1-3 調査依頼
ナレシュとアル、そして彼の護衛の1人が馬車の方に戻ると、1つめの盗賊団と護衛たちの戦いはすでに終わっていた。盗賊の大半が地に伏すか、降伏しており、商隊の護衛のうちから5人程がナレシュの援護に向かおうとしていたところであった。
「ナレシュ様、大丈夫ですか?」
先頭に立っていた30歳前後の剣を持った男が怪我をしているナレシュに気付き走り寄ってきた。身長が2mを超えており、身体もがっしりとしている。金属で補強された革の鎧を身に着けており短めに切った茶色の髪が金属製の兜からすこし見えていた。彼がナレシュ様と呼んでいるのを聞いて、アルは学生の時の気分でナレシュ君と呼んでしまったのを間違いだったなと少し後悔した。
「デズモンド殿、ああ、少し油断した。悪いが治療魔法の使い手の手が空いたら回してほしい。向こうはアルフレッド君の助力もあってもう片付いた」
護衛の肩に掴まるようにしながらナレシュは答えた。
「力が足りず申し訳ありませんでした。すぐに馬車に一度お戻りを……」「おい、バーバラに言って、腕の立つ治療師をすぐに連れてこい」
デズモンドと呼ばれた彼は部下に指示してナレシュを彼が乗っていた馬車の方に誘導させた。後にはアルが取り残された。デズモンドはその残されたアルをじっと見た。
「えっと、アルフレッド様とおっしゃいましたか。ナレシュ様のご学友でしょうか?」
デズモンドは当惑した様子でそう尋ねた。おそらくアルの身分が分からないのでどのように接すればよいのか戸惑っているようだ。
「アルフレッドと言います。父が騎士爵で中級学校には通うことが出来ましたが、僕は3男なので跡継ぎではなく、今はただの冒険者に過ぎません。冒険者仲間からは単純にアルと呼ばれています。普通にお話し頂ければありがたいです」
デズモンドはそう聞いてすこし表情を柔らかくした。
「ああ、わかった。じゃぁ、ありがたく普通に話させてもらう。俺はデズモンド、レビ商会に雇われている冒険者だ。お互い気楽に行こう」
アルはにっこりと微笑んで頷いた。
「辺境都市レスターに向かう途中でたまたま盗賊が馬車を襲撃しているのに気づいて加勢しました。直前までナレシュ様がいらっしゃるとは知りませんでした」
「ほう、その恰好だと、少しは冒険者としての経験がありそうだが、戦士などではなさそうだ。斥候といったところか?」
「そうですね。領都では斥候として冒険者ギルドで仕事をしていました。あと、修行中ですが魔法を使います」
アルの答えを聞いてデズモンドは軽く頷いた。その魔法で手助けをしたと考えたのだろう。
「わかった。向こうはどのような感じだった?」
デズモンドに尋ねられてアルは自分が魔法で牽制をしている間にナレシュたちがリーダー格を倒したと説明した。血みどろ盗賊団の名を聞くとデズモンドは大きく驚いた。その盗賊団はなかなか本拠地がつかめず衛兵隊も手を焼いていることを知っていたためだ。
「そいつは、よくやったな。たしか頭目は賞金がかかっていたはずだ。あとでナレシュ様やその護衛にも話を聞かねえとならねぇが、お前さんも少しは分け前に与れるだろうぜ。しかし、その年で魔法の矢の他に幾つも魔法を使えるなんて、すげぇな」
感心したようにデズモンドは頷く。そこに、複数の男女がやってきた。
「アルフレッド君、ありがとう。ナレシュ様に聞いたわよ。すごく活躍してくださったのですって?」
うす紫色のドレスを身につけ栗色の長い髪を腰まで伸ばした活発そうな若い女性がアルに話しかけてきた。彼女の名はルエラ。ナレシュと同じく中級学校で同級生だった。彼女は辺境都市レスターでは有名な交易商、レビ商会の長女である。その横には同じく同級生のケーンという青年も居た。彼は小柄でメガネをかけており、少し伸びた赤髪は天然のウェーブがかかってかなりおとなしい感じであった。たしか彼の父はレスターで内政官を務めていたはずだ。レスター出身の同級生3人が同じ馬車に乗っていたということか。
「アルフレッド君、学校を卒業してからまだひと月も経たないのにすっかり見違えたよ」
ケーンは少しウェーブのかかった赤髪を軽く掻き上げるようにしながら、何度も頷く。こういう場には慣れていないのかかなり興奮している様子だ。
「うーん、在学中から領都の冒険者ギルドに登録して働いてたからかもね。一応盗賊やゴブリンとかも相手したこともあったし……」
アルは照れくさそうに後ろで束ねた自分の髪を何度も弄った。
「大活躍だったようだね。ナレシュ様から軽くだが話は聞かせてもらった。護衛の騎士殿もあんな魔法の使い方があるのかと感嘆していたよ」
彼女たちの横に立っていた上品な服を着た初老の男がそう声をかけてきた。アルは初めて見る顔であるが、髪の色などルエラと似ているところがいくつかあった。アルは彼に丁寧にお辞儀をした。初老の男は慣れた様子で軽く頷く。
