27-2 セオドア王子の問い
どこまで通じるだろうか? パトリシアを含めて彼女と詰めた設定は、①パトリシアを連れて魔法使いテンペストが隠した遺跡(研究塔)に逃げた。②そこには魔法使いテンペストの末裔であるディーン・テンペストが暮らしていた。③パトリシアは彼に助けを求めたが、その際にアルもそのディーン・テンペストに弟子入りをしたというシンプルなものだ。
リアナと作り上げたディーンの存在について疑問を感じそうなのはパトリシアと話した事のあるナレシュとクレイグ、そして研究塔に行った事のあるルエラぐらいだろう。ナレシュたちはその疑念を口に出したりはしないだろうし、ルエラもそれは同じ。問題はないはずだ。
「アルフレッドはテンペスト王国の家臣になるつもりなのか?」
何を聞かれるのかと身構えていたアルにセオドア王子から発せられた問いは思っていたのとは違うものだった。いや、まったく関係がないわけでもないのか。セオドア王子はアルとテンペスト王国の関わりを考えていたようだ。王配という言葉がちらりと頭をよぎるが、それはパトリシア次第だし、アル自身が出来る事は何もない。そして、少なくとも領地を貰うつもりはないので、家臣というのは当てはまらないだろう。アルは首を振る。
「そのつもりはありません。師匠もおそらくその気はないでしょう。今は頼まれてパトリシア王女殿下を手助けしておられますが、王国の復興に目途が付けば再び身を隠されると思います。僕も師匠と同じくで、家臣になるつもりはありません。それより他にしたい事があるんです」
「俺の目を見ろ。以前、お前俺に仕えないと言ったな。それはテンペスト王国に仕えるつもりがあるからじゃねぇのか? それとも本当に領地や爵位などは要らねぇっていうのか?」
セオドア王子の言葉にアルは頭を上げてじっとセオドア王子の顔を見た。斬られる? 不安が湧いてくるがぐっと耐えた。悪い事なんて何もしていない。そう自分に言い聞かせる。単純に呪文を極め、蛮族の脅威から逃れるすべを知りたいだけだ。それをするのに領地なんて邪魔なだけでしかない。そして、アルはアルなりに相手の人柄を見極めて協力してきたつもりだ。セオドア王子は従わないからといって癇癪をおこし剣を抜くような人物ではないと思う。
しばらくの間、にらみ合いは続いた。そして、先に根負けをしたのはセオドア王子の方だった。
「こいつ、本当に身分や領地など要らねぇようだな……」
セオドア王子はアルをじっと睨みつけるのは止め、ため息をついた。
「ビンセント、パトリシア姫からの手紙には何と書いてある?」
「はい。先程アルフレッドが申していたのと同じく、タガード侯爵家の領都を包囲していたプレンティス侯爵家の騎士団を破った事、そして、王国再興の軍を起こしたという宣言ですね。他にはパトリシア王女自身が一時期シルヴェスター王国に避難した際に保護した事に関する礼、パウエル子爵を支援している事に関する礼、プレンティス侯爵がシルヴェスター王国に対して迷惑をかけている謝罪、といった事が書かれています。今後も友好的な関係を続けていきたいという感じですね。また、今回の一連に関する補償については、改めてお会いし、調整したいとの事です」
セオドア王子は少し考え込むような仕草をした。
「普通だな。話が通じそうなのはありがてぇが、こいつの事は?」
顎でセオドア王子はアルを指す。ビンセント子爵は首を振った。
「特に記述は有りません」
フーム……とセオドア王子は腕を組みため息をついた。
「師匠のためか、パトリシア姫……いや、もう女王? の為か……。まだ幼い少女だと聞いていたが、苦労してすっかり成長したか。手紙は他にも預かっているのか?」
「はい、パウエル子爵閣下と、タガード侯爵家令嬢ノラ様、セネット男爵閣下、ジョアンナ卿、4名の方の分を預かっています」
アルの返事にセオドア王子は苦笑いを浮かべる。
「なんとも難しいな。ある程度の情報は伝えてくれてるようだ。わかった。とりあえず残った手紙を渡してくるがいい。こいつが役に立つ事は間違いねぇだろうし、こいつの家族がうちの国に仕えている限り変な事はしねぇだろう。さっきの言葉信じるぞ」
ありがたい。アルは何も言わずに頭を下げた。
「ビンセント、休息は終わり、行軍再開だ。さっさとパーカーを助けに行くぞ」
セオドア王子はそう指示をして、興味がなくなったとばかりに自らの馬のほうに歩き始めた。ビンセント子爵は頷き大きな声で出立を指示した。そしてアルに近づく。
