26-4 地下宝物庫
“あ、アリュ、止まって……。位置情報がとれなくなったの”
階段はおよそ20段ごとに踊り場があり、そこからさらに折り返して20段、踊り場で折り返しと繰り返されている。グリィの制止を受けて、アルは一体どうしたのかとその場で飛行を急停止した。
グリィがそう告げたのは、彼女の助言を受けつつ、人の目を避けて使用人用の細い通路から人のいない部屋を経由して隠し通路に入った後、そこから地下宝物庫に繋がる下り階段を飛行呪文を活用しながらくるくると進んでいるところだった。
途中、何回か魔法発見に警備用の魔道具や魔導士らしい反応は出ていたが、今の所何の騒ぎも起こっておらず発見されていないはずだ。それに、グリィが現在位置を取得するのを阻害するのはいくらプレンティス侯爵家の魔導士であっても無理だろう。一体どういうことだ?
「位置情報?」
そういえば、以前、グリィが現在位置の情報を取れなくなったことが一度あった。釦型のマジックバッグに割り当てられた倉庫区画のあった地下空間に飛び込んだ時の事である。たしか、あの時に聞いたのは地下深くや水中では位置の情報がとれなくなることがあるのだという話であった。地下に潜りすぎたということかもしれない。
“位置情報がとれなくなっているということは、契りの指輪を使った念話も通じなくなっている可能性もあると思うわ。確認してみてもし通じなかったら、通じるところまで戻って今の状況をパトリシアを通じてリアナに伝えて欲しいの”
そう言う事か。パトリシアは今はペルトン子爵率いるテンペスト新生第一騎士団と共に王都に向かって進軍中である。ここに移動する際には、①彼女に預けてある転移の魔道具で一旦研究塔に戻り、②アルが研究塔の移送に割り当ててある区画に置いておいた釦型のマジックバッグ(以前から持っている空気循環が行われるようにして窒息しないようになっているもの)に収納され、③それをアルが移送呪文で取り出すという手順を踏む必要があるのだ。誓いの指輪の念話を使ってそのタイミングを図る必要がある。
「わかったよ。でも、この状態になるのをリアナはわかってたんじゃ?」
念話を使って連絡できるというのは今回の計画の大前提だ。だが、この王城の構造について詳しいリアナなら地下に潜るとこうなるのがわかっていたはずだ。
“リアナに聞いた話だとね、地下深くや水中で位置情報がとれなくなるというのは、高い空に浮かんでいる巨大な岩の上に設置された交信を中継する塔、交信塔との交信ができなくなるせいらしいの”
交信塔、空には研究塔があった岩の他にも浮かんでいるものがあるのか。しかし、研究塔のあった岩は天変地異があった際、魔力伝送網が切断され、魔力不足で地上に不時着したはずだ。交信塔が設置された岩も地上に落ちたりはしていないのだろうか。
“細かな仕組みについては、リアナも私もよくわからないわ。彼女もすごく高い所に浮かんでいる岩は地上には落ちてこないようになっているらしいとしか知らないみたい。とりあえずそことの交信を中継するような魔道装置も含めて王城には様々な魔道装置が設置されているらしいの。ただ、魔力が不足しているとそれらの魔道装置は機能不全に陥ってしまう。それによって位置情報がとれなくなっているかもしれないというのはリアナも気にしていたの。どこまで魔道装置が働いているかまではわからなかったんだって”
これは一つ勉強になった。こういった情報の積み重ねがきっと今後、アルが夢見る古代遺跡探索の手助けになるにちがいない。こういうのが知れただけでも来た甲斐があったというものだ。
「その場合、その魔力不足になっている魔道装置に魔力を補充するにはどうしたら?」
