25-5 パトリシアの登場
転移の魔道具を使ってパトリシアが貴賓室に姿を現すと、3人の貴族たちは慌てて近づこうとして、警備ゴーレムに遮られた。3人はタバサ男爵夫人に誘導されパトリシアから3メートルほど距離を取って改めて跪いた。
「パトリシア姫殿下、セリーナ妃殿下によく似ておられる。よくぞご無事で……」
ペルトン子爵が涙をこぼし始めた。エドシック男爵が彼の背中をさすって慰めている。彼らはパトリシアの顔を知っていたのだろうか? もちろん彼女の母であるセリーナの顔は知っているのだろうが、どこまで似ているのだろう。アル(ディーン・テンペスト)は3人の貴族の様子をすこし醒めた眼で眺めていた。
「ペルトン子爵、エドシック男爵、ラドクリフ男爵、3人とも、ご苦労でした」
「もう名前を知っていただいている。なんとありがたい事か……」
3人は改めてその場で頭を深々と下げた。パトリシアの声は急に大人びて聞こえた。今日のドレスがいつもと違う濃い紫色の大人びたドレスだというのもあって、そのように感じさせるのだろうか。
「3人には王国復興に向けて、してもらわなければならないことがあります」
「はい、何なりとお申し付けください」
その言い方にアルはパトリシアはたしかに王族なのだなぁという感じがした。パトリシアの事はもちろん好きだし支えてあげたいとは思うが、このまま王国が復興されたとして、その時に彼女にとってアルは必要な存在なのだろうか。
そんなアルの考えとは別に、パトリシアと3人の貴族との会話は続いている。
「当面の話ですが、今、この領都の周りには、様々な理由で仕方なくプレンティス侯爵家に従って従軍してきたものの、今回の私の呼びかけで忠誠心を取り戻し、プレンティス侯爵騎士団と戦っている者たちが多数います。もちろんタガード侯爵家に仕えていた者たちはタガード侯爵家に戻ればよいのですが、それ以外の者たちについて放置しておくわけにはまいりません。そのため、彼らをまとめて新たな騎士団とします。ペルトン子爵、そなたを一時的にですがテンペスト王国新生第一騎士団の騎士団長に任命します。エドシック男爵、ラドクリフ男爵は副騎士団長です。3人共騎士団を指揮する経験はないのでしょうが、今は協力しなさい。新生騎士団に参加した者の中に、貴族や騎士団の隊長を経験したものが居れば、騎士団の指揮体制については改めて検討します。よいですか?」
「あの……新たな騎士団を作るというのは……。まず、人を集めて名簿を作るということでよいのでしょうか?」
ラドクリフ男爵が恐る恐ると言った様子で尋ねてきた。アルから見ても、騎士団を指揮した経験はなさそうな雰囲気だ。
「そうですね。東西南北何れかの場所にまず陣を敷き、そこでテンペスト王国新生第一騎士団の陣はここだと呼びかけようと思います。そなたたちにも一緒に行動してきた従士など居るのでしょう? その者たちに協力させ、そこで名前と出身地、元の所属などを確認、今日の戦いでの功績も合わせて聞いて記録させなさい。貴族や騎士団での隊長経験者が出てくれば手伝わせると良いでしょう。間者などが紛れ込むかもしれませんが、それの確認をしようとすると時間がかかりすぎます。一旦は受け入れなさい。あとで調査します」
「畏まりました」
3人は頭を下げる。
「尚、領地のない我々には当面の財政基盤が必要です。直近の細かな話で言うと、今回プレンティス侯爵家が残していった物資があれば、その接収を参加して来た者たちに積極的に行なわせなさい。ただし、タガード侯爵領で強制的にプレンティス侯爵家が徴収したものはきちんと土地の者たちに返すということは意識するように。明日以降から早速タガード侯爵家やタガード侯爵家の領都の商人たちに協力を依頼します。又、テンペスト王国騎士団の再結成を、ノーマ伯爵などの現在内乱に参加していない高位貴族たちに告げ、物資の協力をしてもらいます」
「ノーマ伯爵たちに騎士たちは出せとお命じにならないのですか?」
ペルトン子爵が不思議そうな顔をして尋ねる。
「この戦いの結末を知り、状況を確認すれば自ずと自らの騎士団を参戦させるでしょう。我々からそれを求める事はありません。提供された物資は内乱を鎮圧できれば返すことができますが、それ以上に不必要な借りを作ると王権が揺らぎます。それは望みません」
パトリシアの言葉に、3人は感服した様子で頭を下げた。そんなものなのか……。たしかにテンペスト王国では、プレンティス侯爵家が王国内で力を持ち、その結果、王家を滅ぼそうとしたという経緯があるらしいので、それを警戒するのも当然なのか。
「尚、現在シルヴェスター王国の助力を得て、セネット伯爵領に攻め込んでいるパウエル子爵、彼をテンペスト王国新生第2騎士団の騎士団長に任命する予定です。我がテンペスト王国の王都奪還は西からタガード侯爵領で再編する新生第1騎士団と、東から旧セネット伯爵領で再編する新生第2騎士団の両面作戦となる予定です。併せて、パウエル子爵と共にいるはずのシルヴェスター王国のセオドア王子殿下、ナレシュ・セネット男爵閣下宛てに親書を書きます」
何かすごいな……。アル(ディーン・テンペスト)はパトリシアの話すのを少しあっけにとられながら聞いていた。基本的にはリアナが考えた事なのだろうが、これほど上手に喋っているということはきちんと理解しているのだろう。