「ああ、私はレビ。ルエラの父親でこの隊商の責任者でもある」
ルエラの父親ということはレビ商会の会頭ということだった。一代でレビ商会を辺境都市レスターでも有数の富を築き上げたとして冒険者の彼でも聞いたことのある有名な人物である。
「初めまして。アルフレッドと申します。ナレシュ様の傷はもう大丈夫でしたか?」
アルの問いにレビ会頭は頷いた。
「ああ、傷の状態も確認して、治療魔法も使ったので大丈夫だ。少し血を失ったので今は薬を飲んで眠って頂いている。あれ程の傷を負って動けるとはと治療師も驚いていたよ。護衛の話を聞くに別動隊の盗賊団の規模が大きいのでかなり気を張っていたのだろうということだった」
「そうでしたか。盗賊団の頭目はいきなり魔法を撃ってきたのです。あれは誰であっても防ぐことは難しかったと……」
レビ会頭はアルの言葉にすこし感心したような様子で少し目を細めた。
「私もそう聞いている。子爵様は君が心配するようなことを考える人ではないし、ナレシュ様も何度も念を押しておられたので心配は無用だ。そなたはもちろんだが、我々や護衛の騎士殿が罪に問われることはないだろう」
ナレシュは子爵家の次男である。彼が大怪我をした場合、父である子爵がその責を警備担当である護衛騎士や隊商の責任者であるレビ会頭に問う可能性が無いわけではなかった。だが、レビ会頭はそのことを明確に否定してみせた。それだけ彼はナレシュや彼の父とも親しいということなのだろう。
「護衛の騎士から状況は聞かせてもらった。彼の話によると、血みどろ盗賊団の存在を皆に知らせた上に、ナレシュ様を殺しそうになった血みどろ盗賊団の頭目を魔法で倒し、彼らが逃げ出すきっかけとなった幻を呪文で作り出したと聞いたが、それで正しいかね」
アルは少し考えた。そして、ナレシュ様であれば自力でなんとかできたはずで、殺しそうになっていたというのは大げさな気がするが、それを除けば大体その通りだと答えた。横でデズモンドは先ほど聞いた話と違うと少し首をかしげていたが、レビ会頭はそれを軽く手で制する。
「わかった。君がここに居たということは、レスターに向かっていたということかね。ならば宿泊先は決まっているのかな?」
アルは辺境都市レスターに行くのは初めてなので、宿泊先はまだ決まっていない。そう答えるとレビ会頭は頷いた。
「私は今日君に会えてとてもうれしい。もし辺境都市レスターにしばらく滞在するのであれば、ナレシュ様はもちろん、ルエラとも親しくしてやってくれたまえ。この後も一緒に隊商に同行してもらいたいと言いたいところだが、襲撃で馬車が破損してね。出発するのにすこし時間がかかりそうなのだ。きちんと礼もしたいが、この状況だ。とりあえずこれを受け取り、レスターで改めて顔を出してくれたまえ。店の者には話をしておく。もちろん今回の活躍については衛兵隊にもきちんと報告もしておこう」
彼はそう言って、後ろに控えていた使用人らしい男から小さな革袋を受け取ると、それをアルに差し出した。途中でチャリチャリと金属音がしたのでおそらく硬貨が入っているのだろう。
「ありがとうございます」
その袋は少し重たい気がした。報酬もだが、田舎の村の貧乏領主の3男でしかない彼にとって、彼のような大商人に憶えてもらえるというのもかなり意味のあることであった。思わずアルの顔が綻ぶ。彼は改めて深々と礼をした。その様子をみて、レビ会頭は何かを思いついたように、すこし顔を上げ、周りを見回した。
「アルフレッド君。冒険者として少し頼みたいことがあるのだが、良いかね」
アルはもちろんと頷いた。
「盗賊について、できれば少し調べたい事があるのだ。考えすぎかもしれないが私は慎重な性格でね。だが、調査をするにも手が足りないのだよ。そこでだ、聞いた話からすると君はかなり腕が立つ様子だ。協力してくれないか?」
「今回逃げ出した盗賊はかなり数が多いと思います。私ではあまり力になれないと思います」
きっぱりと答えたアルにレビ会頭は軽く苦笑してから頷く。
「君はまだ戦闘に関して自信がないようだね。そして冒険者としての経験もまだまだのようだ。だが、もっと自信をもちたまえ。それに、お願いしているのはあくまで調査の手伝いであってすべてを討伐する必要はない。状況に応じて現場で判断して危険のない範囲でやってくれてかまわない。無理強いはするなと伝えておこう。そういうことでどうかね」
「わかりました。ならばお受けします」
「よろしく頼む。すぐに調整するのでそれまでルエラやケーン君と話でもしていると良い」
レビ会頭はそう言って、すぐにその場を去っていったのだった。
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2023.1.10 レイン出身 → レスター出身 辺境都市レイン → 辺境都市レスター
2023.4.14 改行追加 文章整形