4-3 採用試験 後編
「13個はどれも魔道具だよ。よく見てよ」
アルはフィッツの態度にひるんだ様子もなく思わずそう声を上げた。
「これのどれが魔道具だというのだ?」
フィッツが指さしたものは一見ただの腰に下げる革製の小物入れであった。だがアルから見れば微かだがしっかりと魔法感知に反応した事を示す青い光を発している魔道具であった。アルとすればどうしてこれが魔道具でないというのかがわからない。しばらく言い争いが続き、館から何人か人が出てきた。
「フィッツ、何を騒いでいるのですか?」
そう声をかけたのは老人と言っても良いほどの年配の男性だった。落ち着いた紺色の上質そうなローブを身に纏っており、身長は160ぐらいだろうか。穏やかな表情をしている。
「エリック様、申し訳ありません。この者がどうしてもこれを魔道具だと言い張るのです」
エリック様という事は、彼が今回の依頼に関する責任者ということだろう。彼はその場で魔法感知呪文を唱え、あらためてフィッツが指さしていた小物入れを見た。そして首を傾げる。
「これが魔道具だとどうして言うのですか?」
エリックはフィッツからそれを受け取り、それを手にもって静かにアルにそう尋ねる。
「証明していいです? 壊れるかもしれないけど……」
アルの言葉にフィッツは礼儀を弁えろと騒いだが、エリックは片手を上げて制して小物入れをアルに渡した。
「はい、どうぞ」
アルは小物入れを受け取ると、その場に座り込んだ。ウエストポーチから小さなナイフのようなものを取り出し、小物入れの背の部分を綴じた糸をほどき始める。
「構造からすると、たぶん、このあたりに……あるはず……」
「一体何をしておるのだ」
フィッツは苛立だしげに呟いたものの、エリックがいるせいか手を出したりはせずにアルの様子をじっと見ていた。しばらくして綴じていた糸がほどかれて、小物入れのベルトに通すところの硬い革が半分ほど剥がれた。アルがそれを剥くと、その中には呪文の書とよく似た複雑な円と記号と文字がびっしりと描かれた金属らしき板が潜んでいたのだった。
「これは?」
「魔道具のための魔法記述です。何の効果のある魔道具なのかはもう少し調べないとわかりません。どうぞ」
アルはそう言って小物入れをエリックに返した。エリックは興味深げにその金属の板をじっと見た。
「フィッツ、どう思う? 彼が革を剥がした途端、私の目にも青白い光が見えるようになった。それにこれはまさしく魔道回路だ」
「はい、私も急に見えるようになりました。これは一体……」
魔道回路というのは、魔道具を作る際に使われる魔法のシンボルの組み合わせを特殊な技法を使って記述したものだ。2人はしばらく小物入れに組み込まれているそれを矯めつ眇めつ見ていたが、途中から確かにすぐには判らないと判断したのか、別の従者らしき男にこの品物の入手先を調べるように指示した後、アルの方を向いた。
「フィッツ、彼は?」
「本日冒険者ギルドから見習いとして隊商の護衛の仕事をと推薦を受けた者です。魔法の熟練度を確認しておりました」
「アルと言います」
2人のやり取りを聞いて、アルはあわてて立ち上がると丁寧にお辞儀をした。エリックはそれに対して鷹揚に頷いた。
「そうか、アル君。今の現象は非常に興味深い。頑丈な箱の中に入れた魔道具は外からは魔法感知呪文を使っても光を探知できぬ場合がある。今の状況はそれに近いもののように思う。だが、その場合、魔道具はその箱から取り出さなければ使うことはできない。だが、君は小物入れの背に縫い込まれた魔道具をそのままの状態で見つけたことになる」
アルは首を傾げ軽く首を振った。エリックのいう事はなんとなくわかるがその原因には心当たりがない。敢えて言えば知覚強化呪文を使ったことぐらいだろうか。とは言え、弟子が何人もいる魔法使いが感知できないものが感知できるほど効果に差がでるとは思えなかった。
「そうか、そなたもわからぬか。とりあえずこの魔道具について調べてみることにしよう」
「エリック様、彼は他にも、魔力の切れた魔道具も魔法感知呪文に反応したと言っているのです」
フィッツは首をひねりながら球状のもの2つをエリックに差し出した。アルが魔道具だと分類したがフィッツの魔法感知呪文には光らなかった残り2つである。エリックは再び魔法感知呪文を唱え、フィッツが差し出したものの一つを手に取り、しばらく調べた。
「フィッツ、魔力の切れた魔道具についても、魔法感知呪文には反応しないというのが定説であるし、たしかに私の魔法感知呪文にも反応はない」
「そうでしょう? そうなると……」
フィッツは得意げに言葉を続けようとしたが、エリックは首を振った。
「そう頭ごなしに否定をするものではない。この試験はあくまでどれぐらいの能力を持っているのか、それによって、どの役割をこなせるのかを知るためのものだ。人手は足りていないのだし、あとは実際の仕事の中で確認すればよいのではないか? 冒険者ギルドからの推薦状はあるのだろう?」
「はい、あります。クインタ殿からのもので彼女からの信頼度はAとなっています」
そう聞いてエリックはにっこりと微笑み、アルの方を向いた。
「アル君、気を悪くしてくれるな。フィッツは隊商の護衛の仕事に一生懸命なだけなのだ。呪文の熟練度を知ることによって効率的な役割分担をしたいらしいのだよ。それに最近は護衛に潜り込もうとする盗賊の手下なども多くて少しピリピリしている。魔法を使える盗賊などいないと私は思うのだがね」
魔法を使う盗賊は居たような……内心でアルはそう思ったが口には出さずに彼の話に頷いておく。エリックはそこまで言ってフィッツを見た。彼はその視線に軽く頷いた。
「フィッツは君を雇っても良いと判断したようだ。次の護衛の仕事は3日後だ。およそ2週間をかけて隊商は辺境の村々を廻る予定となっているが、巡る順番やルートについては盗賊対策のために秘密となっている。魔法使いの見習いの2週間での報酬は、食事つきで銀貨30枚。魔法使いの報酬としては安いと思うが正式に雇われるには見習いとして5回以上実績を積むことが必要とされている。あとは襲撃を撃退するような事があった場合に報奨金が出る場合があるし、途中で特別な依頼を行う事もある。どうかね? 受けるかね」
2週間で銀貨30枚はオーソンと組んでいれば2日ほどで稼げる金額である。最近の稼ぎから考えると安いと思えた。とは言え、彼は出かけているし食事代や宿代が浮くと考えれば決して悪い金額ではないだろう。第一、領都の頃から比べれば格段に良い金額であった。報奨金がでるかもしれないというのも魅力的であった。
「わかりました。是非、お願いします」
アルの答えにエリックは鷹揚に頷く。
「細かい説明はフィッツに聞いておくように。あとは魔法感知呪文について別途問い合わせをすることがあるやもしれぬ。その時はよろしく頼む」
アルは頷き、頑張りますと元気よく返事を返したのだった。
2025.2.1 訂正しました。
(修正前)ひと際強く
↓
(修正後)微かだがしっかりと魔法感知に反応した事を示す
読んで頂いてありがとうございます。
月金の週2回10時投稿を予定しています。よろしくお願いいたします。
誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。
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