3人はかしこまりましたと告げてお辞儀をした。パトリシアは私たちも空飛ぶ馬車で追いますので、3人には準備を急ぎなさいと指示した。彼らは慌ただしく部屋を出ていく。扉が閉まる音を聞いて、パトリシアは一気に力が抜けた様子で近くの椅子に倒れ込むように座った。
「ふぅ。ディーン様」
顔を上げて、パトリシアはアル(ディーン・テンペスト)を呼ぶ。アル(ディーン・テンペスト)が近づくと、彼の服の裾をぎゅっと握った。
「パトリシア、お疲れじゃったの」
アル(ディーン・テンペスト)はいつ、だれが見ているかわからないと思って口調は崩さずにパトリシアを労う。
“アリュ、そこはハグしてあげてよ。パトリシアはすごく頑張ったから……。アリュは今、おじいちゃんだから大丈夫”
グリィが言う。そういうものだろうか。アル(ディーン・テンペスト)はすこしドキドキしながら、パトリシアに近づき、椅子に座っているパトリシアを軽く抱きしめる。
「ありがとうございます」
パトリシアはアル(ディーン・テンペスト)の腕の中で上目遣いに顔を見てにっこりと微笑む。アル(ディーン・テンペスト)は照れ臭くなり、変身して今は薄い白髪を何度も撫でつけたのだった。
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夜半を過ぎた頃であった。プレンティス侯爵家騎士団が、タガード領都を攻撃するための本陣が敷かれていた丘の上に急遽設置されたテンペスト王国新生第1騎士団の陣で、パトリシア、タバサ男爵夫人、アル(ディーン・テンペスト)の他、元テンペスト王国の貴族である、ペルトン子爵、エドシック男爵、ラドクリフ男爵、そして新たに加わった数人の騎士が、騎士たちの集まるのを待ちながら、今後の話し合いを続けていた。
その話し合いをしていた場所の周囲にはテントでなく石壁が張り巡らされていた。これは、テントの準備が間に合わず、アル(ディーン・テンペスト)が石材を釦型のマジックバッグから取り出して、石軟化呪文を使って作ったためであった。見栄えがよく目立つ方がいいというリアナの意見でアルは、その石壁にアザミとゴーレムを象ったテンペスト王家の紋章と、サーリが居た山の魂からアル自身がみつけた紫水晶でふんだんに飾りつけ、さらに光呪文の光を至る所に配置しており、その結果、この建造物は遠くからでもよく目立つものとなっていた。
その陣の入口は守護ゴーレムが2体配置されていた。これは、プレンティス侯爵家の本陣を攻撃したものとはまた別の個体であった。本陣を攻撃させた守護ゴーレムや、プレンティス侯爵家が利用していた作業ゴーレムは既に制御装置である石棺と共に、釦型のマジックバッグを利用して修理のために研究塔に回収していたのである。ただし、うごけなくなっていた守護ゴーレムから、持たせていた魔法の竜巻を使える魔道具が2つ、何者かに持ち去られて所在不明となっていたのが、アルとしては気になったところだった。
既に陣の付近には約300人もの騎士、魔導士たちが集まってきていた。騎士、魔導士たちはそれぞれ5人程度、多い者では15人ほどの従士を連れており、全体の人数となると2000人を越えている。出身で言うと元々テンペスト王国騎士団に所属していたというものが多いが、セネット伯爵家騎士団所属であったものや傭兵団などに所属していて強制的にプレンティス侯爵家に動員されたというものも居た。かなりの数だとは思うが、それでもリアナが思っていた数よりかなり少ないらしい。
「タガード侯爵閣下が参られました。謁見を望んでおられます」
「通ってもらってください」
パトリシア達の所にマラキ・ゴーレムに先導されて入って来たのは以前の会議の記録で見たタガード侯爵本人、そして嫡男のジリアンの他、6人の体格の良い男女であった。全身金属鎧で身を固めた彼らはそろってパトリシアの前で跪いた。
「パトリシア姫、お初にお目にかかる。儂がタガード侯爵。今回の加勢、本当に助かった」
「なんとか間に合って良かったです。どうぞお立ち下さい。プレンティス侯爵家の騎士団はどうなりましたか?」
パトリシアの言葉に、彼らは軽く頭を下げ、ゆっくりと立ち上がった。
「大戦果ですぞ。向こうの騎士団長、魔導士団長といった連中を捉えることは叶いませなんだが、かなりの損害を与えたのは確か。おそらく商業都市アディーあたりまで撤退して態勢を整えるつもりでしょう。こちらも一旦態勢をと思い、引き上げてまいった」
「そうですか。とすれば、あらためて決戦をということになるのでしょうね」
タガード侯爵はパトリシアの言葉に驚いた様子で顔を上げて頷く。
「その通りですな。よくおわかりです。姫はセネット伯爵の保護の下、貴婦人となる教育を受けておられたと思っておりましたが、帝王学も学ばれておりましたか。この国家存亡の危機にまことにすばらしい事です。これでタガード侯爵家も安泰。我が嫡男を紹介いたしましょう。こちらがジリアン。姫の許婚でございます」
そう言って、タガード侯爵は大きく微笑み、すぐ後ろに居た若い嫡男の背中を押して前に出す。
「侯爵閣下、少しお待ちください」
今までパトリシアの近くで話を聞いていたペルトン子爵が口を開いた。
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