「パウエル子爵閣下は旧セネット伯爵家の領都に残られている。セオドア王子も了解しておられるので手紙を渡すのは問題ない。セネット男爵とジョアンナ卿も旧セネット伯爵家の領都の守備隊なので同じく旧セネット伯爵家の領都だ。ノラ様は、この遠征軍の中、隊列のもう少し後ろの方におられる。部下に案内させよう。隊列はこれから進み始めるのでやりにくいだろうが、上手く手渡してくれ」
そういって、ビンセント子爵は手を軽く上げて指図をした。金属鎧を着た小柄な女性が近づいてくる。以前、ビンセント子爵をタガード侯爵家の領都に連れて行ったときに護衛としてついてきた騎士である。
「よろしくお願いします」
アルは軽く頭を下げる。その女性騎士は軽く微笑んでから頷いた。
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タガード侯爵家のノラは、馬車に乗っていた。その馬車はあまり豪奢なものではなかったが、その前後にはタガード侯爵家の家紋の入った布が掲げられていた。女性騎士がまず馬車の護衛らしい騎士と何か話をし、護衛の騎士は移動中の馬車の中を止めることなく器用に入っていった。しばらくして馬車は止まり、扉が開いた。
「どうぞ中に。ノラ様がお待ちです」
アルは急いで女性騎士と入れ替わりで馬車に乗り込む。中にはノラ、そして彼女と一緒に移動してきた侍女の2人が乗っていた。扉が閉められ、馬車は再び移動を始めた。
「どうぞ、アルフレッド。座っていいわよ」
ノラにそう言われて、アルはかるく頭を下げて、ノラの対面に座る。この位置はなんとなく落ち着かないが移動しながら話をするには仕方ないのだろう。
「パトリシア姫殿下からの手紙と伺ったのだけれど……。まず聞かせて、父や兄は無事だったのかしら?」
「はい。領都を包囲していたプレンティス侯爵家の騎士団はパトリシア王女殿下が指揮されるゴーレムたちや殿下の声かけによって忠誠心を取り戻した騎士たちによって撃破され、タガード侯爵家の領都は解放されました。詳しくはこの手紙を」
そう言ってアルはパトリシアから託された手紙を侍女に渡した。侍女はノラの了解を得て封蝋を解いてノラに手渡す。受け取ったノラはその手紙をじっくりと何度も読み返した。そして、大きくため息をつくと天を仰いだ。
「何てこと……。こんなことなら私が残れば……。いえ……それはそれで……」
彼女はなにかぶつぶつと呟いている。
「では私は失礼し……」
手紙を渡したので仕事が終わっただろうと考えたアルは、そう言いかけたが、ノラはそのアルの手を軽くつかんだ。
「アルフレッド、今すぐ、私をタガード侯爵領の領都まで連れて行ってくれない?」
唐突な話にアルは首を振る。まだ全部手紙を渡し終えてはいないので、まずはそれが優先だ。すこしおかしくなっていそうな彼女の兄やまだ領都から動かないタガード侯爵家をなんとかしてくれるのなら彼女を運ぶ価値はあるのかもしれないが、その判断はパトリシアに相談しないと決められない。
「申し訳ありませんが、私は先にしなければならないことがあります」
アルの返事にノラは再びため息をついた。
「そうよね……。残念だわ」
それはそうだろう。アルは彼女の家臣ではないのだ。
「ねぇ、こんな手紙を届けてくれるということは、あなたはパトリシア姫殿下とも面識があるのよね。パトリシア姫殿下は兄との婚約を破棄してどうするつもりなの? 兄が王家に入って、タガード侯爵家は私が継ぐという形もできたのに……。こんな父や兄の面目をつぶすような婚約破棄なんて、これはタガード侯爵家を敵に回しかねない危険な手段だわ。それとも他に誰か意中の人でもいるのかしら?」
そう言って、ノラはアルをじっと見る。アルはすこしどきっとしつつも顔には出さないように努力して首を傾げてみせた。
「まさか、姫殿下もセオドア王子を……? って言っても、あなたが知るわけないわよね。まぁいいわ」
ノラは侍女と何か話し始めた。アルはさっさとこの場は去ろうと頭を下げ、失礼しますと言って席から立ち上がる。
「手紙ご苦労様」
ノラは軽く手を振った。用事は終わったという事だろう。アルは移動している馬車の扉を開け、そのままひょいと飛び降りた。
「アルフレッド殿、話は終わりましたか?」
ここに案内してくれた女性騎士が尋ねる。
「はい。手紙はお渡ししました。色々とお世話をおかけしました。では、僕は旧セネット伯爵家の領都に向かいます。ビンセント子爵閣下やセオドア殿下にはよろしくお伝えください」
「はい。お気をつけて」
アルはその場で飛行呪文を使い、そのまま飛び上がって、旧セネット伯爵家の領都に向かったのだった。