4-4 待ち合わせ
指示された3日後、その日も雨が降ったりやんだりを繰り返しており、道はぬかるんでいる。早朝、アルは指示された通りに南門とよばれるところに着いた。ここは4番環路と南大通りが交差するところであり、都市の南側を守る衛兵の詰め所や魔獣や蛮族の死骸を受け取る処理場などが並んでいる。すでに多くの馬車と商人、その護衛が多く集まっていた。
「やぁ、アルフレッド君、久しぶりだね」
アルがエリックはどこかと見回していると見知った顔が声をかけた。彼と中級学校で一緒だったケーンである。彼はこの辺境都市レスターで内政官の見習いをしているはずで早朝にこんなところで何をしているのだろう。
「おはよう、ケーン君、いや、ケーン様と呼ぶべき?」
いやいやとケーンはあわてて首を振った。
「僕はまだまだ内政官の中でも見習いだよ。何かの役職に就いてもないし様は要らない。でも、おたがい君をつけて呼ぶのはそろそろ卒業したほうがいいのかもしれないね。ケーンと呼んでくれよ。僕もアルフレッドと呼ぶからさ」
「いいのかい? じゃぁ、ケーンと呼ばせてもらうよ。僕の事はアルと呼んでくれたらいい」
「おっけー、そうしよう。ところで、今日はどうしたんだい? これから討伐にでも?」
アルはこれからエリックに雇われて隊商の護衛の仕事なのだと説明した。ケーンは驚き自分も同じ隊商だと告げた。アルは知らなかったが、今回護衛する隊商はこの辺境一帯を統治するレスター辺境伯の指示によるものであり、責任者は内政官で彼の上司のホーソン男爵という人らしい。
「今となっては辺境の集落を巡る隊商が主になっている感じだけど、元々の目的は辺境の開拓村の巡視なんだよ。開拓担当の責任者であるホーソン男爵が、内政官や護衛の衛兵隊を連れて開拓村の状況を確認するために3ヶ月に1回のペースで巡回していたのが始まりなのさ。そのうちにいくつかの商店が自分たちの商売の馬車を同行させるようになって今の規模になったらしい。エリック様への護衛依頼も内政局からなんだ」
ふぅんとアルは頷いた。本来であれば商人などはより儲かるように独力で馬車を走らせるものだろうに、それほど危険ということだろうか。そんなことを尋ねるとケーンは少し首を傾げながらも頷いた。
「僕も同行するのはこれが初めてだけど、特に夜に蛮族がよく出るんだってさ。襲撃とかもよく受けるし、2、3体で馬車の荷物を盗みに忍び込んでくるのはかなりあったらしい。そのあたりの訴えがあってエリック様たちに護衛依頼を出すようになったんじゃないかな。小規模な隊商だと2、3体のゴブリンでも脅威だからね。あいつらは夜目も効くしさ。魔法使いの人にお願いして夜営地全体を明るくすることによってだいぶ被害が減ったっていうよ。あ、新しい馬車が来た。でも内政局のじゃないな」
ケーンは南大通りを進んでくる馬車の1台を指さした。2頭立ての立派な4輪馬車で御者台には御者らしい男の他にたしかレダと呼ばれていた女性が座っていた。馬車はかれら2人がいるところに向かってきているようだった。
「エリック様の馬車だな。じゃぁ、ケーン、また後でな」
アルは手を振ってケーンに別れを告げるとエリックの馬車に向かった。
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「おはようございます。レダさん」
アルは御者席に座っているレダに元気よく声をかけた。レダは何も言わずに丁寧にお辞儀を返す。馬車が止まり、エリック、フィッツの他、数日前にレダと一緒に庭に居た男性が2人下りてきた。アルはエリックたちにも次々とあいさつをする。フィッツが鷹揚に頷き返した。
「時間通りに来たようだな。よろしい。これからエリック様と儂はホーソン男爵様や他の主だった面々と挨拶をしてくる。そなたはレダに見習いの仕事について聞いておくように」
2人は足早に他の馬車の方に歩いて行った。残されたのはレダとアル、そして男性2人だった。3人ともアルより身長は高く、少し年上に見えた。
「おはようございます、アル。先日の試験で会いましたね。私はレダと言います。エリック様の元で魔法使い見習いのとりまとめをしています。魔法の腕は私より上かもしれませんが、フィッツ様の指示で私が引き続きとりまとめをすることになりました。アルが見習いとして働いている間は私の指示に従う必要があります。私のことはレダ様と呼んでください」
レダの声は少し震えていた。かなり緊張しているように見える。アルとしては金をもらっている以上、もちろん異論はなく素直に頷いた。
「俺はマーカス」「俺はルーカス」
レダの横に立っていた男たちがそろって自分を指さした。兄弟なのだろうかよく似ている。
「俺たちもアルの先輩だからな。俺たちの指示にも従えよ」
「うん、よろしくね」
アルはにっこりとほほ笑んで答えた。2人は何か少し不本意そうであったものの、アルの雰囲気にそれ以上何も言わなかった。
「では、仕事の分担ですが……」
レダの説明では見習いの仕事としては、エリックやフィッツの身の回りの世話の他、夜の野営地を光呪文で明るくする、問題のある魔道具などの持ち込みがないか魔法感知呪文を使って確認するといった事らしい。夜の見張りは光呪文の持続時間が切れることに備えて交代で1人ずつということらしかった。アルの順番は一番最初らしい。
「わかりました。ちなみにエリック様やフィッツ様の仕事ってどんなものなんですか?」
アルは隊商での魔法使いの仕事がどのようなものか知りたくて尋ねた。
「戦闘になったときの補助が一番大事だと思いますが、他に浮遊眼呪文で定期的に空から警戒したりといった事でしょうか。いままでであればフィッツ様は我々の様子を見ながら夜の見張りにも参加されていましたが、今回は見習いが4人になったということで参加されない予定です」
浮遊眼呪文というのは、視点だけを飛ばしてそこから見ることのできる呪文のことだ。視点は見つかりにくいので敵のアジトの中をこっそり調べたりするのにも使えるのだが、レダが説明したように、隊商の上空に視点を置いて周囲の状況を確認するのに使うこともできる。たしかに護衛の仕事には便利だろう。アルが納得していると、レダは彼の手荷物は馬車の後ろに積むように指示をした。
「早速ですが、隊商に怪しいものを持ち込んだものは居ないか魔法感知呪文を使って手分けして見て回ります。もちろん隊商に魔道具すべてが持ち込み禁止というわけではありませんが、盗賊たちが隊商の場所を知るために集音の魔道具や、位置特定の魔道具を同行する隊商の馬車に仕込んでいる場合があるのです。もし怪しいものを見つけたらそこで騒いだりはせずに私に報告してください。時間はおよそ30分。確認が終わったらここに再度集合です」
レダはそれぞれにどのあたりを中心にと手慣れた様子で指示をし、ほかの2人も心得た様子で頷いた。だが、彼女も含めて3人の呪文の成功率は低いようで何度かかけ直している。それを横目に見ながらアルは魔法感知呪文の他に知覚強化呪文も使い指示された辺りの確認を始めたのだった。
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