アルが聞いている情報より、グリィのほうがリアナからいろいろと聞いているようだ。なにしろアシスタント・デバイスは眠る必要がないのだ。アルが寝ている間も色々と話し合っていたに違いない。
“地下宝物庫の前にはゴーレムや王城の魔道装置を管理するための端末があるというのがリアナの説明だったわ。端末の下の方に引き出しみたいなものがあるのでそこに魔石を入れるか、その端末に触れて魔力制御呪文で補充するかすればいいんだって”
魔石か。魔石ならこの間メヘタベル山脈から研究塔に移設した魔力生成装置を使って、上級作業ゴーレムが潤沢に作ってくれている。アルは魔道具をつくるのに使っているものの、それでも木桶に何杯分も余っている。
「わかったよ。じゃぁ、少し戻って連絡をしよう。その時に魔石も釦型のマジックバッグに入れてもらっておけばいいね」
“そうね”
-----
階段を完全に下りきると、そこは一辺15メートル前後はある広い空間となっていた。天井までは70メートルぐらいである。正面にはきらびやかな装飾が施された縦横10メートルはありそうな巨大な扉。そしてその前には一辺1メートルほどの真っ黒で表面は綺麗に磨かれたような立方体があった。表面は透明らしく、中にところどころ青白く光っている点のようなものが見える。
「あれが端末?」
“たぶんそうね。そして、扉の先が宝物庫、この区画は搬出の為の区画で一部が研究塔にあるエレベータと同じように床の一部が上下して城の大広間にゴーレムたちを運べるような仕組みになっているらしいわ”
アルは周囲を見回した。たしかにグリィのいうように一部床が一段上がっている所があり、もしそれが垂直に上昇するとすれば天井近くにある一つの区画にぴったりとはまりそうだ。
「じゃぁ、まず端末の魔力補充からだね」
アルは移送呪文を使い、研究塔の移送区画として設定されていた所に置いていた釦型のマジックバッグを取り出した。移送呪文は対象の位置情報が明確であれば術者の位置情報がなくても使えるようで問題なく使用できるようだ。釦型のマジックバッグの中を探ると、魔石の入った木桶だけではなく、パトリシアも既に収納された状態で待っているらしい。アルは少し驚き、あわてて釦型のマジックバッグからパトリシアを取り出した。
「もう待機してくれてたの?」
「はい。アル様が一人で潜入頂いていると思うと申し訳なくて……」
そういって、パトリシアはアルの手をしっかりと握った。いや、気持ちは有難いが、ここは今、敵の重要拠点である。パトリシアが居て良い場所ではない。とは言ってもマジックバッグは作業に使うのでその中に収納されている状態でもそれは同じである。
「危険だから一旦移送呪文で研究塔の部屋に戻ってもらって……」
「いえ、魔石による魔力補充と並行してできる作業がありますから、このままに」
そうなのか。もちろん全体の作業時間は短いに越したことはない。いつ、プレンティス侯爵家の魔導士たちがこの場所の状況を確認しようと下りてくるかはわからないのだ。アルは彼女の護衛として警備ゴーレムを1体とりだし、彼女を守るように命令しておく。
「わかったよ。じゃぁ何をするかはよくわからないけど、さっさと済ませよう。何かあれば言ってね」
パトリシアは端末に向かって何か操作を始めた。リアナがいろいろと助言しているようでその指は淀みがない。その横でアルはマジックバッグに用意された魔石の入った木桶を取り出し、制御用の端末の引き出しに魔石をざらざらと流し込んだ。引き出しを閉める。すぐに魔力が補充されるはずだ。
「はい。では、アル様。私の女王即位の立ち合いをお願いします」
「……え?」
思わず変な声が出た。女王……即位?
