗らしい抵抗はほとんどしなかったのである。その趨勢を見てレイン辺境伯騎士団を率いていたユージン子爵は一度逃げ出したものの結局捕らえられた。
抵抗を試みたのはあらかじめユージン子爵からシルヴェスター王国騎士団を奇襲する予定だと知らされていたグラディス男爵、マーロー男爵、オーティス男爵たち配下の騎士団だけであった。だが、その人数は少なく、レイン辺境伯騎士団が殆ど抵抗せず圧倒的な兵力差を感じた彼らはすぐに降伏したのだった。
そして、アルが心配していたレスター子爵家騎士団については、レスター子爵とその嫡子であるサンジェイの降伏がすぐに認められ、その配下の騎士団での死傷者は出なかったようだった。
「これで、大勢は決まったな。アルフレッド、よくやったぞ、この戦いでの功績はそなたが一番だ」
「えっ?」
上機嫌そうなセオドア王子の言葉にアルは思わず声を上げた。レイン辺境伯騎士団の居る所に一番で突撃した隊長や、逃げ出したユージン子爵を捕まえた騎士あたりが一番だろうと思っていたのだ。
「こんなにすごい事をさらっとこなしておいて、何不思議そうな顔をしてやがる。なぁ、スタンレー」
「はい。魔法使いの力は非常に重要です」
そう言って、スタンレーはにっこりと微笑む。
「そうなのでしょうか。空からの光景をずっと見せていただけですが」
「考えてもみて下さい。これから戦う敵の位置や配置が全部わかっていたら、奇襲なんてかけ放題なんですよ」
そうスタンレーは答えた。うーん、そんなに簡単なものなのだろうか。個人ではそういうのもあり得るが、騎士団での戦争の場合、そんな単純な事ではあるまい。今回に限った話だとしても、アルからの最初の一報から実際に奇襲攻撃をかけるまで、それを指揮したのはセオドア王子本人であり、ビンセント子爵ではないのだろうか。首をかしげているアルの様子を見てセオドア王子はわははと笑った。
「まぁ、スタンレーの説明は大げさなところもあるが、だいたい正しい。騎士たちを軽視するつもりはねぇが、今まで魔法使いの業績が軽く評価されてしまってたと俺は思ってる。敵の前面に立つ騎士に対して、魔法使いは後方で命の危機は少ないのでどうしても騎士の主張のほうが強い。それに人数も騎士の方が多いからな、数の圧力という要素もあるわけだ」
「魔法使いを育てるのは騎士の何倍もコストがかかるのですよ。魔法使いを大事にするのは当然です。それにアルフレッド様の功績を考えるなら、今回だけでなく、今回の反乱全体としても非常に大きいですよ。アルフレッド様がいらっしゃらなかったらプレンティス侯爵家に好き放題されていたでしょう」
スタンレーがセオドア王子に話す口ぶりはビンセント子爵と同様に非常に親しげだ。以前、ゾラ卿などは彼に特別な態度をとってはいなかったが、立ち位置は本当によくわからない。もちろん評価されるのは有難いのだが、あまり評価されると、またアルに仕えよという話になってしまいそうでそれも気になる。
「それに、アルフレッド様のお爺様の話もあります」
「ああ、グラディス平原の戦いでの話だな。スタンレーから聞かされて俺も驚いた」
何を聞かされたのだろう。祖父を含め魔法使い部隊が侵入してきたテンペスト王国騎士団に魔法を使わず密かに近づき、ドラゴンを幻覚呪文で出して混乱させ、そこにレイン辺境伯騎士団(当時の団長はレイン辺境伯を継ぐ前の前レイン辺境伯、ストラウドやセレナの父)が突撃して勝利を収めた。アルがいろいろな人から聞いた話によるとそんな状況だったと思われる戦いだ。デュラン卿や、その従士のヒースはもう少し魔法使いが評価されてもよかったのではないかと言っていたが、その話だろうか。
「アルフレッド様がどれほどご存じかわかりませんが、あの戦いで戦場の偵察を成功させたのも、ドラゴンを幻覚呪文で出して敵騎士団を混乱させたのも共にアルフレッド様のお爺様であったようです。ですが、その敵陣発見の功績も幻覚呪文を使って相手の騎士団を混乱させた功績も全く評価される事はなかった。魔法使い部隊の隊長であったヒュー・ユージン(現ユージン子爵の父)がアルフレッド様のお爺様の功績をほとんど握りつぶし、全てを当時の騎士団長の功績としたのです。その後、レイン辺境伯となった騎士団長はアルフレッド様のひいお爺様が引退する際に、長年仕えた功績にお爺様の功績を加えてようやくチャニング村を与えて騎士としただけ。評価は不当に低かったと言っても良いでしょう」
ドラゴンを幻覚呪文で出して敵騎士団を混乱させただけでなく他にも功績はあったのか。何十年も前の事を、スタンレーは色々調べてくれ、それを王子にも報告してくれていたらしい。ありがたい話ではあるが、何か怖い気もする。
「アルフレッド、どうせ、お前さんに仕えろと言っても、無理だっていうだろう。だから、俺も考えた。ここだけの話だが、お前さん個人ではなく、チャニング家に爵位を与えてはどうかと考えている。どこをどうというのはまだきちんと決まってねぇからまだ言えねえが、過去の祖父の実績を見直し、さらに今回のおまえさんの功績を考えれば問題ないだろう」
父に爵位をということか。田舎の貧乏騎士でしかない父に勤まるだろうか。
「お前さんはまだ年若い事もあるので、お前の父親に爵位を与えておくとしておけば、いざという時、お前は父親に協力して色々と尽力してくれるだろ? そのうちお前自身の気が変わって爵位を継ぐのなら、兄のギュスターブには別の家を立てられるように便宜を図ってやろう。どうだ? パーカー子爵とはいい関係を結べている様だし、色々と助けてもらえるだろうさ。それにテンペスト王国での内乱には決着がついていない。お前さんはまた師匠の手伝いに行くんだろう? その時にシルヴェスター王国の貴族の肩書があるとややこしい事になるかもしれねぇからな」
きっと王子にとってはかなりの譲歩も配慮もしてくれているのだろう。それに、アル自身が束縛されるわけでも無い。パーカー子爵が助けてくれるのなら、父もやっていけるかもしれない。これを断るのは難しいか。
「ありがとうございます。父や兄と話をしておきます」
アルとしてはこう答えるのが精一杯だった。
読んで頂いてありがとうございます。
月金の週2回10時投稿を予定しています。よろしくお願いいたします。
※感想で登場人物が多く追いかけるのが大変だというお話を頂きましたので、従来なら話の最後に載せる登場人物紹介を活動報告にしてみました。うまくいくかわかりませんが、とりあえずエピソード更新後、それに追随する形で更新して行こうと思います。
誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。
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