「今確認してみた所、残念な事ではありますが私以外の王族の死については、プレンティス侯爵が既に登録を済ませているようでした。王族(権限保有王族)として登録されているのは私一人です。この状況であれば私自身の王或いは女王に即位することが私一人の操作で行うことが可能なようです。もちろん実際の即位についてはきちんと別に儀式を行いますし、周囲の承認も必要です。この話はあくまでこの魔道装置に設定する権限者の話です。この端末としては王或いは女王でないとできない事も多いので私自身は女王に即位した形にしようと思います」
家族全員の死が登録されていることを確認するというのはとても辛い事だろうに、パトリシアも気丈にふるまっている。
「わかったよ。パトリシア」
アルは真剣な顔をして頷いた。パトリシアは続けて端末を操作する。
「新たな女王の即位を確認しました。パトリシア女王、御即位おめでとうございます」
少し抑揚に乏しい女性の声が端末から聞こえた。おそらく王城を管理する魔道装置の声だろう。登録が無事終了したらしい。パトリシアは新たな一歩を踏み出したということだろう。
「おめでとう。パトリシア」
「ありがとうございます。アル様」
アルの祝福にパトリシアは少し微笑む。
「これで、私の一番の目的は果たせました」
“丁度魔力の補充も終わったみたい。位置情報もとれるようになったよ”
グリィの声も聞こえる。よくわかっていなかったが、これで宝物庫の中にあるゴーレムはパトリシアの意のままに動くようになったという事だろうか。
「アル様を新たに準王族として登録することも可能となりました。この準王族というのはテンペストの血を引かない王や女王の配偶者などに対して与える権限です。ゴーレムを指揮する権限や新たな王族の承認権限はありませんが、門扉の開閉といった各種魔道装置の制御権が与えられます。よろしいですよね」
嬉しそうにパトリシアが説明した。その笑顔にアルは思わず一歩下がる。
「パトリシア。僕は王族としては何もできないよ? 他にやりたい事がたくさんあるんだ」
その言葉にパトリシアはすこし寂しそうに微笑み、そして頷いた。
「わかっています。先程話したように、これはあくまで王城にある魔道装置に対する権限の話でしかありません。御心配されるような事ではないのです。アル様が王城に出入りするために必要な措置とお考えください。またゴーレムに関する指揮権については、このテンペスト王城端末からアシスタント・デバイスや他の制御端末に委譲することもできるので、実質的には王族権限とかわりなく運用が可能です」
そうなのか。アルは顔を上げる。それを見て、パトリシアは言葉を続けた。
「では、アル様、この端末の上に掌を置いてください」
アルはパトリシアの促すままに手袋を脱ぎ、掌を端末の上に置いた。
「新しい準王族の情報を登録します。氏名を述べてください」
「アルフレッド・チャニング 通称アル」
端末の表面に赤や黄色の細かな光が点滅した。
「新たな準王族を登録しました。アル、テンペスト準王族に歓迎します」
端末がそう告げ、パトリシアは嬉しそうに微笑んだ。権限だけ……か。本当にこれでよかったのだろうか。
「では、アル様、ゴーレムたちの確認をしましょう。テンペスト王城よ、宝物庫の扉を開けて」
パトリシアがそう言うと、正面にあったきらびやかな装飾が施された巨大な扉がギギギと音を立て開いていく。彼女の言葉で扉は開閉するらしい。おどろいた顔をしていたのだろうか、パトリシアがアルをみてうふふと笑う。
「アル様、アル様にも権限は付与しましたから、同じ事が出来ますよ」
「えっ? そうなの?」
敵地でなければ色々試したいところだ。だが、今はそんな余裕がない。プレンティス侯爵家の魔導士がいつ階段を降りてくるかもしれないのだ。パトリシアはツカツカと歩いて宝物庫の中に入っていく。宝物庫の中には大小さまざまなゴーレムが並んでいた。
「何体位あるのかな?」
「大小ありますが戦闘が可能なゴーレムは32体、それ以外のゴーレムが161体です」
端末が答える。戦闘が可能というのは守護ゴーレムや警備ゴーレムたちの事を言うのだろう。意外と少ない気がする。足が壊れた状態の守護ゴーレムが丁度目に入った。
「この王城には修理する設備がない?」
「はい。活動不能に陥り修理が必要なゴーレムは全部で329体あります」
そういうことか。たしか以前聞いた話では、ゴーレムに様々な資材を持たせ故郷を脱出しこの地にたどり着いたという話だった。修理するための施設までは持ち出せなかったという事か。
「よかった。アル様、残っていました!」
明るいパトリシアの声が響く。声がした方を向くと、彼女が壁に開いた穴を指さしている。戸棚? 中には羊皮紙の巻物がたくさん並んでいる。
「アル様へお渡ししたいと思っていたお礼、ゴーレム生成呪文とゴーレム制御呪文の呪文の書、そしてテンペスト様が遺されたゴーレム百科事典です」
読んで頂いてありがとうございます。
月金の週2回10時投稿を予定しています。よろしくお願いいたします。
誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。
2025.8.25 王族権限に関して以前の記述と矛盾しますので、一部書き換えました。
具体的にはアルには王族権限ではなく準王族権限を与えると記述変更しました。
いいね、評価ポイント、感想などもいただけるとうれしいです。是非よろしくお願いします。
冒険者アル あいつの魔法はおかしい 書籍版 第4巻 9/15 発売予定です。
山﨑と子先生のコミカライズは コミックス3巻が 同じく9/15 発売予定
Webで第15話が公開中です。
https://to-corona-ex.com/comics/163399092207730
諸々よろしくお願いいたします。